アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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prequel:前篇・前日譚

英語のサブタイが果たしていつまで続くか……(英語弱者)


Lesson113 The girls' prequel

 

 

 

 私、渋谷凛にとってアイドルとは意外なことに『身近な存在』だった。

 

 

 

 というのも、自分が幼い頃から兄のように慕っている周藤良太郎さんが現在の日本を代表するトップアイドルなのだから、当たり前とまでは言わないでもそれなりに仕方がないことだと自分では思っている。

 

 確かにテレビや雑誌で見る良太郎さんは凄いと思うけど、店先でのんびり話したり、一緒にハナコの散歩に行ったり、たまにお小遣いをくれる良太郎さんが私にとっての周藤良太郎で、イコール私にとっての『アイドル』だった。

 

 私にとってアイドルとは身近な存在であるからこそ、自分がアイドルになるなどという考えは生まれてこの方思ったことが無かった。

 

 それ故に。

 

 

 

「……アイドルに、興味はありませんか?」

 

 

 

 三白眼の強面の男性に名刺を差し出されながら問われたその一言に対して――。

 

 

 

「……ない」

 

 

 

 ――幾ばくか迷った末、それでも自分のことを詳しく話すことも憚られたので端的に断ったのだった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 自室のベッドに倒れこみながら、思わず私はそんな溜息を吐いてしまった。

 

 この春から私は晴れて高校生となり、既にオリエンテーションも終わって普通の授業が始まっているのだが、この溜息はその疲れから来るものでは無かった。

 

 この溜息の原因は、ここ最近毎日のように通学路に現れるあの男性だ。

 

 事の始まりは約一週間前。おもちゃを落してしまい「パーツを踏まないように動かないで」と少年に泣きながら頼まれたのでジッとしていると、警官に「私が少年を泣かせた」と誤解されてしまったという出来事があった。

 

 その時、警官に対して「詳しく話を聞いてあげてはいかがでしょうか」と割って入って来たのがその男性だった。その鋭い目つきと怖い顔つきに初めは驚いてしまったが、その男性のおかげでキチンと誤解を解くことが出来たので感謝している。

 

 しかし、その後が問題だった。

 

 彼が名刺を差し出しながら口にした言葉は、私に対しての「アイドルに興味は無いか」というものだった。

 

 その時はキッパリと「ない」と断ったのだが……その翌日から彼は通学中の私の前に現れては名刺を差し出すようになったのだ。

 

「……普通わざわざあそこまでするのかな……」

 

 少なくとも一日一回以上は聞いている「せめて名刺だけでも」というバリトンボイス(無駄に良い声だった)が耳について離れない。恋とかそんなロマンチックなものではなく普通に耳にタコだった。

 

「………………」

 

 ゴロリと寝返りを打ち、天井付近の壁を見上げるとそこには五枚のサイン色紙が飾られていた。それは全部良太郎さんから貰ったものであり、当然そこに書かれている名前は良太郎さんのものである。良太郎さんは一年に一回のペースでサインを変更しており、変更するたびに新しくサインを貰っているのだ。

 

(……アイドル、ねぇ)

 

 アイドルと言われて真っ先に想像したのは、やっぱり良太郎さんの姿だった。

 

 テレビでよく見かける良太郎さんが歌って踊る場面に、自身の姿を重ねようとして……全く想像がつかずに諦めた。別に良太郎さんが男で私が女だからとかそういう問題ではなく、そもそもいきなり日本を代表するトップアイドルの姿と重ねようとしたこと自体が無謀だった。

 

「……よし」

 

 ベッドからサイドテーブルに置かれた携帯電話に手を伸ばす。何となく電話をしてみたい気分になったのだ。

 

 しかし、かけるのは名刺を渡してきた男性にではない。そもそも名刺はまだ受け取っていない。

 

 電話帳から目的の人物の番号を引っ張り出して私は通話ボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

「ん? 電話?」

 

 夕飯も終わり、さて風呂にでも入るかと自室で支度をしているとスマホが着信を告げた。昨今メッセージアプリが普及する中、俺は仕事のやり取りなどで電話の方をよく使うのだが……その着信を告げる音は仕事関係からの着信ではなく、プライベート関係から着信を告げるものだった。

 

「って、凛ちゃん? 珍しいな」

 

 表示されていたのは我が家御用達の渋谷生花店の一人娘の名前だった。どちらかというと店先で会うことの方が多く、こうして電話をかけてくるのは本当に久しぶりではないだろうか。

 

「もしもーし」

 

『もしもし。こんばんは、良太郎さん』

 

