ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第26話 ユニウスセブン

 

 

 

「こんなものを造り上げるとは…!ナチュラル共め!」

 

プラントに帰還したクルーゼとアスランは、荒れ狂う査問会の様子をただ呆然と見つめていた。

 

クルーゼの説明、そしてアスランが持ち帰ったG兵器の概要を聞いて、直前まで余裕すら醸し出していた議員達が一斉に議論を始めたのだ。

 

誰かが叫ぶ。

 

ナチュラルごときがモビルスーツなどと。

 

しかしナチュラルにそんなものを作れるはずがないと。

 

「でも、まだ、試作機段階でしょ?たった5機のモビルスーツなど脅威には…」

 

「だが、ここまで来れば量産は目前だ。その時になって慌てればいいとでもおっしゃるか!?」

 

ほら、またそんな楽観的なことを…そう思ってクルーゼは、心の中であざ笑う。

 

「これは、はっきりとしたナチュラル共の意志の表れですよ!奴等はまだ戦火を拡大させるつもり…」

 

「静粛に!議員方、静粛に…」

 

議長が場を鎮めようとするが、議論のーーいや、議員達の不安が払拭されることは無かった。

 

認めようが、認めまいが、現に地球軍はモビルスーツを作り出してしまったのだ。その揺るぎない事実に、誰もが不安を抱いている。

 

「戦いたがる者など居らん。我らの誰が、好んで戦場に出たがる?」

 

議会の喧騒を遮って言葉を放ったのは、最高権限を持つ、パトリック・ザラーーアスランの父親だ。

 

「平和に、穏やかに、幸せに暮らしたい。我らの願いはそれだけだったのです」

 

彼は紡ぐ。偽りに満ちた平和の虚像を。

 

「だがその願いを無惨にも打ち砕いたのは誰です。自分達の都合と欲望の為だけに、我々コーディネイターを縛り、利用し続けてきたのは!」

 

彼は語る。その虚像を壊した敵対者の行為を、歴史を。

 

「我らは忘れない。あの血のバレンタイン、ユニウスセブンの悲劇を!」

 

デブリベルトに浮かぶ、失われた宇宙の大陸。多くの人に、悲しみと憎しみをもたらした象徴を、パトリック・ザラは演説に織り込んで、滔々と語った。

 

「24万3721名…それだけの同胞を喪ったあの忌まわしい事件から1年。それでも我々は、最低限の要求で戦争を早期に終結すべく、心を砕いてきました。だがナチュラルは、その努力をことごとく無にしてきたのです」

 

嘘だな。とクルーゼは一人、心の中で呟く。

そもそも、本当に最低限の要求に留めておけば、ユニウスセブンの悲劇など、端から起こってないのだ。地球からの資源がなければ、今住む生活圏すら確立できなかったというのに、彼らは自らの優性遺伝子を過信し、盲信して、戦争の導火線に万雷の拍手の下、火を放ったのだ。

 

それが如何程の代償を生むのかということを、知りながらだ。

 

「我々は、我々を守るために戦う。戦わねば守れないならば、戦うしかないのです!」

 

クラインとザラの血統の統合。そこから生まれる光を守らねばならない。詭弁で言っておきながら、自分自身の言葉に鳥肌が立つ。

 

そんな光、守るつもりもない癖に。

そんな光など、自分の手で葬り去りたいほどに、クルーゼは世界を憎んでいる。

 

しかし、彼の憎しみに一筋の光が差し込んだ。

 

握りつぶそうと手を伸ばしても、決して消えない光。なんど繰り返しても、なんど試しても消せない光。その光を何度も見せつけられ、クルーゼは「本物」を見つけた。

 

今や、彼の興味はその本物にしかない。クラインもザラも、そんなものどうでもいい。この戦争すらーーいや、戦争はなくてはならない。でなければ、自分が見つけた本物は、嘘で塗り固められた世界の中に消えてしまうだろう。

 

逃さない。決して。

 

その光を逃さない。

 

この憎しみを、見つけた本物が消し去るまで、逃すことはない。

 

 

////

 

 

 

「あそこの水を!?本気なんですか!?」

 

デブリベルトで停泊するアークエンジェルとクラックスは、自分たちが求めていた壊れた宇宙船ではなく、深淵の宇宙に浮かぶ大陸、ユニウスセブンを発見してしまったのだ。

 

大慌てで逃げた二隻は、アルテミスで僅かに補給した物資を交換しつつ、宙に浮かぶ戦争遺跡となったユニウスセブンへの調査上陸を行なった。

 

回収任務に参加するキラや、その友人達を引き連れて。

 

キラが怒気を込めて言うのは、そこで見た光景に由来していた。

 

戦争のせいで、復興や遺体の回収すら行われなかったユニウスセブンには、多くの被災者の遺体があった。大人に子供、老人も含めて、ありとあらゆる無関係な一般市民が、宇宙の冷たさに凍りつき、ミイラとなってユニウスセブンに漂っている。

 

同行したミリアリアも、あまりの衝撃でしばらく部屋に閉じこもってしまったほどだ。

 

「ーーあそこには、一億トン近い水が凍り付いているんだ」

 

ナタルの言葉は、あまりにも合理的だった。ユニウスセブンはもともと農業用のプラント。牧草地帯や田園地帯を維持するための莫大な水が、氷となって埋まっている。

 

アークエンジェルとクラックスは、その氷から水を補給しようと言うのだ。

 

「でも!…ナタルさんだって見たでしょ?あのプラントは何十万人もの人が亡くなった場所で…それを…」

 

「水は、あれしか見つかっていないの」

 

