アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

116 / 552
熱燗を飲みながら野球観戦している己の姿を見返して、随分とおっさんになったなぁとしみじみと。

……ま、まだ二十代前半やし(震え声)


Lesson99 この空は青く遠く 4

 

 

 

「あのプロデューサーがハリウッドねぇ……」

 

 ホテル到着後、俺たちをここまで送ってくれた赤羽根さんの車を見送りながらポツリと冬馬が呟く。

 

「アリーナライブが決まったって話を聞いた時も思ったけど、あんな冴えない顔して案外やり手なんだな」

 

「去年の春にこの業界に入ってきたばっかりの新米プロデューサーにしては上出来ではあるな」

 

 まぁ、それを言うなら事務所にすら所属せずにこの周藤良太郎を自己流でプロデュースし始めた兄貴は化け物なのだが。

 

 よっこいせと自分たちの荷物を持ち上げ、俺からの連絡を受けて待機してくれているであろうスタッフのところに向かう。

 

「にしても、海外……海外ねぇ」

 

「なんだ? ジュピターも海外進出を視野に入れるか?」

 

「ついこの間123に移籍してきたばっかだってーのにそんなこと言ってらんねーよ」

 

 せやな。

 

「そういうお前はどうなんだよ」

 

「ん? 俺?」

 

「フィアッセ・クリステラやらスティーブ・パイやら、その辺の伝手を使えば簡単なんじゃねーの?」

 

「まぁ出来るだろうが、実行するかしないかは別問題だ」

 

 それに『今はまだ』海外に出て仕事をする理由が無い。

 

「そうだな。日本を任せることが出来る一文字隼人が見つかったら考えるかな」

 

「お前はバイクで事故っても何だかんだ言って怪我しそうにねーけどな」

 

「いやいや、流石にバイクで事故ったら俺だって味覚障害になる可能性が」

 

「そのピンポイントな後遺症はどっから出てきた」

 

 そんな話をしながらホテルのロビーに待機していた番組スタッフを見付け、俺と冬馬は部屋のキーを受け取りに向かうのだった。

 

 さて、明日から二日間はみっちりとお仕事だ。頑張らねば。

 

 

 

 

 

 

「あー仕事頑張ったわー。二日間めっちゃ頑張ったわー」

 

「おかしい……頑張ったのは間違いないのに何だこの白々しさと手抜き感は……」

 

 福井県にやって来て四日目の早朝。一昨日と昨日の二日間旅番組の収録を終え、今日は東京に帰る移動日として確保した一日オフの日である。何故か冬馬は釈然としていなかったが。

 

「さて、予定通りにまた765プロの合宿に向かうぞ」

 

「分かってるっつーの」

 

 ちなみに早朝なのは今日が合宿最終日で、昼にはこちらを出るという話だったので午前中の練習に間に合うように朝一のバスに乗るためである。

 

 という訳で朝一のバスに乗り再び民宿へ。

 

 

 

「何と言うか、本当にここ必要だったのかと思うぐらいあっさりと過ぎた二日間だったな」

 

「何のことを言っているのがさっぱりだがすげー同感だよ」

 

 そんなことを話しながら再び民宿前の長い階段を昇る俺と冬馬。

 

「ん、もうやってるみたいだな」

 

 階段を昇り切ると、運動場の方からりっちゃんの「1! 2! 3!」という元気な掛け声が聞こえてきていた。

 

 このまま普通に顔を出してもいいのだが、どうせなら今彼女たちがどの程度の実力なのかを確認しておきたい。そこで前回どちらを向いて練習していたかを思い出しながら、彼女たちの後ろ側の窓に回る。

 

 二人で窓から中を覗き込むと、予想通りりっちゃんの掛け声に合わせて踊る彼女たちの後姿があった。

 

 うむ、やっぱり尻は貴音ちゃんが一番安産型だなとか考えながら見ていると、りっちゃんや赤羽根さんと目が合った。りっちゃんは一瞬目つきが険しくなったがそのまま見なかったことにするかのように視線を逸らし、赤羽根さんは苦笑していた。

 

(……ふむ)

 

 尻もいいのだが、個々の振付もだいぶ様になってきていた。俺たちが見ていなかった二日間も頑張っていたのだろう。

 

「……天海の奴も、ちゃんと指摘しといた場所直したみてーだな」

 

「……なぁ冬馬、やっぱりお前」

 

「ちげーからなっ!?」

 

 いや何も言ってないけど。

 

 大体それはお前が言い出したことでなどと冬馬が言い募っていると、運動場の中のりっちゃんがパンパンと手を叩いた。

 

「はーい! 一旦ストーップ! そこの覗き二人組! 気が散るからさっさと入って来る!」

 

