ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第67話 戦争

 

 

「隊長!」

 

夜が明ける。

 

東の空が明るくなり始めた頃に、ダコスタがタッシルの街から少し離れた場所にあるジープでコーヒーを楽しんでいたバルトフェルドへ報告しに来た。

 

「終わったか?双方の人的被害は?」

 

「はぁ?あるわけないですよ。戦闘したわけじゃないですから」

 

ダコスタが呆れたように言うのも当然だ。無抵抗な街を燃やした程度だ。実際に使ったのは数発の焼夷弾と可燃性のガスや、火炎放射器くらいで、バクゥの火器弾薬に消耗はなく、パイロットも全員が健在だ。

 

だが、バルトフェルドの問いの意味は違っている。

 

「双方だぞ?」

 

それに気付いたダコスタが、飽き飽きしたように改めて報告をし始めた。

 

「そりゃまぁ、街の連中の中には、転んだの、火傷したのってのはあるでしょうが」

 

「よし、上出来だ。では、引き上げる。グズグズしてると、旦那方が帰ってくるぞ?」

 

そう言ってジープに乗り込むバルトフェルドに、ダコスタは疑問を抱いた様子で聞き返した。

 

「それを待って討つんじゃないんですか?」

 

「おいおい、そりゃ卑怯だろ?誘き出そうと思って街を焼いたわけじゃないぞ」

 

仮にやってきたとしてもジープ数台だ。バクゥの相手にすらならないし、こちらがまともに相手をするほどでもない。下手をすればバクゥの火器弾薬すら消耗せずに蹂躙できるだろう。それではあまりにも不条理であり、バルトフェルドの言うところの卑怯にあたる。

 

「しかし…」

 

尚も食い下がるダコスタに、あのなぁとバルトフェルドは眉間を指で掻いた。

 

「我々の目的は昨夜のお灸据えだ。よって、ここでの戦闘目的は達した。帰投する!」

 

その言葉を最後に、ダコスタもジープに乗り込み、バクゥを筆頭にレセップスへ帰還していく。願わくばこれで自分たちの身の丈を知ってもらえるとありがたいのだがなと、バルトフェルドは顔も知らないレジスタンスたちへ思いを馳せるのだった。

 

 

////

 

 

待機しているストライクの足元で、エールストライカーを装備した愛機を見上げながら、キラはぼんやりとしていた。

 

何故か、ラリーについて行けなかったことに不満を抱いている自分がいた。

 

作戦の内容はわかっているし、自分がここに残る意味もわかっているというのに。それでも心に不満が渦巻いていることに、キラは戸惑っていた。

 

その理由を探していると、今はなきリークの声が脳裏をよぎる。彼を撃ったデュエルの姿を思い出す。それだけでキラは無性にむかっ腹が立ち、その不満を吐き出せないことに苛立ちを感じていた。

 

「なんだ?置いてけぼりにされた子供のような顔をしてるな。少年」

 

そんなキラに声をかけたのは、彼と同じく待機命令を受けたパイロット、アイザック・ボルドマン大尉だ。

 

「貴方は…」

 

「面と向かっては初めましてだな、アイザック・ボルドマン大尉だ。みんなからはアイクと呼ばれてる。よろしく頼む」

 

そう言って差し出された手とアイクの顔を交互に見て、キラは彼の手を握り返した。

 

「ストライクのパイロット、キラ・ヤマト少尉です」

 

「疲れてるみたいだな、ちゃんと休んでるか?」

 

すかさずそう言ってくるアイクに、キラはやや戸惑った様子だったが、事実キラの目元にはうっすらとではあるがクマができており、目つきにも疲れの色が出始めていた。

 

「ええ、大丈夫です…」

 

そう誤魔化してみるものの、嘘だなとアイクに見破られてしまう。

 

「地球には宇宙に無い物がたくさんある。たとえば空気とか、ほこりとか、花粉とか。コロニー内はそれらが最適化されているが、地球ではそうもいかんくてな。宇宙から帰ってきた奴が空気酔いするなんて話もよくあるもんだ」

 

たしかに、キラにも砂塵の煙たさや息のしづらさ、そして暑さと、思いあたる節はあった。アークエンジェルのメンバーもまだ無重力の感覚が抜けてないのか、よく床が水まみれになっていることがある。

