ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第48話 低軌道の戦い 1

漆黒の宇宙の中で、アラームがメネラオス中に響き渡っていた。慌ただしくブリッジではクルーが行き来し、到着したハルバートン提督も艦長席へ腰を下ろす。

 

「全艦、艦隊戦用意!!密集陣形にて、迎撃体勢!アークエンジェルは陣形の中心へ!!各艦!!ハリネズミになれ!!敵を一機たりともアークエンジェルに近づけさせるな!」

 

「ワルキューレ1、ワルキューレ2、発進!アンチビーム爆雷、用意!補給艦は直ちに離脱せよ!ランチ収容、ハッチ閉鎖!」

 

側近のホフマンの指示のもと、メネラオスのハンガーから搭載されたメビウスの小隊が発艦していく。戦場は刻一刻と近づいてきていた。

 

メネラオスの後方に位置するアークエンジェルも、来たる戦闘に向けて武装を整えていく。クラックスやロー、モントゴメリは艦隊の左側を担当しており、迫るザフトのモビルスーツ軍とかち合う先鋒となる。

 

「イーゲルシュテルン、起動!敵はすぐくるぞ!ゴットフリート、ローエングリン、発射準備!」

 

アークエンジェルは戦闘する艦の援護と、地球に降りる準備を進めなければならない。人手はいくらあっても足りなかった。そんな中で、ブリッジの扉が開き、四人の人影がブリッジへ入ってくる。

 

「すいません!遅れました!」

 

入ってきては、素早く持ち場に滑り込むように座ったサイやトールたちに、アークエンジェルのクルーは驚いたようにどよめく。

 

「ぁ……貴方達!?」

 

一番衝撃を受けたのはマリューだったが、今は一時も無駄にする時間はない。

 

「志願兵です。ホフマン大佐が受領し、私が承認致しました!」

 

間髪を入れずに言ったナタルの言葉に、マリューはただ状況を飲み込むしかなかった。

 

その頃、メビウスライダー隊が出撃したハンガーでも、引き続き物資の片付けなどが、マードックやハリーの指揮のもと、急ピッチで進められている。

 

「大気圏に入るんだから宇宙とは勝手は違うからね!!はやく固定急いで!」

 

「グリンフィールド技師!」

 

指示を飛ばしていたハリーに、地球軍の制服ーーではなく、ハンガー内作業用のノーマルスーツを着たフレイが近づいて声をかけた。

 

「フレイちゃん!?ランチに乗らなかったの!?それにその格好…」

 

「志願しました!私にも何か手伝わせてください!」

 

フレイの言葉に、ハリーは一瞬戸惑った。事務次官の娘であるフレイが、なぜ軍に志願したのか。ブルーコスモスの一件で、父と揉めていたのは知っていたが、ハリーにはフレイの真意を知る術がなかった。しかし、手伝うというなら話は別。やることは山のようにある。

 

「あぁもう!!ここに来て後悔しても知らないからね!」

 

そういうハリーに、フレイは元気よく答えて指示を受ける。ミリアリアやサイたちのようにオペレーターや電子機器に慣れていないフレイにとって、ハリーやリークたちがやっている作業の方が親しみやすかったし、なによりある程度の基本的な知識があれば手伝いくらいなら出来ると踏んで、フレイは整備班の方へやってきたのだ。

 

しかし、そんな甘い考えはハリーの激しい指示を受けてから跡形もなく吹き飛ぶことになった。

 

 

 

////

 

 

 

「ちぃ、抵抗が激しい…やるな、ハルバートン 。目標はあくまでも足つきだ。他の雑魚は任せる」

 

モビルスーツの編隊を率いて艦隊に近づこうとするクルーゼだったが、相手の抵抗が思った以上に大きく、そして異様に粘り強かった。モビルスーツの数で中央突破を行い、指揮系統の撹乱を狙ったが、一箇所に釘付けにされたら数の優位も何もあったものではない。

 

クルーゼは各機へ分散の指示を出して、飽和状の攻撃を行うように作戦を練り直していく。

 

「隊長!凶星〝ネメシス〟は自分も…!」

 

そんな中で、クルーゼの後ろにデュエルを駆るイザークが付いてきた。彼もまたメビウスライダー隊に煮え湯を飲まされた、因縁のあるパイロットだ。クルーゼはイザークの言葉を聞き、しばらく沈黙してから答えた。

 

「いいだろう。だが、待つつもりは無いぞ?私も、そして凶星〝ネメシス〟もな」

 

「は?」

 

待つつもり?というクルーゼの言葉が、イザークは理解できなかった。そんなイザークに、クルーゼは隊長の仮面をかぶる。

 

「なに、気にするな。それにハルバートンは、どうあってもあれを地球に降ろす気だ。大事に奥に仕舞い込んで手出しさせないつもりらしい」

 

クルーゼは、モニターを操作して先程からリアルタイムで収集したデータを眺める。

 

「しかも直衛はモビルアーマー部隊と、ストライク…」

 

合理的であり、守りに徹した陣形だ。仮に先鋒の艦隊を突破したとしても、今度はアガメムノン級の戦艦からの対空攻撃に晒されることになる。むやみに突っ込むのは悪手だ。

 

「戦艦とモビルアーマーでは、もはや我らに勝てぬと知っている。良い将だな。あれを造らせたのも、彼だということだしな。ならばせめて、この戦闘でその説を、証明して差し上げるとしよう」

 

 

////

 

 

《ジェントルマンがこうも集まると壮観だな》

 

メビウスライダー隊を先頭に、メネラオスから発進した合計10機のメビウスが編隊を組んで、飛んでいる。

 

