アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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重い()


Lesson106 Bright or Dark 3

 

 

 

 『悪には悪の正義がある』とは、果たして誰の言葉だったか。

 

 悪にも守るべきものがあり、慕うべきものがあり、慕われているものなのだ。

 

 その場合『悪は悪ではなくもう一つの正義』と言うべきか。

 

 逆に言えば『正義は悪にとっての悪』であり……そこに絶対の正しさは無く。

 

 

 

 見方を変えると、正義にも悪にもなるということだろう。

 

 

 

 

 

 

 本日の仕事である番組収録と写真撮影をつつがなく終え、雨が結構激しくなってきたから恵美ちゃんとまゆちゃんを迎えに行ったら何故か全身ずぶ濡れになった恵美ちゃんと志保ちゃんがいた。傘をしっかりと差しているところとすぐ近くに大きな水溜りがあったことから、恐らく車が跳ね上げた雨水で濡れてしまったのだろう。

 

 美少女二人の濡れ透けひゃっほい! ……などと言っている場合ではない。いや、服が濡れたおかげで発育の良い二人の身体のラインが浮き彫りになってるところなんてミテマセンヨー。

 

「とりあえず二人とも、そのままだと風邪引いちゃうから早く乗って乗って」

 

「え、で、でも、座席が濡れて……」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。ほら早く」

 

「恵美ちゃん、良太郎さんのお言葉に甘えましょう?」

 

 まゆちゃんに背中を押され、恵美ちゃんは後部座席に乗り込んだ。当然座席は濡れるが、そんなもの後で何とでもなるので今は気にしない。というかそんなことを気にしている場合じゃない。

 

「ほら、志保ちゃんも」

 

 そんなやり取りをしている間に立ち去ろうとしていた志保ちゃんの背中を呼び止める。

 

「……私は別に……」

 

「問答無用。まゆちゃん、お願い」

 

「はぁい。志保ちゃん?」

 

「………………」

 

 まゆちゃんが腕を軽く引くと、志保ちゃんは抵抗するそぶりを見せず、けれども一言も発することなく車に乗ってくれた。

 

 その後まゆちゃんが助手席に座り、全員がしっかりとシートベルトを締めたことを確認してから車を発進させる。

 

「とりあえず、ここから一番近いウチの事務所に行くよ」

 

 オフィスビルのワンフロア全てを貸し切っているのは伊達ではなく、シャワーやランドリーぐらいは当然存在する。濡れた体を温めたり濡れた服を乾かしたりするには丁度良い。

 

「あ、ありがとーございます」

 

「……ありがとう、ございます」

 

 後部座席から聞こえてきた二つのお礼の言葉は、共にか細いものだった。

 

 

 

 

 

 

 事務所に到着すると、すぐさま雨に濡れた二人をシャワー室へと放り込んだ。所属する人の割に無駄に広い事務所で何故か個室のシャワー室が二つあったのが今回は功を奏した。

 

「………………」

 

「あ、志保ちゃん。ちゃんと温まってきた?」

 

「サイズが合って良かったわぁ」

 

 ラウンジでまゆちゃんとお茶を飲んでいると、どうやら先に上がったらしい志保ちゃんが入ってきた。濡れてしまった服は現在洗濯乾燥待ちなので、事務所に予備として置いてあったまゆちゃんの運動着姿である。

 

「あの……」

 

「服が乾くまで時間があるし、座って座って」

 

「はいどうぞぉ」

 

 何かを言おうとした志保ちゃんを遮って対面のソファーに座らせ、まゆちゃんが淹れたばかりの番茶を志保ちゃんの目の前に置いた。

 

 志保ちゃんは湯呑に視線をジッと落とし、しかし手を伸ばそうとしない。別に毒なんて入ってないよーという冗談は思いついても口からは出なかった。

 

「……まゆちゃんからちょっと話を聞いたよ」

 

「っ……!」

 

 志保ちゃんの体がビクリと跳ね上がり、キッとまゆちゃんを睨みつける。睨みつけられたまゆちゃんは、変わらぬ笑みを浮かべたまま全く動じていなかった。

 

「俺が無理やり聞き出したようなものだから、まゆちゃんに非はないよ。勘弁してあげて」

 

 ちょうどいい温度にまで下がった番茶をズズッと啜る。

 

「……志保ちゃんはアイドル同士で仲良くすることに、あまりいい感情を持っていないみたいだね」

 

「……当然です。アイドルなんて、所詮ファンの奪い合い。一人の人間が同時に別々のアイドルのファンになったとしても、最終的には絶対に上下は決められる。ファンを奪うことが出来たアイドルは残り、奪われたアイドルは消える」

 

(………………)

 

 ファンを奪われ消えたアイドル、か……。

 

「……志保ちゃん、それは――」

 

 

 

 ――君がファンだった『雪月花』のことを言っているのかい?

