第92話 追う者と迎え撃つ者
南太平洋、ソロモン諸島の南西沖。
絶対中立を歌うオーブ首長国連邦の領土が目と鼻の先に迫る海域に、アークエンジェルが差し掛かった頃だった。
「ランダム回避運動!躱して!」
「バリアント、ウォンバット、てぇ!」
緊急事態だ、とブリーフィングが始まったのがついさっきのことだった。マルコ・モラシムを撃破したアークエンジェルは、このまま難なく太平洋を横断できると踏んでいた。
理由としては、バルトフェルドが教えてくれたインド洋を取り巻く制空権事情にある。モラシム隊が紅海の鯱と恐れられていた通り、彼らの部隊がインド洋確保の要となっていたのは確かだ。その部隊がたった1日で壊滅ーーーいや、全滅したとなれば、勢力図がひっくり返るのも必然だ。
今のカーペンタリア基地は、モラシム隊の穴埋めと情報隠蔽に必死なのだろう。
故に、この海での追撃をする余裕はないと踏んでいたが………ことはそう簡単に運ばなかった。
現れたのは宇宙からわざわざ追ってきたG兵器。
そして、たった一人のために部隊を離れ《一人部隊〝ワンマンアーミー〟》と化した白きザフトの鬼人だ。
『何をやっているイザーク!』
『くっそー!』
内部フレームが歪み、本国へ修理のために送り返されたデュエルに代わって、指揮官用のディンに乗るイザークに、隊長であるアスランが大声で怒鳴る。
いくらG兵器で無いとは言え、イザークは赤服を着るザフトのエースだ。そんな彼の操るディンは、以前の軽やかさが見る影もなく、よたよたと空を飛ぶまで落ちぶれている。
PTSDと診断されたにもかかわらず、プライドと自尊心で己を奮い立たせて無理矢理でも着いてきた彼だったが、やはり現実は甘くは無い。
『とにかく足を止めないと…!うわぁ!』
そう呟くブリッツの胴体にミサイルが直撃する。すぐ脇を、ランチャーストライカーを装備したムウの駆るスカイグラスパーが通り過ぎる。
「とぉぉりゃぁぁ!!」
雄叫びを上げながら応戦するムウのスカイグラスパーから距離を取りながら、アスランは再度隊のメンバーに通信を回した。
『各員!一人で出過ぎるな!エンジンを狙うんだ。ニコル!俺と共に左から回り込め!』
『はい!』
こいつさえ沈めれば!アスランの中にはその言葉がぐるぐると回っている。親友であるキラと戦うことになったのも、こうやって地球に降りてきたのも、自分が戦いに迷い苦しんでいるのも、元はと言えばこの船が現れたからだ。
この船さえ沈めれば、何かが変わるように思えた。ストライクも帰る場所を失い、そこからどうにかできればーーあるいはキラを説得できればーーそんな考えがアスランを突き動かす。
だが、思惑通りには行かないものだ。
『はっ!』
突如として眼前に迫ったのは、死角から飛び上がり、現れたストライクの機影だった。シールドを前に突き出して、ストライクは容赦なく無防備なイージスへ体当たりを行う。
『くぅうう…!!キラ!!』
「アスラン!やめろぉ!!」
何度か取り付こうとするが、このストライクの鉄壁の守りでなかなか取り付けない。体当たりのあとに間髪入れずに放つストライクのビームライフルの閃光を躱しながら、アスランは足踏みする状況に苛立ちを覚えていた。
そんな彼らの戦いから少し離れた場所。
誰にも邪魔されない空の中では、いくつもの歪な飛行機雲が空に描かれている。
「くそー!!いい加減にしろよ!お前!!」
スーパースピアヘッドに換装された機体を振り回しながら、ラリーは相対するモビルスーツもどきたる、クルーゼのディン・ハイマニューバ・フルジャケットと二人だけの空戦を繰り広げていた。
出撃前から捕捉されていたクルーゼの機体であったが、キラやムウ、アイクではあの機体の対処は難しいため、クルーゼ機の足止めと引き付けを行うために、ラリーが単身で挑む羽目となっていた。
だが、クルーゼにとってはむしろ僥倖。
ラリーと戦うためだけに、アスランに部隊を押し付けて、ディン・ハイマニューバを手配した甲斐があったというものだ。
《君の相手は私だ!そして、私の相手をできるのも君だけだ!》
