ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第79話 空中ノスタルジー

 

 

太陽を背に現れた巨大な影。その陰影がはっきりとし始め、機体色が見えた瞬間、ラリーの中に渦巻いてた直感が確信に変わった。

 

「クルーゼか!?」

 

真っ白なカラーリング。上半身と背中から広がる翼は明らかにディンであるが、腰回りから下半身、そして背面にかけて施された武装やオプションパーツは、ラリーが知るどの機体ともマッチしない。撃ち終わった二つのミサイルポッドをパージするその影から、ラリーに再び通信が入った。

 

《大気圏以来か…新しい力を手に入れたようだな、ラリー・レイレナード》

 

「そういうお前もな…なんだそれは?モビルアーマーもどきか?」

 

《君を倒すために準備したモノだ!存分に味わってもらおう!》

 

その言葉を皮切りに、クルーゼが操るディン・ハイマニューバは、フルジャケットユニット全ての性能を活かした高速戦をラリーに仕掛ける。対するラリーも、背部に設けられたジェットエンジンを豪快に吹かして応じる。二機は青空が広がる砂漠で壮絶な空戦を繰り広げた。

 

「この野郎!いつもいつもいつも…俺の前に現れやがって!」

 

ハイG機動を行いながら、クルーゼの機体の背後を取ろうとするラリーだが、人型ならではの機動力と、戦闘機が持つ加速性能を生かすクルーゼの機体は強敵だった。

 

《うっ…がぁ…ーーッ!はぁっ!君と戦ってないとつまらないからな!》

 

高負荷と圧迫に押しつぶされそうになりながら息を吐き出すクルーゼは、笑いそうになる声を押さえ込んで叫び、ラリーに向けて再び6連装ミサイルを放つ。

 

ラリーも操縦桿を鋭く操り、機体をひらりと機動させながらフレアをばら撒く。フレアに誘われて狙いが逸れたミサイル群の間に出来た僅かな穴を突き破ってクルーゼに追いすがろうとする。

 

「戦いを楽しむなよっ!」

 

《楽しいさ!ラリー!君との戦いは!心が踊る!》

 

迫るラリーのスーパースピアヘッドに、空になったポッドをパージすると、クルーゼは両肩部に備わる二基のエネルギー砲からビームをばら撒く。その弾幕に反応してラリーの機体もコブラからポストストールマニューバを繰り出し、ばら撒かれたビームの全てをマニューバのみで躱し切った。

 

「言ってろ!このぉっ!!」

 

機体を起こして、ラリーも反撃と言わんばかりにバルカンを放つ。増加装甲で受け止めたクルーゼだったが、そのまま翼端に備わるビームサーベルを展開しながらフルスロットルで突貫したラリーの機体と交差する。

 

《ーーっ!!》

 

スーパースピアヘッドからのソニックブームの中。迫ってきたビームサーベルをクルーゼは機体を傾けて避けた。すれ違いざまにビームを放つがラリーを捉えることはできない。

 

そうだとも、お互いにこの程度で終わるわけがない。そんなことはあり得ないのだ。クルーゼは無意識にヘルメットの中で笑みを浮かべていた。

 

《やるな!だが、まだまだこれからだっ!!》

 

コブラの機動をし始めたラリーのスーパースピアヘッドを追いかけながら、クルーゼも流れる汗を忘れて闘争に没頭していくのだった。

 

 

////

 

 

 

「アイシャ、あれ見えてるか?」

 

「ええ、見えてるわ」

 

四肢の全てを切断されたラゴゥから脱出したバルトフェルドとアイシャは、眩しい太陽に目を細めながら頭上で繰り広げられる空戦を見つめていた。

 

彼らが描く飛行機雲は奇怪。真っ直ぐとした雲が一つとしてなく、ジグザグに折れ曲がったものから鋭角に旋回する雲がいくつも交差して溶け合っている。

 

「あんな動きが、ナチュラルにできると思うか?」

 

「そもそも、人ができる動きではないわね。あれは」

 

ラリーの機動も、後から合流すると聞いていたクルーゼが操る見たことのないモビルスーツらしき兵器の機動も、二人の常識の範疇を軽々と超えるものだった。激しい応酬はまだ続いていて、轟音と空を裂くような破裂音を響かせながら空の戦いを繰り広げている。

 

あんなものを見せられると、自分が戦っていた相手は手を抜いていたのではないかと思えるほどだった。

 