 

アイクは心配そうな目をしてキラの肩へ手を置いた。

 

「あまり気負うなよ、少年。君一人でメビウスライダー隊じゃないのだからな」

 

〝君が居れば勝てるということでもない。戦争はな。決してうぬぼれるな!〟

 

アイクの言葉を聞いて、キラは第八艦隊の提督であるハルバートンの言葉を思い出した。うぬぼれるな、自分一人が戦ってるわけでないと。

 

「今はそうだな。とりあえずサンドイッチでもどうだ?保存食料で作ったもんだが、なかなかの味でな」

 

そう言って手に持っていたアルミホイル巻きのサンドイッチをキラへ渡そうとした時だった。

 

「アンタらが地球に降りてきたから、タッシルが!!」

 

積み上げられたコンテナの向こう側から、そんな怒声が聞こえてきた。

 

「言いがかりはやめなさいよ!それに貴方達はザフトと戦ってるんでしょ!?」

 

たまたま外にいたミリアリアやサイたちが、残ったレジスタンスに謂れのない非難の言葉を浴びせられていたのだ。

 

レジスタンス側の男たちは怒りをあらわにした表情でミリアリアたちへ詰め寄る。

 

「俺たちは俺たちの自由を勝ち取るために戦ってるんだ!!」

 

その瞬間、レジスタンスの後ろから盛大に水が被せられた。血走った目でレジスタンスたちが振り返ると、そこには空のバケツを肩にかけたフレイが、怒気を孕んだ瞳で彼らを睨みつけている。

 

「大の大人がみっともない!!そう言うなら命をかけて守るために戦いなさいよ!!」

 

「なんだと、この娘!!」

 

レジスタンスの内の一人がズンズンとフレイへ迫り、バケツを持つ手を強引に掴み上げる。

 

「きゃっ!!痛いって!!」

 

苦悶の表情を浮かべたフレイを見て、今度はサイがレジスタンスへ駆けていく。

 

「この!!」

 

後ろから羽交締めしようとするが、曲がりなりにも相手はレジスタンス。その屈強な身体を前にしてサイ程度の力ではどうにもならなかった。

 

「うわっ!!」

 

逆に投げ返されたサイを、ほんの僅かに邪気が混ざった視線でレジスタンスの男が見下ろす。

 

「サイ!!」

 

「躾がなってないガキには仕置がいるな!」

 

フレイの悲鳴なような声と共に振り上げられたレジスタンスの拳が、倒れているサイの腹部へ振り下ろされようとした時だった。

 

横から割って入った影が、レジスタンスの拳を掴むとそのまま相手の力を活かして、サイを通り過ぎるように投げ飛ばす。

 

目を瞑っていたサイが見たのはーー二倍近い屈強な男を投げ飛ばしたキラの姿だった。

 

「キラ!?」

 

「なんだ、このガキ!!うがっ!?」

 

キラは凄まじい速さで離れていたレジスタンスに近づくと、鳩尾に強烈な肘打ちを打ち込んで即座に悶絶させると、タンクトップを掴み上げて深く腰を落とした。

 

「でぇええい!!」

 

気合い一閃と、キラがレジスタンスを背負い投げし完全に無力化する。

 

「いてててて!!」

 

「やめとけってそこらで」

 

その後ろにいた最後のレジスタンスも、一緒にいたアイクによって手首をひねり挙げられていた。

 

「やめてください!!本気でやって、貴方達が僕に敵うわけないじゃないですか!!」

 

鳩尾に手を添えながら、まだ立ち上がろうとするレジスタンスをキラが一喝する。

 

「ザフトが来るかも知れないのに、何をやってるんですか!貴方達は!!気持ちだけで、誰かを守れるわけないじゃないですか!!暴力に使うくらいなら、やるべきことに手を使ってください!!」

 

凄まじい剣幕でレジスタンスを睨むキラに、完全に怯んだ相手は、重たい足を引きずりながら持ち場へとすごすごと退がっていく。

 

「サイ!!怪我は!?フレイも」

 

