アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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久しぶりに主人公が一切登場しません。


Lesson114 The girls' prequel 2

 

 

 

 私、島村(しまむら)卯月(うづき)にとってアイドルとは『諦められない憧れの存在』でした。

 

 

 

 テレビに映るアイドルのキラキラした姿に憧れて、気が付けば私はアイドルを目指すようになっていました。アイドルの養成所に通い、私と同じようにアイドルを志す仲間と一緒にレッスンを頑張りました。

 

 けれど現実とはやっぱり物語のように上手く進みません。

 

 何度も何度もオーディションを受け、それでも受からず。次こそはと意気込んでもそれでもダメで。中々実を結ぶことがない現実に養成所を辞めていく子もいました。

 

『私はダメだったけど、卯月ちゃんなら出来るよ!』

 

『私の分まで頑張ってね!』

 

 そんな言葉に応えようと、辞めていってしまった子たちの分までアイドルになってみせると頑張り続け――。

 

 

 

 ――気が付けば、養成所には私一人になっていました。

 

 

 

 

 

 

「この間のシンデレラオーディション、惜しかったわね」

 

「えへへへ……」

 

 いつものレッスンスタジオ。前屈をする私の背中を押す養成所の先生の言葉に、ほんの少し照れ笑いが苦いものになる。

 

「他にも色々と受けてるんですけど、やっぱり難しいです」

 

 簡単なはずがない。そう頭の中では理解していても、やはり真っ先に思い浮かぶ感想はそれでした。

 

 こうして養成所に通い、それなりの時間をダンスレッスンやボーカルレッスンに費やしてきたつもりでも、私以上に時間を費やしたであろうダンスが上手い子や歌が上手い子には到底敵いません。見た目にしても私以上にスタイルが良い子や可愛い子も沢山いて、オーディションを受けに行くたびに思います。

 

 あぁ、みんな凄いな、と。自分も受けるオーディションの参加者なのにも関わらず、まるで他人事のように。

 

「でも卯月ちゃん、頑張ってるわよ。同期の子、みんなドンドン辞めていっちゃったのに」

 

 チラリと視界の片隅に映ったのは、ロッカーに貼られた一枚の写真。私とほぼ同時期にこの養成所に入り、共にアイドルを目指してレッスンを受け……そして、辞めていってしまったみんなが、まだ全員揃っていた頃に撮った集合写真。

 

 ふと、他のみんなは今頃どうしているのかと考えてしまう。

 

 既にアイドルを目指すのも辞めて、普通の学生生活を送っているのだろうか。実は改めて別の養成所やスクールに入っていたり、もしかしたら一足飛びにアイドルになってしまったり……は流石に無いとして。

 

 そんなみんなの分まで、私は絶対にアイドルになりたかった。

 

「……私、もっと頑張りまーす! っ!? い、イタタタタ……!?」

 

 そんな意気込みと共に更に前屈に力を入れ、しかし力みすぎて腰がビキリと嫌な音を立てた。

 

「コラコラ。頑張るのは良いけど、無茶はダメよ?」

 

「えへへ、ごめんなさい」

 

 

 

 ガチャリ

 

「ほえ?」

 

 少し事務所に用事があると言って先生が席を外してからしばらくして、スタジオの扉が開きました。先生が帰ってきたのかと思ったのですが、違いました。

 

 スタジオの壁一面に貼られた鏡越しの入り口に立っていたのは、一人の男性でした。

 

 黒のジャケットに同色のパンツ。中折れ帽を被りサングラスをかけているので顔はあまり良く見えませんが、恐らく私より少し年上です。

 

「……ちょっといいか?」

 

「えっ!? は、はい!」

 

 まさか声をかけられるとは思っていなかったので驚いてしまい、若干上擦った声で返事をしながら振り返ると、男性と対面する形になりました。

 

 彼はキョロキョロとスタジオを見回しながらこちらに歩いてきます。

 

「……一人で練習してたのか? 先生は?」

 

「せ、先生は事務所にいらっしゃいます」

 

「あぁ、そっちか。……っつーか、最初っからそっちに回りゃよかったな」

 

 サンキュー、と男性は軽く手を上げて感謝の言葉を口にします。

 

「あ、いえ、そんな……」

 

 大したことではないですと返そうとし、ふと男性の姿に既視感を覚えました。

 

 何処かで見たことあるような姿、何処かで聞いたことがあるような声……?

