「さ、どうぞ~」
ヘリから降りたらそこは豪邸でした。
なんて冗談を言う暇もなく、ラリー達はザフトの警備兵に退路を塞がれたまま、バルトフェルドの案内の元、彼が住まう豪邸へ足を踏み入れることになった。
正直に言おう、嫌な予感しかしない。ラリーは平静を装いながら頭を抱えたい気持ちを必死に抑えていた。
史実でも、この邂逅はロクなことに発展しないと言うのに、今回は自分という不確定要素がある。間違いなく、何か面倒なことになるのは間違いない。
個人的にはここに来ることは避けて、穏便に済ませたかったが、所詮は自分一人でしかなく、歴史の歩みという強大な力の前には無力だ。
そして何より、ラリーがここに入りたくない理由としては、バルトフェルドが自分の名前を知っていたことだ。機密管理が徹底されている中で、自分のフルネームを知るとなると、頭の中で仮面の男がチラつく。
部屋に入ったらソファにクルーゼが座っていた。なんてことになったら卒倒する自信があった。
「ほら、何を遠慮する?お茶を台無しにした上に助けてもらって、彼女なんかチリとヨーグルトのソースで服グチャグチャじゃないの。それをそのまま帰すわけにはいかないでしょう。ね?僕としては」
善意と良心の塊のような笑顔を向けるバルトフェルドに、3人は不審な表情をしながらも、結局退路もない為、彼が入っていく豪邸へ足を踏み出したのだった。
////
「こっちだ」
豪邸の中はとにかく広く、玄関から邸宅をぐるりと回る通路を歩いていると、いくつもある扉の一つから、お洒落な服に身を包んだ女性が出てきた。
「あら、この子ですの?アンディ」
ひょこっとバルトフェルドの横に立って、覗くようにカガリやキラを見る女性。
「アイシャ。彼女をどうにかしてやってくれ。チリソースとヨーグルトソースとお茶を被っちまったんだ」
「あらあら~、ケバブねー。さ、いらっしゃい?大丈夫よ、すぐ済むわ。アンディと一緒に待ってて」
カガリの返事を聞かずに、アイシャと呼ばれた女性は彼女の手を掴んで現れた部屋の中へと消えていく。扉越しにカガリの不機嫌な声が響くのを呆然と聞いていると、
「おーい!君たちはこっちだ」
さっさと先に行ったバルトフェルドが、通路の向こう側から手を振っていた。
「コーヒーには、いささか自信があってねぇ。まぁ掛けたまえよ。くつろいでくれ」
執務室のような部屋に通された二人は、さっそくコーヒーメーカーにかじりついたバルトフェルドの背中を見ながら、豪勢なソファへ腰を下ろした。部屋を見渡してみると至る所に監視カメラが付いていて、更に部屋の外には武装した警備兵が控えている。
指示に従ったほうが賢明だな、とラリーは戸惑うキラにアイコンタクトしながら、バルトフェルドへ言葉を投げた。
「どういうつもりだ?砂漠の虎…アンドリュー・バルトフェルド」
そう告げると、バルトフェルドは出来上がったコーヒーを手に顔を上げて、それをキラとラリーへ渡し、反対側の壁に掛けられている大きな額縁の前へ歩いた。
「エヴィデンス・ゼロワン」
壁に掛けられていたのは、クジラに翼が生えたような生物の化石。ジョージ・グレンが木星探査中に発見した、明らかに地球のものでは無い生物の化石だ。
「宇宙で流星と呼ばれた君らは、実物を見たことは?」
そんな問いかけに、キラもラリーも首を横に振った。なにせ実物があるのはプラントだ。流石のラリーもそこに足を踏み入れたことはない。
「何でこれを鯨石と言うのかねぇ。これ、鯨に見える?これどう見ても羽根じゃない?普通鯨には羽根はないだろう」
「でも、それは外宇宙から来た、地球外生物の存在証拠ってことですから…」
「私が言いたいのは、何でこれが鯨なんだってことだよ」
「じゃぁ、何なら満足するんだ?」
バルトフェルドとキラのなんの脈略もない会話にラリーも加わると、バルトフェルドはうーんと考えるようにあご先に指を添えた。
「ん~~…、そう言われても困るが…、ところで、どうだ?コーヒーの方は」
「苦い」
ズズッと飲んだラリーの回答はその一言だけだ。続くようにキラも口をつけるが、何とも言えない表情を浮かべる。
「おっと、配合を間違えたかな?それともここいらの豆は体に合わなかったのかな?」
