ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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ユニウスセブン編
第25話 アルテミス脱出後


 

「再度確認しました。半径5000に、敵艦の反応は捉えられません。完全にこちらをロストした模様」

 

逃げる、という作戦はどうやら上手くいったようだった。ブリッツを戦闘不能にしたラリーたち、メビウスライダー隊を回収したアークエンジェルとクラックスは、静寂に包まれた星の大海を進んでいる。

 

「しかし、ブリッツを回収できなかったのは残念です」

 

残念そうにいうナタルに、ムウがこいつマジかよ、という目を向けた。

 

「うげぇ、バカ言うんじゃないよ。ただでさえストライクに避難民に不慣れなクルーでやってるし、武器弾薬も補給物資もない。そんな中でブリッツの面倒なんて見れるわけがないだろ?」

 

ムウの言葉に、白と青のパイロットスーツを着たままのラリーが頷く。あの状況でブリッツを確保したとしても、捕虜の処遇やブリッツの解析など、負担ばかりが増える。それに、ブリッツを牽引して離脱していたら確実にデュエルやバスターに捕捉され、ジリ貧の追いかけっこが始まったに決まっている。

 

「それに、ヘリオポリスからわざわざ追ってきた奴らだ。まったくG兵器四機も捕獲したんだからさっさと帰れば良いものを。がめつい連中だ」

 

きっとブリッツを奪還し、ストライクとアークエンジェルを落とすまで地の果てまで追いかけてきたに違いないぜ?とラリーはめんどくさそうに呟く。

 

「Gを戦場に投入してきている以上、あの機体にもう用はないのかも知れんな。データを抜き取られてるなら、あれはもう兵器としての価値しかないからな」

 

ドレイクの言葉がトドメになったのか、ナタルは残念そうに目を伏せてしまった。

 

「とにかく、離脱にはアルテミスが、上手く敵の目を眩ませてくれたってことかな?」

 

「少なくとも、北側の港にいた奴らは対応したはずですよ。傘もギリギリ開けてたようですし」

 

アルテミス脱出前に、生き残る事を選択したクラックスのメンバーに触発されて、アルテミスの兵も同じように動いたのだ。本格的な傘の起動は難しいだろうが、対空迎撃装置などの起動は叶ったはずだ。

 

「しかし、事実上の崩壊とも言えるな。あの有様は」

 

ドレイクが残念そうに呟く。何度かアルテミスに通信は試みたが、返ってくる言葉は無かった。アークエンジェルの港もブリッツの攻撃により大きな打撃を受けた。

 

ストライクやアークエンジェルの技術を盗もうとした者たちは、その抜き取ったデータごと、爆炎の彼方に消えたのだろうか。

 

「とにもかくにも、アルテミスに残った残存兵が抵抗をしてる限り、奴らは俺たちを追ってこれないことにはなるな?」

 

「だったら、それだけは感謝しないといけませんね」

 

切り替えるように帽子のツバに指を添えたドレイクの言葉に、マリューは頷いた。が、その表情は安堵よりも不安の影に揺れているように見える。

 

「ローラシア級がロストしてくれたのは幸いだけど…こちらの問題は、何一つ解決していないわ」

 

「やはり、水か」

 

核心をついたドレイクの言葉に、マリューの影はさらに濃さを増したようだった。

 

「はい……。アルテミス脱出時に、運び込める物資は運び込んだのですが、肝心の弾薬と水は心許ないものです」

 

アルテミスで期待していた補給が受けられなかった以上、アークエンジェルが向かう次の目的地は「月」だ。地球軌道圏内に入れば、少なくとも地球軍からの援助も受けられるし、機密であるアークエンジェルの行先も定まるはずだろう。

 

しかし、その道のりはあまりにも険しい。

 

「これで精一杯か?もっとマシな進路は取れないのか!?」

 

「無理ですよ。あまり軌道を地球に寄せると、デブリ帯に入ってしまいます。こう進路を取れれば、月軌道に上がるのも早いんですが…」

 

マリューたちとは別の場所で、ナタルとオペレーターがそんな会話をしていた。ラリーもノイマンが示した進路を見たが、それはあまりにも無謀極まりない航路だ。

 

「そこの突破は……無理よね……?」

 

「デブリ帯をですかっ!?」

 

