ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第180話 命輝かせて

 

 

 

「カラミティ、レイダー、フォビドゥン、帰還します!」

 

ドミニオンに、三つの光が帰ってきた。

 

頭部と両足を失ってもクロトとシャニの前に出て戦い続けたオルガと、鉄球ごと片腕を失ったレイダー。そして折れた大鎌を持ったフォビドゥン。

 

三機はろくな操縦も効かないため着艦せずに、ドミニオンに接舷すると待機していた作業員たちが手際よくワイヤーで機体を固定していく。

 

「三人とも、よく無事で」

 

ブリッジからそう言ったアズラエルは、どこか安堵した様子だった。コクピットから出てくる三人は疲労の色と大粒の汗をヘルメットの中に浮かべていたが、命には別状はない。

 

「ああ、けど、こっぴどくやられちまったけどな」

 

「レイダーもフォビドゥンも、もう限界だ」

 

そう言うオルガたちの背後では、帰投したダガーやブラックスワン隊のメビウスも傷ついた機体を預けている。吹き飛んだゴットフリートの残骸の上に立ったアサギのアストレイが周辺警戒を行っていたときだった。

 

「リーク!!」

 

バーフォードが驚愕した声を上げる。

 

彼の視線の先には、頭部と腰までの胴体部、片腕を残して吹き飛び、まるで漂流するようにこちらに流れてくるリベリオンの姿があった。

 

機体は応答反応を示さずに、そのままハンガーへと入り、火花を上げてデッキにちぎれた四肢を着底させて、見事とは言えない着艦を果たした。

 

「兄さん!」

 

「兄貴!」

 

「兄ちゃん!」

 

作業員に混ざって外にいたオルガたちも着艦したリベリオンに近づく。音すら発しないリベリオンの姿に、誰もが息を呑んだ。アズラエルとバーフォードも、除染処理されたエアロックへ運び込まれたリベリオンの元へと急ぐ。

 

沈黙するリベリオンに、切断工具を持った作業員たちがコクピットに取りつこうとしたとき、エアーの抜ける音共に、コクピットハッチが開いた。

 

「生きてるよ!生きてる!大丈夫だから!」

 

両手を上げて出てきたのは、五体満足の姿であるリークだった。誰もが呆気に取られた中、オルガたちが一目散に無事だったリークに飛びついていく。

 

「兄さんをここまで追い詰めるなんて…」

 

ひとしきり兄の無事を喜んだ三人は、ボロボロになったリベリオンを見つめながらそう呟く。残っている武装は片手に持っているビームサーベルくらいで、他の武装は全て破壊されており、ここにたどり着いた段階で電源も底をついている有様だった。

 

「それより、ラリーが見当たらないんだ!僕はあの兵器の相手をしていて…最後の一機が急に動きが鈍くなって周りを見たら、クルーゼもラリーも…」

 

そう言うリークに、バーフォードは苦い顔をして言葉を紡ぐ。

 

「リーク。事態は不味いことになってるぞ」

 

「どいて艦長!リーク!!」

 

今の状況を伝えようとしたバーフォードとアズラエルの間を押し除けて現れたのは、エターナルにいたはずのハリーだった。

 

「ハリー技師?」

 

「アンタの機体、用意できてるわよ!」

 

リークの返事も待たずに彼の手を取ってハンガーの後方へと連れて行くハリー。彼女はラリーが飛び立ってたから、ある目的を持ってドミニオンへ単身移動して、戦乱の中今まであるものの準備を進めていたのだ。

 

「僕の機体…?って、この機体は…!」

 

リークは目を見開く。まさかこれを?そう目でハリーに問いかけると、彼女は満足そうな顔をしながら頷く。

 

「アズラエル理事がいざという時のために持ってきてくれていたから助かったよ。そしてこの機体も」

 

ハリーが指さしたのは、もう一機の機体だ。リークのものは、もともと彼が使っていた機体があったから復旧はすぐにできたが、もう一機に手こずってしまった。だが、問題なく飛べる状態には仕上げている。

 

「ーーハリー技師」

 

