第43話 合流
「180度回頭。減速、更に20%。相対速度合わせ!」
アークエンジェルと隣接して宇宙空間を飛ぶのは、アガメムノン級宇宙母艦。
地球連合軍の中で最大級のサイズを誇る宇宙母艦であり、艦船色はブルーに塗装されている。
地球連合軍艦艇として初めてリニアカタパルトを搭載した艦であり、大量のモビルアーマーを搭載し、両舷には艦載機射出用カタパルトを備えているなど、母艦としての能力は高い。あくまでモビルアーマーに対してだが。
艦首両舷にはアークエンジェルにも採用された「ゴットフリートMk.71」を有していて、地球軍の中でも母艦としての攻撃能力、防御能力は群を抜いて高い。
「しかし、いいんですかねぇ。メネラオスの横っ面になんか着けて…」
アークエンジェルの操舵を担うノイマンがそんなことをぼやいた。すると、いつもよりも緊張感の抜けたマリューがその疑問に答えた。
「ハルバートン提督が、艦をよく御覧になりたいんでしょう。後ほど、自らも御出でになるということだし。閣下こそ、この艦と、Gの開発計画の一番の推進者でしたからね」
一方、アークエンジェルの食堂では交代で休憩に入っていたミリアリアやトールたちがテーブルの一角を占領している。
「民間人はこの後、メネラオスに移って、そこでシャトルに乗り換えだってさ。あ!でも俺達どうなるんだろ…?」
「降りられるに決まってるでしょう?こんなの着てたって、私達民間人だもの」
トールの言葉に、ミリアリアはやれやれといった風に答えた。
ラクス・クラインを返還してから第八艦隊に合流するまで、ザフトの目立った攻撃は行われなかった。はるか後方にローラシア級が、こちらの動きをトレースしていたようだが、別段攻撃を仕掛けてくる気配もなく、嫌な沈黙を守っている。
しかし、第八艦隊は大きな艦隊だ。アガメムノン級のメネラオスを旗艦として、ネルソン級のモントゴメリ、カサンドロス、プトレマイオス。ドレイク級のクラックスにローと、加えて三隻から構成されている。
モビルアーマーも、メビウスライダー隊に加えて数多くの小隊がメネラオスに収容されているのだから、ザフト側も迂闊に手は出してこないだろうと、第八艦隊の誰もが楽観視していた。
アークエンジェルと、クラックス、モントゴメリとローを除いて。
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「艦隊と合流したってのに!」
その頃のアークエンジェルのハンガーは、まさに戦場だった。マードック筆頭のアークエンジェルに所属する整備班に加えて、クラックスのハリー筆頭の整備班が、忙しなくハンガーの中を行き来している。飛び交う声は、もはや怒声に近い。
「キラくん!8番と6番の電子工具と融着セット!あと補強材とテープを!あぁ、あと結束バンドと軟化材も!!大至急!!」
「は、はい!」
リークとキラもペアとなって、次々と搬入されてくるメビウスやストライクの整備に動き回っていた。
モビルスーツとは言え、それは電子部品の塊だ。ユニット化されてるとは言え、それを伝える配線が一本でもダメになれば、ストライクは単なる鉄の塊ーースクラップと化す。
モビルスーツに不慣れなマードックたちと共に、モルゲンレーテから持ち出され、アークエンジェルに残されたストライクの僅かな資料を元に、装甲をバラしては機材の確認、機材をバラしてはユニットの確認、ユニットをバラしたら配線の確認と、やることは山のようにある。
最初にそれをやったときは、最終確認がまだだったのか、それとも初めて作るモビルスーツに不慣れだったのか、重要な配線類も仮止めで固定されていて、外したマードックとリークは冷や汗を流したという。
「この排熱材の置き方したの誰だぁ!貴重な資源を乱雑に置くんじゃあない!!」
「弾薬と推進剤は入れとけ!!何があるかわからんからな!!」
