《ボーンブロワーは第7軌道にて待機》
《スターリン、メゲラ、ベックイズは第2軌道に移動せよ》
地球軍、プトレマイオス基地。
ビクトリアから次々と上がってくる艦隊を司令室にある大きな窓から一望しながら、ウィリアム・サザーランドは軍服に身につけられた勲章を煌めかせながら、宇宙の大海を舞う悠然とした自分の力を満足そうに眺めていた。
プトレマイオス基地。
地球軍の月面基地の1つでプトレマイオス・クレーターに建設された軍事拠点であり、地球側が所有する宇宙基地の中では最大規模の連合宇宙軍基地だ。今、そこにはビクトリアから打ち上がった複数の艦隊が駐屯している。
月本部とも呼ばれるこの基地は、まだ宇宙に希望を持っていた時代から、大西洋連邦により極秘裏に建造が進められてきた。
しかし、C.E.35年に月面軍事拠点建造の事実が発覚し、国際的非難を浴びることになるものの、一方で大西洋連邦は開き直り、「宇宙の警察署」であると主張した。
結果、プラント側であるザフトが最も警戒し、地球軍が彼らに攻勢を成すための最大の軍事拠点としても恐れられている。
宇宙軍の中核を成す大規模な主力基地であったが、地球からの補給路に頼り切っているため、力の利害関係では地上のパナマやアラスカが主導権を握っていた。
故に、宇宙港の陥落により大規模補給路が絶たれたため、基地が干上がりかかったがビクトリア奪還により基地を維持する事に成功した。
そして、C.E.71年9月11日。
地上から宇宙へ上がり、プトレマイオス基地の主導権を乗っ取った地球軍最高司令部により、エルビス作戦が発令される。
これにより各方面の主力戦力がプトレマイオスに集結。
対プラント侵攻を目的として、ウィリアム・サザーランド自らが再編成した第六、第七機動艦隊もプトレマイオスから発進することになる。
《第8空母群、加速3.7ポイントでホライズオと合流して下さい。第4補給班到着、定刻より10秒遅れです》
《軌道を上げろマグナム!第51戦闘群が発進するぞ!》
続々と宇宙へと上がる船を見つめながらサザーランドは、自分がこの宇宙の中で唯一、この船たちを動かす実権者であるという錯覚を持っていた。
それは甘美で魅力的であり、なによりも人を盲目的にさせる。善と悪の境目など簡単に取り去り、自身の全てが神の意思であり、正しいのであるという感覚を植えつけられる。
今の彼には、恐れるものなど存在しなかった。アズラエル?例のメビウスライダー隊?そんなもの、取るに足らないものだ。気をやる価値もない。
彼はその傲慢な目つきをギラつかせながら思惑に耽る。オーブの裏切り者から齎されたものは実に有意義なものだった。まさに戦争を根底からひっくり返す力を、その者はよりにもよってサザーランドに渡してしまったのだ。
人為的に作られたコーディネーターを蔑み、人より秀でた能力を持つ者たちへ異常者という烙印を押して、自身の権力に影響のない場所へと閉じ込めるような男に、その力は渡ってしまったのだ。
後ろで忙しく動き回る士官たちは気づかない。誰にもわからせないまま、大きな防熱窓に仄暗く映るサザーランドの顔は緩やかに、しかし狂気を孕んだ笑みを浮かべる。
その視線の先には、いくつもの禁断の刻印が打たれた兵器が艦船へと運び込まれていくのだった。
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早期警戒管制システム、通称「AWACS」。
大型レーダーで一定領域を監視し、敵性・友軍機などの空中目標等を探知・追跡し、なおかつ友軍への航空管制や指揮・統制を行うシステム。
空中警戒管制システムや空中警戒管制機とも呼ばれ、「AWACS」は「エーワックス」と読まれることが多い。
旧世紀の航空戦において、防御対象や重要地域より、遠距離から如何に迅速に正確で敵性航空機を探知するのかという命題が付きまとってきた。