「ーーだろうなぁ。さて、我々に退路は無くなったわけだが、どうする?」

 

「私、ストライクのボウヤや、あのパイロットの事が気になるわ」

 

「ここで抵抗しても砂漠の露と消えるだけか…、とりあえず発煙筒でも焚くか。クルーゼ殿は我々を助けてくれる様子もないしな。捕虜になるのは癪だが、もとより覚悟の上だ」

 

そんなやり取りをしながら、ラゴゥのコクピットシートの裏にあるサバイバルキットを肩にかけて、バルトフェルドは立ち尽くして空を見上げているストライクとアークエンジェルに向かって歩き出した。

 

「そういう割に嬉しそうね?アンディ」

 

「どうかな」

 

そうやって、彼らの運命もまた大きく動き出そうとしていた。バルトフェルドはアイシャに微笑むと再び空を見上げるのだった。

 

 

////

 

 

「カガリちゃん、あれ見えてる?」

 

スピアヘッドの複座から戦況を観察するトールとカガリは、ラリーのスーパースピアヘッドと、クルーゼのディンの戦闘を1番近くで見る事となった。

 

「ああ」

 

「そっか、幻覚かと思ったよ。俺」

 

「ああ」

 

素っ気ないカガリの返事に、トールは気にしない様子で外で繰り広げられる異次元の空戦を眺めながらポツリと呟いた。

 

「戦闘機ってあんな動きできるんだなぁ…」

 

「ああ」

 

まるで自動応答のようにそれしか言わないカガリをトールは複座から覗き込むと、彼女は一定周期で旋回するように操縦桿を傾けながら、スピアヘッドのコクピットから戦いを見つめていた。

 

常識はずれもいいところの機動をしながらせめぎ合う二機の戦闘は、今までカガリがレジスタンスで体感し、胸を張って答えていた戦闘とは根本的に次元が違っている。先日、ラリーに胸を張って言ったバクゥを倒したという戦いが子供の喧嘩のように思えるほど、その戦いは洗練されていて、まるで芸術作品を見ているような感慨すら感じられる。

 

目がいいカガリだからこそ、その凄さを垣間見れるが、アークエンジェルで観測するサイやオペレーターから見れば、ラリーとクルーゼの二人の機動はまるで短距離のワープをしながら戦っているかのようだった。

 

「うん、わかるよ。その反応」

 

アークエンジェルで、ラリーの戦闘を初めて見た時も、トールはカガリと同じような反応しかできなかった。ただ度肝を抜かれて、驚くことしかできず、彼らがやっていることを頭で理解するのに必死だ。

 

「あれが、流星の本気なのか…?」

 

カガリの絞り出すような声に、トールは何も答えなかった。あれがラリーの本気かどうか、同乗したことがあるトールにも判断できなかったのだから。

 

 

////

 

 

 

レジスタンスは今作戦で多大な犠牲を払った。血の気の多い戦士たちが乗るジープのほぼ全てがスクラップとなり、勇敢に、そして無謀に相手に立ち向かった男たちは、この砂の大地に還っていく。

 

「サイーブ!無事だったか!」

 

額から血を流しながら、呆然と空を見上げるサイーブにキサカが駆け寄った。戦闘が終わって一息ついたのも束の間、頭上で繰り広げられる戦闘は轟音を響かせていた。

 

「あぁ、なんとかな…それよりも、キサカ」

 

「見えているよ」

 

そうか、とサイーブは再び空を見上げた。とても遠い空。自分たちが抵抗していた戦闘とは世界が隔絶しているような戦い。あれが今の世界の戦闘なのだろうか?となると、今まで自分たちがやってきたものとはなんだったのか?

 

サイーブは改めて自分たちの愚かさを痛感していた。

 

「あれは、本当に現実に起こってることか?」

 

「間違いなく現実だな」

 

そう言ってる間にも、スーパースピアヘッドは戦闘機では考えられない機動を行いながら、空を駆ける敵の背後を取ろうと空を縦横無尽に巡り飛ぶ。

 

自分たちが雇っていたタスク隊も、そんな彼らの戦闘に割って入ることもできずに、ただその苛烈な空戦を見るギャラリーと化していた。

 

「そうか。ああも見せつけられると信じてみたくなるよ」

 

「何をだ?」

 

「アイツが言った戦争を終わらせるって言葉さ」

 

いつか、ラリーがサイーブに言った言葉。こんな戦争を終わらせる、そのための軍だと彼は断言した。

 

