第173話 帰す刃
各員、傾聴。
これより作戦を説明する。とは言っても、この戦力だ。作戦らしいものかは怪しいものだが…。
我々の目的に変更はない。地球軍の核攻撃は阻止できたが、問題はヤキンドゥーエから現れた兵器だ。情報によれば名はジェネシスと呼ばれている。
その威力は諸君らも知っての通り、我々の想像を絶するものだ。
仮にあれが地球に撃たれれば、地球は生命が住むことができない死の星となるだろう。そうなれば、地球に住む人々は疎か、プラントも滅びの一途を辿ることになる。
我々はなんとしても、ジェネシスを破壊し、地球への攻撃を防がなければならない。
技術部のエリカ・シモンズです。ジェネシスは連射がきかないのが唯一の救いです。おそらく、一射毎にこのミラーを交換しなければならないのでしょう。
おそらくジェネシス本体はフェイズシフト装甲で守られている。我々があんな巨大な構造物を発見できなかった理由としても、ミラージュコロイドを使用していたのだろう。
そして、その前にはヤキン・ドゥーエと何重にも張り巡らされた防衛線だ。サザーランドが要請した月から来る地球軍も総力戦を仕掛けるだろうが、こりゃ容易じゃないぜ?
ミラーの交換に要する時間は?
概算ですが1時間…いえ、45分を切る可能性もあります
残されたリミットは僅かだ。我々はヤキンドゥーエへ突入し、ジェネシスを破壊。及びその使用権限を停止させる。
メビウスライダー隊、諸君らが主力隊となる。
メビウス隊、ライトニング隊を以てヤキンドゥーエの防衛線を突破。グリフィス隊は内部に侵入するシーゴブリン隊の援護。敵の中枢部を叩く。ガルーダ隊、アンタレス隊は部隊を再編成、シエラアンタレス隊としてブラックスワン隊と共に各艦の護衛を頼む。
無謀な作戦だということは分かっている。だが、我々は果たさなければならない。先の戦いで散っていった仲間から託された使命を。
諸君。こんなことしか言えん無能な艦長で、申し訳なく思う。
アークエンジェル、ドミニオンを旗艦とした残存艦隊は、外部からジェネシスを攻撃、ミラーの交換時間を引き伸ばせ。
作戦は以上だ。
貴官らの健闘を祈る。
各部隊、発進せよ!!
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《全艦発進準備、繰り返す、全艦発進準備!》
アラームと共に艦内放送が響く。エターナルの中にアイシャの声が届き、ハンガーの中でノーマルスーツに身を包んだアスランは、整備を終えたジャスティスへ向かう道中にあった。
ザフトーーー父が放った稲光。いや、そんな優しい光ではない。もっと凶悪な何かを内包したジェネシスの閃光。
そこまでなのですか。そこまでして滅ぼしたいのですか。自分が認められない、納得できないから全てを滅ぼしていいはずがない。
アスランは、ブリーフィングを終えたときに一つの覚悟を決めていた。あの光を地球に撃つというなら、父はーー自分は、親殺しも厭わないと。
「アスラン!」
そんなどす黒い何かを抱えようとしていたアスランを、カガリが呼び止めた。
「カガリ、なんだよ…その格好」
振り返ったアスランはギョッと目を剥いた。彼女が身につけていたのは、作業用ノーマルスーツではなく、パイロット用のノーマルスーツだったからだ。
「いや…今度は私も出られる。パーツのまま持ってきたストライクルージュがどうにか間に合った」
ストライク…ルージュ?カガリの言葉の意味を理解できずに硬直するアスランを尻目に、「じゃあな」と軽く挨拶を投げてカガリが通路からハンガーへと飛び立とうとした。
「ちょ、ちょ…!ちょっと待て!出るって…ストライクルージュ?!」
思わずカガリの肩を引っ掴んでこちらに引き戻す。引っ張られたカガリはどこか不満げにアスランを見つめた。
「なんだよ!モビルスーツの訓練は受けている。アストレイの連中より腕は上だぞ」
「そういう問題じゃないだろ!?」
ここは戦場。そしてヤキンドゥーエの目の前だ。オーブや地球、メンデルでの戦闘とは訳が違う。核を止めたとはいえ、こちらの損害はあまりにも大きい。そんな戦場に出る?カガリの操縦期間はあまりにも少ないのだ。それで引き留めない方がおかしい。
アスランがそう捲し立てようとした時、カガリは手を前にかざしてアスランの言葉を止めた。
「ーー出来ること、望むこと、すべきこと。みんな同じだろ?アスランも、キラも、ラクスも。それに、私もさ」
「カガリ…」
「戦場を駈けても駄目なこともある。だが今は必要だろ?それが。そんな顔するな。私よりお前の方が全然危なっかしいぞ?」
なにより人手が足りないのだ。そんな中で無茶な作戦をしようとする以上、危険なことも付きまとってくるのは承知の上。そんな中でも、アスランの動きはあまりにもわかりやすかった。