警戒・探知はレーダーを用いることが航空戦では最も優位であり、固定レーダーによる探知距離の関係や脆弱性、再配置の容易さの点などにより、旧世紀では航空機にレーダーを搭載し、警戒することが考えられた。
そして、それはC.Eとなった今でも健在たる理由のひとつだ。
Nジャマーというジャミング作用をもたらす装置の開発により、異常発達していた電子の目のほぼ全てが死に絶えた今の戦局の中で、後方または前線へ出る宇宙艦船そのものにレーダーを配置することによるレーダー範囲の増大・探知距離の拡大や、必要地域へ移動し警戒を行なうことができるなどの利点があった。
宇宙戦争という人類戦争史の新たなステージへ移行したC.E.51年に、地球軍の第7艦隊、メビウスライダー隊を指揮するドレイク・バーフォードからグリマルディ戦線からテスト的に使用してきたAWACSを提示し、第7艦隊内でのAWACS「オービット」が設立された。
彼はドレイク級宇宙護衛艦「クラックス」へ大型レーダーと複数の領域拡大用のドローンを射出。戦闘という場面に特化する形で、早期警戒を行なっている。
警戒任務についているオービットだが、初の実戦投入から今日まで、ザフト軍機に対する要撃を警戒管制し、地球軍の制空権優勢獲得に貢献した。
「セ、センサーに感!距離500、オレンジ14、マーク233アルファ、大型の熱量接近しつつあり!戦艦クラスと思われます!」
そしてその能力は、アークエンジェル2番艦である「ドミニオン」にも搭載されている。ザフトとのモビルスーツ戦闘に特化した強襲機動特装艦であるドミニオンならば、従来の艦船よりもモビルスーツ戦闘に対応することが多いことを見越して、ドレイクが進言したのだ。
そんな中、CICの司令席に座るニックは、たどたどしくパネルに指を走らせる士官たちに目を光らせながら、艦長席に座るドレイクの言葉を待った。
「対艦、対モビルスーツ戦闘用意。面舵10、艦首下げ、ピッチ角15」
「イーゲルシュテルン起動、バリアント、照準敵戦艦、ミサイル発射管、1番から4番コリントス装填、アンチビーム爆雷、射出!牽制射撃!制空権をまず奪う!バリアント、てぇ!」
ドレイクの一言から、彼が求める最善手に必要な武装の展開と、その順暇をニックは一声で号令に出した。
早期警戒管制ということは、必然的に遭遇した敵との戦闘を行わなければならない。管制官を務めるニックのスキルというものは、状況判断能力と確かな情報の精査、そして効果的な攻撃手段をメビウス隊に伝えることが求められる。
故に、ニックは戦闘状態になった場合、あらゆる対応を行う知識と見聞が必要になった。今彼が座るCICも、ニックにとってはAWACSにいるときと何ら変わりはない。それほどの知識量がいるのだ。
クラックスのクルーはそういった人材が多い。何か一つに特化してる者も確かにいるが、ほぼ全員が二つの持ち場をトレードできるように訓練されている。
人員が少なく、戦闘機よりも早く飛び回るジンに艦船で戦いを挑むには、一人が一つの仕事をしては対応できないのだ。
それほど、艦を動かすというのには人手がいる。いくらオートマシンとして進化したとしても、最後に決断を下すのは人間だ。そしてその決断にはさまざまな要素が加わり、それを成すためには多くの人員が要することになる。
ニックの一声に反応すらできなかった上層部から配属された士官たちを見て、ドレイクは小さく息をついた。ーー落第だな、と。
「何をやっているか!貴様等!対応が遅すぎる!これでは初陣で沈められるぞ!分かっているのか!」
「あーだめだめですねぇ…」
普段は穏やかな性格をしているニックからは想像もできない怒声に、士官たちは思わず首を竦める。今の様子をブリッジで共に見ていたアズラエルも、呆れたように肘掛についた腕の指先に額を預けた。
「やはり、彼らにはまだブリッジに入ってもらうのは無理のようですな」
そう言って席を立つバーフォードに、CICから登ってきた中尉が異論を唱える。
