G兵器を奪取したザフト艦の中では、押さえたG兵器四機、イージス、バスター、デュエル、ブリッツの解析が急ピッチで行われていた。
「第5プログラム班は待機。インターフェイス、オンライン。データパスアップ、ウィルス障壁、抗体注入完了」
連合軍が威信をかけて手がけたモビルスーツ。ジンやシグーに対抗し、持てる技術を惜しげもなく投入して完成させたそれは、ザフトの技術者たちにとっては宝の山だ。
ナチュラルが作った物など、と見もせずに粗悪品だと唾棄する者もいるが、そう言った技術を軽視する者から時代や技術に取り残されていく。現場で解析を続ける技術士官たちはそれをよく理解していた。
現に駆動系や装甲面の技術は、ザフトのジンやシグーを上回っているのも確かだ。
「データベース、コンタクトまで300ミリ秒。外装チェックと充電は終わりました。そちらはどうです?」
「こちらも終了だ。…しかしよくこんなOSで…」
技術者と共に、G兵器の一つ「イージス」を解析していたザフトの赤服であるアスラン・ザラは、自分が再設定する前のOSのデータを眺めながら眉を顰めた。よくもまぁ、こんな粗末なOSでこれほどの機体を動かそうと考えたものだ。
これのOSを設計したものは現場やモビルスーツを知らなすぎる…いや、現に知らなかったのだろう。なにしろ、連合は今までモビルスーツなんてものは持っていなかったのだ。
自分が所属するザフトも、モビルスーツ「ジン」の展開力や汎用性、その機能性が連合軍が持つ既存兵器を大きく上回っていたから、戦争を有利に進められたのだ。
ジンがあれば、連合軍のモビルアーマーなど、敵ではない。誰もが開戦当初はそう思っていた。
「クルーゼ隊長機帰還。被弾による損傷あり。消火班、救護班はBデッキへ」
艦内のアナウンスの直後、腕と背部を損傷したシグーが、ハンガーへと戻ってきた。拘束ケーブルに受け止められたシグーの損害具合は、傍から見ても明らか。しかも搭乗していたのは、アスランやイザークの隊長であるクルーゼだ。
「隊長機が腕を…」
装甲冷却開始!という合図と共に、シグーの装甲が開き冷却が始まる。機内に篭っていた熱も相当な高さを保っていた。普段のクルーゼ隊長ならば、ここまで追い詰められたような姿にはならない。
帰投してから、仲間伝いに聞いた、流星の話をアスランは思い出した。
グリマルディ戦線で十機以上のモビルスーツを撃破し、その後の戦場でも多くのモビルスーツを撃破した、メビウス部隊。
両手足をもがれて、なんとか生き残ったパイロットから得られた情報。
それは、純白のメビウスが捕捉不能な軌道を描き近づき、パイロットを翻弄し、精神を追い詰めた上で、コクピットをレール砲で穿った事実。帰還したパイロットの僚機だったが、純白のメビウスが現れた途端、為すすべもなく撃破されたという。
そこから、ザフト兵に恐れられて付けられた二つ名「流星」。
しかし、それよりもアスランには気になることがあった。戦火の炎に包まれた場所で再会した、自分の幼馴染。
(…まさか…でもあいつなら…)
破損したシグーを見つめながら、アスランの思考の中には、遠い昔に別れた幼馴染の事しか浮かんでいなかった。
////
「ラミアス大尉!」
「バジルール少尉!」
なんとかヘリオポリス内部に降下したアークエンジェルは、一時の休息の中にあった。ブリッジからハンガーへ降りてきたナタルは、連絡が取れなかったマリューとの再会を心から喜んでいた。
「御無事で何よりでありました!」
「あなた達こそ、よくアークエンジェルを…おかげで助かったわ」
にこやかにマリューがそう言うと、あたりからざわつきが起こる。ナタルも、周りが騒ぐのに気がついて、全員が目をやるストライクへ視線を向けた。
コクピットから降りてきたのは、正規兵ではなく、まだあどけなさが残る子供だ。
「おいおい何だってんだ?子供じゃないか!あのボウズがあれに乗ってたってのか」
整備長であるマードックが、無精に伸びきった髪をガシガシとかき、呆れたように言う。G兵器は連合軍の機密中の機密。だというのに、それを操っていたのが子供?
