ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第90話 南国の捜査網2

 

 

カーペンタリア基地。

 

オーストラリア、ヨーク岬半島とアーネムランド半島にまたがるカーペンタリア湾に位置するザフトの軍事基地であり、エイプリル・フール・クライシスの混乱に乗じてザフトは軌道上から基地施設を分割降下させ、48時間でカーペンタリア基地の基礎を建設した。

 

カーペンタリア制圧戦において、地球連合軍太平洋艦隊が迎撃したが大敗し、続いて航空大隊を投入した奪還戦では、SWBMを用いたミサイル迎撃により地球連合軍は大きな痛手を負うことになった。

 

以後、カーペンタリア基地はザフトの地球侵攻における地上最大の基地としてグーンやディンの配備や、ボズゴロフ級潜水母艦を受領できるなどの重要拠点になっている。

 

「アスランの消息は?」

 

そんな基地の一角で、ブリーフィングルームに集まった赤服であるニコルとディアッカは、モニターに展開した海図を見ながら行方不明になった仲間であるアスランを探していた。

 

「やれやれ、栄えある我が隊の、初任務の内容は…これ以上ないと言うほど重大な、隊長の捜索ってか。うははははは…」

 

「笑い事じゃありませんよ」

 

顔をしかめるニコルも、アスランと同じく先日宇宙から降下してきたばかりだ。運が良かったのは、ニコルのブリッツが先行してカーペンタリア基地に到着していたことであり、アスランは1日遅れでこの基地に到着する予定だった。

 

「ま、輸送機が落っこちまったんじゃ、しょうがないな。本部もいろいろと忙しいってことらしい。自分達の隊長は、自分達で探せとさ」

 

ディアッカが言う通り、今のカーペンタリア基地は混乱の渦にあった。主力部隊であるマルコ・モラシムこと紅海の鯱が、たった一隻の地球軍艦によって部隊を全滅させられたのだ。

 

ディンを6機と、グーンを2機失い、同時に熟練したパイロットも失ったことで、カーペンタリア基地が握る戦力図が大きく描き変わろうとしている。こんな中で地球軍に侵攻でもされたら、被害は計り知れないだろう。

 

そんな対応に追われているので、ニコルたちに人員を割いてる余裕は無いと言ったところだ。

 

「イザークの事と言い、アスランの事と言い、なかなか幸先のいいスタートだねぇ」

 

「ーーイザークは大丈夫なんでしょうか?」

 

心配そうに目を伏せるニコルに、ディアッカはため息で答えるしかできなかった。イザークはストライクから受けた攻撃により、今はカーペンタリアの医療室で療養している。

 

「怪我自体は大したことはないんだろうが…なにせ初めて死にかけたんだ。思うところもあると思うぜ?」

 

せいぜい、打撲と衝撃による肋骨の骨折、機材が爆発した時に受けた裂傷と、命に関わる傷ではなかったが、その受けた精神的な恐怖が傷を上回っていた。

 

デュエルの損害も酷いもので、内部骨格が大きく変形してしまい、帰投後もコクピットが歪んでハッチが開けなかったほどだ。イザークは全身に怪我を負った状態で三時間も電源が落ちたデュエルの中に閉じ込められることになった。

 

なんとか救出されたイザークの姿に、出撃前まであった気迫やプライドの高さは感じられなかった。

 

「現に、あのストライクの動きはヤバかったしな…あのまま戦闘が続いていたらと思うと、ゾッとするぜ」

 

ディアッカもそう言って顔をしかめる。あのストライクの動きは今データで見ても異常だ。

 

ビームを使って攻撃するより、物理的な衝撃を以てパイロットをいたぶり、嬲り殺しにしているようにも思える。最後のアーマーシュナイダーの投擲と膝蹴りによる内部への食い込みがなによりも致命的だった。

 

そんなことを思い出していると、今は隊から外れたクルーゼがブリーフィングルームへと入ってきた。

 

「揃ってるな?アスランの捜索だが、もう日が落ちる。捜索は明日からになるだろう」

 

「そんな!」

 

