諸君は『レフ
雑誌の撮影などする時にスタッフが掲げている大きな板のことで、あれは光源からの光を反射させて被写体を照らすためのものだ。要するに間接照明みたいなものである。個人写真撮影の際にカメラの後ろにある傘のようなアレもレフ板の一種だ。
野外の撮影の場合、光源(太陽)を背に立たせた被写体にレフ板で光を反射させて前面を照らすことで逆光を防ぐ、といった使い方をしたりする。
結局何が言いたいのかというと、実は別に何か特別なことが言いたかったわけではない。芸能界的な豆知識をほんの少し披露したかっただけである。
……まぁ、無理やりこじ付け的に一つコメントを添えるとしたら、人生にレフ板なんて便利なものは存在せず――。
――強い光を浴びた反対方向から物事を見たら、それはただの真っ暗なものにしか見えない、というところだろうか。
「……はぁ」
翠屋のいつもの席に腰かけた俺の目の前に置かれているのは、週刊芸能ラッシュという週刊誌だった。表紙には『大人気グループ765の黒い真実』と大文字で書かれている。その横に『恥ずかしいマル秘写真も入手!』と書かれているが「お、あずささんのセクシーショットか?」などと胸が躍るようなことはなかった。(二つの意味で)
頬杖をついた状態でパラパラと雑誌のページを捲り、その特集ページを見つける。
――765プロミニライブ ダンサー転倒!? 悪夢のライブ
――765プロの強引なやり口 世代交代に焦り 失敗か!?
それは所謂ゴシップ記事と呼ばれるものだった。案の定というか何というか、この間のミニライブで可奈ちゃんと星梨花ちゃんが転んだことに
別にこういった記事が珍しいというわけではなく、他の事務所のアイドルのことが書かれることだって多々あるし、765プロもこうした記事が書かれるのは一度や二度ではない。
ちなみに俺もたまに書かれたりするが、何故か俺の場合は「○○に周藤良太郎が出没!」「××にて周藤良太郎目撃情報!」といったまるで珍獣のような扱いをされていたりするが、この話は横に置いておこう。
閑話休題。
先ほども述べたように、こういった記事は過去にも書かれたことがある765プロのみんなからすると別段気にするようなことではないだろう。あまりにも目に余るような誹謗中傷ならば俺も腰を上げざるを得ないが、これぐらいならば静観するつもりである。
しかし、既にマスコミの厳しさを知っている765プロの子たちはともかく……まだそういったことに耐性の無いバックダンサー組はどうだろうか?
名目上は765プロに関する記事ではあるが、そこに書かれている事柄は自分たちに関係することなのでやはり気になってしまったのだろう。
「結局この間のフォローも出来てなかったし……」
出来てない、というか出来なかった。あの時の会話を立ち聞きしていたよ、とは到底言えるはずもなく。
――既に123プロダクションでデビューが決まっているアナタたちに、私たちの何が分かるんですかっ!?
「………………」
あれ以来微妙にテンションが低い恵美ちゃんとまゆちゃんに対して「調子悪そうだけど大丈夫?」と声をかけるぐらいしか出来なかった。返ってくる答えは勿論「大丈夫ですよ!」という空元気的な言葉。あの志保ちゃんの言葉に何かしらの思うところがあったのだろう。
「はい良太郎君、ブレンド」
「ありがとうございます、士郎さん」
目の前に置かれたコーヒーカップから、コーヒーの香ばしい匂いが漂ってくる。いつものようにブラックのまま飲もうとし……伸ばした手をそのまま席に備え付けられている角砂糖に方向転換した。
「あれ? 珍しいね。ブラックじゃないなんて」
「えっと、今日はちょっと違う気分で……」
「……ミルクは?」
「お願いします」
角砂糖を一つカップに入れ、士郎さんから受け取ったミルクを少量注ぐ。黒一色だったコーヒーカップの中に白が混ざりこみ、やがて溶け合って茶色へと変化したコーヒーを一口飲む。
いつもの苦さは薄れ、それでも到底甘いとは言えなかった。
「ワンッ! ツー! スリー! フォー!」
まゆが掛け声とともに手を叩く音が響き、アタシたちはそれに合わせて振り付けを確認する。
そこは奈緒たちが通うアイドルスクールのレッスン室。765プロの皆さんとの合宿を終え、バックダンサー組だけでの練習が始まってからはアタシとまゆもここにお邪魔させてもらっている。
当然アイドルスクール故、他のアイドル候補生たちも通っているわけなのだが……あのミニライブ以来、どうしても彼女の視線が気になってしまっていた。
――もしかして、彼女たちも志保みたいなことを思っているのではないか。
――もしかして、アタシは彼女たちにとって煩わしい存在なのではないだろうか。
「………………」
「恵美ちゃん、遅れてるわよぉ」
「えっ!? あ、ご、ゴメ……!」
まゆに注意されて我に返り、思わず志保の様子を窺ってしまう。しかし彼女は別にこちらを見ていなかった。
あれ以来、何かある度に志保の様子を気にするようになってしまった。……これ以上彼女に拒絶されるのが怖かった。
「……休憩にしましょう。みんな疲れてるみたいだし」
「うん……ごめん、まゆ」
「大丈夫よぉ、恵美ちゃん」
タオルを手渡してくれるまゆの笑顔に、少しだけ落ち着けた。
「恵美さん、大丈夫ですか?」
「あはは……大丈夫。ゴメンね、星梨花」
アタシの顔を心配そうにのぞき込んでくる星梨花の頭を撫でる。
「んー、なんや恵美まで調子悪そうやなー」