「ラミアス大尉…これは?」
ナタルは軍人らしい面構えで、戸惑うマリューを見つめた。マリューも答えを渋るように声をくぐもらせたが、彼女が答える前に、ハンガーの奥からヒューっと口笛が響く。
「へー、こいつは驚いたな」
そこに居たのは、メビウス・ゼロから降りたムウと、その後ろの純白のメビウスから降りたパイロット、ラリー・レイレナードだった。
////
「地球軍、第7機動艦隊所属、メビウスライダー隊、隊長ムウ・ラ・フラガ大尉、よろしく」
「同じく、メビウスライダー隊、二番機のラリー・レイレナード中尉」
「メビウスライダー隊、四番機のリーク・ベルモンド少尉です」
俺を含めた三人のメビウス乗りは、疲れ切っている表情をした女性、マリュー・ラミアスへ敬礼で自己紹介を行った。
「あ、貴方達が…流星…」
消えそうな声で、マリューがそう言ったのが聞こえた。ザフトだけではなく、連合内でも名声はあるようだな、とムウは気恥ずかしそうに頷く。
「第2宙域、第5特務師団所属、マリュー・ラミアス大尉です」
「同じく、ナタル・バジルール少尉であります」
マリューとナタルもビシッとした敬礼で返してくれた。うむ、生で見ると二人ともかなり美人さん。何事もなければ、SEEDファンである自分はこの運命の出会いに心を打ち震わせていただろう。
しかし、今の俺にそんな戯言を言う余裕などなかった。グッと力拳を握るのが、ムウにバレたのか。彼はにこやかに俺の肩を叩いて、二人へ向き直った。
「補給を受けたいんだがねぇ。この艦の責任者は?」
ムウの言葉に、ナタルの表情が沈痛なものになっていく。
「……艦長以下、艦の主立った士官は皆、戦死されました。よって今は、ラミアス大尉がその任にあると思います…。無事だったのは艦にいた下士官と、十数名のみです。私はシャフトの中で運良く難を」
「艦長が…そんな…」
ナタルから言われた現場に、マリューは深いショックを受けている様子だった。しかし、悲しみに暮れている暇はない。とにもかくにも、今は補給をしなければ話にならないだろう。
「やれやれ、なんてこった。あーともかく許可をくれよ、ラミアス大尉。俺たちが乗ってきた船は、反対側の港に待機はしているが、ここから戻るにも燃料が厳しいから」
自分たちの船は無事。その言葉を聞いたマリューもナタルも、目を見開いて驚いていた。あれだけの急襲作戦だ。ヘリオポリス周辺の連合艦は、根絶やしにされているものだと思っていたというのに。
さっきのシグーが撤退してからというもの、ザフトからの追撃も止んでいる。外に居たであろうモビルスーツを、彼らが追い払ったというのか。
そんなことを考えていると、ムウが催促するようにマリューを見つめる。やっとこちらが焦れているのがわかったのか、マリューは姿勢を正した。
「あ…はい、許可致します」
「で、あれは?」
さらにと、ムウの射抜くような目がマリューを貫く。あれというのは、ストライクから降りて友人達に囲まれている少年、キラ・ヤマトを指しているのだろう。
「御覧の通り、民間人の少年です。襲撃を受けた時、何故か工場区に居て…私がGに乗せました。キラ・ヤマトと言います」
「ふーん」
そう何気なく言うムウの言葉の中には、明らかに呆れや、侮蔑のような色が混ざっていた。それはナタルのような、一般人にG兵器と関わらせるなど、といった軍人的な呆れではない。
もっと人間性や、倫理観に基づいたものだ。
「…う、彼のおかげで、先にもジン1機を撃退し、あれだけは守ることができました」
「ジンを撃退した!?」
「あの子供が!?」
マリューの言葉に下士官や、ナタルが驚いたように声を上げた。連合の兵器では全く歯が立たなかったジンを、少年が撃破した。その真実がどれほどの衝撃を与えたか。すげぇと歓喜した下士官を俺は睨みつけた。
「だが、そんな甘い決断と指揮で、ヘリオポリスの外壁に穴を開け、戦艦をコロニー内部で飛ばすことになったんでしょうがね」
