ただ良太郎が大人しいのはここまでだ……!
私、
一般家庭の三人兄弟の真ん中に生まれ、割と平凡な人生を送ってきた一般人である私にアイドルとの接点なんてあるはずがなく、当然その姿を見るのはテレビ越しのみ。
兄と弟に挟まれて育ったが故に我ながら女の子らしいとはお世辞にも言えないような性格ではあるが、これでも小さい頃は女の子の嗜みとしてアイドルに憧れたこともあった。
しかし年齢を重ねるうちにそんな思いは消え去っていき、友達が話すアイドルの話に「楽しそう」と口にしつつも自身がアイドルになるなどという考えはこれっぽっちも無かった。
当然だ。アイドルはテレビの向こうの存在で――。
――テレビのこちら側にいる私にとっては、それは現実ではないのだから。
「ねえ未央! 今日これから向こうでイベントやるんだって!」
「イベントー?」
放課後にみんなで街中を歩いていると、友達の一人がテンション高めにそんなことを言い出した。ズズッと太めのストローでタピオカを吸い出しながら首を傾げる。
「そっ! アイドルのイベント! 小さいけど色んな事務所が参加するらしくてさ、765プロから亜美真美ちゃんが来るんだってー!」
「マジで!? 他には他には!?」
「りょーくんとかとーまくんとか来ない!?」
「えっと確かー……」
(……うーん……)
他の友達もノリノリで話し始める中、一人私は乗り気ではなかった。
別にそういうイベントが嫌いなわけではない。寧ろ自分から積極的に首を突っ込む質で、興味が無かったとしても友達が行くのであればじゃあ自分もと付いてくタイプだ。
だから今回は、本当にただの気分だった。いくら友達付き合いが良いと称される私でも一人になりたい時ぐらいあるのだ。
「えっと、ゴメンだけど私パス。ちょっと見たいものあってさー」
私がそう告げると、友達は「えー? 未央ノリ悪ーい」と唇を尖らせた。しかし本当に気分を害したわけではなくそういうフリなのだということは直ぐに分かった。
「じゃあアタシたちはそのイベント行くから」
「私たちだけサイン貰っちゃっても羨ましがるなよー!」
「また学校でねー!」
フリフリと手を振って去っていく友達の背中を見送り、人混みに紛れてその姿が見えなくなった辺りでふぅと一息吐く。
見たいものがある、というのは嘘……というか方便である。つまりこの後の予定は何も無く、唐突に暇になってしまったことになる。
「さって、何処行こっかなー」
自分が望んだ展開とはいえ、いざ一人になると特に予定が思い浮かばない。このまま素直に家に帰るのもつまらないし、ならばこのまま一人で街中をブラブラと歩くことにしよう。もしかしたら本当に見たいものが思い浮かぶかもしれないし。
まずはこの手にしたタピオカジュースを処理してからにしよう。そう考え、残りを一気に飲み干すためにストローとカップの蓋を外す。
丁度その時だった。
「まゆー! 志保ー! 早く早くーって、わわっ!?」
「うわぁ!?」
ドンッと前から歩いてきた人と正面衝突をしてしまい、その勢いで飛び出してきたカップの中身を正面から浴びてしまった。残り少なかったとはいえ、制服が濡れてしまったのは当然の結果である。
「ゴメン! よそ見してて、大丈夫……って大丈夫そうじゃない!? 本当にゴメン!?」
ぶつかってきた茶髪の少女がワタワタと慌てる姿が少々愉快で、自分がこんな状況にも関わらず思わず笑いそうになってしまった。
「全く、何してるんですか恵美さん……」
「ごめんなさいねぇ。大丈夫……じゃなさそうねぇ」
少女の連れと思われる二人の少女が彼女の後ろからやって来る。黒髪の少女は何をやっているんだとばかりに茶髪の少女を呆れたようにジト目で、もう一人のダークブラウンの髪の少女は「これを使って」とハンカチを差し出してくれた。
「あ、ありがと」
しかしハンカチでは濡れた顔を拭くことは出来ても濡れた制服はどうにもならなさそうだった。
「ど、どーしよう、まゆぅ……!?」
「うーん、そうねぇ……あ、そうだわぁ」
茶髪の少女に縋られたダークブラウンの髪の少女は数瞬瞑目すると、名案を思い付いたと言わんばかりにパチンと手を叩いた。
「彼女に楽屋まで付いてきてもらいましょう?」
「え!?」
「いや、確かにそこなら着替えも用意出来ますけど……いいんですか?」
「いいのよぉ、それらしい理由を用意して正当化しちゃえば問題ないわぁ」
「……まゆのそーいうところ、リョータローさんに似てきたと思う」
「うふふ、ありがとぉ」
「それ、まゆさん的には褒め言葉なんですね……」
少々身内ネタが混じっていて分かりづらいが、どうやら自分のことについて話してくれているらしい。しかし楽屋とは一体どういう意味なのだろうか。
「突然ごめんなさいねぇ。お名前聞いてもいいかしらぁ?」
「へ? ……ほ、本田未央、だけど……」
「ありがとう。ねぇ、本田さん」
――アイドルに興味ない?