 りっちゃんのその言葉に踊っていたアイドル諸君がこちらを振り返る。

 

「覗きだってよ冬馬」

 

「遺憾なことに事実だがお前と一緒にされるのが腹立つわ」

 

 「りょーたろーさんなのー!」「冬馬さんです!」というアイドルたちの声を聞きながら、俺と冬馬は入口から運動場の中に入るのだった。

 

「みんな三日ぶり。今ちょっと見てたけど、だいぶ上達したみたいだね」

 

 素直に褒めると、キャイキャイと盛り上がるアイドル諸君。特にバックダンサー組はむず痒そうで初々しい反応だった。

 

 着替えは既に運動用のラフなものをホテルから着てきているので、俺と冬馬はそのまま練習に参加することに。

 

「よし。それじゃあこの間約束したから、今回はバックダンサー組の練習を見させてもらおうかな」

 

「123の二人は俺が見るからな」

 

「えー」

 

「分かってたけど佐久間ぁ……先輩相手にいい度胸じゃねぇかぁ……!?」

 

 露骨に嫌そうなまゆちゃんの反応に青筋を浮かべる冬馬。バックダンサー組からしたら大先輩である冬馬を怒らせるまゆちゃんに奈緒ちゃんたちはアタフタしているが、我らが123の事務所では結構いつもの光景なので恵美ちゃんは慣れた様子で普通に笑っている。

 

 さて、今日は帰りの飛行機の時間もあるから時間は有限。練習開始だ。

 

 

 

 

 

 

「可奈ちゃん、そこのステップが少し遅れ気味だから、もう少し早めに動くのを意識して」

 

「わ、分かりました!」

 

「杏奈ちゃんも。百合子ちゃんは逆に遅れないように焦っちゃってるから、ゆっくりと軸足を意識して」

 

「「は、はいっ!」」

 

 ワンツーと手を叩きながら各々の注意点を述べる周藤良太郎。七人の振付を同時に見ながら的確に指摘できる辺り、認めたくはないが流石に腐ってもトップアイドルである。

 

「志保ちゃんは少し動きが硬いかな。振付自体は完璧だから、もう少し余裕を持って」

 

「……はい」

 

 心情的には不本意なのだが、それでも上達への一番の近道であることには変わりないので周藤良太郎から指導を受けることが出来たのは幸運だった。

 

 ……しかし、一つだけ分からない点がある。

 

「……貴方は……」

 

「ん?」

 

 通しでの振付確認が終わり、水分補給をする小休憩のタイミングでそれを尋ねてみた。

 

「貴方は『表情が硬い』とは言わないんですね」

 

 それは合宿初日に天海さんからも言われたこと。別にワザとではないのだが、今の私の眉間には皺が寄っている自信がある。この人を前にして自然と笑顔にはなれない。

 

 しかし、この人はそのことを一切指摘しようとしなかった。

 

「んー……俺自身、笑顔とは程遠いからっていう理由もあるんだけど」

 

 そう言いながらポリポリと頬を掻く周藤良太郎。

 

「みんなはまだ人前のステージに立ったことないんだよね?」

 

「は、はい」

 

「スクールのみんなの前で踊ることはありましたけど……」

 

「それはどう考えても数に入らへんしな」

 

 みんなのその反応に「そうか」と周藤良太郎は頷く。

 

「みんなもその時になると分かると思うんだけど……ステージの上ってのはね、楽しいんだよ」

 

「え?」

 

 その「え?」は誰のものだったのか。もしかしたら、自然と口から出た私のものだったかもしれない。

 

「こればっかりは実際にステージに立たないと分からないと思うけど。特に君たちの場合は一緒にステージに立つ仲間がいるから、その時になれば自然と笑顔になれる……って、俺は思ってるんだ」

 

 「俺も心の中ではいつもニッコニコよ」と無表情のまま周藤良太郎は言う。

 

「勿論、常に笑顔でいることを心掛けろって考える人もいるし、それを否定する気もない。いつも笑顔ならそれはそれでいいことだ。でもまだ余裕のない君たち相手にそれはちょっと酷だと思うからね」

 

「………………」

 

「大事なのは『笑顔』じゃない。自然と笑顔になれる『心の余裕』だよ。逆に言うと、心に余裕さえ持っていれば笑顔じゃなくても観客を楽しませることは出来るんだよ」

 

 「俺みたいに」と周藤良太郎はそう締めくくった。

 

「アンタのは『心の余裕』じゃなくて『心の隙』って言うのよ」

 

「いきなり心外だねりっちゃん」

 

 そんなやり取りを始めた秋月さんと周藤良太郎を余所に、私の意識は思考の渦の中に沈んでいった。

 

 心の余裕? 一緒にステージに立つ仲間? 本当にそんなのが必要なのか?

