ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第37話 決着

『ええい!たかが護衛艦一隻も落とせんのか!!』

 

ナスカ級高速戦闘艦ヴェサリウスの艦長を務めるアデスは、いつになく苛立っていた。

 

プラントで補給を受けたばかりだというのに、受領したジンを早くも3機失い、指揮をとるはずのクルーゼは独断でシグーを駆り、メビウスとの戦闘に興じているときている。

 

しかも、自分たちの前に立ちはだかる地球軍のドレイク級宇宙護衛艦も、その驚異的な回避運動と、的確な撹乱で、こちらの読みの裏を突いてきている。

 

『艦尾ミサイル、てぇ!!主砲も発射しろ!!』

 

コーディネーターとしての彼のプライドが、いつもの冷静な判断を鈍らせていた。発射されたミサイルはクラックスへたどり着く前に、展開されたチャフにより光学カメラの誘導機能が使い物にならなくなり、主砲もまた空を切る結果に終わる。

 

そんな攻防をドレイクは三度ほど繰り返していた。

 

綱渡りな戦法であったが、クラックスより速力が勝るヴェサリウスを確実に止めるには、耐え忍ぶしかなかった。そして、ドレイクの目的をクラックスのクルーは全員が理解していたし、それに付き従う度胸も持っていた。

 

三度目の攻撃をくぐり抜けて、ドレイクはヴェサリウスを自分が思い描いた場所へーーー誘導したのだ。

 

『か、艦長!』

 

ヴェサリウスのオペレーターが叫ぶ。その瞬間、ヴェサリウスの頭上を何かが横切り始めた。それは巨大な、ところどころに致命的な被弾を受けた船だった。

 

『な、なんだと!?ーーこれは!?』

 

ヴェサリウスの頭上に来たのは、メビウスライダー隊が到着する前に航行不能となった護衛艦、バーナードだった。

 

なぜ感知できなかったのだ!と、アデスは喉元まで言葉をせり上がらせたが、そこでハッとなる。

 

なぜ、あの護衛艦はヴェサリウスに張り付き攻撃を掻い潜り続けたのか。その理由をアデスは理解した。こちらがミサイルを打ち出すたびに、クラックスはチャフを撒き散らしていたのだ。

 

短距離の範囲だが、クラックスが展開したチャフはNジャマーよりも強力に電波障害を引き起こす。つまりそれは、こちらの観測機器にも影響を及ぼしていたということだ。

 

『く、くそ…!!』

 

アデスが苦虫を噛み潰したようにそういった時には、もう手遅れだった。クラックスはすでに、航行不能となったバーナードのエンジンと燃料部分に照準を合わせていた。

 

「スレッジハマー、全ミサイル発射管、てぇ!!!」

 

『か、回避!!総員!!対ショック姿勢!!』

 

ヴェサリウスは持ち前の加速力を発揮し、バーナードから離れようとしたが、クラックスが放ったミサイルの方が早かった。

 

『うわぁああーー!!』

 

爆炎を上げて吹き飛ぶバーナードの残骸をモロに受けたヴェサリウスに、凄まじい衝撃と共に吹き飛んだ破片が突き刺さっていく。

 

振動が収まった時、ヴェサリウスは辛くもエンジンへの被弾は最小限で済んだが、各ブロックに深刻なダメージを負う結果になっていた。

 

黒煙を上げて宇宙に落ちていくヴェサリウスを横目に、クラックスは勝鬨をあげてその沈みゆく船の脇を過ぎ去っていくのだった。

 

 

///

 

 

アスランも、ヴェサリウスが黒煙をあげる様を目撃していた。

 

『ヴェサリウスが!隊長!!』

 

部下であるアスランの叫びも、超高機動戦をするクルーゼには届かなかった。アスランがヴェサリウスの支援に行ければよかったのだがーー。

 

「アスラン!!」

 

リークの駆るメビウスと、何よりもキラが操るストライクによって行く手を阻まれていたのだ。モビルアーマーとモビルスーツの連携がここまで厄介だとは…。アスランはバイザーを上げて溢れた汗をヘルメットの外へ追いやる。

 

想像以上に体力も集中力も消耗しているようだった。

 

そのわずかな気の緩みを、敏感に感じ取ったキラが、無防備となったイージスへと接敵する。

 

『くっ…キラ!!』

 

ビームライフルの銃口を向けたまま近づくストライクだったが、あと少しというところで、鋭く動いていた挙動が衰えた。

 

キラの動きが急に鈍くなる。それはまるで止まっているようだった。

 

アスランはその様子を見て、わずかにトリガーにかけた指を強張らせた。

 

「キラ君!!」

 

そんなキラの機体に、横から援護に入ったリークが叫んだ。ほんのわずかに逸れたライフルの軌跡が、イージスの脇を掠め、アスランは制御を取り戻したようにイージスを飛翔させる。

 

その先は、自分たちではなく、被弾したヴェサリウスの援護に向かうようだった。

 

