それは、サイとフレイが結婚式を挙げた翌日だった。
イザークとディアッカとニコル。
彼らや共に戦ったコーディネーターのパイロットたちにも招待状が送られた結婚式と披露宴は盛大に催され、多くのパイロットたちから祝福の声を浴びた二人。
そんな式から翌日たって、ザフトのパイロットたちは思い思いの休日を過ごしていた。ある者はオーブの市街地へ出かけたり、ある者は元地球軍のパイロットと飲みに出かけり。
そんな中、イザークはふらりと以前カガリが貸し切ってくれた温泉へとやってきていた。
プラントにもシャワーなどはあるが、やはりゆったりと足を伸ばせることができるのは地球の温泉しかない。
夕日が沈み、オーブの海が一望できる露天に浸かりながら、イザークは日々パイロットとしての責務や疲れを解きほぐしていた。
「あっ…」
ふと、後ろで声が聞こえた。
振り返るとそこにいたのは意外な人物。
ラリーやリークに誘われて温泉に英気を養いにきていたキラだった。
サウナに入った二人と分かれて、海風で身体の火照りを冷まさせながら露天風呂に入ろうと思っていたキラだったが、先客であったイザークと目線がバッチリあった。
しばらくお互いに硬直してから、キラは何も言えないまま室内風呂へと引き返そうとして…。
「…なぜ遠慮する」
それをイザークが呼び止める。
「えっ…いや、でも…」
「露天に入りにきたのだろ?なら入ればいい。別に俺が貸し切ってるわけでもないしな」
ほら、と言って空いてるスペースを顎で指すイザーク。お言葉に甘えて、と言うわけではないがキラはバツが悪そうに頷き、そのままイザークがいる湯船へと足をつけた。
少し彼と離れた場所に腰を下ろす。十人程度が入っても余裕なスペースがあろう露天風呂だが、キラにとってはやけに狭く感じられた。
「キラ・ヤマト…」
そう言われてびくりと反応する。真っ直ぐとこちらを見るイザーク。色々あったが、オーブや、ヤキンの戦いを経て最初持っていた苦手意識は若干薄れているように思える。
「アスランからも、いろいろ聞いたよ。あなたの事や、他のザフトの仲間や…友達のことも…」
これは事実だ。宇宙にいるときにアスランからニコルを紹介された際に話題に上がったのだ。ディアッカやイザークはちょうど哨戒中でいなかったが。
話題を絞り出したキラの言葉に、イザークはフンと鼻にかける。
「アイツは割とお喋りだからな。心を開いた相手には遠慮がないんだ」
「ははは、それ分かるかな」
そこで、再び会話が途切れる。秒殺だった。キラが内心落胆しつつ、新しい話題がないかとスーパーコーディネーターな思考をぐるぐる回していた。
「あの時…」
そんなキラより先に口火を切ったのはイザークだった。
「俺がお前にコテンパンにやられた時。俺は正直、お前が怖かった」
あの時、と言われてキラは砂漠やオーブ海での戦いが過ぎる。砂漠で足がとられたイザークのデュエルを達磨にした事や、空で煽り倒して叩き落としたこと。
うむ、割と容赦がないな僕。
思い出して若干の自己嫌悪に陥るキラの様子に気づかないままイザークは続けた。
「あのストライクのパイロット。どんなおっかない奴が乗ってるんだとずっと考えていた時期もあった。脳裏から離れない時も……。だが、アラスカでの戦い。貴様は俺を殺せたのにわざと見逃した」
アラスカ沖での戦い。グゥルに乗っていたイザークは間違いなくフリーダムの放ったビームサーベルで両断されたと思っていた。
しかし、その一閃はイザークの命を奪いはしなかった。
わからなかった。なぜ、トドメが刺せるのにしなかったのか。軍に属する者として、イザークはキラの行動が怖くて、分からなくて、仕方がなかった。
イザークは昔からそうやって育てられてきた。やれコーディネーターの誇りだとか、下等なナチュラルなんかに、と。