 

 

 

「っ!?」

 

 俺の言葉に、志保ちゃんは大きく目を見開いた。

 

「『雪月花』……? それって確か……」

 

「……五年前、俺のステージを奪い……そして、俺がステージを奪い返したアイドルだよ」

 

 

 

 五年前。『ビギンズナイト』と呼ばれたあの日を境に俺は一躍有名となり、トップアイドルへの道を駆け上がり始めたと言っても過言ではない。

 

 しかし、逆にその日を境に衰退し、そして消えていったアイドルがいた。

 

 そう、俺と麗華たちのテレビ出演を奪い、俺が『ビギンズナイト』を起こすキッカケとなったアイドル『雪月花』だ。

 

 ミニライブ終了後に志保ちゃんの口から発せられた『ファンを持ってかれれば消える』と『五年前』というキーワードから思い浮かび、テレビ局のスタッフに尋ねた二つのことは『その日の番組の観覧客』と『雪月花ファンクラブ』の二つの名簿の中にとある名前が入っているかどうか、ということだった。

 

 流石に五年前の名簿なんて残っていないかとも思ったのだが、奇跡的にも残っていた。観覧客の名簿はともかく、ファンクラブの名簿はたまたまファンクラブの主催がそのテレビ局だったことも幸いしたらしい。

 

 あまりにも荒唐無稽な思い付きだった。正直に言うと当てが外れることを期待していたところもあった。

 

 しかし、イエスかノーかの二択で調べてもらった結果は『イエス』の言葉。

 

 その二つの名簿の中には、確かに『北沢志保』の名前があったのだ。

 

 

 

「志保ちゃん、君もいたんだよね? あの公園に」

 

「……えぇ、そうです」

 

 志保ちゃんはギュッと握りしめられた拳に視線を落とした。

 

 

 

 

 

 

 それはまだ、事故で他界する前の父がいた時の記憶。

 

 父がいて、母がいて、弟がいて……そして私がいて。テレビの中の雪月花はキラキラと輝いていて。その雪月花の真似をして歌を歌うと、みんなが笑顔になってくれて。私もこうなりたいと、気が付いたら雪月花のファンになっていて。

 

 父が事故で亡くなり、悲しみに暮れる中で私の支えになっていたのも雪月花だった。

 

 いつしか雪月花みたいなアイドルになりたいと、そう願うようになっていた。

 

 何枚もファンレターを書き、何度もライブや番組観覧の抽選に挑み、ようやく私は雪月花が出演する番組の観覧客に選ばれた。

 

 ……しかし、私は結局、その番組を観覧することは出来なかった。

 

 それどころか、その後テレビで雪月花を見ることは無くなった。

 

 

 

 ――雪月花は、アイドルの世界からいなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

「で、でも……!」

 

「まゆちゃん」

 

 何かを言おうとしたまゆちゃんを止める。いや、何を言おうとしていたのかは何となく分かっていた。

 

 雪月花が裏でやっていたこと。俺や麗華たちといった新人アイドルの出演する機会を奪っていたという事実。

 

 

 

 だが、それを『彼女たちのファン』に言ったところで何になるというのだろうか。

 

 

 

 『彼女たちは裏で悪いことをしていた』『だから消えて当然だった』

 

 そんな言葉が『本当に彼女たちのことが好きだったファン』に通用するはずがない。

 

 例えば、熱愛報道があったアイドル。例えば、薬物使用で逮捕された歌手。ファンを裏切ったと称され、しかしファンが全員離れたかと問われれば否である。例え少数になろうとも、彼ら彼女らを応援し続けるファンは間違いなくいるのだ。

 