「持っていってあげて。そして連れ戻してきて。ラリーは必ず生きている。だから!」

 

ハリーの目には確かな確信があった。必ず、ラリーは生きている。どこかでそれを感じているような確信が。その表情を見て、リークも力強く頷いた。

 

「わかった。約束する」

 

リークはハリーの隣から飛び立ち、彼女が仕上げた機体のコクピットを開いた。

 

「兄貴!俺たちも!」

 

二人についてきたクロトやオルガたちも、リークについて行こうと声をあげたが、兄であるリークは三人へ優しい笑みを浮かべた。

 

「クロト、皆。ここはお兄ちゃんを信じて待っていてくれ」

 

「兄さん…」

 

不安げな顔をするオルガに、彼は親指を上げて答えた。

 

「必ず戻る。それにみんなに、妹たちを会わせなきゃならないからね」

 

地球にいる妹たちに、三人をね。そう笑顔で言ったリークに、オルガたちは顔を見合わせて、諦めたようにため息をついた。

 

「俺は信じてるよ、兄ちゃんを」

 

「帰ってこなかったら迎えに行ってぶっ飛ばしてやる」

 

だから、無事に帰ってきて。三人の思いを受け止めて、リークは改めてオルガたちに向き直って敬礼を打った。

 

「ありがとう、行ってくる」

 

コクピットに乗り込んだリークは手際よく起動シークエンスを行なってゆき、外にいるハリーはオルガたちの手伝いを受けながら、誰も乗っていないもう一機の機体へ牽引用のワイヤーを取り付ける。

 

リークはふわりと機体を浮かべて発進位置へと機体を移動させた。ふと、横を見るとアズラエルとバーフォードの姿があった。二人がリークへ敬礼を打つと、周りにいた作業員や、パイロットたちもリークの機体へ敬礼を掲げた。

 

「メビウス1…いや、ライトニング隊、リーク・ベルモンド、発進する!!」

 

光を吹いて、リークはドミニオンから飛び出していく。すべては感じるままにーー彼は、自身が感じるラリーへの感応を頼りに、機体を宇宙へと飛ばしていくのだった。

 

 

 

////

 

 

 

ハッとラリーは意識を取り戻した。赤い非常灯に照らされたコクピットの中は、アラームの音さえ消えて静寂に包まれていた。

 

電力が尽きて、灰色となった二機のモビルスーツ。片方は腹部へ手を突き刺し、もう片方は片腕と頭部を失ったまま、無重力の中を漂っている。

 

機能を停止したホワイトグリントの中でラリーはコンソールパネルを幾度か叩いてみたが、帰ってくる反応は無かった。

 

「…まったく、ひどい有様だよな」

 

ラリーは、誰かに語りかけるように声を出す。いや、相手がいることをわかっていたのだ。困ったような笑みを浮かべるラリーへ、少しのノイズの後に言葉が返ってくる。

 

《……生きていたか。ならば、この戦い…私の敗北だな》

 

あれから、腹部をホワイトグリントの突き手で貫かれたプロヴィデンスに乗るクルーゼも、同じように赤い非常灯に照らされていた。彼の乗るコクピットも、電源が落ちたように静まり返っていてメインモニターも暗闇に包まれていた。

 

「こっちの機体もパワーセルが吹っ飛んでる。そっちは?」

 

《背部スラスターと推進剤がダメな上に、キャンセラーと核反応を電力化するインバータユニットもダメだ。内部電力も残りわずかだな》

 

何度かスロットルを動かしてみるが、全く反応が帰ってこない。完全に死んでるな、これは。そう役目を終えたホワイトグリントの中で肩を落としたラリーに、クルーゼはしばらくの沈黙の後にこう切り出した。

 

《全てを出し尽くしたんだがな…届かなかったか》

 

「クルーゼ…」

 

戦うことでしか、恨みでしか自分を表現できなかった好敵手。彼は観念したような声で言葉を吐いた。違うーーそうじゃないんだよ、クルーゼ。ラリーは視線を下ろして、今まで感じていた思いを、ポツリと声に落とした。