まぁ私は嫌いではないのだがねと、バルトフェルドは自分の分のコーヒーに舌鼓を打つと、再び壁に掛けられたエヴィデンスゼロワンを眺める。
「ま、楽しくも厄介な存在だよねぇ、これも。こんなもの見つけちゃったから、希望って言うか、可能性が出てきちゃった訳だし」
それにはラリーも同感だった。これが発見されてから世界は劇的に動き出したとも言える。コーディネーターが容認されて、ナチュラルとコーディネーターの確執が生まれ出したのも、これが発見されてからだ。
「人はまだもっと先まで行ける、ってさ。この戦争の一番の根っ子だ。コーディネーターの根源。人が神の領域へ足を踏み込んだ証拠…とでも言うべきか」
コーヒーに口をつけながら、バルトフェルドの表情には街で見せたような陽気さは無く、どこか暗い影があった。
「私は思うよ、こんなもの見つからなければ良かった、とね」
「アンディー」
少しの沈黙が降りた時、部屋の扉が開けられると、先ほどのアイシャが部屋へ入ってくる。すると、扉の陰からカガリが少しだけ顔をのぞかせた。どうやら入室するのを躊躇っているようだ。
「あーほら。もう」
そうやってアイシャに手を引かれてカガリが入室すると、彼女は街でいた時とは打って変わって、女性らしさを強調するようなドレスを身にまとっていた。顔は不機嫌そうであったが。
「ああーー」
キラが言葉を探している隣で、ラリーがまじまじとカガリを見て一言。
「馬子にも衣装ってやつだな」
「くっ…なんだとぉ!?」
「ラリーさん!そこは女の子らしくなったとか他の言い方が…」
「お前ら同じだろうがぁ!それじゃぁ!」
殴りかかろうとすればドレスの裾がひっかかりそうになるし、一応、借り物でもあるので普段のような粗暴な行動ができないカガリは悔しそうに地団駄を踏む。
そのやり取りを眺めていたバルトフェルドとアイシャは、可笑しそうに笑うだけだった。
////
「なんですって!?カガリさん達が戻らない?」
通信を受けたマリューは座席から立ち上がりながら、驚愕の表情を浮かべていた。
《ああ…時間を過ぎても現れない。サイーブ達はそちらに戻ったか?》
街で指定していた合流場所に現れないカガリたちに、キサカはすぐにアークエンジェルへ連絡を取っていた。もしかすると先にサイーブたちと合流して…と、想像してみるが、
「いえ、まだよ」
マリューの言葉で、彼女たちの安否は分からないままとなる。気性が荒い彼女のことだ。下手な真似はしないと思いたいがーーふと脇を見ると、無造作に捨てられたブルーコスモスのテロリストたちの遺体があった。もしかすると、彼女たちもあの中に…そんな考えを他所へ追いやり、キサカはとにかく手がかりを見つけようと思考を切り替える。
「Nジャマーのせいで電波状態が悪い。彼らと連絡が付いたら何人か戻るように言ってくれ。市街でブルーコスモスのテロがあったのだ。だが、何をするのにも手が足りん」
そういうキサカに、マリューもわかりましたと答えて通信を終える。ここにきて、キラやラリーを失うのは手痛いどころの話ではない。
彼女もすぐに行動を起こした。
「バジルール中尉を呼び出して!」
////
「ドレスもよく似合うねぇ。と言うか、そういう姿も実に板に付いてる感じだ」
落ち着いたカガリはキラとラリーに挟まれるように、バルトフェルドとアイシャが腰掛けるソファの対面に座っていた。
キザな笑みを浮かべる砂漠の虎に、カガリは明らかな敵意を持った眼差しで答えた。
「勝手に言ってろ!」
「うん、しゃべらなきゃ完璧」
「そう言うお前こそ、ほんとに砂漠の虎か?何で人にこんなドレスを着せたりする?これも毎度のお遊びの一つか!」
カガリの言葉をバルトフェルドは聞き流しコーヒーカップに手をつけながら首をかしげる。
「ドレスを選んだのはアイシャだし、毎度のお遊びとは?」
「変装してヘラヘラ街で遊んでみたり、住民は逃がして街だけ焼いてみたり。ってことさ」
そこで、バルトフェルドの手が止まった。さっきとは違い、真剣な眼差しでカガリを見つめる。というより、品定めし、観察する目のように思えた。
「いい目だねぇ。真っ直ぐで、実にいい目だ。君も死んだ方がマシなクチかね?」
「くっ!ふざけるな!」
