「メンテナンスはスピアヘッドから優先的にやっていくよ!一号機と二号機は武装オプションの装備と弾薬補給も!敵はいつ来るか分からないんだからね!」
散々泣きはらしたあと、ラリーを蹴飛ばす勢いでハンガーから追い出したハリーは、手をパンパンと叩き、乾いた音を響かせながら大声で指示を出していく。
「ハリー技師!スカイグラスパーはどうするんで?」
マードックからの問いかけに、ハリーは最新鋭機2機を眺めながら困ったように顔をしかめた。なにせ、実戦経歴なしな上に、砂塵が舞うアフリカでの実装運転だ。どんなトラブルが起こるかわかったものじゃない。一緒に持ち運ばれたマニュアルも、こんな劣悪な環境下ではトラブルシューティングも役立たずだ。
「とにかく、スカイグラスパーはボックスディスカッションしながら、整備手順を決めていくんだから!最新鋭機をおいそれと触れるわけないでしょ!マードックさんたちはストライクの修復に専念してください!」
ハリーの言葉に、マードックはガッテン!と腕をまくり上げてストライクの整備へ取り掛かっていく。
配備されたとはいえ、最新鋭機の運用よりは、実績のあるスピアヘッドを優先的に整備した方が、有事の時に役立つ可能性は遥かに高い。
それに、スカイグラスパーのマニュアルの点検手順はあくまで開発側が提案してきたもの。現場で使うとなれば点検の手順がガラリと変わったりするので、そこはひとまず全員の考えを聞き取った上で、手順を組んでいくしかないだろう。
「ハリー技師!冷却剤を持ってきました!」
搬入コンテナから冷却剤が入ったタンクを台車に乗せて持ってきたのはフレイだった。大気圏突入から着陸、そして大気圏内用機材の設置や点検などなど、フレイは宇宙にいた頃では考えられないほど泥臭い仕事を率先して行っていた。
今時の女性らしさもあるものの、根が真面目で一度決めたことはやり遂げる信念や頑固さもあったため、ハリーの無茶振りやマードックの怒声にも、今になってはすっかり慣れてしまっていた。
「お疲れ様、あとはウチの連中にやらせるから、フレイちゃんも少しは休みなさい」
タブレットで進捗管理していたハリーが顔を上げると、フレイは煤で汚れた顔をあからさまに不機嫌にさせていた。
「いえ、まだ頑張れます」
そう言って、重さ数十キロある冷却剤のタンクを荷台から降ろそうとするフレイを、ハリーの優しい手がやんわりと制した。
「口ではそう言っても、体がついてこないもんなの!シャワー浴びて、ぐっすり寝るのも作業員の仕事よ」
今は大気圏突入から続く緊張状態がもたらすアドレナリンで、疲れを感じなくなっているだろうが、スイッチが切れた時に負担が重くのしかかってくるものだ。自覚してから療養するのと、自覚する前にこまめに休息をとるとでは、あきらかに後者の方が回復が早いものだ。
すると、フレイが持ってきた冷却剤のタンクをガタイのいいハリーの部下が軽々と肩に抱える。
「そうだぞ、アルスター。手伝ってくれるのは嬉しいけど、倒れたら元も子もないからな」
続くようにやってくるのは、スピアヘッドの武装取り付けや点検を行っていた作業員の面々だ。
「戻ってくるときに手作りの差し入れでも持ってきてくれ」
「アンタたちの一言は余計なの!」
ウインクを飛ばす作業員たちに、ハリーが全くと言わんばかりにそう言うが、誰もが悪びれる様子もなくにこやかに笑っていた。こんな状況だ。誰もが暗くなる中で、彼らが笑ってくれるから、この場は成り立っているのかもしれない。
「ありがとうございます…」
フレイは後ろで束ねた髪を解いて、サムズアップしてくれる作業員たちに頭を下げた。その途端に、体が鉛のように重くなる。
とにかく今はシャワーを浴びて、一刻も早くこの体をベッドに放り出そうと心に決めたフレイが、ハンガーを出ようとしたところだった。
「キラ…?」
ハンガーの入り口で鉢合わせたのは、作業員のつなぎに身を包んだキラだった。彼の手には、宇宙でよく使っていたリーク専用の工具箱がぶら下がっている。
「ボウズ!!」
「キラくん!」
突然現れたキラを見つけて、マードックやハリーもキラの元へ集まってきた。
「もう動いて大丈夫なのか?」
マードックが心配そうに言うが、キラはいつものように幼さが残る笑顔を作って応えた。
「はい、ご心配をおかけしました」
そう言って歩き出そうとするキラをマードックが肩を掴んで呼び止める。
「お、おい。ボウズ!」