「装甲は6番から付けてくぞ!!23番と30番は後だ!!」
「とにかく人手だ!人手!あと飯!!飯をもってこい!!」
リークたちとは向かい側のハンガーでは、搬入されたメビウスの修復作業が行われていた。なんだかんだ言って、ユニウスセブンで入手した資材には限りがある。
被弾したムウのメビウス・ゼロや、クルーゼとの戦闘でボロボロになったラリーのメビウスの整備も資材不足で後回しにされていた為、第八艦隊から融通してもらった修復資材で、ハリーの指揮のもと突貫工事で修理が行われていた。
ハンガーの端っこでは、ラリーたちの手伝いのために、サイやフレイが休憩している作業員に簡単な食事と飲み物を配り歩いている。
「なんでこんな急がなきゃならないんです?!」
目が回りそうな状況にキラが悲鳴のように、ストライクの装甲の下に潜り込むリークに問いかけた。すると、メビウス用のコンテナ搬入作業に指示を飛ばしていたハリーが大声で答えた。
「艦隊からの補給物資もあるし、備品調整もあるんだから!とにかく、メビウスの備品類はこっち!それはそっち!あれは16番ブースに運んで!!」
「不安なんだよ!壊れたままだと!!」
「第8艦隊っつったって、パイロットはひよっこ揃いさ!なんかあった時には、やっぱメビウスライダー隊が出れねぇとな!」
「それにメビウスの改造案を試せるのはこれが最後なんだから!!」
「あーもう!このくそ忙しい時に自分の趣味を持ち込むんじゃないよ!!」
最後のハリーの個人的な主張は置いておいて、そんな訳で作業はクラックスのハンガーではどうにもならなかった為に、ハリーたちは必要な機材を持ち込んでアークエンジェルでの作業を余儀なくされていたのだ。
そんな嵐のような激務の中で、キラはある視線を感じた。感覚に従って視線を追うと、自分に向かって手招きをする人影を見つけた。
「ラミアス艦長…!?」
「あらら、こんなところへ」
メビウス・ゼロのセッティングを終えたムウが、キラに近づいていくマリューを見て呟いた。無重力の中を緩やかに進むマリューをキラは優しく受け止めた。
「ごめんなさいね。ちょっと、キラ君と話したくて…」
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アークエンジェル展望室。
ラリーやリークに自分の心の内を打ち明けた場所に、キラはマリューと二人で訪れていた。
「ごめんなさい、キラ君。私自身、余裕が無くて、貴方とゆっくり話す機会を作れなかったから。その…一度、ちゃんとお礼を言いたかったの」
「え?」
戸惑うような声を上げるキラに、マリューは心からの感謝と謝罪を込めて頭を下げた。
「貴方には本当に大変な思いをさせて、ほんと、ここまでありがとう」
いろいろ無理言って、頑張ってもらって、感謝してるわ、とマリューはいつもの緊迫した表情とは違った穏やかで優しい笑顔をキラに向けた。
「いや、そんな…艦長…」
戸惑いの中で、キラもマリューの優しさを素直に感じることができた。自分で戦うことに覚悟を決めたから余裕があるのか、マリューの感謝の言葉を何の疑いもなく受け取ることができたのだ。
ストライクの事を知ったとき、アークエンジェルで戦ってほしいといったとき、マリューはいつも苦しげで、悲しげな表情を浮かべていた事をキラは今になって思い出す。本当の彼女は、今目の前にいるような、優しい女性なのだろう。
「みんな貴方には感謝してるのよ?」
ブリッジのクルーに、マードックさんや整備班のみんなに、フラガ大尉に、艦を動かす下士官もみんな。そして私もよ?とマリューは優しく笑って、展望室から第八艦隊の船の尾が引く光を眺めた。
そして、少しの沈黙の後、彼女はまた苦しそうな声で、キラに問う。
「キラくんは、本当に残るの?アークエンジェルにーー」