 

「俺が…俺が一番、行先をマシにしてやりたかった相手は…お前だったんだな…クルーゼ」

 

憎しみに突き動かされて。憎しみに囚われて。それしかないと刷り込まれたようなクルーゼ。彼こそが、1番の被害者だと知っていた。そうだと思った。だからーーー。

 

「俺とお前は…分かり合えたはずだったんだ…」

 

いくつもの光を重ねて、いくつもの刃を重ねて、そして何千という言葉を交わした。彼の戦いには常に悲しみがあった。

 

仲間を殺された悲しみ。戦争という悲しみ。そしてーークルーゼが抱く絶望の悲しみ。

 

そんな悲しみでしか自分を表現できないからこそ、それを変えたいと願って彼と戦い続けてきた自分がいる。クルーゼが固執するなら、それに答えてやるという原動力となった思いの根底。届かなかった自分の思い。

 

《ーーラリー・レイレナード》

 

コクピットや中で項垂れるラリーに、クルーゼは今まで聞いたことがなかった清らかで、落ち着いた声を響かせる。

 

《私には…それが許されない…生まれながら受けた業がある》

 

「だから!それはどうでもいいんじゃなかったのか?!お前が生きてなくちゃ…俺は!!」

 

《見ないフリはできんさ。これは私の体であり、私一人が背負う業だ。故に許されないのだよ…私という存在は》

 

そう言ってクルーゼは自分の掌を見つめる。この手はあまりにも深い罪と業が染み込んでいる。消しても消せない。切り落としても切り落とせないもの。

 

「クルーゼ…!!なんでお前は…そうやって一人で抱え込んで!!」

 

《ラリー。そうやって、綺麗な言葉で片付けてしまうから…人はいつまで経っても変われんのさ。たった百年でここまで来るのが、どだい無理な話だったのだよ…これからは走るのをやめて、歩いていく方がいい》

 

きっと、ジョージ・グレンも、コーディネーターを生み出したものたちも、プラントも地球も、コーディネーターもナチュラルもーーこの世界全てが急ぎすぎたんだ。

 

そう簡単に物事は変わらない。変わってはいけないのだ。そんな簡単に変えてしまうから世界はおかしくなる。

 

変われない人と変われた人によって亀裂は生まれて、やがてそれは、拭えない深い闇になるのだから。

 

「クルーゼ…お前は…」

 

《君ならば、できるはずだ。導ける力を君は持っている。そう私が信じたのだ。ラリー・レイレナード》

 

屈託のない声色でクルーゼは断言した。自身を下し、その手にSEEDを握りしめた男。そしてーーークルーゼは今まで決して口にしなかったことを語ろうと思った。

 

《君は言ったな?身の周りにいる者たちの未来をマシなものに変えるために戦うと》

 

オーブで初めて聞いた時は、痛快だった。デュランダルの前でそう宣言した時は、どこか誇らしかった。そして、その言葉を思い返すたびに…ラリーと初めて出会った宇宙を思い返す。

 

《私の魂は、君に出会った時にすでに救われていたんだ。グリマルディ戦線から今まで…君を感じた、あの時から》

 

戦場で違和感を感じて、戦場で輝きを見つけて、戦場でラリーと出会った。その全てが、今のクルーゼを形作っている。そう思えた。心の底から。

 

 

 

 

《この世の全てを憎んで、恨んで、ただ肉体の老いと苦しみに朽ちていく私は、生き返ったのだ。ーーー君のおかげでな》

 

 

 

 

いつのまにか、二人の間に壁は無くなっていた。ノーマルスーツすら脱ぎ去った二人が、永遠と言える輝きの中にいた。

 

安堵して、満足そうに笑みを浮かべるクルーゼに、ラリーは握り拳を作って、怒りにも似た目を向けた。

 

 

 

「ふざけるなよ…」

 

 

 

 

何が生き返っただ。何が救われただ。何がーー俺はーーお前を救えてなんていない!!