クルーゼの言葉にニコルが悲鳴のような声を上げたが、すかさずディアッカがフォローに入る。

 

「イージスに乗ってるんだ。落ちたって言ったって、そう心配することはないさ。大気圏、落ちたってわけでもないし」

 

「今日は宿舎で各自休息を取れ。明日になれば母艦の準備も終わる。それからだな」

 

 

 

////

 

 

 

突然のスコールと満ち潮に晒されたアスランとカガリは、逃げるように無人島の内陸へと足を進めて、程度のいい洞窟で一夜を過ごすことになった。

 

インド洋とは言え、日が落ちれば気温も下がる。スコール前にアスランがイージスから持ってきたサバイバルキットの中にあるガスバーナーで火を起こして、なんとか迫る寒さを凌いでいた。

 

「わ、私を縛っておかなくていいのかよ!隙を見てお前の銃を奪えば、形勢は逆転だぞ!?」

 

「はぁ?」

 

そう勇ましくカガリは言うが、彼女は今満ち潮で海水まみれ、ダメ出しと言わんばかりにスコールにも見舞われて身につけている衣服がダメになっていた。

 

なんとか服を乾かしてはいるが、彼女は今、色気のない下着姿の上にサバイバルキットの毛布を被っているだけだ。

 

「そうなったらお前、バカみたいだからな!」

 

そう言われても、あまり迫力はない。むしろ滑稽すぎて、気がついたらアスランは笑っていた。

 

「なんで笑うんだよ!」

 

「いや、懲りない奴だと思ってね」

 

そう言いながらアスランは、ガスバーナーで温めていたお湯をマグカップに注いで、体を冷やしているであろうカガリへコーヒーを差し出した。

 

「…銃を奪おうとするなら、殺すしかなくなる。だからよせよ?そんなことは…ヘリオポリスでもここでも、せっかく助かった命だろ?」

 

「…ザフトに命の心配をしてもらうとは思わなかったな」

 

「俺だって心配はするさ。ーーヘリオポリスは…俺達だって、あんなことになるとは思ってなかったさ」

 

「え?」

 

マグカップから立ち上る湯気の向こう側にいるアスランの表情はとても悲しげだった。アスランはまるで自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 

「モルゲンレーテが開発した地球軍のモビルスーツ。それだけ奪えればよかったはずだった…なのに、地球軍が抵抗をするから」

 

「どう言おうがコロニーを攻撃して壊したのは事実だろうが…」

 

「中立だと言っておきながら、オーブがヘリオポリスであんなものを造っていたのも事実だ」

 

そもそも、オーブは自国が保有するモルゲンレーテの高い技術力で中立を貫いていたと言うのに、ここにきて地球軍に手を貸すとなると、パワーバランスが一気に傾くのは目に見えていた。

 

そこから先にあるのは、オーブを危険視して排除しようとするザフトと、更なる技術を要求する地球軍との板挟みになることくらい、たやすく想像できただろうに。

 

「すまない。ここで言い合ってもお前に責任なんてないんだけどな。けれど俺達は、プラントを守るために戦ってるんだ」

 

アスランの言葉に、カガリは何も言えなかった。

 

《やっぱり…地球軍の新型機動兵器…お父様の裏切り者ー!》

 

中立を謳いながら、自分の父はその立ち位置を裏切った。それが父が主導でやっていたのか、それとも他の勢力の介在があったのかはわからない。しかし、オーブがG兵器の開発に関わった事実がある以上、それが裏切り以外の何であるのか。

 

オーブには、戦いを逃れたい一心で移住してきた人もいるというのに。父は何を思って、G兵器の開発に手を貸したのだろうか。

 

「俺の母はユニウスセブンに居た」

 

そう思いふけってるカガリに、アスランはポツリと呟くように言った。

 

「本当にただの農業プラントだった。避難勧告すら無く、何の罪もない人達が一瞬のうちに死んだんだぞ。大人も子供もーー無差別に」

 

何故?どうして?母の死を聞いて、ユニウスセブンの惨状を見てアスランが思ったことはそれだけだった。何故、核を撃ったのか。何故、母が死ななければならなかったのか、誰がやった、誰を吊し上げればいいんだ。