キラはすぐに倒れていたサイへ手を差し出した。起き上がらせてもらう自分が情けないなと思いながら、サイはキラへ礼を述べた。

 

「キラ、ごめん…助かったよ…けど、凄いよな。お前って」

 

「ラリーさんや、リークさんから、もし差別で暴力にさらされた時のためにって、護身術というか、そういうものを教えてもらっててね」

 

そう言うキラに、フレイはズキンと心が痛んだ。心無いコーディネーター差別は無くなっていない。自分たちはキラを仲間だと思っているのに、他の誰かから見たらキラはコーディネーターで、自分たちはナチュラルで。

 

そんな考え方にフレイはひどく怒りを覚え、同時に締め付けられるような悲しみを感じた。

 

「キラ…その…」

 

「とにかく、今はザフトだ。いつ攻めてくるかわからないから、みんなも安全な場所に居てね」

 

そう言ってキラはストライクへ戻っていく。その背中は、今まで知っていたはずのキラが、どこか遠くに行ってしまいそうな、そんな風に見えてしまって。

 

「キラ…」

 

そんな呟くような声は、キラに届くことはなかった。

 

 

////

 

 

地球軍の最新戦闘機であるスカイグラスパーは、タスク隊のフランカーを追い抜いて、抜群の機動性を見せながらタッシルの街の上空へ辿り着いていた。上から見る限り、街のほぼ全てが焼き払われていて、人が生きている気配は感じられなかった。

 

「あぁ…酷え…全滅かな?これは…。ん?」

 

ふと視線を郊外に向けると、街から外れた場所に大勢の人だかりが見えた。しばらく観測すると、どうやら非戦闘員の集まりーーつまりだ。

 

「ライトニングリーダーより各機へ、街には生存者が居る。ーーと言うか、かなりの数の皆さんが、御無事の様だぜ。こりゃぁ一体どういうことかな?」

 

《エンジェルハートよりライトニングリーダーへ、敵の姿は見えるか?》

 

「もう姿はない」

 

《ということは…》

 

本当に砂漠の虎は、レジスタンスにお灸を据えにきただけなのだろうか。

 

 

////

 

 

 

「動ける者は手を貸せ!怪我をした者をこっちに運ぶんだ!」

 

サイーブ指揮の元、レジスタンスが街の外へ逃げていた人々の状況確認に精を出していた。少し離れた場所に自機を着陸させたムウとラリーは、そのやり取りを遠巻きに眺めている。

 

ちなみにトールはスピアヘッドの中でマッピングデータの解析をしながら、加圧装置で痺れた足の感覚が戻ってくるのを待ちつつ、ラリーが繰り返した凄まじいG機動で疲弊した体の回復に努めている。

 

「ーーどのくらいやられた?」

 

暗い顔をしたサイーブの言葉に、タッシルの長老はなんとも言えない顔をしながら答えた。

 

「死んだ者は居らん」

 

「え?」

 

「最初に警告があったんでな。今から街を焼く、逃げろ。とな」

 

「なんだと!?」

 

その言葉に反応したのはカガリだ。

 

そして焼かれた。食料、弾薬、燃料…全てが。確かに死んだ者は居ない。だがーー。

 

「じゃが…これではもう…生きてはいけん」

 

焼け野原になったタッシルの街を眺めながら、長老が暗い声で呟いた。そんな長老の表情を見たカガリは年相応な癇癪を起こしたような、そんな怒りの表情で眼下にある砂の大地を蹴り飛ばした。

 

「ふざけた真似を!どういうつもりだ!虎め!」

 

「だが、なんとかできるだろ?生きてればさ」

 

そんな怒りに震える皆に冷や水を浴びせるように、ムウが呟く。ついでと言わんばかりにラリーも腕を組んで、言葉を加えた。

 

「どうやら虎は、あんたらと、本気で戦おうって気はないらしいな」

 

「どういうことだ?」

 

ムウとラリーの言葉に、明らかに怒った目つきでサイーブが尋ねた。他のレジスタンスや、街の住人たちも同じような目をしていたが、ムウは気にする様子もなく堂々としていた。

 

「見てわからないのか?こいつは昨夜の一件への、単なるお仕置きだろ。こんなことぐらいで済ませてくれるなんて、随分と優しいじゃないの、虎は…」

 

