「折り紙ぃ?」
クラックスで食事を取っていたハリーが言った言葉に、AWACS「オービット」の管制官を務めているニック・ランドールが、パンをかじりながら聞き返した。
ハリーはアークエンジェルから受けた通信内容をもう一度告げる。
「キラくんたちが、『僕らにできることってなにかを考えて、せめて、ユニウスセブンに住んでいた人たちを悼もう』って」
大勢の人が亡くなったユニウスセブン。そこから水を取ろうということだから、せめてのもの葬いと礼節をと言う気持ちなのだろう。
今では、アークエンジェルに再び移った避難民たちの協力のもと、花を象った折り紙を製作しているとのことだ。
「葬い…ね」
ニックはそう呟き、少し遠くを見るような目をした。
ニック・ランドールは、元々アガメムノン級宇宙母艦ルーズベルトの管制官を務めていた。
乗組員のほとんどがブルーコスモスのシンパではあったが、彼は戦場の動向を即座に見抜き、適切な対応が取れる熟達した能力を買われたのと、ブルーコスモスが独断行動をしないための歯止めとして送り込まれた地球軍兵でもあった。
そして戦争が始まり、ルーズベルトはブルーコスモスのシンパである艦長、ウィリアム・ザザーランドの指示のもと、プラントへの核攻撃を実行した。
血のバレンタイン。
それを目の当たりにしたニックには、忘れられない光景だ。
『AWACSからメビウス部隊へ!おい!何をやっている!プラントに核攻撃だと!?正気か!!』
核攻撃命令は、ブルーコスモス内で完結された指示であり、地球軍からのお目付役であったニックは、その指令を把握していなかった。
発艦した核装備の部隊も、「モビルスーツを有するプラントに対する圧力による抑止力」という名目しか聞いていない。警戒はしていたものの、本気で核を打つとは思っていなかった。
攻撃目標である農業用プラント。
ユニウスセブンは違法改造コロニーだ。
地球側が支援で作ろうとした工業用コロニーを、プラントは自国の自給自足のために農業用に違法に改造した。ユニウスセブンに住む科学者や住人も、ブルーコスモスシンパから見れば全てがテロリストに近い存在。そのコロニーを核攻撃の目標にするのは必然でもあっただろう。
しかしだ。
その核攻撃が正しいかと問われたら、ニックの答えはノーだ。それで何が起こる?戦争が終わるというのか?少なくとも、その場にいたニックは、『戦争の早期終結のために尽力する兵士』だった。断じてコーディネーターを根絶やしにするために戦っているわけではない。
結果、ニックによる管制指示は聞き入られずに核は打たれた。ただ一介の管制官に過ぎない彼は、止めることもできずに、その光景を見ることしかできなかった。拳をモニターに叩きつけることしかできなかった。
なぜ撃った!なぜ核を!なぜだ!と、ニックはザザーランド艦長に問いただしたが、帰ってきたのは侮蔑の眼差しだけだった。
そして、エイプリルフールクライシスが起こった。約24万人を殺した結果は、より多くの犠牲をもたらす報復が、地球を深刻な危機に陥れるものとして返ってきた。
たった一発の核で、世界情勢は互いを憎しみ合う根絶戦争へと転がり落ちたのだ。
そんな世界に失望しながら、ニックは第一線の管制官から外されて、この部隊へ配属された。
彼は宇宙に漂うユニウスセブンに思いを馳せる。
「いいんじゃない?折り紙」
ふとそう言ったのは、ニックの斜め後ろに座っていたクルーの一人だ。他のクルーもうんうんと頷いたり、パンをかじりながら同じく賛成だと手をあげたりする者も居た。
「そうそう、そういうのは大歓迎ですよ。俺たちは」
そういうクルーたちを見て、ニックは小さく笑う。
あれから、多くの戦場を見てきた。ナチュラルとコーディネーターの殺し合いを見てきたが、この部隊にやってくる人間は、一癖も二癖もある者たちだ。
だが、やってくる者たちには一種の共通点がある。
それは、別段コーディネーターを憎んでないということだ。開戦当時から戦う強者もいれば、開戦してから徴兵でやってきた者もいる。その全員が、『戦争の早期終結』を胸に軍に志願した者ばかりだ。コーディネーターを嫌悪する士官による無差別な虐殺に反発した爪弾き者が、ここに流れ着いてくるのだ。
もちろんコーディネーターに仲間や友を殺された者もいる。
だが、それでも彼らは、こんな戦争は早く終わらせることが最大の葬いだと言うのだ。それが叶わない、今の戦争。
だからこそ、生きのびなければならない。生きて、戦争を一刻でも早く終わらせる。その使命を果たすために、彼らは互いを支えあいながら戦っている。
そんな彼らと戦えることを、ニックは誇りに思うのだった。
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アークエンジェルのハンガーでは、ユニウスセブンでの氷塊回収の際に使用する作業用モビルアーマーMAW-01ミストラルの整備が、マードック指揮の下、作業員の手によって進められていた。
「キラくん、そこの2番のスパナと電工セットを取ってくれないか?」
その中には、メビウスとストライクの整備を終えたキラとリークの姿があった。二人はもともとストライクの整備をしていたのだが、マードックたちが6機のミストラルの整備に手こずっているのを見て、応援に加わったのだ。