「し、しかしバーフォード艦長!我々は上層部の命によりブリッジの担当管制官に任命され……」
「それで船が落とされたら誰が責任を取るのかね?君らを推薦した司令部かな?」
冷たいとも思えるバーフォードの言葉の刃に、いきり立った様子の中尉は喉に声をとどめて押し黙った。その様子を見て、バーフォードは確信したように、哀れなものを見るような顔つきで中尉を見つめる。
「ーーいいかね?ここは基地ではない。君たちがどんな命令を受けて、どんな思いを持ってここにいるかは知らんが、戦場では状況を把握して決断することに一分一秒の暇もない」
特にモビルスーツに取り付れたら尚更だと、バーフォードは付け加える。低軌道会戦で、三機のジンに取り付れたとき、あれはクラックスのクルーが一つの機関となって十全と自身の役割に徹した結果、後部ミサイル装置と外装への破損を抱えながら、三機を撃墜するという偉業を成し得たのだ。
彼らはカモだと思っていたドレイク級の船に手も足も出ず、逆に討ち取られるなど思いもしなかっただろう。
その戦闘データを見たアズラエルは思う。あの連携がすぐ可能なクラックスのクルーと比べれば、彼らはーーー。
「はっきり言おう。君たちのようなヒヨコが殻を被って歩いてるような未熟者たちに、船のすべての命を預けることは単純に難しいと言ってるだけなのだよ」
アズラエルの考えよりも先に、バーフォードが中尉とただCICの座席に座る下士官たちを見下ろしながら、はっきりとした口調でそう告げたのだ。上がってきていた中尉の顔と手がみるみると怒りに震えていくが、それすらバーフォードは手玉にとって封殺する。
「悔しいか。ならば、口だけではなく真摯に力をつけることだ。それが嫌ならば船を降りてもらって構わん。我々はそうやって戦場を生き延びてきたのだからな」
いくらいきり立とうが、いくら巻くし立てようが、艦長が自分であり、彼らに能力がないという事実は変わらない。その事実を突きつけられた中尉は青筋を浮かべる顔を伏せて、手早く敬礼を打った。
「し、失礼します」
そう一言だけ言った中尉が無重力に体を飛ばしてブリッジから出て行くと、ほかの士官たちも複雑そうな顔をして各々がブリッジを出て行った。その様子を見届けてから、アズラエルはわかりやすく肩をすくめてため息を吐く。
「相変わらず本質を突いてからの封殺ですねぇ。バーフォード艦長との交渉で勝てるわけがないのに」
「私は事実を言っているまでですよ、アズラエル理事」
凛とした声で返すバーフォードに、アズラエルは満足そうに口角を上げて自身が座る席へ肘を落ち着かせる。
「それがメビウス隊の強さでもあります。今の情勢じゃそれを言うのも一苦労ものですから。まぁ、私としてもそこには大いに賛同しますがね。ハリボテの階級とごますりをすれば、人間って誰でも上に上がれます。しかし、本当に必要になるのはその時の最大人間能力ですから」
彼は理事であると共に一流のビジネスマン。人間個々の能力を重要視しない軍とは違い、彼は1人の人間能力を重視している。
局面的な状況を迎えたとき、歯車でしかない人間は単なる歯車に成り下がるが、そこで人間性を持つとなるなら、群として成す軍人の能力を上回る力を発揮することができる。メビウスライダー隊こそ、その体現者だとアズラエルは思えた。
「艦長」
そう言ってブリッジに上がってくるニックに、バーフォードは初めからそうするであろうと思っていた言葉を口にした。
「ニック。至急、クラックスのクルーをここに集めてくれ。それと、「信号弾」の準備を。そろそろ頃合いになるだろう」
「了解しましたよ、艦長」
今頃、彼らも暇を持て余してることだ。休暇はここまでにしようと、ニックは通信インカムを取り付けて自室に待機しているクルーへすぐに通信を入れた。
信号弾。
軍上層部からやってきた彼らには悪いが、ドミニオンを手中に収めた段階でシナリオが進むルートは確定したのだ。バーフォードが軍の帽子を深くかぶる中で、アズラエルはまるでオペラ座の公演を観るかのように緩やかに座して深淵の宇宙を見つめた。