俺が放った言葉は、ナタルとマリューを突き刺した。ナタルは明らかな敵意に満ちた眼差し、そしてマリューはぐうの音も出ないと言う罪悪感にまみれた瞳だ。
「護衛任務に、俺たちが来ていたことは知っていたはずです。ならば、何故俺たちに通信をしなかったんですか。貴方達が勝手な判断をしなければ、ヘリオポリスへの損害は防げてたはずなのに…!!」
「それは、そちらの言い分だ!!こちらの事情も知らないで…!!」
売り言葉に買い言葉で、ナタルが怒り心頭な表情でこちらに詰め寄ろうとするが、ムウが間に入って制する。いや、制してきたのは俺に対して、だろう。肩口で覗くムウの瞳が「落ち着け」と言っている。
「まぁまぁ。――俺たちは、あれのパイロットになるヒヨっこ達の護衛で来たんだがねぇ、連中は…」
「くっ…ええ、ちょうど指令ブースで艦長へ着任の挨拶をしている時に爆破されましたので…共に…」
ナタルの言葉に、ムウは暫く何も言わず
「…そうか」
そう小さく言った。
ムウは、実際に護衛をしていた俺たちと違って、パイロットたちと交流を持っていた。少なからず面識がある新人たちが、こうも呆気なく散ったことが、彼の心を痛めたのだろう。
ムウは、ゆっくりと友人に囲まれているキラの下へ歩き出した。俺はただ、ムウの行く先を見つめる。アークエンジェルに着艦する前に、ムウが言った「可能性」。それを確かめるのだろう。そしてそれは必要なことだ。
ムウがキラの前に立ち止まり、まるで品定めするような目でキラを見つめる。
「な、なんですか?」
「君、コーディネイターだろ」
メビウスライダー隊を除いて、その場にいた全員に衝撃が走った。
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「ミゲルがこれを持って帰ってくれて助かったよ」
ザフト艦のブリッジで、クルーゼはミゲルが持ち帰ったストライクのデータを眺めていた。彼の前には、規則正しく直立したミゲルと、オロール、そしてアスランがいる。
「いくら言い訳したところで、地球軍相手に機体を損ねた私は、大笑いされていたかもしれん」
今度はクルーゼが自分のデータを三人に見せる。言い訳がましいかもしれないが、そこに映っていたのは、三人が見たこともない軌道で接近してくる純白のメビウスと、オレンジ色のメビウス・ゼロ、そして後方から支援してくるメビウスの編隊との戦闘データだった。
いくつものモビルスーツ部隊を食らった「流星」との詳細な戦闘データ、それだけでも機体を損なった言い訳になるはずでは…?とアスランたちは考えていたが、クルーゼにとっては、「流星」との戦闘で損なう機体が二機目なので、言い訳のしようがなかった。
「オリジナルのOSについては、君らも既に知っての通りだ。なのに何故、この機体だけがこんなに動けるのかは分からん。だが我々がこんなものをこのまま残し、放っておく訳にはいかんと言うことは、はっきりしている」
そこで、クルーゼが提案したのは殲滅戦。
「捕獲できぬとなれば、今ここで破壊する。戦艦もな。侮らずにかかれよ」
装備を見ても、コロニー近郊で使っていいものではない。そんなものをコロニー内で使えば、ヘリオポリスは簡単に崩壊するだろう。しかし、彼らにとって、そんな事はどうでもよかった。ヘリオポリスは中立と謳いながら、連合に尻尾を振っていた裏切り者だ。
そんな奴らが住むコロニーがどうなろうが、知ったことではない。そう言うがごとくの思考だったのだ。
正義だと信じ、分からずと逃げ、聞かず、知らず。
まさに戦争というものは、そんなことを平然と行える人間を生み出す。クルーゼは内心で、敬礼して任務に赴く部下に失望していた。唯一、クルーゼが心を踊らせるのは、「流星」だ。
彼ならば、もしかすれば、この過ちや業を拭えるのかもしれない。そんな淡い期待に、クルーゼは思いを馳せていた。