「けれど、今は違う。いや…間違ってたんだ。俺の何もかもが」
パナマの戦い、そしてオーブ戦、宇宙、ヤキンドゥーエでの戦い。イザークの脳裏にはくっきりと焼き付いている。
〝ジュール隊長!核搭載艦は俺たちが!〟
〝任せてくださいよ、隊長!〟
〝ガツンとやっつけてきますって!〟
そう言って、死にに行くような作戦に挑んでいったナチュラルのパイロットたち。決死の覚悟で核搭載艦を見つけ出し、その座標を送ると引き換えに彼らは命を落とした。
彼らはコーディネーターも、ナチュラルも関係なく歳下であるはずのイザークの器を信じた。俺たちの隊長なら必ず成し遂げてくれると信じてくれたのだ。
「〝下等なナチュラルなんか〟…じゃなかったんだよ。アイツらは…」
あの瞬間から、イザークの中にあった価値観は決定的に変化した。
ナチュラルだとか、コーディネーターだとか、本質を突き詰めれば関係なくなる。
能力の差なんてコーディネーターでも起こるし、それでナチュラルを下等だと罵る資格など、コーディネーターにありはしないのだ。
「イザーク」
「今ならお前が俺を討たなかった理由も分かっているつもりだ。だから、あえて聞かせろ」
もし、俺が低軌道会戦で。
あのシャトルや、お前の仲間を殺していたとしても、お前は今のように許せたか?
そう言ったイザークに、キラは息を詰まらせた。オーブの海に沈む夕日が二人を照らしている。
しばらく、キラは言葉を無くしてイザークの目を真っ直ぐに見つめた。
「許せた…許せない…そういう話にはならなかったと思うんだ」
「僕も同じだった。守るために戦わなくちゃと言い聞かせて、ラリーさんや皆んなと同じ、軍人だと言い聞かせて。多くのザフトの人たちを殺した」
キラはそう言って自分の手を見つめる。多くの、多すぎる命を殺めた。人という一生の中で想像もできないような多さの命を、人生を、その人の全てに「引き金を引いた」。
その重さをわかっていたつもりだが、未だにキラはその意味を計りかねている。
いや、計れるものなんかじゃない。
自分の想像なんかではとても考えられないほどの大きなものが、きっと自分の手にこびりついて、決して取れはしない。
その中に、イザークや、アスランの知り合いや、友達や、もしかすると家族や、恋人がいたかもしれない。そう考えると、たぶん、失った人たちはきっと自分を許さないんだ、と。
「悲しみが全部無くなればいい。こんな苦しいなら最初から選ばなければよかったと思った時もあった」
逃げてしまいたい時もあった。なんで自分が戦わなくちゃといけないんだと自棄になりたいときもあった。殺した人のイメージが忘れられなくて怖くて怖くて仕方がない。
それでも、頼れる仲間がいたから。
支えてくれる友達がいたから。
守りたいと思えた皆んながいたから。
「僕は…それでもと言って、守りたい明日のために戦うって決めたんだ」
だから、アスランやイザークたちと手を取り合えたんだと思う。そう言ってキラは笑った。イザークはその言葉を聞き終える。グッと歯を噛み締める。
ああ、俺は…そう思って戦えたから納得できたのか。今まで自分が何のために戦い続けたのか、朧げだった意味が形を成したように思えた。
「…ふん、やはり…よくわからん奴だな。貴様は」
「ははは、アスランやカガリにもよく言われる」
「笑い事ではないぞ、まったく…だが、悪くはないんじゃないか」
夕日を眺めながら言うイザーク。その声にはもう淀みや陰りはない。心からの素直な言葉だった。
「ありがとう、イザーク」
「礼を言われることなど、何もしてない」
そう答えて、二人はゆったりとオーブの温泉に浸かった。
あの低軌道での戦い。あそこから始まった二人の中の戦争は、ようやく終わりを迎えたのだった。
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