隣に立つバーフォードもニックも思う。
このシナリオを作り上げ、第八艦隊司令官であるハルバートン提督を納得させ、承認を得た彼は「悪党になる」よりも、「悪党を演じる役者である」ことに長けている、と。
「さて、バーフォード艦長肝いりのアークエンジェル。僕の求める能力があるか無いか、面接の時間といきましょう」
超えるものを超えた男は強いぞ、そう思いながらバーフォードは、目先に映るであろうアークエンジェルの艦長に期待を寄せるのだった。
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「はぁーー」
ヤキンドゥーエ宙域から帰還したクルーゼは、研究施設に併設された個室に漂うようにたどり着くと、今まで聞いたことない呻き声のような声で息を吐き、普段使っているものよりも一回り大きい耐圧ヘルメットを脱ぎ捨てた。
「疲れてるようだね、ラウ」
その部屋で待っていた白衣姿のギルバート・デュランダルに、目の下のクマを濃くしたクルーゼは疲れながらも笑みを浮かべる。
「私とて生身の人間さ。あの機体性能は中々堪える」
「それほどの機体ということなのか。プロヴィデンス・セラフと言う機体は」
そう言ってデュランダルは、最寄りの窓から見えるドッグに佇むプロヴィデンス・セラフを見つめた。すでに各部ハッチが解放された機体は、セラフを設計した主任設計士の指示のもと、手際よく点検作業を施されていく。
「それでも、戦いたいのだろう?流星と」
「当然だよ」
デュランダルの問いかけに、クルーゼは疲れ切った体から耐圧スーツを脱ぎ捨てながら答えた。指先は青く滲んでいて、体の至る所にも壮絶な負荷を物語る傷跡がまだら模様になって、クルーゼの肉体を蝕んでいた。
セラフへの搭乗は間違いなくクルーゼの寿命を削る。
幾十にも備えた新型の耐圧スーツでも、これほどの負荷をクルーゼに与える代物。ただでさえ肉体的にハンデを抱えるクルーゼにとっては、乗り込んで扱うだけでも血反吐が出るほどの苦痛を味わうことになる。
それでも、とクルーゼはセラフに乗ることを諦めなかった。
「私の命は彼と共にある。彼が私を殺せば、私はこの絶望した世界に、自分の生まれた意味を抱きながら死ぬことができるだろう。だが、彼を殺してしまったとき。私は君と出会った頃の自分に立ち戻ってしまうかもしれん」
「…ラウ」
わかっている。自分の生まれた意味の証明など、答えはないことくらい。しかし、クルーゼは見つけてしまったのだ。自分が、この人間の業にまみれた肉体が作られた意味を。
偽りの肉体で閃光ともてはやされた紛い物でしかない自分。その鬱屈さと恨みを晴らすために生きてきた過去がどうでもいいと思えるほどの力を、本物を、クルーゼは見つけたのだ。
故に戦う。
故に殺しあう。
闘争の赴くまま。
自身の気持ちの赴くまま。
自分の望む夢の果てへ。
「その為に手にしたプロヴィデンス・セラフだ。だが、このままではギルバート、君が言うラリーの「SEED」の扉はまだ開かんな。早く開けてやりたいものだがね」
その扉を開いてからこそ見えるのだ。クルーゼが求めた世界が。その狂気とも言える渇望を欲して貪欲に歩む友を見て、ギルバートもまた、その狂気に同調し、取り込まれていくのだった。
もう止まらない。
もう誰にも止められない。
この命を取れるのは寿命でも過去の怨念でもない。この命を取れるのも、命を奪えるのも、この世界でたった2人だけ。
そう思うだけで、クルーゼは自身の体の遺恨などに死ぬ気などさらさら起きなかった。
キャラデザイン
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他キャラも見たい
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キャラは脳内イメージするので不要