高機動戦の中で、体にかかる想像を絶するGに耐えながらクルーゼは笑いながら言う。フルジャケットユニットから放たれたミサイルがラリーに迫ると、スーパースピアヘッドは旋回しながら、ボッ、ボッ、と空気の膜を作って急加速していくつかのミサイルを振り切り、残ったものも急減速から織りなすマニューバで全てくぐり抜けていく。
「くっ…がっ…ーーっ!!はぁっ!!…悲しいが、たしかにそうだとしか言いようが無いな!!」
《ーーはぁっ!ならば!やることは一つだろう!》
ミサイルをくぐり抜けた先に先回りしたクルーゼは、ビーム砲の銃口を態勢を立て直していないスーパースピアヘッドへ向ける。
「言ってろ!毎回毎回直接通信してきやがって、この変態がぁあ!!」
ラリーはそれを目視するや、フラップを最大展開、低速域でも安定させるために取り付けたエールストライカーの大型翼も起動して機体を無理矢理ストールへ導く。
紙一重の差で乱れ打たれるビームの弾幕を避けて、海面ギリギリで速度を立て直しては、今度はこちらの番だと真下からディンに向かって飛翔する。
《君との戦いは素晴らしい…!!ラリー・レイレナード!!もっとだ!!もっと私に見せてくれ!!》
空になったミサイルポッドをパージしながらクルーゼも真下に向かって速度を上げる。
その戦いは常軌を逸していた。
ラリーの後ろに座るバルトフェルドは、改めて流星の異常さを肌で痛感する。人よりも遥かに高負荷に耐えられるように作られたコーディネーターであるはずなのに、バルトフェルドはマニューバの中で何度か意識を持っていかれかけた。
操縦テクニックを見る限りでも、ラリーはそんな高負荷の中でオートとマニュアルを巧みに使い分けて、ゲテモノディンから放たれる攻撃を避けている。
これをナチュラルがやっているのか?
そんな疑問がバルトフェルドの中で浮かんだが、迫るミサイルを避けるために行われたマニューバで、思考を刈り取られていくのだった。
////
しかし、そんな猛攻により、アークエンジェルにも少なからずのダメージは入っていた。バスターからのミサイル、ブリッツからの攻撃。
わずかな攻撃ではあるが、歴戦に歴戦を重ねたアークエンジェルの船体には大きく響く。
「はっうっ!」
「イーゲルシュテルン、4番5番、被弾!損害率25%を超えました!」
モラシム隊のSWBMの攻撃がここに来てアークエンジェルを苦しめ始めていた。船体強度もギリギリで、このままでは装甲がやられるのも時間の問題だ。
「イージス、ブリッツ、接近!ヤマト機とボルドマン機が向かってますが…!!」
「フラガ少佐は!?」
「バスターの相手で手一杯です!」
「ウォンバット、バリアント照準!グゥルを狙うんだ。メビウスライダー隊にも伝令!」
「モビルスーツが乗って飛んでる奴だ!よくねらえよ!!」
アークエンジェルのブリッジが怒声のような指示に包まれる中で、船体近くを飛んだスカイグラスパーは、複雑な機動ですり抜けるイージスとブリッツの機動にしびれを切らしていた。
「うっうぅ…くっそー!こんなところまで追いかけてくるなんて、あいつら!」
「ケーニヒ!前を見ろ!戦場で泣き言を言えば死ぬぞ!」
操縦桿を握るアイクが泣き言をこぼすトールをどやした。わかってますよ!とトールはターゲットモニターを引っ張り出して、前を飛ぶブリッツに狙いを定める。
今回から、トールは武器管制を、アイクが操縦をという役割に切り替わっている。何度かトールも操縦訓練ーーーと言うの名の曲芸飛行をやらされているが、実戦での飛行はまだアイクが受け持っていた。
そんな中で、アスランはしつこく足止めをしてくるストライクを相手に、ビームサーベルでの接近戦を挑んでいた。
『下がれアスラン!こいつは危険だ!』
『ディアッカ!しかし…イザーク!』
ストライクの異常性を肌で感じているディアッカからの忠告を聞いていたら、脇を通り抜けてイザークのディンが、ストライクめがけて飛び込んでいく。
『おのれ、ストライクぅう!!』
『イザーク!迂闊に!』
クルーダウンのためにアークエンジェルの甲板に着地したキラは、無防備に突っ込んでくるディンを捉えた。
「迂闊な…そんなに前に出て、死にたいのかー!!」
甲板を蹴り、飛び上がるストライクはそのまま真っ直ぐディンに突撃する。なんだこいつは、ぶつかる気か?とイザークがディンに備わるライフルを構えた瞬間。