キラの言葉を、マリューが無慈悲に遮る。

水は、あそこにしかない。

その現実が、重くのしかかる。

 

クラックスに戻り、補給の指示を出していたドレイクは、モニター越しに陰鬱そうにうなだれるキラを一瞥する。

 

彼が感じ、彼が億劫になる感情は正しいとドレイクは思った。だが、その正しさでどうにかなるほど、現実は甘くない。

 

「誰も、大喜びしてる訳じゃない。水が見つかった!ってよ…」

 

「フラガ大尉…」

 

フラガの言葉に同意するように、ドレイクはくたびれた帽子を整える。

 

「誰だって、できればあそこに踏み込みたくはないさ。けどしょうがねぇだろ。俺達は生きてるんだ!ってことは、生きなきゃなんねぇってことなんだよ」

 

その言葉が、今の全てだった。

 

自分たちが呼吸をし、生きている以上、ユニウスセブンから取り出さなきゃならない物資がある。それを、道徳的な感情を優先して無視すれば、今度はこちらが死に直面する。

 

生きるためには、必要なことだ。

 

そう、言い聞かせるしかないんだと、誰もが言った。

 

キラは、ショックに揺れる仲間とともに、アークエンジェルの展望室からユニウスセブンを眺めた。色々な思いが巡る。

 

調査時に見た遺体の数々。

ボロボロになったぬいぐるみ。

 

そんな場所から、水を取るという行為。

 

自分たちがーーー。

 

「悪いな、こんなことに加担させちまって」

 

そんなキラ達のそばに、同じくユニウスセブンの調査に同行したラリーが、寄り添ってきた。

 

「レイレナード…中尉」

 

「アークエンジェルのクルーも、クラックスのクルーも、そんで俺も、何ともない顔してさ。てきぱきとあそこの水を回収する準備しちゃってるの。まったく、嫌になっちまうな」

 

そう口ずさむ彼も、キラから見たら合理的に考えるマリューやナタルや、ムウ達と同じように見えた。人の死や、悲惨な事故を悼まない、薄情な人のように見えた。

 

「中尉は、なにも…なにも感じないんですか?」

 

気がつくと、キラはそんなことをラリーに問うていた。キラの友人、サイやトール、カズイも同じような眼差しで、ラリーを見つめる。

 

「あまり感じない…というより、そういう感覚が退化したのかもしれないな」

 

ラリーは少し、窓からユニウスセブンを眺めて思考を巡らせてから、静かに答えた。

 

「退化…?」

 

「ユニウスセブンの事故。24万3721名が亡くなった地球軍が行った最大の虐殺事件。そういう数字でしか、俺たちはそれを知覚することができなくなったのかもしれんな」

 

それはまるで、歴史の教科書に載っている例文を丸暗記して喋ってるようで、悲惨な事故を悼んでいるようには見えない。しかし、ラリーの表情はどこか悲しげだった。

 

「ーー俺たち兵士ってのは、そんな大きな事を考えてる余裕なんてないんだ。昨日まで隣のベッドでだべっていた戦友が、目の前で死んだり、その戦友が使ってたベッドに新任のパイロットがすぐに来て、よろしくなんて握手したりして。人の死を悼む時間も無くて、戦って、戦ってーー」

 

そう言ってラリーは、ユニウスセブンを眺める。その瞳は、どこか遠くを見ているように思えた。

 

「ある時、被弾した僚機を俺は牽引してた。くぐもった通信機から聞こえる仲間の声をじっと聞いて、大丈夫だ。もうすぐ着く、なんて励ましながら母艦に到着した。自分の機体から降りて見たら、連れてきた僚機のコクピットの半分が消し飛んでて。半身を失ったソイツは、俺の励ましの言葉に頷きながら事切れてた」

 

はぁーーと深く息を吐いて、ラリーはガラスに手をつく。

 

「そして俺の部屋は、また一人部屋になった」

 

それに、キラ達は何も言えなかった。

 

この世界に来てから、ラリーはそんな思いを何回、何十回と繰り返してきた。時には、手を握りながら励ましたこともあったし、死体になった戦友を担いで戦線を離脱したこともある。

 

そんなことを繰り返していくうちに、ラリーの中にあった人の死に対する意識は、ゆっくりと、確実に侵され、気がついたら悼む感覚が退化しているように思えた。

 

だから、ラリーは戦友の死を悼むよう意識している。戦友が居なくなれば葬い、慰めの言葉をつむぐ。そうやって、死んだ者との絆を忘れないようにしている。

 

たまにそれが、自分が自分を保つためにやっている儀式のようにも思えてならない。

 

ラリーは窓から手を離して、そんな考えを思考から追い払った。

 

「お前たちの反応が正しい。正しいんだ。それを忘れたらダメなんだ」

 

自分にとって薄れてしまった素直な感情を、どうか失わないでほしい。

 

これから彼らには酷なことをさせる。そんなことをわかっているのに、ラリーにはそんなことしか言えなかった。

 

「俺を軽蔑してくれて構わない。嫌ってくれてもだ。だから、その想いだけは忘れないでいてほしい。辛い事を言ってると思うがな」

 

生き抜く。生きて、使命を果たす。死んだ仲間の分まで。

 

そのためになら何だってする。生きるために。ラリーはそう心に誓っているのだ。

 

「さ、辛気臭い話は終わりだ。作業ポッドの使い方を説明するから、担当者はハンガーまで来るように」

 

そういうと、ラリーはいつものような人当たりのいい笑顔を見せて、キラ達から離れた。ラリーが展望室から出た時、その扉の脇でフレイが聞き耳を立てて、呆然と立っている様子には気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 


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