《こちら、ワルキューレリーダーのオスカー1だ。メビウスライダー隊、君たちと共に飛べて光栄だ》

 

そう言って来たのは、メネラオスから発進したワルキューレ隊の隊長だった。気さくな言葉とは裏腹に、その声色はやや硬い。眼前では、ローやモントゴメリを散開して抜けてきたモビルスーツの光が見える。

 

《くそ!手が震えてやがる!ただの作戦。たかが戦争。だから、やられても死ぬだけだ》

 

《落ち着け、モビルスーツ1機にモビルアーマー3機というジンクスは、メビウスライダー隊がとうの昔に砕いてくれてる》

 

《ここからはペイバックタイムだ。ザフトの連中に一泡吹かせてやろう》

 

ワルキューレ隊が口々にそう言って、自分たちを鼓舞していく。メビウスライダー隊の輝かしい功績とは裏腹に、モビルアーマーとモビルスーツの戦力差は歴然としている。出撃するたびに死を覚悟している彼らにとって、この戦闘がいかに恐怖であるかーー計り知れないものであった。

 

《こちらAWACS、オービット》

 

そんな中で、戦術データリンクで繋がったAWACSからの通信が、飛行するメビウス全機に響いた。

 

《全機へ、我々は、後方から君たちをモニターするだけで、戦場に立ってる側じゃ無い。だから、偉そうな事を言える立場ではないが、一言だけ言わせてくれ》

 

一息ついて、オービットは真面目な声で言い切った。

 

《全員、必ず生きて帰ろう。以上だ》

 

それを皮切りに、メビウスライダー隊が動き出す。先頭を飛ぶムウが、各メビウスへ適切に指示を飛ばし始めた。

 

「メビウスライダー隊よりワルキューレリーダー!エレメントを組め!決して離れるな!ライトニング2、3は俺と来い!それとライトニング1!!」

 

最後に呼ばれたライトニング1であるラリー。彼の役目はすでに決まっている。

 

「大物はお前に任せるぞ」

 

そう言って飛び去っていくムウを見つめて、ラリーは瞳を細めた。

 

「ライトニング1、委細承知…!」

 

 

////

 

 

先鋒を任されたクラックス、ロー、モントゴメリの戦闘は苛烈を極めていた。

 

「敵機4!グリーン23、距離500!」

 

「6番からスレッジハマー!斉射〝サルボー〟!!」

 

「ランダム回避運動!アンチビーム爆雷展開!弾幕!敵を寄せ付けるな!」

 

三隻の中で最も戦闘経験があるクラックスは前衛に立ち、ブリッジでは目まぐるしく移り変わる戦況を伝える情報が飛び交っている。それらの情報に鋭く応じ、ドレイクは指示を投げていった。ここで一瞬でも気を抜けば、落とされるのはこちらだ。

 

「艦長!!ローが!!」

 

そんな中、一人のオペレーターが悲鳴のように声を張り上げた。第3モニターに映るドレイク級宇宙護衛艦であるローが、モビルスーツに取り付かれていて、船体から煙を上げているのが見えた。次いで、船体の四方に伸びるミサイル発射装置が火を吹き上げて爆発していく。

 

「なんてこった…!」

 

《ドレイク艦長、聞こえるか?》

 

ノイズ混じりながらも、ローの艦長からの通信がクラックスに届く。向こうはこちらの音がもう聞こえないのだろう。ローの艦長は驚くほど穏やかな声でドレイクに言葉を繋いだ。

 

《ローはもうダメだが、乗組員は退艦させた。それに腕のいい奴らはそちらに向かわせてる。頼りになる士官たちだ、きっと力にーーー…》

 

彼の言葉が終わる前に、通信音声は酷いノイズに晒され、第3モニターに映るローは、船体の真ん中から火が上がって、やがて動かなくなった。

 

「ロー、沈黙…!!」

 

「ーーコープマン艦長に繋いでくれ」

 

モントゴメリは、ローとクラックスの後方に位置しており、まだモビルスーツからの本格的な攻撃に晒されていない。

 

《バーフォード!》

 

モニターに映るコープマン大佐に、ドレイクは単刀直入に言った。

 

「大佐。ローの退艦員の収容と、戦域の離脱を頼みます」

 

《何を馬鹿な…!》

 

「今下がらなければ、我々は退路を失うことになる。艦隊の全滅だけは阻止しなければなりません…」

 

《ーー私に、また逃げろというのか。グリマルディ戦線の時のように》

 

コープマンは、苦しげな表情でモニターに映らぬ拳を握りしめる。また、逃げると言うのか。友軍を見捨てて、勝てない戦いから、勝てない戦場から逃げろとーー。

 

「あの時は負け戦でしたが、この戦いは私の勝ちです」

 

そんなコープマンに、ドレイクはくたびれた帽子を被りなおして呟く。その言葉には、なんの迷いも無かった。

 

《何?》

 

コープマンの声に、ドレイクは鋭い眼差しと優しげな笑みを浮かべて頷く。

 

「アークエンジェル。そして、メビウスライダー隊が健在な限り、我々に敗北はないのですから」

 

彼らが健在な限り、この戦いに勝利したのは自分たちだ。だから、自分たちは為すべきことを為そう。果たすべき使命を果たそう。

 

今までやってきたことと、同じように。

 

《ーー了解した》

 

コープマンはそう言って、モントゴメリを後方へと下げていく。ドレイクは通信を切り、大きく声を張り上げた。

 

「ローからこちらに向かっている船には、アークエンジェルに向かうように言え!その方が早い!我々はここを絶対防衛線とする!!離脱する艦の退路を確保し、一機たりとも後ろへ通すな!!」

 

 

 

 

 

 


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