『う…はっ!?』
ストライクはいつぞや、ラリーのメビウスにやられた事と同じことをやった。
突如として上へ進路を変えて、スラスターを全開で吹かして飛び上がったのだ。その驚異的な加速による上昇は、イザークの意表を突くには充分だった。
完全にストライクを見失ったディンの真上から、キラは思いっきり荷重をかけてディンの背部スラスターを踏みつける。
『う…くぅ…こんな奴に…こんな…奴にぃ…!!』
態勢を崩したイザークは機体を反転させて上空を見ようとしたが、そこには目と鼻の先の距離にストライクが迫っていた。
逆光で影となったストライクの頭部で、デュアルアイが鋭く光る。それは、イザークに、砂漠で味わった死を思い出させるものだった。
体は汗ばみ、言うことを聞かず、ただ恐れ戦いてストライクを見るイザークから、殺意も戦意も抜け落ちていた。
『うわぁあああああ!!!』
『イザーク!』
「ブリッツか!邪魔だ!!」
叫び声を上げるイザークを庇いに来たブリッツに向かって、キラは固まったディンを蹴り飛ばし、さらにビームライフルを放つ。
『くっそぉぉー!』
『う、うわぁぁ!』
ディンをぶつけられたニコルのブリッツは、運良く構えていたシールドにビームが当たり、そのまま太平洋へ落ちていく。
『ニコル!イザーク!退け!今は無理だ!』
(こ、これほど腕を上げてるなんて…キラ…)
アスランは恐怖した。
甘い考えをする自分よりも、キラは兵士ーー戦士として覚醒している事実。あの優しかった幼馴染の面影など、そこにはもう無かった。
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《御覧いただいている映像は、今、まさにこの瞬間、我が国の領海から、わずか20kmの地点で行われている戦闘の模様です!》
オーブ首長国連邦、その首長たちが集まる部屋で流れているモニター映像は、鮮明にアークエンジェルとザフトの戦いを映していた。
《政府は、不測の事態に備え、既に軍の出動を命じ、緊急首長会議を招集しました。また、カーペンタリアのザフト軍本部、及びパナマの地球軍本部へ強く抗議し、早急な事態の収拾、両軍の近海からの退去を求めています》
「ウズミ様」
モニターを見ていたウズミ・ナラ・アスハは、語りかけてきた弟であるホムラを見た。その顔色は芳しくない。
「許可なく、領海に近づく武装艦に対する我が軍の措置に、例外はありますまい。ホムラ代表」
「はぁ…しかし…」
サハク家が独断で行った地球軍への技術供与とG兵器群の共同開発。後で知ったといえば都合の良すぎる話であるが、自分なりにケジメはつけて、政権を弟に譲ったつもりだった。しかしホムラは、今の状況に決定的な判断を下せずにいるようだった。
「テレビ中継はあまりありがたくないと思いますがな。国民へ不安を与えるばかりだ」
「そうですな」
ただ願わくば、かの戦艦がこのままオーブを離れていくことを願うばかりだ。そう思うウズミであったが、それは不可能であると言うことも彼は悟っているのだった。
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一方で、アークエンジェル艦内にいるカガリも自分の無力さを痛感していた。彼女は今回、出られる戦闘機が無いため、この艦を守るために戦うことはできない。
戦うこともできないただの小娘でしかない自分を、嫌と言うほど味わう。カガリは揺れる船の壁にしがみついて、己の未熟さに業を煮やしていた。
「うっ!くっそー!」
「カガリ!待て!どうするつもりだ!」
部屋を飛び出そうとするカガリを、キサカは必死に抑える。しかし、カガリの目に迷いはなかった。
「離せ!これではアークエンジェルが!ここはオーブのすぐ傍だと言うのに!ここで何もできなかったら、私はーー私は本当の愚者になってしまう!!!」
その悲痛な叫びと瞳に、キサカは何も言えなくなった。元はと言えば、そんな彼女を止められなかった自分にも大きな責任がある。そう感じて力が抜けた隙に、カガリはブリッジに向かって駆け出して行った。
自分にできることを、なすために。