そのまま立ち上がろうとするカガリを、隣にいたラリーが無言で抑えた。肩に置かれた手にラリーを睨もうとするカガリだったが、有無を言わせずに「静かにしろ」と命じるラリーの視線に、すごすごと腰を下ろした。
「街の住人に恩情をかけてくれたことは感謝したい。まぁ村は生活源を失い、住民は難民キャンプに移り住むことになったけどな」
皮肉めいたラリーの言い草に、バルトフェルドは肩をすくめた。
「命あっての物種、ってやつさ。君はどう思ってるんだ?」
どう?とは?ラリーはバルトフェルドの言葉の真意を図っていた。彼のみが持つ知識だけではなく、言動や視線、五感で感じる全てで、バルトフェルドが次に繋ぐ言葉を聞く。
「どうなったらこの戦争は終わると思う?そして君も。モビルスーツのパイロットとして」
その言葉に、今度こそカガリが立ち上がり驚愕の声を出した。
「お前どうしてそれを!」
「はっはっはっは。あまり真っ直ぐすぎるのも問題だぞ。まぁ迷ったがね。流星のパイロットか、それとも共にいる少年かでな」
カマをかけられたな、とラリーはカガリをわずかに睨んだ。感情豊かなのは大事だが、場をわきまえなければそれは子供と変わらない。座れと静かに言われたカガリは再び腰を下ろす。
うまく手のひらで転がされてるなと、ラリーは深いため息をついた。
「一応聞くが、なぜ俺の名を知っている?」
「教えてもらったのだよ、クルーゼ隊長にな」
それに、彼と君の戦闘データもザフトには出回ってるからなと付け加えられて、ラリーは何にも言えずにただ天井を仰ぎ見た。
クルーゼが関わってるとは思っていたが、まさか戦闘データまで出回ってるとは…彼の狂気を甘く見ていた自分のせいだろうが、それでもウゲェという最悪な気分には変わりはない。
「奴は生きてるのか?」
「さぁねぇ。地球に降りたとは聞いたが…そこから先は音沙汰無しだ」
どこで何をやってるのやら、とバルトフェルドも肩をすくめる。それを見る限り、今のクルーゼは水面下で事を進めようとしているのだろうか?しかし、あの変わりようを見た以上、原作通りに裏工作をしているとは考えづらい。
まったく厄介な相手だ。
「で、話を戻すとしようか。戦争には制限時間も得点もない。スポーツの試合のようなねぇ。ならどうやって勝ち負けを決める?どこで終わりにすればいい?」
すると、バルトフェルドは懐に閉まっていた拳銃を抜き、3人へ銃口を向けた。
「敵である者を、全て滅ぼして!…かね?」
ふと、キラの腰がわずかに沈む。それを見たラリーが鋭い声でキラを制した。
「キラ、やめておけ」
やろうとしたことはわかる。武器がなければ徒手と教えたのは他ならぬラリーだ。当てる気のない銃の向け方をされ、しかもこんな無防備な相手なら、懐に飛び込んでしまえばこちらに分があると思うだろう。
しかし、ここは腐っても砂漠の虎の城。つまりザフトの手中だ。こちらが道端に転がるゴミのように殺されても文句は言えない。
「ほう、賢明だな。ラリー」
「気安く俺の名を呼ぶな」
「つれないなぁ。まぁ、ここに居るのはみんな同じ、コーディネイターなんだからねぇ」
バルトフェルドの発した言葉に、カガリが驚愕の表情を浮かべてキラとラリーを交互に見た。
「お…お前ら」
「俺はナチュラルだぞ」
ラリーの抗議を無視して、バルトフェルドは机の上に置いてある資料を手に取った。
「君らの戦闘を二回見た。戦闘機での空戦機動、そしてバクゥへの体当たり。砂漠の接地圧、熱対流のパラメーター。君らは同胞の中でも、かなり優秀な方らしいな」
「だから俺はナチュラルだって」
「あのパイロット達がナチュラルだと言われて素直に信じるほど、私は呑気ではない。そして君らの立ち回りだ」
「話を聞けよオッサン」
「え、マジか?」
原作では聞いたことがない間抜けな声で、バルトフェルドはラリーを二度見した。深くため息をついて、ラリーは両手を広げる。
「なんなら検査でもするか?」
そう言うラリーを見て、バルトフェルドは怪訝な表情をしながらザフト軍から集めた流星に関する資料に改めて目を走らせる。
ひとつ、クルーゼ隊長自らチューンしたシグーとサシでやり合って引き分けている。ひとつ、ビームサーベルをマウントしたモビルアーマーでジンを3機撃破、過去のデータをまとめたら30機以上のモビルスーツが撃破されている。ひとつ、はじめての空戦飛行でポストストールマニューバーを行い、先日はバクゥへ戦闘機で体当たりを敢行し、生き残っている。