「ーーベルモンド少尉」
「んー?」
「ベルモンド少尉は、なんで僕に優しくしてくれるんですか?その…僕は…コーディネーターで」
作業用アームのセッティングをしてたリークは、その言葉を受けて機体下部に潜り込んでいた体を起こして、キラの方へ顔を向けた。
「コーディネーターであっても、君は君だろう?」
さも当然のことのように言うリークに、キラは困惑の表情を向ける。彼の言いたいこと。それはキラが如何に、ナチュラルとコーディネーターの差別を目の当たりにしてきたかを物語っていた。リークはよいしょ、と言いながら、ミストラルの上に持っていた工具類を入れる腰ベルトを引っ掛ける。
「確かに、僕にできないことを君は容易くやってしまったり、モビルスーツを動かす力があるのかもしれない。けどさ」
彼は人当たりのいい笑顔を見せながら、トントンと親指で胸の中心あたりを指し叩く。
「ここは、君なんだろう?」
いくら能力の差があろうが、筋力の差があろうが、感じる心や、感情は一緒だとリークは言う。それが無くなれば、コーディネーターは悲しんだりしないし、怒ったり、恨んだりもしない。そこも違うと言われれば、リークにとってコーディネーターは機械と変わりない存在になってしまう。
「僕は、コーディネーターが悪だとか、コーディネーター差別とか、そんな思想的なもので戦ってるわけじゃないよ」
ブルーコスモスの過激思想は合わないし、とも続ける。だが、その表情は困ったようになっていった。
「ただ、プラントは…嫌いかな」
一旦休憩、と手袋を脱いだリークは、キラに持ち歩いていた水のパックを差し出した。
「キラくんは、エイプリルフールクライシスって知ってるかい?」
キラは頷く。
「このユニウスセブンが、核によって攻撃された報復としてプラント側が地球に行った作戦。僕にとったら、それが地球に住む人々への無差別殺人に思えた。いやーーそこからプラントを憎んでいるのかもな。僕は」
自分でもよくわからないんだよ、とリークは苦々しい声で言う。
「僕には妹達が居てね。彼女たちは今は東アジア共和国の学校に通ってるんだ。僕は、妹たちを安全な場所で学校に行かせるために、地球軍で働いてる」
「そう…なんですか」
たどたどしく答えるキラに、リークは端末に入っている妹たちの写真を見せた。上が中学生で、下が来年から姉と同じ中学に行くんだと言って。
「ーーエイプリルフールクライシスで、地球のエネルギー供給網はズタズタにされて、原子力発電に頼っていた国では軒並み暴動や、市民が暴徒になる事件が起こった。発電所に勤めていた両親はーー」
そこから先を、リークは言わなかった。キラは、リークの横顔を見た。その顔はいつも見せる優しいものではなく、思わずゾッとしてしまうような黒い影が宿る横顔だった。
「いやぁ、暗い話をしてしまったね」
キラの視線に気がついたリークは、いつもの優しげな笑顔に戻った。しかし、暗い影を落とした表情を見てしまったキラは、恐る恐るとリークに、こんな言葉を問う。
「リークさんは、コーディネーターを恨まないんですか?」
その言葉にリークは、うーんとわざとらしく顎に手を添えて唸った。
「キラくん、この戦争は国と国が起こしてる戦争だよ」
リークは、まっすぐキラを見てそう答えた。
「たしかに、プラントがやったことは許されない。けど、それを理由にコーディネーターも滅ぼすーなんて言ったら、それは戦争じゃない。どちらがどちらを滅ぼし尽くすまで戦うーー破滅だよ」
青き清浄なる世界。
コーディネーターの独立。
その二つの思想の元に加速していく血濡れた戦争。
その在り方は、リークが何より嫌悪する物だった。
「客観的に見ても、プラント側にも責任を果たさずに独立しようとした無理やりさはあるし、それを武力で押さえつけた地球軍にも問題はある。お互いがもっと歩み寄らなきゃならなかったはずなのに、誰もがそれを蔑ろにした結果、今の憎しみ合う戦争が起こってるように思える」
そこまで言って、リークはなーんてねとおどけるように笑った。
「とまぁ、ここまで大人みたいに答えてはみたけどさ。僕らにとっての敵は、僕らに攻撃してくる者だよ。それ以下でもそれ以上でもない」
リークはミストラルに添えていた手に力をいれて、ゆっくりと無重力の中を漂う。そしてキラを見据えた。
「僕はね。そうやって殺すこと、殺されることを良しとする戦争なんて、嫌いなんだ。僕自身の命も蔑ろにされて、戦ったこともないのに戦場に放り出されて。死んでたまるか、って妹たちの顔を思い浮かべながら必死になって戦ってきた」
リーク自身も、整備員だったにも関わらず上官の命令でメビウスに押し込まれ、ろくな戦闘知識もないまま宇宙に放り出され、囮役にさせられた経験がある。
次々と無抵抗ーーいや、何もすることができずにザフトに蹂躙されていく仲間を見て、それを命令した上官に途方も無い怒りを覚えた。そして、この戦争そのものにも。
「だから、僕らは攻撃してくる相手から仲間を守る。自分を守る。そのために戦うんだ」
リークは今でも覚えている。
そんな絶望的な状況の中、颯爽と現れて襲いかかってきた敵をなぎ倒した流星の姿を。
自分も、そんな流星のようになりたい。流星になって、助けを求める仲間を守りたい。
流星であるラリーと共に飛ぶことによって、リークはそんな夢を抱くようになったのだった。