 

 思い出すのは、つい昨日のこと。休憩中に話しかけてきた水瀬さんとの会話。同じステージに立つ以上全員ライバルで、無駄に仲良くする意味があるのかと問うた時に返って来た返答。

 

 

 

 ――アンタにはどう見えてるのか分かんないけど、私は今でもみんなをライバルだと思ってるし、負けたくないとも思ってるわ。

 

 ――……そうは見えない子もいるけどね。

 

 

 

(……負けたくないなら、仲良くする必要なんてない)

 

 この世界は弱いアイドルが消え、強いアイドルが生き残る。

 

 だから『あの人たち』も消えていった。

 

 

 

 私は、絶対に消えたりなんかしない。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ俺と冬馬も765のみんなと一緒に一足先に帰るけど、恵美ちゃんとまゆちゃんはゆっくりと帰って来ていいからね?」

 

「はいっ! ありがとうございます!」

 

「まゆは良太郎さんと一緒に帰りたかったんですけどぉ……」

 

 まぁバックダンサー組のみんなとの連帯意識を高めるっていう意味でも、もう少し一緒に行動した方が彼女たちのためである。

 

 最終日の午後。練習も全ての予定を終えて俺たちは帰ることとなった。取った飛行機の時間の都合上、俺と冬馬、そして765プロのみんなはバックダンサー組よりも一足先に帰ることになるので、一旦ここでお別れとなる。

 

「合宿中にも言ったけど、バックダンサー組は本番までにステージに慣れてもらうために、次のミニライブに参加してもらおうと思ってる。それまでに、しっかりと合わせて置いてくれ」

 

『はいっ!』

 

 赤羽根さんの言葉に、全員が力強く頷いた。

 

 一応、バックダンサー組が765プロのみんなと一緒に練習する大きな機会はこれで終わり。流石にアリーナライブまでには一緒に振付の合わせはあるが、基本的に彼女たちはスクールに戻ってそこで練習する形になる。勿論、123プロからの出向組である恵美ちゃんとまゆちゃんも同様で、これからしばらく二人もスクールに出向いて練習することになっている。

 

「まぁ765だけじゃなくて、時間が空いてる123の奴も様子を見に行くつもりだから安心して」

 

「悪いね、良太郎君」

 

「いえいえ、こっちも恵美ちゃんとまゆちゃんを預かってもらう身ですし」

 

 様子を見に行くだけなら他の765プロの人たちでも可能だろうが、一応ある程度の時間を都合して指導できる人間は俺ぐらいだろうし。

 

「ホント、アンタはアンタでどうしてそんなに時間の都合が取れるのよ……」

 

「これがトップアイドルの余裕って奴ですよ(ドヤァ)」

 

 まぁ本当は自分の個人レッスンに当ててる時間を彼女たちのために割いてるだけなのだが。

 

「それじゃあみんな、また東京で」

 

『はい! ありがとうございました!』

 

 最後の締めの一言を貰ってしまった形になって申し訳ないが。

 

 

 

 765プロダクションの夏の合宿は、これで幕を閉じることとなった。

 

 

 




・スティーブ・パイ
フィアッセさんはともかくこちらの名前は忘れた方がいるかと思われるので。
一応番外編01にて名前だけ既出です。

・日本を任せることが出来る一文字隼人
そうして本郷猛は海外へ……という名目で事故った怪我を治rゲフンゲフン
世界征服を企むショッカーが日本だけで活動してるわけないですしね(震え声)

・事故って味覚障害
沢木さんぇ……
関係無いけど初登場シーンが地上波放映版でカットされたため辻さんが「コイツ誰?」となってしまう作者の年代あるある。

・「あー仕事頑張ったわー」
だってストーリー早く進めないと(ケロッ)

・『あの人たち』
なんか殆どの人は察してそうだけど、志保ちゃん関連の伏線回収はまだ先なんじゃよ。



 これにて夏合宿編終了です。いやぁこれで劇場版編ももう一息やな! と思いきやこれって映画始まって一時間以内の出来事なんすね……(BDの時間経過約50分)

 合宿がメインと思われがちなのは宣伝の仕方とCMの内容のせいだと思う。いやまぁそれ以外のところ使うと確かにほぼネタバレになるけど……。



 さて、ストーリー的にはそろそろ春香さんと可奈ちゃんの苦境が近づいてくる頃合いではありますが、次回は番外編です。

 なんとこの小説、11月29日をもって二周年を迎えるそうなので(他人事)、一応それに伴った内容の番外編をお送りする予定です。あまり持ち上げると以前のように爆死する可能性があるので、まぁまぁ普通の番外編になるんじゃないですかね(保身的発言)

 てなわけで、過度な期待はせずにお待ちいただければ幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。