はっきり言おう。
「クルーゼ隊長が頑なに否定していたのは確かだが…君のようなナチュラルが本当に存在するのか」
心底、本心からの言葉に、ラリーは膝をついた。おっと失言だったかとバルトフェルドは思わず手で口を押さえた。
「あーラリーさん。元気出してください」
そんな彼の功績を目の当たりにしてきたキラも、なんとも言えない表情でうなだれるラリーを慰めようとするが、ナチュラルですよ、と自信を持ってバルトフェルドに反論することはできなかった。
「まぁ、うん。そこはいい。じゃあアンタはどう考えてるんだ?バルトフェルド」
気を取り直して立ち上がったラリーの言葉に、バルトフェルドはふむと考えるように銃のグリップで頭を掻いた。完全に毒気を抜かれている。そんな様子を見て、カガリは開いた口が塞がらない様子だった。
「さてなぁ。どちらかが滅びなくてはならんのかねぇ」
「そうしないために、俺たちに問答を投げかけてきたんじゃないのか?」
ラリーの台詞にバルトフェルドは何も言わなかったが、まるで意表を突かれたような表情をしていた。ラリーは呆れたようにため息を吐くと、腰に手を当てて言い放つ。
「少なくとも、俺はそのつもりで戦っている。戦争を終わらせるために」
「ほう?ではどうやって?」
「それを具体的に教えるとでも?敵であるアンタに」
そう切り返すと、バルトフェルドの目にも真剣味が増していく。銃を懐にしまって、バルトフェルドはラリーと向き合った。
「戦争を終わらせたいと思う同志なら、どうかね?」
その言葉が何を意味するか、キラやカガリには分からなかったが、ラリーには十分すぎる言葉だった。しばらくの無言の後に、ラリーはもう少し欲を出した言葉を紡ぐ。
「少なくとも、俺たちはアフリカの地から出なければならない。見逃してくれると言うなら話してやる」
「それはできない相談だな。私にも軍人としての矜持はあるつもりだ」
バルトフェルドは決してストライクやアークエンジェルを落とすとは言わなかった。それが何よりの答えだ。
行く手は遮るが、切り抜けるか出し抜くかは好きにしろという言葉が、どこかから聞こえてくるようだった。
「ま、今日の君は命の恩人だし、ここは戦場ではない。帰りたまえ。話せて楽しかったよ、奇妙な少年と流星。よかったかどうかは分からんがねぇ。また戦場でな」
すると、背後で閉じていた扉が、ザフト警備兵によって開かれる。アイシャが出口まで送るわと先導して扉へ歩いていく。
「キラ達は先に出ていてくれ」
しかし、ラリーは部屋から出なかった。そんな彼を不思議さと不安さを交えた目で見つめるキラに、ラリーは大丈夫だと微笑む。
アイシャたちが出て行ったのを確認すると、ラリーはポケットにしまっていたあるものを取り出してバルトフェルドへ投げ渡した。
「これは?」
聞くまでもなく、それは通信端末だった。それも軍のものではなく、街の電化製品店で買えるようなプリペイド式の通信端末。金を払い、一般回線で話すので、軍関係者からの横槍も気にしなくて済む代物だ。
「後になって必要になる。わかってるだろ?戦争を終わらせるために必要なことだ」
物怖じすることなく言ってのけたラリーに、バルトフェルドの視線は鋭くなっていくが、それでもラリーは言葉を続けた。
「アンタが俺たちをここに招いたということは、そういうことだろ?少なくとも、ここに居る連中は〝あっち側〟のようだしな」
「君はーーどこまで知っている?」
確信が真実に変わった瞬間だった。
部屋に監視カメラがありながらも、招いた客が流星とストライクのパイロットと知ってなお帰した事実。それに疑問を持たない方がおかしい。ザフトの主戦派なら、間違いなく自分たちは殺されているだろう。
つまり、バルトフェルドたちはこの段階から未来で起こる「三隻同盟」の一員ということだ。
ラリーは悪いことを考えるような笑みを浮かべてバルトフェルドの静かな問いに答える。
「さてな。けど、ラクス・クラインの友達、とだけ答えておくとするさ。また会おう。砂漠の虎」
そう言って部屋を後にするラリーに、バルトフェルドは困ったように額に手を添える。
「まったく、厄介なものだな。流星というのは」