「ストライクの整備をしないと…大気圏突入でボロボロになってますから」
振り返って見た笑顔は、フレイから見ても分かるほど張り付いたような笑顔で、とてもじゃないが大丈夫のようには思えなかった。
それでも、マードックの呼びとめを振り切ってストライクの元へ行こうとするキラに、フレイは両手で頬をパンと叩いて、鉛のようになっていた体に活を入れた。
「キラ!」
そう言って、今度こそキラを呼び止める。振り返るキラは、フレイの格好を見て目を丸くした。どうやら、ハンガー入り口で鉢合わせた時は自分がフレイだと認識していなかったようでーーフレイは何故か小さな怒りを覚えた。
「ーーフレイ?なんでそんな格好…」
「ここで手伝いをしてるのよ、悪い?」
無意識に強くなる語気に気づいたのか、キラは慌てて取り繕うようにわたわたと手を振って言う。
「悪くは無いけど…」
そのキラの顔には、張り付いたような笑顔はなく、いつも突然行動するフレイに戸惑ったような表情をしていて、それを見て機嫌を直したフレイは、キラが持っていた工具箱の一つをひったくるように受け持った。
「私も手伝うわ。ストライクの整備」
「ええ!?フレイが!?」
「そ、だからやり方教えてよ。私だって、手を動かすことくらいできるんだから」
これでも、スピアヘッドの武装取り付けの配線処理などは、ガタイのいい作業員の指示を受けながらもきっちり繋いで防塵対策までやり切ったのだから、ストライクもキラがしっかり教えてくれれば何かの手伝いはできるはずだとフレイは思った。
それに、今一人でキラを放っておいたら何か嫌なことが起こるーーそんな予感がしたのだ。いわゆる女の勘というものだ。
「どうしたの?キラ?」
そんなフレイを見るキラの様子が、どこかおかしいことに気づく。まるでフレイを見ずに、フレイを通して別の誰かを見ているようなーーそんな目をしていた。
「あ、なんでもないよ…ほんとに」
フレイの疑問を覆い隠すように、キラは首を横に振って答える。今心にある黒い感覚をフレイにぶつけるわけにも、悟らせるわけにもいかないと、キラは意固地になっていた。
そんな中でーー。
「キラ」
背後からキラを呼んだのは、ハリーに追い出されて少し仮眠を取ってきたラリーだった。
「レイレナード中尉…」
ラリーを見た瞬間、キラは顔を曇らせる。そして誤魔化すように平静な顔をしようと取り繕っていたが、ラリーから見ても、その心の動きは丸分かりだった。
故に、ラリーはキラを呼び止めたのだ。
「ちょっとこっちに来てくれ」
////
夜の帳が下りた中、アークエンジェルの艦内を進んでいくラリーは終始無言だった。キラはただ進んでいくラリーの後をついていき、聞こえるのは二人分の足音だけだ。
「どこに行くんですか?」
「すぐそこだよ」
つい無言に耐えれなくなったキラがそういうと、ラリーは答えると同時に立ち止まった。そこは暗く消灯された食堂であったが、ある一角の照明だけは煌々と輝いていた。
「フラガ大尉…」
「今は少佐だ。ラリーは大尉で、リークは中尉になるはずだったけどな」
そう答えたムウの言葉に、キラは顔を曇らせる。ラリーも無意識に拳に力が入っていた。ムウは二人を呼ぶように手招きして、ラリー、キラという順番に食堂に入っては、ムウと向かい合う形で席に腰を下ろした。
「レイレナード大尉…?」
「ラリーでいい。キラ、お前は俺たちの仲間だ。だから、この〝しきたり〟を教える」
そう言ったラリーは胸元から二つのネックレス状のものを取り出すと、テーブルの上に丁寧に並べ始めた。
「ラリー…さん、それは?」
恐る恐る聞くキラに、ラリーは率直に答えた。
「ゲイルとーーそして、リークの認識タグだ」
それは、キラが今1番聞きたくないことだった。二人の遺品となった認識票を見つめながら、ムウが深く息をついて小さく呟く。
「やっと、まともに弔えたな、ゲイル。リークとはもう会えたか?」
ヘリオポリスで戦死したゲイルは、同じくアークエンジェルの食堂で水をかけてやるだけの弔いだったが、ここでしっかりとした弔いができることにムウは感謝した。
「アイツの腕前を見られないのが、辛いな。ラリー」
リークの飛んでいた姿を思い出して言うムウにラリーも頷いて懐かしむように目を細めて答えた。
「リークは俺の知る中で、もっとも最高にイカした整備士であり、パイロットでしたよ」
そんな二人の言葉を、キラはしっかりと聞いていた。聞いていたはずだったが、その意味を理解することを心が拒んでいた。