 

気がついたら自分は憎しみに突き動かされて、ザフトでパイロットをやっている。

 

そんなアスランの独白をカガリは真っ向から受けて立った。

 

「私の友達だって沢山死んだよ。数え切れないほど多くの人が死んでる。地球とプラントの戦争でな」

 

家族を失って、自分たちが住む場所に核を撃ち込まれたからって、憎しみに駆られて誰かを殺したり、侵略したり、虐げたりすることは、間違ってる。それが正しいこととは言わせない。

 

アスランを見据えるカガリの目には、たしかにそんな気持ちがあった。そんな彼女の目を見て、アスランは疲れたように息をつく。

 

「ーーよそう。ここでお前とそんな話をしても仕方がない」

 

「あ!お、おい!敵の前で寝ちゃう気かよ!」

 

思わず横になったアスランに、カガリは驚いたように声を上げたが、それに力強く返す気力は残っていなかった。

 

「え?あ…いや…まさか…けど、地球に降下して…すぐ…移動で…ぜんぜん…」

 

そのままアスランの意識はまどろみに落ちていく。傍に置かれている黒く鈍い光を放つ銃を、無造作にカガリの前に置いたままで。

 

 

////

 

 

「見つかりません。やはり小島が点在してる海域の方が正解かもしれませんね」

 

スカイグラスパーの操縦桿を握るトールは、サーチライトが照らす海面を見つめながら、痕跡すら無い大海原を飛んでいた。

 

複座では感知モニターや、広域センサーを用いてアイクがカガリの捜索をしているものの、良い成果は得られていなかった。

 

おそらくトールが言う通り、小島が点在するラリーが担当しているエリアに落ちた可能性が高い。アイクにとってはその方が都合が良かった。

 

「ケーニヒ…いや、トール」

 

「はい?」

 

操縦に集中するトールに、アイクは真剣な口調で告げた。

 

「お前、本格的にパイロットになる気はないか?」

 

「え!?」

 

振り返ろうとするトールだったが、夜間飛行で海面から50メートルしかない場所で余所見などしたら墜落する危険があるため、動揺しながらもしっかりと前を見据えていた。

 

そんなトールを見て、アイクの中にあった考えが確信に変わっていく。

 

「お前には素質がある。俺もラリーも認める素質がな。だが、まだまだひよっこだ。今までのトレーニングもお遊びに近い」

 

ラリーの超高速機動にも耐え、自分が教えることを瞬く間に吸収するトール。アイクは以前からトールを一人前のパイロットにできないかと考えていたのだった。

 

「だからあえて聞きたい。お前はパイロットになりたいか?」

 

上司陣には話は通せるが、問題はトールの意識だ。彼が望まなければ、アイクやラリーが思い描く理想のパイロットにはなれない。だから、アイクにとってはトールの意思はなによりも重要だった。

 

「俺は…俺が戦闘機にーー初めてレイレナード大尉の後ろに乗るって決めたのは、キラ一人に戦わせてるのが悪いと思ったからなんです」

 

しばらく、風を切る音とエンジン音に包まれるコクピットの中で、トールは意を決したようにアイクに答える。

 

「あいつ一人に背負わせて、戦わせて、俺たちはブリッジで見てることしかできなかったから。だからーー乗ると決めたんですよ」

 

誰よりも危険な場所で、誰よりも勇敢に、誰よりも強くキラはあり続けてくれた。だから、トールもキラの隣に立ちたいと願って、ラリーの複座に乗ることにしたのだ。故に、答えは決まっている。

 

「俺は、パイロットになりたいです。キラと一緒に俺も大切なものを守りたいです」

 

トールのはっきりとした答えを聞いて、アイクは満足そうに頷いた。

 

「なら、答えは決まったな。ラミアス艦長やバジルール少尉には俺から話を通しておこう。これからの訓練はひと味もふた味も違うからーーまぁ頑張れよ?」

 

「お、お手柔らかに…」

 

そう言ってスカイグラスパーは暗闇を光で切り裂きながら、海面すれすれを飛んでいくのだった。

 

 

 

 


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