 他のアイドルにとっては『悪』だったとしても……それは彼女たちのファンにとっての『悪』ではない。

 

 

 

 故に彼女たちにとっての『悪』とは……彼女たちから雪月花という光を奪ってしまった周藤良太郎(おれ)以外に他ならないのだ。

 

 

 

「だから私は、アナタを許さない……」

 

 志保ちゃんの視線は、まだ下されたままだった。

 

「あの日、雪月花が出演する番組を潰しただけに飽き足らず、彼女たちのファンの心も持っていったアナタを許さない……」

 

「………………」

 

「アイドルが他のアイドルを喰らうのがこの世界だというのなら、いずれ私がアナタを喰らってみせる……!」

 

 顔を上げた志保ちゃんがどんな目をしていたのかは……視線を逸らしてしまった俺には分からなかった。

 

 覚悟はしていたつもりだった。彼女たちのファンからこうして恨まれているだろうということは、頭では分かっているつもりだった。

 

 それでも前に進むつもりだった。俺にだってファンがいる以上、ここで足を止めるわけにはいかないと、心に決めたつもりだった。

 

 

 

 ――でも、目の前の少女から向けられたその視線を、俺は直視することが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「……そっか」

 

 突然、俺の隣に座っていたまゆちゃんが口を開いた。

 

「貴女もあの日の夜に立ち会っていたのね」

 

 それはこの場にはとても似つかわしくない、ごくごく自然に友達に話しかけるような口調。

 

「ねぇ、志保ちゃん。今度は私の昔話を聞いてくれる?」

 

「……アナタは一体何を――」

 

「大丈夫」

 

 そう言いながらまゆちゃんは――。

 

「時間は取らせないわ」

 

 

 

 ――『左手首のリボン』に手をかけた。

 

 

 

「え、ま、まゆちゃん……!?」

 

「……心配しないでください、良太郎さん。まゆは大丈夫です」

 

 ニッコリとほほ笑むまゆちゃん。

 

 しかし『それ』を知っている身としては心配しなくてもいいと言われても心配せずにはいられない。

 

「……きっと志保ちゃんの言葉は間違っていないということは分かります。でも、まゆにはその気持ちが分かりません」

 

 だから、と。彼女はリボンの端を摘み上げる。

 

 

 

「分からないからこそ……その言葉を否定するのは、まゆの仕事です」

 

 

 

 シュルリ。

 

 

 

 ゆっくりと、まゆちゃんの左手首に巻き付いていたピンク色のリボンが解けていく。

 

 

 

「っ……!?」

 

 

 

 志保ちゃんが、息を飲んだのが分かった。

 

 

 

「志保ちゃん……貴女が良太郎さんに『奪われた人』ならば――」

 

 

 

 二コリとまゆちゃんは笑う。

 

 

 

「――私は、良太郎さんに『与えられた人』なの」

 

 

 

 

 

 

 露わになったまゆちゃんの左手首に刻まれた数多の傷は……彼女がかつてこの世界を拒絶した証拠だった。

 

 

 




・『悪には悪の正義がある』
多分、バイキンマン。

・『悪は悪ではなくもう一つの正義』
確か、野原ひろし。

・美少女二人の濡れ透けひゃっほい!
精一杯の良太郎要素。

・『その日の番組の観覧客』と『雪月花ファンクラブ』
実際に調べられるかどうかとか部外者に教えていいのかどうかとかは気にしてはいけない。

・父が事故で亡くなり
原作では明言されてないけど、こう設定。

・例えば、熱愛報道があったアイドル
誰とは言わない(丸刈り)

・例えば、薬物使用で逮捕された歌手
誰とは言わない(ハングリースパイダー)

・左手首に刻まれた数多の傷
原作では明言されてないけど(以下略)



 というわけで、志保ちゃんの正体は『雪月花のファン』でした(正体っていうほど正体ではないけど)

 『雪月花の家族』と予想された方もおられましたが『家族』だと必要以上の繋がりが出来てしまい、あくまでも『ファン』という距離感が重要です。

 さて、志保ちゃんが良太郎を拒絶する理由がいささか弱いと感じている方もいらっしゃるでしょうが、実はまだ理由の半分しか明かしておりません。まゆちゃんの過去話を含めて、次回決着です。

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