「なんだと!こんなこと!?街を焼かれたのがこんなことか!?こんなことする奴のどこが優しい!!」

 

詰め寄ってくるカガリに、ムウはため息を吐いた。激昂しているカガリ達には分からなかったが、ムウの瞳には明らかな呆れと諦めが浮かんでいた。

 

「…失礼。気に障ったんなら、謝るけどね…けど、あっちは正規軍だぜ?本気だったら、こんなもんじゃ済まないってことくらいは、分かるだろ?」

 

「あいつは卑怯な臆病者だ!我々が留守の街を焼いて、これで勝ったつもりか!我々は、いつだって勇敢に戦ってきた!この間だってバクゥを倒したんだ!だから、臆病で卑怯なあいつは、こんなことしか出来ないんだ!何が砂漠の虎だ!」

 

そう言葉を荒らげてカガリがムウに更に近づこうとした瞬間、彼女のジャケットをラリーが引っ掴んでたぐり寄せた。

 

「いい加減にしろよ、小娘」

 

何人かのレジスタンスや、キサカが身構えたが、誰も何も言えなかった。

 

「ひっ…」

 

それは当事者であるカガリもだ。ムウはまだ優しい方だったが、ラリーは違う。その目は単にカガリたちのような怒りを帯びたものではない。暗く、闇のような静けさを持ちながらも、雷のような恐ろしさがある目だった。

 

カガリを地上から数センチ持ち上げたラリーが静かな声で言う。

 

「向こうはゲームでも、勇敢な戦士同士で勝敗を決める戦いをしてるわけでもない。戦争をしてるんだ。わかるか?戦争をだ。何がバクゥを倒しただ?ストライクが居なければ気付かれないところで黙って指を咥えて見てただけだろ」

 

「だが!事実として我々がーー」

 

「戦争は遊びでも、ゲームでも、ましてやお前たちのような感情で左右されるような奴らが生き伸びられるほど甘いもんじゃない!住民に勧告してから火で街を焼く?優しいに決まってるだろ!非道なら勧告もせずにバクゥで村を蹂躙して終わり!お前たちのジープも蹂躙して終わり!わかるか?それが、戦争なんだよ!!」

 

そう言って、ラリーは乱雑にカガリを離して、レジスタンス全員を見渡した。

 

「お前たちは、砂漠の虎と対等に戦う相手としての土俵にも乗れていない。それを分かれよ!!戦争はヒーローごっこなんかじゃない!!」

 

全員が、何も言えなかった。怒りに震えていた誰もが、心の奥底で気付いていたことを、ラリーが白日のもとに晒したのだ。特に、バクゥや敵のモビルスーツを前にした者達なら尚更。自分たちの持つ火器やジープが、モビルスーツの前では全くの無力であることを知っていた。

 

戦わなければメンツが立たない。しかし、本気の戦いになれば蹂躙される。ただ、今は砂漠の虎の情けで生かされているという立場がわからないほど、彼らは愚かではなかった。

 

カガリは反抗的な目をラリーに向けていたが、その反論をラリーは許さなかった。ただ腰を落とした地面の砂を握りしめることしか、カガリにはできない。

 

「サイーブ!」

 

「…なんだ?」

 

「来てくれ!」

 

リーダー格であるサイーブが他のレジスタンスに呼ばれたのをキッカケに、止まっていたように感じた時間が動き出す。ラリーは深く息を吐いて、通信端末を開いた。

 

「とにかく、怪我人もいる。アークエンジェルからの救援もある。タスクリーダー、周辺で難民のキャンプはあるか?」

 

《ここから東に100キロのところが最寄りだねぇ》

 

答えてくれたモニカに礼を言って、ラリーは通信を切った。

 

「今はとにかく生きることを考えよう。そこから始めるしかないだろ」

 

避難民のキャンプに連絡を取ってみる、とラリーは苛立たしさを隠さないまま、愛機であるスピアヘッドへ戻っていく。息が詰まりそうなくらいに静まり返ったレジスタンスの面々を見ながら、ムウは困ったように呟いた。

 

「えーと…まぁ…嫌な奴だな、虎って…」

 

その声に応える者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 


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