「キラくん!戦場で立ち止まるな!!止まったらーー」

 

飛び去ったイージスの行く先を見つめながら、リークは立ち止まったキラの元へ近づく。その言葉を言い終わる前に、開いた通信回線で、リークはキラが震えていることを直感的に気づいた。

 

「僕は…僕は…!!」

 

引き金から指を離して、キラはヘルメットの中で呼吸しようと喘ぎ、そしてわずかに涙を流していた。自分は何をしようとしていた?あの機体に、誰が乗っているのか、知っているはずなのにーー。

 

「キラ君?」

 

リークの心配そうな声を気にも止めないで、キラは心の中に浮かんだ事を、絞り出すように呟いた。

 

「僕は…アスランを…撃てない…」

 

それだけは、できなかった。自分を許せなかった。あそこで、激情に駆られたまま、引き金を引いたら自分は、今まで保っていた何かを捨ててしまうような、そんな気がしたのだ。

 

今更になって、アスランに銃口を向けたことに恐怖したキラは、ヘルメットのバイザーを上げて、嗚咽を上げてうずくまった。

 

「キラ君…」

 

その様子を見て、リークはただそこに立ち尽くすことしかできなかった。

 

 

////

 

 

「でやああああー!!!」

 

『はぁああーーー!!!』

 

キラ達から離れた宙域では、ラリーとクルーゼの死闘が続いていた。互いの機体は、かすり傷が積み重なりボロボロになっていたが、有効打を与えきれず、混戦にもつれ込んでいる。

 

クルーゼの操るシグーのコクピットでは、警告を知らせるブザーが先程から鳴りっぱなしであった。

 

『シグーの稼働限界か…!やはり今の性能ではここまでか…!』

 

撃ち尽くしたライフルは、とうの昔に捨て去り、対艦斬刀を手に持ちながら、クルーゼは自身の駆る機体の貧弱さを嘆いた。

 

すると、ラリーの駆るメビウス・インターセプターが凄まじい速さでひねり込み、ビームサーベルを出現させる。

 

咄嗟にクルーゼも回避したが、対艦斬刀とビームサーベルがわずかに触れ合い、その衝撃で大きく後退する事になる、

 

『流星の残エネルギーは、なんともないのか…?』

 

焦げ付く刃を見て、そう毒づくクルーゼであったが、相対するラリーの機体も限界寸前だった。

 

「くそ、ビームサーベルはもうダメか!!」

 

残りわずかになったビームサーベルのバッテリー供給ラインを、メビウスのエンジンへ切り替えながら、ラリーは顔をしかめた。

 

さっきの制動で、推進剤もギリギリ一杯で、メインエンジン用のバッテリーも空っぽに近い。ビームサーベルの予備電源を使っていたが、それもこれ以上頼ることはできない。

 

『ネメシスぅう!!!』

 

それでも、二人は戦いを止めようとしなかった。再度、接敵したラリーのメビウスは、ボロボロになったクルーゼのシグーに体当たりし、対するクルーゼも機体にしがみつきながら対艦斬刀を振りかざす。

 

ラリーは巧みにブーストの出力を調整し、しがみつこうとするシグーを反動をつけて吹き飛ばした。

 

「クルーゼぇええ!!!」

 

そして再びぶつかり合おうとした瞬間だった。

 

どこからか飛来した弾頭が、シグーの前に現れ、閃光と共に爆散する。クルーゼは咄嗟に機体を下がらせたが、閃光の次に広がった爆煙幕によって視界を遮られることになった。

 

《オービットよりライトニング1へ!我々の任務は達成した!任務完了!!直ちに帰投せよ!繰り返す、直ちに帰投だ!!》

 

息絶え絶えにラリーが辺りを見渡すと、離脱準備をするクラックスと、キラのストライクを牽引するリークのメビウスが見えた。

 

「…」

 

《ライトニング1…?》

 

「いや、なんでもない。…帰投する!」

 

ラリーは爆煙幕に消えたクルーゼの方を一瞥すると、そう答えてクラックスの元へ帰還していく。

 

シグーが煙幕を切り裂いて現れた時には、クラックスとメビウスライダー隊は慣性航行へと移り、戦闘宙域から離れた後だった。

 

クルーゼは深く息を吐いて、自機の有様を確認する。手に持った対艦斬刀は、焦げたところから折れ、推進剤もエネルギーも空っぽになる寸前であり、どうあがいても逃げていく敵を追う術は持っていなかった。

 

クルーゼはコクピットの中で、小さく、そして歓喜したように笑う。

 

『ネメシス…はっはっは…素晴らしかったよ。君との戦いは…!』

 

ここまで純粋に戦いに興じたことはない。クルーゼは心から、ラリーの操る流星に喜びを抱いてーーそして同時に、次なる期待へ胸を高鳴らせた。

 

『次は、逃がさない…!』

 

願うならば、この喜びの中で死ぬことを祈るーー、クルーゼの中にあった邪悪なものは、その希望に塗りつぶされつつあったのだった。

 

 

 


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