バレなきゃ犯罪じゃないと言ったな?
「で、アンタたちは…一体何を考えてるのかしら…?」
結果、即行でバレた。
クラックスにドッキングしたメビウスから降りたリークと、調整分の弾薬を持ってきた作業用モビルアーマー、ミストラルから降りたキラは、正座するラリーを仁王立ちで見下ろすハリー・グリンフィールド技師を見て僅かに震えていた。
「いやぁ、この子、軍人じゃないし!アークエンジェルもドタバタと忙しそうだったろ?下士官も手が離せなかったみたいで、この子をアークエンジェルの中をうろつかせる訳にも…なぁ?」
「言い訳はそれでいいですか?」
「すまん。正直、やりすぎたと思ってる」
ドゴォッという鈍い音が響き、ラリーは痛みのあまり「んごぉおあぁ…」と聞いたことのないうめき声を上げてのたうち回る。
正確に言うなら、ハリーが船外作業用で使っていたヘルメットで、ラリーの頭を思い切りぶん殴ったのだ。
怒りのあまり、ハリーはそのままのたうち回るラリーのお腹をポスポスと小さな音を立てて殴るが、それよりもヘルメットでぶん殴られたのがよほど効いているようだった。
「ラミアス艦長や、バジルール少尉の確認も無しに!なんでアンタは保護したこの子を!!この艦に連れて来てんのよ!!」
ハリーがビシィッと指差したのは、キラが操縦してきたミストラルから降りてきたラクスだ。その隣で、まるで自分は関係ないですよと言いたげに、成り行きでついて来たフレイが居心地悪そうに立っている。
「だって、アークエンジェルに残したってこの子またうろつくしさぁ」
「へー、じゃあこっちに連れて来たほうがよかったわねぇ〜って、んな訳あるかバカ!!アンタバカでしょ!?もしくはアホか!?」
痛みから復活したラリーは、わかりすい猫なで声で怒り心頭のハリーに懇願する。なんとも恐れ知らずな…。
「あーもう悪かったてー頼むよードレイク艦長に一緒に説明するのはつきあってくれよー」
「お一人で報告に行ってどうぞ!!」
そんな二人のやりとりを、キラは呆然と見守るしかできなかった。すると、メビウスに乗って来たリークが、またやってる…と呆れ顔でそう呟いてるのが聞こえた。
「ベルモント少尉…」
「あーうん、気にしないで、あの二人はいつもあんな感じだから」
じゃれあいみたいなもんだよ、とリークは言うが、全面的に悪いはずなのに開き直っているラリーに、ハリーが振り回されているようにしか見えなかった。
「あーー!!」
そんなやり取りの後ろから、フレイの声が上がる。振り返ると、クラックス内にひらひらした人影が。ラクスは誰の許可なくエアロックの入り口から物資格納庫の中へ飛び出していったのだ。
「もう!こら!勝手にウロウロと!」
すぐにフレイも飛び出して、宙をひらひら舞うラクスを捕まえる。フレイも私服なので、ラクスほどとは言わないがひらひらした服を着ている。よって格納庫の下にいた作業員が上を見れば見えるのだ。何がとは言わないが。
だが、誰も上を見ようとしない。うん、モラルは守られているのだ。そんな下品な乗組員は居ない。ギラギラと男どもを睨みつけるハリーが怖いわけでない。ほんとに。
「私、軍艦を見学するなんて初めてですわ」
「アンタ…課外学習じゃないんだから…」
そんなことを他所に、ラクスはキャッキャッと年頃の娘のようにクラックスの艦内を見渡す。フレイはアルテミス脱出の際にクラックスに乗艦しているので、物珍しいことはなく、そんなラクスの調子に頭を抱える様子だった。
「よぉー嬢ちゃん。ライトニング3が拾ってきた子だろ?」
ラクスたちが着地したのは、格納庫の内側をぐるりと囲む通路だ。その通路は艦内の至る所へ繋がる出入り口と繋がっていて、二人の最寄りの通路からひとりの男性がひょっこり顔を出してそう言った。
「ライトニング…3?」
男性が言った言葉に、フレイとラクスは首をかしげていると、説教と説得が終わったラリー達が近くに降りてきた。
「ニックー、この子にコールサイン伝えても分かる訳ないだろー?」
「知ってるからあえてそう言ったんだ」
ラリー、リークと握手を交わしたニック・ランドールは、ついて来ていたキラとも握手を交わした。
「実力は買っているが、その拾い癖はなんとかしたほうがいいかもな。キラくん」
いたずらっぽく笑うニックに、キラは苦笑を返すしかできなかった。
「おーこの子があの有名な…」
すると、少し目を離していた間にラクスとフレイの周りにクラックスのクルーの人だかりが出来ていた。
「俺!CD持ってます!サインください!」
「あ、握手をお願いしてもいいですか!?」
「写真はだめだぞー、みんなの心のアルバムに焼き付けるんだ」
サインをねだる者や、握手をお願いする者、そしてその人だかりを整列させる者。そんな相手にラクスは嫌がる様子を一つも見せずにファンサービスをしていて、ちょっとしたアイドルのイベントのような有様になりかけていた。
人だかりから逃げ出して来たフレイは思わずラリー達を見た。
「案外、アンタたちって何も考えてないミーハー集団なのかもしれないわね」
「あははは…」
否定はできなかった。何人かはラクスの歌を知っているだろうと思っていたが、よもやここまでとは…。宇宙で戦う以上、娯楽は少ない。手に入る娯楽があるなら選り好みしないのがクラックス流だと、ラリーは後で知った。
「何を騒いでいる」