 通話ボタンを押すとスピーカーの向こうから、この春から花のJK(ジョシコーセー)となり落ち着いた雰囲気になってきたような気がする凛ちゃんの声が聞こえてきた。

 

「うん。こんばんは、凛ちゃん」

 

『えっと、今時間大丈夫ですか?』

 

「うん、大丈夫だよー」

 

 着替えを一旦置き、ベッドの上に腰かけて凛ちゃんの話を聞く体勢になる。

 

「あ、そうだ。高校入学おめでとう。今度またお祝い持ってくけど、何がいい?」

 

『え、あ、そんな別に、悪いですし……』

 

「可愛い妹分が高校生になったんだ。お兄さんとしてはそれぐらいしてあげないと」

 

 まぁその妹分が若干多いような気がしないでもないんだけど、弟分が多いよりはマシである。おう男は自腹だ自腹(鬼)

 

「それで、改めてご用件は何かな?」

 

『あ、えっと、その、大したことじゃないというか、悩みごとというか、相談事に近いというか……』

 

 何やら歯切れが悪い凛ちゃんだったが、ポツリポツリと話してくれた。

 

 

 

「ふむ……とりあえず、アイドルにスカウトされて悩んでるってことでいいんだね?」

 

『別にアイドルになりたいとかそういうワケじゃないんだけど……そんな感じです』

 

 ふむ、凛ちゃんに目を付けるとは中々いい眼をしているスカウトじゃないか。

 

「ちなみにどんな人だった? 名刺とか貰ってたりする?」

 

『名刺は貰ってないけど……346プロダクションって書いてあった気がする。えっと、熊みたいに大きくて、三白眼のちょっと強面で……』

 

武内(たけうち)さんだな」

 

 特定余裕でした。

 

『え、良太郎さん、知ってる人なの?』

 

「まぁ、一応職業柄ってことで」

 

 昔は新幹少女に対して「誰?」と言ってしまったこともある俺だが、流石にそれじゃマズいだろうと一念発起してもう少し幅広く目を向けるようになったので、アイドル業界であればある程度の人は知っている。というか、それが無かったとしてもあの人は特徴的過ぎる。今でもあの無駄に緊張した空気が漂った沈黙の十五分(クォーター)は忘れられないぞ。……あれ? 五分ぐらいだっけ?

 

 しかしまた346プロか。元々大手プロダクションだったが、アイドル部門も相当手を広げてきたな。……そういえばこの間、新しく部署を立ち上げるって今西(いまにし)さんが言ってたっけ。武内さんがそっちに移ったのか。

 

 さてと、そちらはともかく凛ちゃんの話に戻ろう。

 

「そうだね……もし凛ちゃんが本当に困ってるなら、俺の方から話を付けてあげてもいいよ?」

 

『え?』

 

 正直に言うとあんまりこういうことはしたくないし、凛ちゃんに可能性を見出した武内さんにも申し訳ないが、流石に困っている妹分を放っておくことは出来ない。本人がアイドルになりたくないと言うのであれば、周藤良太郎と123プロの名前を使ってこれ以上の干渉を牽制すればいい。まぁ今西さんならばそこまでしなくても事情を説明すれば分かってくれるだろうが。

 

『えっと……流石にそこまでしてもらわなくてもいいというか……』

 

「まぁ凛ちゃんならそう言うと思ったけど、一応こういう解決法もあるよってことで」

 

 先ほどからの凛ちゃんの態度や言葉から、そういうことじゃないんだろうなという予想はしていた。

 

「……ねえ、凛ちゃん。凛ちゃんは、アイドルになってみたいって考えたことない?」

 

『……無い、かな。私にとってアイドルってのは良太郎さんっていうイメージだったから』

 

「あー、うーん、光栄なのかな?」

 

 返事の文面的には完璧な否定だったが、しかし俺にはそう思えなかった。

 

 先ほど凛ちゃんは「悩んでいる」と言った。多分本人的には「スカウトされて困っている」という意味合いで言ったのだろう。しかし、俺にはそれが「アイドルになろうかどうか悩んでいる」という意味に聞こえた。

 

 きっと凛ちゃんも、本当は心の奥でアイドルに興味を持っているのではないだろうか。けれどすぐ側には周藤良太郎(トップアイドル)がいたため、彼女にとってのアイドルとしての敷居が異常に高くなってしまっているのではないかと考える。

 

 親しい故に、身近故に。近くにあるからこそ、高く見えてしまった。

 

 そうだとしたら、他ならぬ俺自身がその思いに蓋をしてしまったということになる。

 

「じゃあ逆に、凛ちゃんが今やりたいことって何?」

 

