ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第29話 氷の戦い

 

 

ユニウスセブン。

氷塊の平原。

 

アークエンジェルから出た作業用モビルアーマー、ミストラルは弾薬回収と、氷の回収の二班に分かれて作業にあたっていた。弾薬回収にはリークが駆るメビウス、そして氷回収には、キラが乗るストライクが護衛の任に就いている。

 

氷の回収には、アークエンジェルのスタッフや回収アームの操縦に、キラの友人たちであるサイやトールも協力してくれている。回収を陣頭指揮するのは、作業用のモビルアーマーの中で唯一、バルカン砲の武装をしているラリーが操縦するミストラルだ。あくまで目印たる武装なので、ラリー機も氷を回収する作業に従事しているが。

 

そんな作業の中、それを護衛するキラは氷の平原と、無数に浮かぶデブリをつぶさに観察していた。

 

瓦礫に紛れて敵が近づいて来れば、気がつく前にミストラルが撃墜される危険性がある。それに、リークやラリーも、出撃前にキラにその事を何度も念押ししていたので、自然と索敵する目にも力が入る。

 

「…民間船?」

 

デブリを見ていたキラは、その中に浮かぶ民間船を見つけた。デブリの多くが撃沈してから時間が経っていたものが多かったが、キラが見つけた民間船は真新しく、受けている傷も古びた様子が無かった。

 

「撃沈されたのか?これ……あ!」

 

キラは咄嗟に、手近なデブリにストライクを隠した。ゴクリと息を呑む。キラが視界の端で見つけたのは、一機の人影だった。

 

キラは大慌てで記録したデータを呼び出し、自分が目にしたのが何なのかを調べて行く。

 

「強行偵察型…複座のジン!なんでこんなところに… 」

 

ローラシア級から出た偵察機か、それともまた別の目的を持ってここにいるのか。キラにはそんな判断はつかない。ただひとつわかっていることはーー。

 

「アークエンジェルが見つかって、応援を呼ばれたらアウトだ!」

 

キラは音声通信で作業に従事するラリーに連絡を取ろうとしたが、スイッチを押す寸前で指を止めた。もし、このレーザー通信が強行偵察型に探知されたら?それこそ、敵の思う壺だ。

 

キラは伸ばしていた手を引っ込めて、狙撃するためにターゲットスコープを引っ張り出す。

 

「行け…行ってくれ……」

 

ターゲットスコープ越しに強行偵察型を見つめて、キラは祈るように呟く。できれば、こんなところでは敵を撃ちたくはーー、そこでキラは、改めて自分が添えている引き金の重さに恐怖した。

 

ユニウスセブンの偵察で見た、宇宙に浮かぶ人の死。ボロボロになったぬいぐるみ。それが嫌で拒絶して、葬いと言って折り紙を手向けたのにーー、今ここで引き金を引けば、自分のそう言った思いが全て嘘になるように思えた。

 

そんなキラの思考に応えたように、強行偵察型ジンはひらりと反転して、遠くへ飛び去っていく。そのまま進んでいけば、アークエンジェルやクラックスとは反対側へ向かうことになる。

 

「そのまま……よし……」

 

キラはふぅーーと息を吐き出した。

 

その時、ストライクのモニターを一機のミストラルが横切る。キラはハッとして、強行偵察型を見た。

 

反転している。

敵は、ストライクの前を横切ったミストラルを見つけたのだ。

 

「バカやろう!何で気付くんだよ!」

 

大急ぎで、キラはビームライフルの銃口を強行偵察型へ向けたがーー。

 

「あぁ!」

 

相手が放った狙撃ライフルの方が早かった。弾頭は遠くからミストラルへ迫りーー、そして

 

「うぉおお!!?」

 

当たる直前に、ミストラルがスラスターを吹かして、迫った閃光を紙一重で避けたのだ。

 

強行偵察型が狙ったミストラルは、ラリーが操る機体だった。ミストラルは作業用ポッド特有のスラスターを巧みに使い、即座に機体を安定させる。

 

「うわぁあああああ!!!死にたくないいいい!!!」

 

「喚くな!!とにかくアームが持ってる荷物を離せ!くそっ!あれはザフトの強行偵察型か!?こんなときに!!」

 

アームの操作のために同乗していたカズイが悲鳴のような声を上げるが、ラリーは気にも止めずにアームが持っていた氷を捨てるよう指示を出す。

 

迫り来る強行偵察型に、ラリーの駆るミストラルが臨戦態勢を整えるが、情けで付けたようなバルカン砲では、モビルスーツに太刀打ちできるはずがない。

 

「僕は…!」

 

キラは、ぎゅっと目を細める。引き金を引くのかーー自分は。その僅かな思考の中で、キラは重くのしかかった圧力を振り払い、引き金を引いた。

 

放たれた一閃は、強行偵察型のコクピットを貫いた。機体は僅かに氷の平原を漂ったのち、爆発してデブリの中へ消えていった。

 

「ハァ…ハァ…」

 

吐きそうな気分だった。自分の中にある良心の全てが嘘のように思える。そんな気分を追い出すために、キラの呼吸は荒くなっていた。

 

そんなキラのそばに、ラリーのミストラルが近寄る。

 

「ありがとう、キラ。また助けられたな」

 

「レ、レイレナード中尉…」

 

優しげに語りかけてきたラリーの声に、キラは僅かにだが冷静さを取り戻した。すると、遠くから光が向かってくる。

 

「キラくん!大丈夫かい!?」

 

「ベルモンド少尉…」

 

駆けつけてきたのは、リークが操るメビウスだった。音声通信であるラリーとは違って、映像通信で会話するリークには、キラが酷く怯えてるように見えた。

 

「おいリーク、お前持ち場はどうした?」

 

「搬入作業が終わったので。モビルスーツの爆発を感知して急いで飛んできたんですよ」

 

そういってから、リークの表情が何とも言えない微妙なものへ変化する。キラではなくラリーの映像通信の中で、なにかを見つけたのだろうか。

 

「それより、ラリー?後ろでキラくんのスクールフレンドが白目向いてるんですけど…まさかミストラルでモビルスーツ戦をしようとしてたってことはありませんよね?」

 

「ーー必要だったから多少はな」

 

あくまで護身だよ、護身!と反論するラリーに、リークは懐疑的な視線を向け続ける。

 

「メビウスに続いてミストラルで撃破スコアを出したら、今度こそ地球軍の上層部がひっくり返りますよ…まったく人外め」

 

「おい何か言ったか?」

 

「いえ、ナンデモナイデスヨー」

 

そうやって話を切り上げると、リークはキラへ向き直った。そして優しく語りかける。

 

「キラくん」

 

「ベルモンド少尉。僕は…」

 

「キラくん。それでいい。今はそれでいいんだ」

 

〝僕らは攻撃してくる相手から仲間を守る。自分を守る。そのために戦うんだ〟

 

その言葉をキラは思い出した。

 

今、自分が撃たなければ、誰かが死んでいたのかもしれない。

 

リークとラリーは、その場をキラに任せてそれぞれの任務に戻っていく。

 

キラは氷の平原を眺めた。

 

この揺れ動く気持ちを納得させる答えは見つからない。けれど、その気持ちを落ち着かせることはできる。

 

大切な、仲間を守るために。

自分はーー。

 

ふと、キラはモニターの中に宇宙に浮かぶ「それ」を見つけた。それはデブリでもなく、船の瓦礫でもない。三つの赤い光点が瞬くそれを見つめて、キラは小さく呟いた。

 

「救命…ポッド…?」

 

 

 

 


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