ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第42話 それぞれの覚悟

 

 

「艦長!どういうことなんだ!」

 

居留守を決め込むコープマン相手では意味がないと踏んだのか、ジョージ・アルスターはアークエンジェルに乗り込んでいた。

 

ブリッジにブルーコスモス派の下士官をつれて来たジョージに、マリューもナタルも戸惑った表情を見せていたが、ジョージが問い詰めている当人であるドレイクは、まるでどこ吹く風のようにうそぶいていた。

 

《さて、なんのことですかな》

 

「とぼけないでもらいたい!クラインの娘がこの艦に乗っていただと!?ならば、なぜ返す!彼女は貴重な…」

 

そこで、ドレイクの鋭い眼差しが気迫をまとってジョージを射抜いた。それはまるで、そこから先のことを言ったらどうなるか、という威圧のように思えてしまって、ジョージはぐっと続けようとしていた言葉を飲み込むしかなかった。

 

フレイには言った、コーディネーターはコーディネーターらしく、隔離して有効利用するといったナチュラル主義者らしい考え。

 

普段なら、声を大にして賛同を求めていたのに、今目の前にする男には、肩書きも、道理も、なにも通用しないように思えた。

 

「いい加減にして!!」

 

ふと、ブリッジの中に人影が飛び込んできた。ひらひらした服を着地とともに整えながら、入ってきた彼女は息巻いてジョージを睨みつける。

 

「フ、フレイ…」

 

ジョージは戸惑った。愛娘にここまで怒りを露わにされたことがなかったからだ。フレイの隣に立つボーイフレンドのサイも、フレイの怒気に恐れているようだったが、ジョージに対して物怖じしている様子はなかった。

 

困惑するジョージに、フレイは勢いと溢れた怒りのまま、生まれて初めて父へ詰め寄った。

 

「なんで分からないの!?あの子、私とそんなに変わらないのに、コーディネーターだからって誰にでも酷いことをしていいの!?こんなこと、間違ってるって思わないの!?そう思わないなら…コーディネーターならどうなっても良いっていうなら、私、パパのこと大嫌いになるんだから!!」

 

一息で言い切ってから、フレイは肩を荒い息で揺らした。彼女にとっても、父への反抗は一大決心だったのだろう。労わるようにサイがフレイの肩に手を置く。

 

ジョージは、愛娘の反抗にショックを受けた様子で、サイと同じようにフレイに触れようとしたが、彼女は父の手を柔らかく払いのけた。

 

「それに、そんなことしたら今度はストライクがこっちを撃ってくるに決まってるじゃない」

 

ラクスはコーディネーターだから、有効に利用したい。そんなことをここで、キラにでも言ったら、キラだけではなく、共に出撃しているメビウスライダー隊も敵に回しかねない。

 

地球軍が手こずるモビルスーツを打ち倒し続けてきた部隊。その鬼神の如き強さを目の当たりにしてきたクルー全員が、彼らが敵に回った時を想像して顔を青ざめさせた。

 

《まぁ、多分だがね》

 

トドメと言わんばかりに、ドレイクがジョージに釘を刺したことで、彼の主張は完全に封殺されることになった。

 

「ナスカ級、エンジン停止。制動をかけます。イージスとシグーが接近!」

 

今自分たちにできることは、この受け渡し交渉が何事もなく終わることを祈ることだけだった。

 

 

 

////

 

 

ストライクの目の前に、ゆっくりと進んでくるイージスが見えた。キラはゴクリと息を呑んで、自分の目の前に停止したイージスを見つめる。イージスは、武装はしているものの、その銃口をストライクに向けることはなかった。

 

おそらく、背後にいる2機のメビウスを意識してのことだろう。

 

「アスラン…ザラか…?」

 

《…そうだ》

 

全周波数に乗せたキラの声に、アスランは硬い声で応じた。 その声に応じて、キラの声も硬く曇る。

 

「コックピットを開け!」

 