ノイマンが示した進路は、デブリベルトを突っ切るものだ。たしかにデブリ帯を迂回するよりも、真ん中を突き抜けたほうが道のりは早いし、仮にザフトが追ってきたとしても振り切ることができるかもしれない。

 

だがーー

 

「ラミアス艦長。焦る気持ちはわかりますが、現実に可能な解決策と、机上の空論に縋った解決策を履き違えてはなりません。後者を選んでしまえば、遅かれ早かれ綻びがでるぞ?」

 

ドレイクの言う通り、事前準備も検討もない机上の空論での作戦は多くのほころびを抱えている。現に、それに頼った作戦を敢行した地球軍は、ザフトのモビルスーツに手痛い代償を支払う羽目になったのだ。

 

「それに、アークエンジェル級になるとなぁ。この速度を維持して突っ込んだら、この艦もデブリの仲間入りですね」

 

「人類が宇宙に進出して以来、撒き散らしてきたゴミの山か…」

 

ラリーの言葉に、ムウが意味深にそう呟く。デブリ帯に浮かぶデブリは、この戦争が起こるもっと前から漂っているものが多い。

 

「矛盾ですね。人は新たなフロンティアを宇宙に見出したというのに、誰にも汚されてない宙を人は自らの手で汚していく。これじゃ、我々が害虫のようだ」

 

ラリーの言葉に、ムウは何も言わずにモニターに映るデブリを眺める。このデブリ帯は、人が人であるが故の業を知らしめてるようにも見えた。

 

「レイレナード中尉。冗談を言ってる場合じゃないですよ」

 

「わかってるよ、バジルール少尉。けど、この先にある物を知れば、害虫と思える気持ちも少しは理解できるはずですよ」

 

そう言うラリーにナタルは首を傾げた。それはマリューも同じであり、唯一ドレイクはくたびれた帽子を深く被り直した。

 

「ラリー…」

 

「ムウさん、このデブリ帯、見覚えはありませんか?」

 

多くの戦場を転々としてきたメビウスライダー隊。ムウにも、そしてラリーにも、このデブリ帯の中にある巨大な墓場には見覚えがある。

 

「はは…確かにな。俺たちは害虫かもしれん」

 

人類の業。人が生きていけない世界に浮かぶ、人が住まうために作られた大陸。死んだ大地。それにすがる自分たちは、紛れもなく害虫だ。

 

しかし、ムウはあえて視線を逸らさずにいた。

 

「つくづく、不可能を可能にする男かな?オレたちは」

 

その業を背負って、自分たちは生きているのだからーー。

 

 

////

 

 

 

「うっ……うっ……水を!もっと水をー!」

 

「止めなよ、状況に合ってないギャグ」

 

アークエンジェルの食堂で、水の入っていないコップを目の前において唸ってるトールに、呆れたようにサイがため息をついた。

 

「ギャグじゃねぇよ!…ったく~」

 

トールはふて腐れたように、机に突っ伏した。彼が言うように、現在のアークエンジェルやクラックスでは水制限が掛かっていたのだ。飲料水はもちろん、シャワーや手洗い、果てはトイレの水すら制限されてる有様だ。

 

サイは隣に座って、ぼんやりとしているガールフレンドを見る。この厳戒な水制限だ。シャワーも浴びられない現状にかなりのストレスを感じているのか、いつもの明るい彼女は身を潜めており、何か物思いに耽っているようにも見える。

 

「フレイ?なに?どうしたの?」

 

「え?あ、ううん。なんでもない…」

 

サイが何度かそう声をかけたが、フレイの回答はいつも同じだった。なんでもないと言って取り繕うが、しばらくするとまた物思いに耽る。そんなやり取りを、サイとフレイは何度か繰り返していた。

 

「お!キラー!それにベルモント少尉も!ストライクの整備、完了か?」

 

突っ伏していたトールが立ち上がる。それに釣られてサイもフレイも、食堂の入り口に目をやった。そこには、作業服姿のキラと、リークが水を飲みに訪れているところが見えた。

 

「うん。でも、パーツ洗浄機もあまり使えないから、まいっちゃうよ。手間ばっかりかかって」

 

そういうキラの手は油ですっかり汚れている。よくみると、普段は制服で作業をしてるはずなのに、今日のキラは作業服姿だった。身につける作業服もところどころに油ヨゴレが目立っていた。

 

「お疲れ様、キラくん。けど、整備に妥協はダメだよ?機械ほどメンテナンスしないとヘソを曲げるモノはないんだから」

 