彼ならば、本当に終わらせてくれるかもしれない。

 

サイーブは空を仰ぎ見ながら、前人未到の戦いの中にいるラリーの身を案じた。どうか、彼がそれを成し遂げてくれるように、力も、気概も、プライドも失くした今のサイーブにはそれを願うことしかできなかった。

 

 

////

 

 

けたたましいアラーム。地上ギリギリの高度を知らせるアラーム。ハイGを警告するアラーム。アラーム、アラーム、アラーム。スーパースピアヘッドの中は警告音のパレード状態だった。

 

加えて、ラゴゥやバクゥとの戦闘で消耗していた為、燃料もバッテリーも最早限界ギリギリだ。

 

「くそっ…!エネルギーが限界か…!」

 

クルーゼのディンの手持ち武装から放たれる弾丸を避けながら、ラリーは迫り来る限界に毒づく。ここでガス欠になれば、地面に激突するか、動きが鈍ったところにクルーゼが弾丸とミサイルを撃ち込んでくるに決まっている。

 

《この程度か?君の力は!もっと見せてくれ!》

 

そんなことを考えていると、クルーゼは一足先に最後の6連装ミサイルをばら撒いてくる。チャフもフレアも尽きたラリーは、なけなしの燃料を燃やしながら機体を翻し、ミサイル群から逃れようと空を裂く。

 

そして、旋回しながら機体背面がクルーゼのディンの方向に向く瞬間を、ラリーは待ちわびていた。

 

「くっそー!しつこいんだよ!アンタは!」

 

背面部、エアインテークを守るように備わるファストパックの一部をパージすると、そこにはバスターの肩部に備わるミサイルポッドが四基格納されており、ラリーは背面がクルーゼを捉えた瞬間にトリガーを引いた。

 

ミサイルの全てが打ち出され、一部が6連装ミサイルのいくつかを撃破しながら、クルーゼの元へ向かっていく。

 

《やるな!ーーっぐっ!!》

 

クルーゼはディンの脚部を前方に向けて急制動を掛けては機体を空中で静止させる。そして両肩部に備わるビーム兵器で、ラリーから放たれたミサイルを次々と撃ち落としていく。

 

そんなことをしながらクルーゼはラリーの機体がレーダーから、突如として消失したのに気がついた。

 

どこだ?どこに消えたと言うのかーーー。そう思考がぐにゃりと歪んだ瞬間、どこかから腹の底から響くような音が聞こえる。そしてそれは、徐々にこちらに近づいてきていた。

 

「便利な兵器だな!だが、懐が空いたぞ!」

 

真下に目を向けると、バスターのミサイルを撃ち出したラリーのスーパースピアヘッドが、こちらに向かって上昇してしているのが見えた。

 

それもビームサーベルを展開させてだ。

 

「チィッ!!」

 

クルーゼは咄嗟にディンを旋回させたが、ラリーの爆発的な速度には追従できず、残っていたミサイルポッドがラリーによって引き裂かれる結果となった。

 

『クルーゼ隊長!レセップスの退艦、撤退が完了しました!至急離脱を!撤退してください!』

 

その直後に、レセップスの副官であるダコスタからの通信が入った。爆煙にまみれてラリーから離れるクルーゼのディンは、そのまま速度を殺さずに戦線を離れていく。

 

《潮時か…君も万全では無いようだな。勝負は次に預けるとしよう》

 

「ああ、とっとと行けよ…もう追う元気もないわ」

 

ラリーは見えない相手にひらひらと手を追い払うように振っていると、まるでそれを見ているかのように、ふっと微笑むクルーゼが居た。

 

《また会おう、流星。次はもっと心踊る戦いをな》

 

そう言い残して、クルーゼの操る機体はどんどん速度を増していき、すぐに地平の彼方へと消えっていった。

 

「ーーできれば会いたくないんだけどなぁ」

 

思わず本音が漏れたラリーは、ハイGでボロボロになった体をどっかりとスピアヘッドのシートに預けて、大きく息を吐くのだった。

 

 

 

のちに、レジスタンスが記録したこの戦闘のデータは『戦闘機での機動力を最大限生かして戦った』記録データとして多くの謎と伝説と共に保存されている。

 

その戦闘は専門家から見ても、地上最高峰の空戦記録であり、アフリカ諸国で戦闘機を持つ国にとっては貴重な勉強材料となるのだった。

 

 

 

 


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