今、ラリーとムウはーーリークの死を悼んでいると事実を、キラは頑なに認めようとしなかった。
「やめてください…僕は…」
キラは逃げ出したい気持ちで心があふれていた。
認めてしまったら、戻れない気がした。
認めてしまったら、耐えられない気がした。
認めてしまったらーー僕はアスランたちを許せない気がした。
だからーー。
「キラ」
そんなキラに、ムウが厳格な声で伝えた。
「これが、俺たちにできることなんだ」
そう言ったムウの瞳は、食堂に灯るわずかな明かりで揺らめいてるように見えた。
「戦場ってのはひどく合理的にならないと生き残れない世界だ。仲間が死んだことを、すぐに割り切って次の戦場に気持ちを向けないと、俺たちは死んじまう」
以前、ユニウスセブンで氷の改修作業をしようとした時に、ラリーが戸惑うキラたちに同じようなことを言っていたことを、キラは思い出した。
〝ーー俺たち兵士ってのは、そんな大きな事を考えてる余裕なんてないんだ。昨日まで隣のベッドでだべっていた戦友が、目の前で死んだり、その戦友が使ってたベッドに新任のパイロットがすぐに来て、よろしくなんて握手したりして。人の死を悼む時間も無くて、戦って、戦ってーー〟
そうやって、人としての心がすり減っていく中で、自分たちは兵士として、やるべきことを果たさなければならないということを。
「だから、俺たちは仲間を弔うんだ。戦場ではここで、悼むんだ。そうやって、アイツらのことを思い出して、思い続けるんだ。アイツらが果たせなかった使命を受け継ぐために」
ムウの言葉が、メビウスライダー隊のあり方の全てだった。戦友の死を悼むよう意識して、戦友が居なくなれば葬い、慰めの言葉を紡ぐ。そうやって、死んだ者との絆を忘れないようにしている。
それが、自分が自分を保つためにやっている儀式のようにも思えても、辞めてはいけないことなのだから。
ラリーはムウの言葉を待ってから、ここに来るまで傍に抱えていたある箱を机に置いた。
「それは…」
「リークの言った通り、アイツのベッドから拝借してきた」
木箱を開けて、上品な布を外すとそこからは年代物のウイスキーが姿を現した。銘柄を見ただけでムウは小さく口笛を鳴らす。
「こりゃ滅多に見れない上物じゃねぇか」
栓を外して、ムウが用意していたコップへ酒を注いでいく。そこでラリーの手が止まった。
「キラは水でーー」
まだ酒を知らないキラには、キツすぎるものだ。そう判断して、コップには水を入れようと立ち上がったラリーを、今度はキラが制した。
「僕も飲みます。これは、ベルモンド〝大尉〟が僕に送ってくれた、歓迎の意志ですから」
「キラ…いいだろう」
そういうキラに笑顔を浮かべながら、ラリーはウイスキーを注ぐ。誰もいない食堂の中で、つまみも何もない中で、キラたちは小さくグラスを付き合わせて、中に入った小麦色の液体を煽った。
「…っ!にがっ」
真っ先にキラが根をあげると、ムウとラリーが可笑しそうに笑った。
「はっはっはっ!この旨さがわからないってなら、まだまだキラは子供ってことだな!」
そういうとムウはぐいっとウイスキーを煽って飲み干す。それを見よう見まねでキラも飲もうとするが、明らかにペースは遅いものだった。
「ほんとに…苦いですね…ほんと…」
グラスをテーブルに置いて、キラはそっと顔を伏せた。ポタリ、ポタリとキラの持つグラスへ雫が落ちる。それは止まることなく、小さな雨のようにキラのいるテーブルを濡らしていく。
「うっ…ううっ…」
〝コーディネーターであっても、君は君だろう?〟
〝キラくん、ありがとう。ちゃんと言ってくれて〟
〝地球に降りたらキラくんの歓迎会だね〟
過ぎ去るのは、リークと過ごした思い出ばかりで、その一つ一つがキラの胸をどうしようもなく締め付けて離さない。溢れる涙も、溢れる嗚咽も、止めることなど叶わなかった。
「うぁぁあ゛ぁあ…!!」
泣きじゃくるキラに、ムウもラリーも何も言わなかった。ただ静かに、二人はリークの残した酒を煽る。
「ほんとに、苦いな…この酒は…」
ムウの言葉に、ラリーは何も答えなかったし、ムウの方を見ようともしなかった。ただ、酒を口にしてラリーは天井を仰ぎ見る。
「まったく…泣かせやがって…馬鹿野郎が…」
同時刻。
アークエンジェルクルーの名簿にあったリーク・ベルモンドは、行方不明者名簿へ、その名が刻まれたのだった。