 

 ふと、視界にロッカーが映りました。今は私以外使う人がいないロッカーですが、以前は他の持ち主がいて、その子たちが思い思いに張ったシールや写真はそのままになっています。その中にとあるアイドルグループのブロマイドがあり……それを目にした瞬間、私は気付いてしまったのです。

 

 

 

「……あ、天ヶ瀬、冬馬さん……!?」

 

 

 

「……うげ、バレた……」

 

 目の前で眉根を潜めて苦い顔をした男性が、123プロダクションの人気アイドルグループ『Jupiter』の天ヶ瀬冬馬さん本人だということに。

 

 

 

 

 

 

(アイツと同じ変装だっつーのに、どーして俺はバレるんだよ……)

 

 態度は全く隠す気が無いにも関わらず未だに身バレしたことが無い良太郎に理不尽を感じつつ、思わず溜息を吐いてしまった。多分そこのロッカーに貼ってあった俺の写真が決め手になったのだとは思うが、アイツだったら顔と写真を並べてもバレないというのに。

 

 そんなことを嘆きつつ、チラリと横目で俺の正体に一発で気付いてくれやがった少女の姿を確認する。

 

 ピンク色のジャージを着こんで先ほど鏡の前で踊っていたところから、十中八九この養成所の生徒だろう。その少女は俺の正体が分かった途端ワタワタと無意味に両手を上下していた。

 

 良太郎の奴はそのままにしていればバレない癖にこーいう反応がためにワザと自分からバラしたりすることもあるが……確かにこう、自尊心を刺激されるものはあるな。『覇王』や『魔王』には及ばないものの世間一般的にはトップアイドルに名を連ねる奴が何を言っているんだと言われそうだが、こんな感じに不意を突かれて慌てる様を見るのも確かに面白かった。

 

「ど、どうして天ヶ瀬さんがこんなところに……!?」

 

「ん……昔、この養成所で世話になってたことがあってな」

 

 さて、少女の質問に答えながらこうなった経緯を思い返す。

 

 今日は午前中にジュピターとしての仕事を終え、午後からは三人別々の仕事の予定だったのですぐに別行動となった。現場がやや遠かったり開始時間が早かったりした北斗や翔太に対して俺は若干の余裕があり、折角なので寄り道することにした。

 

 そこはとあるビルの中にある小さなアイドル養成所で、ここで俺は一時期世話になっていたのだ。

 

 かつて961に所属する前、俺はとあるアイドルスクールに通っていた。しかし生徒の数が少なくなったことが原因で経営難となり閉校。別のスクールを探す間の個人レッスンの場として、知り合いの伝手で紹介されたこの養成所のスタジオを間借りしたのだ。

 

 その後、それほど間を置かずに黒井のおっさんにスカウトされて961に所属することになったのだが、それでも少なくとも一ヶ月はこのスタジオを利用させてもらって、間違いなく先生にも世話になった。

 

 もう少し早く挨拶に来たかったのだが、961所属から一旦フリーになりそこから123所属へと何だかんだで今まで忙しかった。そこで今回時間に余裕が出来たので挨拶をしに行こうと考え付いた……というのが今回の事の経緯となる。

 

「っていうワケだ。邪魔して悪かったな」

 

「い、いえ、そんな! あのジュピターの天ヶ瀬さんにお会いできただけで光栄です!」

 

 そう言いながら目を輝かせる少女。

 

(……やっぱり慣れねーな)

 

 慌てる様は面白いとは言ったが、ファンの視線とはまた違ったキラキラした『憧れの目』で見られることには慣れていない。こういうのはどちらかというと良太郎だとか765プロの奴らの役割だ。

 

「……あー、その、なんだ、一人で自主練とか随分熱心なんだな」

 

 そんな視線に居心地の悪さを感じてしまい、サッサとこの場を去ればいいものを何故か適当に話題を逸らそうと、ふと思いついたことを口にしていた。

 

 この時間帯だったら他の生徒がレッスンしていてもいいはずなのだが、見る限り今このスタジオを利用しているのはこの少女だけである。ということは、今はレッスンの時間ではなくこいつが一人で自主練習をしていたということだろう。

 

「……え、えっと、そういうわけではなくて、でもあながち間違っているわけでもないというか……」

 