そう言いながらタオルで汗を拭く奈緒。その言葉には言外に「全員調子が悪い」と語っており、みんなもそれを薄々感じていた。それは体調的な意味合いのものではなく、モチベーションの話。
あのミニライブで失敗以来、全員ほんの少しだけ動きがぎこちなくなっていた。さらに追い打ちをかけるように週刊誌にてそのミニライブを取り上げられ、その失敗を突き付けられることとなってしまった。
アタシたちの名前が直接取りざたされたわけではないのだが、その記事に書かれているのは間違いなくアタシたちのことで……少し、怖かった。
「杏奈ちゃん、可奈ちゃんと連絡取れた?」
「………………」
百合子の問いかけに、杏奈は無言のまま首を横に振る。
ミニライブ以来、変わったことはもう一つあった。
可奈が練習に参加しなくなり、連絡も取れなくなってしまったのだ。
ミニライブ終了後の練習には何回か来ていたのだが、ある日を境に来なくなってしまったのだ。奈緒たち曰く、スクールにも顔を出していないらしい。彼女も、あの日志保から言われた言葉に思うところがあったのだろうか。
「……ねぇ。やっぱり、一度相談してみた方がいいんじゃないかな」
そう発したのは、美奈子だった。
「最近、練習もあまり上手くいってないし……迷惑をかける前に、ちゃんと相談した方がいいと思うの」
どうかな、と美奈子は周りの反応を待つ。
「……私も、それがいいと思う」
「うん、私も……」
「せやねぇ……」
他のみんなは肯定的な反応を示し、志保も特に反対した様子を見せなかった。
「恵美ちゃんとまゆちゃんはどう思う?」
「え? あ、え、えっと……」
――もう少し、アタシたちだけで頑張ってみようよ!
「……う、うん、そうだねー。抱え込んでもしょうがないし、先輩たちに相談してみよっか」
アタシの口から出たのは、心の中で考えていた言葉とは全く別の言葉だった。
自分たちの問題は自分たちで解決したい。少し前のアタシだったらそう考えていた。だけど今はアタシの考えを通すべきじゃない。一緒にステージに立たせてもらう765プロの皆さんに迷惑にならないことを第一に考えないと……。
「……恵美ちゃん」
「まゆ?」
「……ううん、何でもないわぁ」
その日の内に美奈子から765プロの真さんにメールを入れ、後日アタシたちは765プロの事務所へと話をしに行くこととなった。
『――それで、しばらくバックダンサー組のみんなは
「そっか……」
仕事が終わって事務所に帰ってきた俺にかかってきた電話の相手は春香ちゃんだった。
なんでもバックダンサー組の練習があまり進んでおらず、さらに可奈ちゃんが練習に来ないという問題も発生したため765プロのみんなに相談へ来たらしい。そして話を聞いた赤羽根さんが、しばらく彼女たちを765プロで預かって一緒に練習をすることを提案したそうだ。
『良太郎さんは、恵美ちゃんやまゆちゃんから何か聞いてないですか?』
「……いや、聞いてないなぁ」
タイミングが悪いことに最近忙しく、彼女たちの練習に顔を出すことが出来ていなかった。彼女たちの調子が悪いということは薄々気付いていたが、可奈ちゃんが練習に来なくなっていたことは知らなかった。
『あ、あと、恵美ちゃんも少し様子がおかしくて……何かを抱え込んでいるような感じがして……』
「……ありがとう、春香ちゃん。ごめんね、本当だったら俺も気にしないといけないことだっていうのに……」
『い、いえ! 気にしないでください! 事務所は違っても、恵美ちゃんだって私の後輩なんですから!』
「……本当に、ありがとう」
また後日、改めてお礼を言いに行くことと様子を見に行くことを告げ、春香ちゃんとの通話を終了する。
「あ、良太郎君」
ガチャリとミーティングルームのドアが開き、美優さんが顔を覗かせた。
「ん? どうかしましたか?」
「はい、良太郎君にお電話です……。○○テレビのプロデューサーさんです」
……来た。
「分かりました、こっちに回してもらえますか?」
美優さんにお願いして、ミーティングルームに備え付けられている電話で外線を受ける。
「お電話代わりました、周藤良太郎です。お疲れ様です、先日はありがとうございました。……はい。……はい、また機会があれば喜んで」
軽い挨拶と二三言葉を交わしてから、本題を切り出す。
「それで、お願いしていたこと……調べること出来ましたか?」
それは、志保ちゃんの言葉を聞いて思い浮かんだことを確認するための二つの事柄。今までのコネと幾ばくかの貸しを利用して、ある程度業界の深い位置にいる人物にしか調べることが出来ないことを調べてもらった。
もしそれが外れているのであれば、それでいい。ただの俺の勘違いだった、それだけの話。
「……そう、ですか」
しかし返ってきた言葉は、あの時感じた「もしかして」という俺の予想を肯定する言葉だった。
プロデューサーさんにお礼を言い、通話を終了する。
「……そっか」
ドサッとソファーに再び腰かけ、天井の蛍光灯を眺める。
本当ならば、今優先するべきことは事務所の後輩である恵美ちゃんやまゆちゃんのフォロー。
でもそれ以上に、あのバックダンサー組で一番にその抱えているものを解決してあげなければならない少女がいることも事実なのだ。
「………………」
ままならない、とは言えなかった。
・レフ板
間接照明という単語だけで地獄のミサワ先生を思い浮かべたどうでもいい小話。
・胸が躍る
おっぱいが揺れることにかけているわけです(マジレス)
シリアスになると後書きが減る法則。一理ある。
そろそろデレマス編の内容も考え始めないとなぁ。