キラの指示に従って、イージスはコクピットを開いた。シートから身を乗り出して、赤いヘルメットのパイロットが姿をキラの前に姿をあらわす。キラも、ストライクのコクピットを開いた。

 

ヘリオポリスから、はじめてキラとアスランがお互いの姿をその目で認識し合う。

 

「話して」

 

キラは、アスランと言葉を交わしたい気持ちを押し殺して、膝の上にいるラクスにそう言った。彼女はなぜかと首をかしげる。

 

「顔が見えないでしょ?ほんとに貴方だってこと、分からせないと」

 

「あ~。そういうことですの。こんにちは、アスラン。お久しぶりですわ」

 

そう陽気な声で、ラクスはストライクのコクピットからアスランへ手を振って見せた。

 

「テヤンデイ!」

 

ついでに、ハロもストライクのコクピットの中で羽をはためかせる。

 

《…確認した》

 

「ーー我々は、正式にこの女性の保護をそちらに願う。受け入れるならば、彼女を連れて行け!」

 

そう言って、キラは優しくラクスの手を取った。彼女はハロと、肩にクラックスのクルーからもらった品々が入ったバッグを持って、ストライクの外へと出る。

 

「さぁ…」

 

キラの手をゆっくりと離して、ラクスは二人の間を漂っていく。しばらくの浮遊のあと、今度はアスランがしっかりとした手でラクスを抱きとめた。

 

《いろいろとありがとう。キラ。アスラン、貴方も》

 

音声通信で聞こえる声に、キラは様々な思いを乗せて手を振った。ラリーに、リーク、そしてクラックスのクルー、最後に手を取り合ってくれたサイとフレイ。全員の別れの思いを、キラは代弁して別れの手を振る。

 

そんな中で、アスランは声を荒らげた。

 

《キラ!お前も一緒に来い!》

 

その言葉に、キラはわずかに手を震わせた。アスランのヘルメットに、ヴェサリウスの艦長であるアデスからの声が響いたが、アスランは気にせずに通信を切った。

 

恥も外聞もない。ただ、アスランは親友と戦いたくない一心でそう叫んだのだ。

 

《キラ!お前が地球軍に居る理由がどこにある!?一緒にこい!ラクスもーー》

 

「ありがとう。アスラン」

 

そのアスランの叫びに、キラは優しく微笑んでそういった。

 

《キラ…?》

 

戸惑ったようにアスランが、親友の名を呼ぶ。キラの背後にいるリークは、何も言わなかった。アスランが幼馴染であるということを告白したキラが、どうするかを、ただ見届けるつもりだった。

 

「僕だって、君とは戦いたくない。君に銃口を向けたあの時を思い出すと、今も手が震える。でも…あの船には守りたい人達が…友達が居るんだ!!」

 

それは、キラの覚悟だった。

 

引き金を引いて、それでも戦いから逃げようとした自分への決別。

 

引き金を引いて、崩れ落ちそうになっていた自分の手を取ってくれたラリーやリークに応える戦士としての覚悟。

 

大切な人、守りたい人のために戦う信念。

 

その全てが、今のキラを形作っている。

 

「僕は君を撃ちたくない。けど、君が僕の大切な人や、友達を傷つけると言うならーー僕は、君と戦う。大切な人を守るために」

 

そして生き残る。生きて、己に与えられたまだ見えぬ使命を果たす。キラの中で、ずっと悩んでいたことが、形を成した瞬間だった。

 

《キラ…》

 

アスランは、何も言えなかった。キラが言った戦う意味に対して、アスランは答えられるモノを持っていなかった。

 

母がナチュラルに殺され、その憎しみでただがむしゃらにザフトへ入隊し、憎しみのままに戦っている自分にとって、キラの在り方はあまりにも眩しくて、相対した自分がいかに汚れているのかがハッキリとわかってしまった。

 

だから、アスランには負け惜しみしか、口に出せなかった。

 

憎しみを晴らすために。母の無念と、父の思いに応えるために。それでキラが邪魔をすると言うならーーー。

 