 しかし何故か少女は言い淀み、視線を宙に二三度泳がせる。

 

「……今この養成所には、私しかいないんです」

 

「……は?」

 

「正確には違うんですけど、私の同期の子はみんな辞めていっちゃったんです」

 

 少女は人差し指同士を合わせながらエヘヘと力なく笑った。

 

「分かっていたことではあるんですけど、やっぱりアイドルになるのって難しくて……って、私ってばアイドルの天ヶ瀬さんになに当たり前のこと言ってるんですかね」

 

「……そうか」

 

 別に痒いわけではないのだが、気が付けば頭の後ろを掻いていた。癖というわけでもないが、何となく手持ちぶさただった。

 

(……なんつーか、すげー偶然だな)

 

 

 

 まさか自分が通っていたスタジオで、自分と同じような境遇の少女と出会うとは。

 

 

 

 俺が通っていたスクールが閉校に至った主な原因は、ひとえに生徒数の激減だった。

 

『無理無理。どーせどんなに頑張っても周藤良太郎には敵いっこないって』

 

『は? 周藤良太郎を超える? 天ヶ瀬、お前まだそんな寝惚けたこと言ってんのか?』

 

 どいつもこいつも、そんなことを言ってアイドルを諦めていった。

 

 確かに俺の目標はそれだが、それだけがアイドルじゃないというのに。誰もそんな簡単なことに気が付かずにスクールを辞めた。

 

 今でこそ逆に良太郎がトップアイドルすら超えた存在であるが故に落ち着いてきてはいるが、まだあの頃は圧倒的な『トップアイドル』過ぎて手が届かないことがすぐ肌で感じ取れてしまったのだ。

 

 今目の前にいる少女はその時と事情が大分違うだろう。けれど――。

 

「……お前は諦めないんだな」

 

「はいっ! 諦めません! アイドルになるため、頑張ります!」

 

 ――こいつも周りが足を止める中でも『諦めずに』一人歩き続けていたのだ。

 

「………………」

 

「……え、えっと、な、なんでしょうか……?」

 

「っ! あ、あぁ、わりぃ」

 

 気が付けばジッと少女のことを見つめてしまっていたらしく、若干頬を赤くした少女にこちらも気まずくなって視線を逸らす。

 

「……名前」

 

「え?」

 

「聞いてなかったな」

 

「……あ、は、はい! 島村卯月、十六歳です!」

 

 その元気の良さは、何処となく765プロのリボン娘を彷彿とさせた。

 

「さっきやってた振り付け、765の『READY!!』だろ」

 

「えっ!? ほ、ほんの少ししか見てなかったのに分かるんですか!?」

 

「色々とあって一時期あいつらの面倒見てやってたからな。ほら、もう一回やってみろ。ダメ出ししてやるから」

 

「! お、お願いします!」

 

 ……誰彼構わずお節介を焼こうとするあのバカほど面倒見がいいつもりはないが。

 

(まぁ、たまにはこーいうのもいいだろ)

 

 鏡の前で再び振り付けを始めた島村に早速「のっけから腕が低い」と注意をしながら近くの壁にもたれかかった。

 

 

 

 

 

 

 その日、私は養成所のスタジオで天ヶ瀬冬馬さんと出会いました。

 

 振り付けの殆どにダメ出しをされてしまったものの、雰囲気はとても優しくて。

 

 まるで『諦めない』と言った私を激励してくれているようでした。

 

 

 

 そして私は、舞踏会へと導いてくれる『魔法使い(プロデューサー)』と出会うのですが。

 

 

 

 それはまた、別のお話。

 

 

 




・島村卯月
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。キュート。
ニュージェネレーションズの一人で、デレマスを代表するキャラの一人。
そのための笑顔、笑顔……あと、そのためのお尻?
(かわいい)(ブルマ)(しまむら)! KBSって感じで……。

・「この養成所で世話になってたことがあってな」
注釈するまでも無くオリ設定。もしかして本当の詳しい経緯がMマスの方で語られたのかもしれないけど、確認してないので(取材不足)



 後書きの少なさはこの際置いておくことにして、ついにしまむーの登場です。

 なんか無駄に冬馬とフラグっぽいものが立っているような気がしますが、気のせいです(立っていないとは言っていない)

 後々良太郎との絡みもちゃんとありますので、今はご勘弁を。

 次回はニュージェネ最後の一人の前日譚です。

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