 

 

 

 

「ふざけるなよ、クルーゼ!!そんなことを言うな!俺と戦え!!俺もお前もまだ生きてるんだ!生きてるんだよ!!」

 

 

 

 

初めてラリーは、クルーゼに叫んだ。

 

戦え、と。戦え!生きろ!と。

 

俺はまだ生きている。そしてクルーゼも。俺たちの決着はまだ付いていない。決して、付いてなどいない。どちらもまだ、生きているのだから!!

 

 

 

 

「卑怯だぞ!!俺はまだ、ちくしょう!!お前を…お前とは何も…!!なのに…!!」

 

 

 

 

 

気がつくと、涙が溢れていた。そんなラリーの肩に手を置いて、クルーゼは微笑む。

 

 

 

 

《ーー気にするなよ、ラリー。全てがあるべき場所へと向かうだけだ。あるべき場所へと、な。私は満足だ。ああ…そうとも、私は満足したんだ》

 

 

 

 

 

 

そういうと、クルーゼは背を向けて、空へと登っていく。手を伸ばそうとしたが、ラリーは返って下へと落ちていった。足掻くように手を伸ばすが、届かない。

 

 

 

 

 

「光が…広がってゆく…」

 

 

 

 

 

 

光に向かって登っていくクルーゼ。

 

満足そうに手を広げて、その光の雨を受ける彼は、目蓋を閉じて声を紡いだ。

 

 

 

 

 

《さぁ、人が数多持つ予言の時だ。行け、SEEDから生まれた者よ》

 

 

 

 

 

 

あたりは光に包まれ、何も見えなくなった。白い闇。白い光。

 

その先へ、クルーゼの声は登ってゆきーーー溶けていく。

 

 

 

 

《君ならば…できる》

 

 

 

 

 

その世界へと行ってしまったクルーゼの言葉を最後に、ラリーはひどい落下感を味わいながら、光の中を落ちていくのだったーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クルーゼ!!」

 

気がついたら、ホワイトグリントのコクピットの中だった。赤い非常灯は付いておらず、頭上は天井がビームブレードによって抉られており、すぐそこから宇宙の光が見えるほどだった。

 

ホワイトグリントは、肩から上を切り飛ばされており、その一線はコクピットギリギリを掠めるところで止まっていたのだ。

 

「ラリー!」

 

声が聞こえる。目を凝らすと、宇宙の光に背を向けたリークの顔が見えた。焼け爛れた傷痕からこちらを覗き込んでいて、安堵の笑みを浮かべる。

 

「良かった!無事だった!…クルーゼは?」

 

彼の手を借りてコクピットから抜け出す。周りを見渡してみるが、そこには灰色の残骸に成り果てたホワイトグリントの姿しかなかった。

 

しばらく深淵の宇宙を見つめたラリーは、リークの問いかけに首を横に振って答えた。リークもまた、クルーゼに思うところがあったのだろうか。少し悼むような顔をしてから、残骸となったホワイトグリントから離れていく。

 

「リーク、お前…それは…!」

 

リークが飛んだ方を見て、ラリーは目を見張った。

 

そこには、低軌道状でリークが使用していたメビウスと、ラリーが愛用していたメビウス・インターセプターの姿があったのだ。

 

「ハリー技師が持って行けって。ラリーは必ず生きているからって彼女は信じてたから」

 

そう言って、リークはラリーへ手を差し伸ばした。

 

「行こう、みんなが待っている」

 

ラリーはふと、後ろを振り返る。そこには何もなく、宇宙の静寂さが広がっていた。あの見た光景はーー夢だったのだろうか。ラリーはクルーゼが触れた肩をそっと撫でて、瞳を閉じた。

 

「ああ。そうだな」

 

ホワイトグリントの残骸を蹴って、ラリーもリークへ続く。

 

まだ終わっていない。

 

託されたものも、信じられたものも。全部全部、まだ背負ってもいない。彼が最後に果たした贖罪も。だからーーーここから始めるんだ。

 

ラリーの顔には、もう迷いも憂いもなかった。

 

 

 

 

 

キャラデザイン

  • 他キャラも見たい
  • キャラは脳内イメージするので不要

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