人だかりの喧騒が、その一言でピタリと止む。まるでモーゼの奇跡のように人だかりが割れると、ニックが出てきた通路の入り口に、くたびれた帽子を被ったひとりの男性が立っていた。
「ど、ドレイク艦長」
「あら、この艦の艦長さまですか。初めまして、私はラクス・クラインと言います」
誰もが静まり返る中、ラクスは割れた人だかりを進んで、佇んでいるドレイクに握手を求めた。すげぇ、これがアイドル力か、とか小さく聞こえるが、ドレイクの咳払いひとつで誰もが再び黙った。
「地球軍第7艦隊所属、宇宙護衛艦クラックスの艦長、ドレイク・バーフォード少佐です。我が艦へようこそ」
ラクスの握手に応じたドレイクは、優しい声で彼女を迎える。まるでエスコートするようにラクスを導いて、クラックスのクルーに彼女を案内するように指示を出す。
と、ドレイクは優しげな表情から、あきれた様子に変わり、今回の騒動の戦犯であるラリーとリークを見た。
「…バジルール少尉が見たこともない顔をしていたぞ。ちゃんとクライン嬢をアークエンジェルへ送ったら、少尉の元へ出頭するように」
ちぇーと言うラリーと、絶望したようなリークを見て、ドレイクは「これでもまだマシになったほうなんだがな」と、困惑していたキラにそう呟いた。マシじゃなかった頃は何をしていたのだろうかとキラは思いを巡らせたが、すぐにやめた。きっとロクな事じゃないだろう。
「クラインさん!これから船外活動をするんですが、良かったら見学していきます?」
「まぁ、それは楽しそうですわね」
向こうは向こうで、すっかり舞い上がったクラックスのクルーが、ラクスにノーマルスーツの着方を教えている。なんとも、まるでお祭り騒ぎのようだ。
と、キラが思っているとフレイが疲れた様子でとなりに着地してきた。
「フレイは付いていかないの?」
「わ、私は成り行きでついてきただけだから」
そうそっぽを向いて言うフレイに、そっと移動してきたラリーがにやりと笑みを浮かべた。
「素直じゃないなぁ…ってぇ!!」
言い終わる前に、向こうずねを蹴り上げられていた。
「アルスターさん、ですね。艦長のドレイクだ。君に知らせておきたいことがあってね」
飛んで痛がるラリーへ、ふんと怒りをあらわにするフレイに、今度は紳士的にドレイクが帽子を脱いで声をかけた。
////
「間違いないの!?」
時を同じくして、その吉報はアークエンジェルにも届いていた。
「間違いありません!これは地球軍第8艦隊の、暗号パルスです!解析します!」
《こちら…第8艦隊先遣…モントゴメリー…アー…エンジェル…応答…》
その音声を聞いたマリューは立ち上がって叫んだ。
「ハルバートン准将旗下の部隊だわ!」
その言葉に、アークエンジェルのブリッジは「うわぁあ」と歓喜の声で湧きあがった。
「探してるのか!?俺達を!」
「位置は!?」
「まだかなりの距離があるものと思われますが…合流できれば…!」
「ああ!やっと少しは安心できるぜ!」
そう言って、下士官全員が安堵する。この長い旅路もようやく終わろうとしているような気がした。
////
「ええ!パパが!?」
ブリッジに案内されたフレイは、ドレイクの言葉を聞いて飛び上がるように驚いた。
「あぁ、先遣隊と一緒に来ている」
第八艦隊のモントゴメリー。アークエンジェルとは別に、光学通信を受け取ったクラックスには、その船にフレイの父親であるジョージ・アルスターが乗艦していることを知らされていた。
もともと、フレイを回収したのはアルスターの出した電文が理由だ。メビウスライダー隊の旗艦であるクラックスに、娘が乗っているのだろうと踏んでの通信だ。なんとも運がいい。ドレイクは優しい笑みをフレイに向ける。
「君が乗艦していることを心配しておられたよ。君宛の伝言も預かっている」
ドレイクが差し出したメモを受け取って、フレイはそこに書かれた父の言葉を追って、僅かに涙を流した。
「パパが…よかったぁ」
「よかったね。フレイ」
そう笑いかけるキラに、フレイは嬉しそうに頷くのだった。
////
モントゴメリーの通信もあり、キラ達は艦内見学を終えたラクスを連れて、アークエンジェルへ戻った。ラリー達と事情を説明してから、キラはハンガーを訪れる。
「すみません、遅れました」
キラを呼び出したのはマードックだった。彼はタブレット端末をいじりながら、やってきたキラに視線を向けた。
「バジルール少尉にこってり絞られたって?」
「あはは、僕はまだマシで、今はレイレナード中尉とベルモント少尉が叱責を受けています」
キラの言葉にマードックはあきれた様子で、長く伸び後ろで一括りにした髪を、タブレットを操作していたタッチペンの先でかいた。
「怖いもん知らずにほどがあるだろ…あー、規律ジオメトリーのオフセット値変えといたから、ちょっと見といてくれ」
「はい」
マードックの指示を受けて、キラもすぐにストライクの調整に入る。
「ま、もう用はねぇかもしんねぇけどな。こいつも」
マードックが呟いた一言に、キラは動かしていた手を一瞬止めた。
第八艦隊と合流できれば、自分はもう戦わなくて済むのだろうか。そう思うとどこか安心して、それと同時にラリー達のことが頭に浮かんだ。
この護衛が終わっても、彼らは今までくぐり抜けてきたような戦場へ赴くのだろうか。
そう思うと、キラの心はなぜか、酷く痛むように思えた。