『……それも特に無いです。部活も、今ちょっと悩んでて……』

 

「じゃあ、試しにアイドル始めてみてもいいんじゃないかな」

 

『えっ!? そ、そんな軽いノリで言われても……』

 

 トップアイドルがそんな軽くアイドルになることを勧めていいんですかと、電話の向こうの凛ちゃんが半目になったような気がした。

 

「別にきっかけは軽くてもノリでもいいんだよ。そうしなきゃ分からないことだってあるんだから」

 

 夢の見方には二つある。

 

 一つは『憧れること』で見る夢。トップアイドルに憧れて自身もアイドルになりたいと夢見るように、自分自身がこうなりたいという憧れを見つけることで人は夢を見る。

 

 そしてもう一つは『歩き始めること』で見る夢。例えば兄貴が勝手に履歴書を送った俺のように。例えば弟の笑顔が見たかったから歌い始めた千早ちゃんのように。その道を歩き始めたからこそ自分自身が目指すべき場所を夢見ることだってあるのだ。

 

「勿論、中途半端に投げ出すぐらいなら最初からしない方がいいっていう意見もあるよ? でも全部を全部最後まで完遂できる人間なんていないんだから」

 

 志半ばで途絶える夢もある。辿り着けずに挫折する夢もある。

 

 けれど、始めなければ分からない夢だってある。

 

 アイドルがどんなものなのかを言葉にして伝えることが出来ればいいのだが、それも結構難しいのだ。

 

「そう、コーラの味はコーラ味としか伝えられないように」

 

『私、普通に良太郎さんのこと尊敬してるけどあの映画をオススメしてきたことだけは絶対に許さない』

 

 ちゃうねん、あれは本当にジョークのつもりだったんや。

 

「まぁ要するに、何事もチャレンジってことだよ」

 

『……チャレンジ』

 

「どう? ちょっとはアイドルをやってみようって気になった?」

 

『……やっぱり、まだ分かりません』

 

 けれど、その声は先ほどよりも悩んでいる様子だった。

 

 悩みごとの相談に電話してきた相手に対して悩みごとを増やすとか本末転倒なことをしてしまったような気がするが、今の俺に出来るベストな答えだったと思う。

 

 背中を押すことも声をかけることもするが、手を引っ張ることだけは出来ない。それは彼女の道を決めてしまう行為だ。

 

「もしアイドルになるっていうんなら、俺は全力で応援するよ」

 

『……でもその場合、良太郎さんとは事務所違うでしょ?』

 

「俺にとって事務所の違いなんて些細なことだよ」

 

 何それと笑う凛ちゃんに、もうこれ以上俺が言うことは無いと悟った。後は彼女が決めることだろう。

 

 

 

 

 

 

 結局、良太郎さんとの会話で私の結論は出なかった。

 

 けれど良太郎さんの言葉は確かに私の中に残っていて。

 

 きっと、後は『きっかけ』だけだったんだと思う。

 

 

 

 そして私は、公園でアイドルを始める『笑顔(きっかけ)』と出会うことになるのだが。

 

 

 

 それはまた、別のお話。

 

 

 




・渋谷凛
身近に良太郎という存在がいたので、ほんの少しアニメと心境が違います。
しかし、この小説で初登場時は中学二年生だった彼女もようやく高校生になりました。
いやぁリアルもだけど作中内でも大分時間が経ったなぁ。

・武内P
赤羽根P同様、中の人の名前を使用させていただきます。
しかし武内君も今年高校卒業かぁ……あのバリトンボイスで卒業生答辞とか聞いてみたいゾ。

・今西さん
実はお調子者でレイピアが得意で銀髪が逆立ったフランス人の親戚がいるとかいう設定にでもしようかと思ったけど回収する場所が無いと思い立ってやめた。

・沈黙の十五分
やってることの規模の割に犯人の動機がしょっぱいけど割と好きです。

・コーラの味はコーラ味
『最強獣誕生 ネズラ』という映画の台詞です。名作ですのでレンタルと言わず是非購入しましょう!(ニッコリ)
あ、某動画サイトのレビュー動画は視聴後に見るとお楽しみいただけますよ()

・それはまた、別のお話。
森本レオ風。



 というわけで今回から三回に渡り前日譚編です。まぁ第一話には突入しているので正確には前日譚ではないのですが。トップバッターは凛ちゃんで、あと二回は当然あの二人の前日譚となります。



『劇場版プリキュア2016を観て思った三つのこと』
・今年の新人研修は難易度高いなぁ……。

・あれ、えりかさん今年は大人しいですね(錯乱)

・総評:デレたソルシエールが可愛かった(小並感)

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