二人分の水を持ってやってきたリークも、キラよりも油ヨゴレにまみれていて、手に持つコップに汚れがつかないように、わざわざ紙タオルを手とコップの間に挟んでいる。

 

「わかってますって」

 

そう答えてキラは喉を潤す。トールがそれを羨ましそうに見ていて、キラは困ったように眉をひそめた。

 

「お、リーク!もう大丈夫なのか?」

 

キラたちが話している下へ、パイロットスーツ姿のラリーが無重力の中、壁を蹴って食堂に入ってきて、キラたちの前に綺麗に着地する。

 

ラリーが部屋に入ってきたのを見たフレイが、わずかに目を見開き、そして顔を背けたのがサイには見えた。

 

「おかげさまで。今回は軽いムチウチ程度で済みましたよ」

 

リークはわざとらしく首筋に手を添えて、軽く肩を回すような仕草をする。

 

アルテミス脱出の際に、ラリーと相乗りしたリークだったが、脱出直後のリークの有様は酷いもので、しばらく複座のコクピットから出ることができなかった。

 

メディカルチェックも受けたが、極度のG環境に晒されていたというのに、軽いムチウチ程度という診断を受け、事なきを得たのは幸いだった。

 

「なら、次はもっと受け身の練習をしないとな?」

 

「勘弁してください…」

 

はっはっは、と笑うラリーにうなだれるリークの様子を見て、キラは乾いた笑いをこぼすだけだった。

 

「ところで、艦長たちとの話し合いは終わったんですか?」

 

「んー、あーまぁな。とりあえず補給は受けられるはずだ」

 

その言葉に、疑問を投げたサイとトールがラリーに詰め寄った。

 

「補給を?」

 

「受けられるんですか?どこで!」

 

「受けられると言うか…まぁ…勝手に補給すると言うか…」

 

ラリーがしどろもどろに説明しようとすると、今度はマリューやムウ、ドレイクたちが食堂に入ってくる。

 

「私達は今、デブリベルトに向かっています」

 

「でぶりべると?って…」

 

「ちょっと待って下さいよ!まさか…」

 

サイの戸惑いの声に、ムウがほうと唸る。

 

「君は勘がいいねぇ~」

 

「デブリベルトには、宇宙空間を漂う様々な物が集まっている。そこには無論、戦闘で破壊された戦艦等もあるわけでーー」

 

「まさか…そっから補給しようって…」

 

頷くドレイクに、トールとサイがうげぇという顔をする。気持ちはわからないわけではないが、好き嫌いを言ってる場合でもない。

 

「仕方ないだろ?そうでもしなきゃ、こっちが保たないんだから…」

 

「あなた達にはその際、ポッドでの船外活動を手伝ってもらいたいの」

 

マリューの言葉に、サイたちはさらに嫌そうに顔をしかめる。そんな彼らに、リークがにこやかに肩に手を置いて励ました。

 

「まぁ、護衛に僕もでるし。ラリーが作業の先陣を切るから。ね?」

 

「えぇ、俺が作業すんの?リークでいいじゃん?」

 

「あれは僕の機体なんですけど?まったく」

 

呆れたようにため息を吐くリークに、ラリーはちぇーと口を尖らせた。ごほんと、ドレイクが咳払いをする。

 

「あまりいい気持ちがしないのは同じだ。だが他に方法は無いのだ。我々が生き延びる為にはな…」

 

ドレイクの言葉のあとに、ラリーも続くようにサイやトールに向かって言葉を繋いだ。

 

「宇宙では、とにかく明日を生き抜く事を真っ先に考えろっていうのが鉄則だ。だから利用できるものは何でも使う。例えそれが、骸が握っている剣であったとしても、な」

 

そうやって自分たちは生き延びてきたとも付け加える。ふと、ラリーはフレイと目があったが、彼女は苦しげに顔を歪めてから、顔を背けた。

 

「喪われたもの達を漁り回ろうと言うんじゃないわ。ただ……ほんの少し、今私達に必要な物を分けてもらおうというだけ。生き抜くため。生きて、使命を果たすために、ね」

 

マリューやラリーの言葉は、たしかにもっともだ。現に今のアークエンジェルは、深刻な水不足に悩まされている。サイたちは、仕方なくではあるがその作業を引き受けることを決めた。

 

しかし、それは安易な決断だったと思い知らされることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 


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