《ならば仕方ない……次に戦うときは…俺がお前を討つ!》

 

そんなアスランの言葉に、キラは真っ直ぐな眼差しで答えた。

 

「僕もだ…アスラン」

 

 

////

 

 

キラとアスランの対峙の最中、ラリーの目の前にはクルーゼが駆るシグーがいた。護衛役で出てくると言ったくせに、アスランのイージスを放ったらかして、このシグーは真っ直ぐとラリーの元へやってきたのだ。

 

目の前で止まったシグーは、先の戦闘でボロボロのままだった。装甲には亀裂と弾痕が刻まれていて、マニピュレーターの指の何本かが欠損していて、特徴的なトサカのようなアンテナも途中で折れている。

 

そして、それはラリーの機体も同じだった。シグーから受けた傷を、余った装甲で何とか隠してはいたが、至る所に亀裂と穴が開いていた。

 

ふと、シグーのコクピットが開いた。

 

そこには、シートからすでに出た白いパイロットスーツ姿の男が、開いたコクピットハッチの上に佇んでいる。普段からノーマルスーツを着ないクルーゼが、そこに居たのだ。

 

《君と直接話すのは、初めてだったな。流星》

 

ラリーも、メビウスのコクピットハッチを開いた。本来なら出るべきではないだろうが、二人の中で何かが共鳴しているような感覚があった。

 

「ラウ・ル・クルーゼ…」

 

《ほう、流星に名を覚えていてもらって光栄だ》

 

「感謝するなら、ムウさんにしとくんだな。おれはあの人から戦場のイロハを教わった」

 

《ほう、ムウが、な》

 

ラリーの言葉に、クルーゼはわずかにだが反応した。遠く離れた上に、マスクで隠れた素顔は、歓喜に打ち震えていた。

 

明らかに、他とは違う何かを感じる。歴戦の勇者、戦士とは違う、別格の何か。それを上手くは言えなかったが、それだけはハッキリとわかった。

 

《どうやら、君は本当に本物のようだな》

 

「何のことだ?」

 

クルーゼの言葉に、ラリーはあえてはぐらかした。クルーゼが何故自分を特別扱いしているのかはわからないが、わかる気も無かった。そんなラリーに、クルーゼは上ずった上機嫌な声で言う。

 

《直にわかるさ。きっとな》

 

《クルーゼ隊長、ラクス・クラインを保護しました》

 

《わかった》

 

ヘルメット内の通信を終えて、クルーゼはメビウスの上に佇むラリーをみつめた。

 

「どうする?俺たちは目的を果たしたが、ここらでケリを付けるか?」

 

《大変魅力的な誘いではあるが、まだその時ではない。今戦っても、お互いに不完全燃焼で終わるだけだろう》

 

そりゃそうだな、とラリーも同意する。お互いに乗っている機体はボロボロだし、ここで戦闘をすれば、うやむやになるのは必至だ。だからこそ、クルーゼはラリーに会いに来たのだ。

 

《次だ》

 

マスクの下で、殺気をみなぎらせながらクルーゼはラリーに告げる。

 

《次にあった時に、お互いに最高の生死を交わそう。その時を楽しみにしているぞ…流星》

 

そう言い残して、シグーのコクピットに戻ろうとしたクルーゼを、ラリーは呼び止めた。

 

「ラリーだ」

 

クルーゼが振り向く。そんな彼を見据えてラリーは自分の中の覚悟を決めた。

 

「ラリー・レイレナード。覚えておけ。貴様を殺す男の名前だ」

 

この男だけは、仲間を殺して楽しんでいるこの男だけは、かならず、自分の手で殺すと。

 

そんなラリーに、クルーゼは期待するような眼差しで応じる。

 

『ラリー…ありきたりな名前だが…確かに覚えたぞ』

 

それだけ言って、クルーゼのシグーと、イージスはヴェサリウスとともに、ラリーたちから離れていく。

 

ラリーは、リークに呼ばれるまでただ離れていったクルーゼのことを睨みつけていたのだった。

 

 

 


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