ブリーフィングを終えたアスランの目を見て、カガリは直感したのだ。彼は差し違えてでも父を止めようとするだろう、と。
「私が死なせないからな?お前を。それに弟かも…しれない、あいつもな」
故にカガリはルージュで出ることを決めた。戦いたい。戦争を止めたい。そんな大それた大義名分はない。ただ、アスランを死なせたくない。キラを死なせたくない。
二人がどこか遠くへ行ってしまうのを止めるために、カガリ宇宙へ出るのだ。
「ーー弟?兄さん、じゃなくて?」
そんなカガリの言葉を聞いて、彼女の優しさに触れたアスランは小さく笑みを浮かべ、そう言葉を紡ぐ。そんなアスランに、カガリは鼻で笑って腕を組んだ。
「ふん!あり得ん!あいつが弟だ」
そう断言できるのがカガリの強さであり、アスランをここまで奮い立たせた力でもあった。
「ふ…そうだな」
アスランはそう呟くと、腕を組むカガリの腰に手を回して抱きしめる。放射能防止のため、バイザーが開けられないのが残念だが、五感全てでカガリの存在を確かめるように、強く抱きしめる。
「ふぁ…ぁぁ…ぇ?」
「俺、カガリに会えて良かった」
呆けるカガリの耳元でヘルメット越しにアスランは言う。カガリがいなければ、自分はきっと、もっと酷い道を進んでいただろう。キラを殺していたかもしれないし、きっとこんな道を選ぶこともなかった。すべてはーー彼女と仲間たちのおかげだ。
「アスラン…」
「君は俺が守る。必ず」
そう言って腕を解いたアスランとカガリは、しばらく見つめ合ってから、ヘルメットを小さくぶつけ、無重力の中を漂うのだった。
////
更衣室の中、白いノーマルスーツに腕を通すラリーに、点検を終えたハリーが入り口から中へと入ってきた。
「ラリー」
いつもはもっと力強い彼女の声が、いやにか細く聞こえた。作業用ヘルメットを脱ぎ捨てて、ノーマルスーツの上を脱いだハリーは、無重力の中を滑るように移動し、ラリーの前へと降り立つ。
「ホワイトグリントの補給、終わったよ」
そう言って更衣室に設けられた分厚い窓からハンガーの中を眺める。二人の前にあるのは、充分に整備され、多重装甲もオプションも何もない、本来の姿となった純白のモビルスーツ、ホワイトグリント。
多重装甲が装備されていた時は使用できなかったスラスターや駆動軸の数値もリミッターが外れて、フリーダムやジャスティスの基本性能を凌駕する機動力を発揮するであろう閃光の機体。
それを手ずから整備したハリーの顔つきは、暗く沈んでいるように見えた。
「いっぱい…帰ってこない人が多かった」
PJにアンタレス隊のパイロットたち。
ガルーダ隊やグリフィス隊に参加していた地球軍、ザフト軍のパイロットたち。
そしてモントゴメリや第八艦隊の船。
フレイは自身の父の最後を聞いて、ハラハラと涙を落とした。サイに肩を支えられながら、悲しみに飲まれようとするのに、フレイは気丈に振る舞い、「泣くのも悲しむのも、こんな戦いを終わらせてから」と言って、今もメビウスや他の機体の整備に従事している。
けれど、ハリーは、そこまで強くなれなかった。
「私…怖いよ、ラリー。ラリーも帰ってこなくなるんじゃないかって…すごく怖い」
そう言って何も言わないラリーの背中に抱きつく。ハリーの声は震えていた。ここに来るまで、多すぎる犠牲があった。それを目の当たりにするのは整備をするハリーたちだ。
悲惨な状況も多く見ているからこそ、ハリーにとってラリーが帰ってこなくなることが何よりも恐ろしかった。
震えるハリーに、ラリーはヘルメットを宙に捨てて向き直ると、彼女以上の力を込めてその体を抱きしめた。
「大丈夫。帰ってくる。俺は必ずな」
帰ってくる。
ヤキンドゥーエで待っているであろう、あの男との決着をつけて必ず帰ってくる。
リークやキラたちも残らず守り切って、帰ってきてみせる。
そうラリーは断言して、ハリーを抱きしめた。
すると、彼女は少し身動ぎをしてラリーの抱擁から抜け出すと、床を背伸びするように蹴ってーーーラリーへ口付けを落とした。
「ーー約束」
そう言って人差し指をラリーの口へ当てがう。ハリーは目尻に涙を溜めながらも、笑っていた。
「約束破ったら、承知しない。だから帰ってきて。みんなで」
「ーーああ、任せておけ」
そう答えて、ラリーは宙を舞うヘルメットを掴み、更衣室から出て行く。その背中をハリーはただ見送る。
そうだとも、彼は帰ってきた。
多くの戦場を駆け抜ける流星という二つ名と共にーー。
キャラデザイン
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他キャラも見たい
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キャラは脳内イメージするので不要