「……え?」
唐突にそんなことを尋ねられて、呆気に取られるのは仕方がないことだと思う。
「はいこれ着替えのTシャツ。ホンットーにゴメンね?」
「あはは、大丈夫だって。私もちょっとよそ見してたし」
それにこんな場所に連れて来てもらっちゃったしねー、と楽屋をキョロキョロと見渡す未央。先ほどアタシがぶつかってしまったことで彼女が持っていた飲み物が零れて服が濡れてしまい、着替えを貸すためにまゆの提案でアタシたちが出演するイベントの楽屋に連れてくることにしたのだ。
本来ならば部外者を楽屋に連れてくるのはあまり宜しくないのだが、まゆ曰く「私は事務所の新人アイドル見習い(研修中)を連れてきただけよぉ?」とのこと。正直屁理屈もいいところだが、確認する
「いやー、それにしても三人がアイドルとは……」
「まぁアタシとまゆは新人も新人だけどね」
「私に至ってはデビューすらしてないですし」
拗ねないでよ志保ー! と抱き付こうとすると「拗ねていません」とそっけなく押し返されてしまった。仲は良くなったけど相変わらずつれないなぁ。
ちなみにそんな志保が今日ここにいるのは、アタシやまゆが去年そうだったように先輩方のお供として現場の空気に慣れよう的な意味合いである。
「じゃあ未央にはこの機会に名前を覚えてもらうかな! アタシは123プロダクション所属『Peach Fizz』の元気担当! 所恵美!」
「同じく『Peach Fizz』の周藤良太郎派筆頭、佐久間まゆよぉ」
「お二人とも、早速噛み合ってません。……123プロダクション所属、アイドル候補生の北沢志保よ」
ちなみに名乗りの部分は特に決めているわけではなく、その場の勢いで変化したりする。
「123プロって……あの周藤良太郎の!?」
流石にリョータローさんのことは知っていたようで、未央は驚き目を見開いた。
「そーだよー」
「うわーすっごー! ……やっぱり、なんか信じられないなー」
「あれ、嘘だと思われてる?」
「あっ、いやいやそーいう意味じゃなくて!」
ゴソゴソと上着を脱いでTシャツに着替えながらしみじみと呟く未央の言葉に苦笑すると、彼女は慌てた様子でブンブンと首を振った。
「なんてゆーのかな。なんかアイドルってテレビの向こう側の存在ってイメージだからさ、目の前にいるのがアイドルって言われても現実味がないというか……」
「アハハ、アタシもアイドル始めたばっかりの頃はおんなじこと考えてたよー」
アタシの場合、街中でいきなり周藤良太郎にスカウトされたのだから猶更である。現実味がないどころかドッキリの撮影かとすら思うことが出来ないぐらい茫然としていた。
「でもなんていうかさ……アイドルって思ってるほど遠くないんだよね」
「え?」
「「ヤッホー! めぐちーん! ままゆー! しほりーん! あっそびに来たよー!」」
それは突然だった。ノックも無しにバンッと勢いよく楽屋の扉が開き、二つの小さな影が部屋に飛び込んできた。
「お! やっほー! 亜美真美! 今日はよろしくー!」
「よろしくねぇ、亜美ちゃん、真美ちゃん」
「だからしほりんは止めてください」
その二つの影――今日のイベントで一緒に出演する765プロの双海姉妹とハイタッチをする。
以前までは芸歴的な意味で先輩なのである程度遠慮した接し方をしていたのだが「同じステージに立った仲間に遠慮とか必要ないっしょー!」とのことなので、このように大分フランクに接するようになった。
ちなみに志保はそれを良しとせず頑なに後輩然としている。……にも関わらず先輩に対しても割と容赦のない物言いをすることがあるが、まぁそれはそれで志保らしい。
「およ? そっちの女の子はだーれ?」
「もしかして、123の新人ちゃん!? 今年のスカウト枠!?」
「え!? あ、いや私は……!」
「んー、ちょっと事情があるんですけど違いますよー」
「それに、今年のスカウト枠は多分ないって良太郎さんも社長もおっしゃってらっしゃいましたし」
「え? マジで?」
「マジです」
そもそもスカウト枠と言いつつも、結局は良太郎さんや社長がティンときた(高木社長的表現)子がいない限り無理して設けるものでもないのだ。故に今年はアタシやまゆ、志保のこともあるから多分ないだろうと二人は言っていた。
だが、もし『二人が認めざるを得ない逸材』が目の前に現れたら、その限りではないのだろう。
その後、実はまだ準備がまだだった二人はやって来た鬼の形相の律子さんによって
「わー……まさかあの双海姉妹に会えるとは思わなかった……サイン貰って羨ましがるどころの話じゃないなこりゃ」
嵐のように去っていった亜美と真美に、終始未央は呆気に取られていた。
「ね? アイドルって結構身近な存在だったっしょ?」
「いや、なんかこれは違うような……?」
うーんと首を傾げる未央。
「……アイドルを日本語で直訳すると偶像、つまり置物」
そんな未央に対して口を開いたのは、意外なことにそれまで黙ってことを見ていただけの志保だった。
「置物と言ってしまうとあまり良い印象はないけど――」
――夜空の向こうで輝いてる
「……私の尊敬するアイドルの言葉よ」
「ほぇ~……」
「「………………」」
「……なんですか、お二人とも。その顔は」
「「別に~?」」
素直に感心した様子の未央はともかく、以前の志保のことを知っている身としてはリョータローさんを『尊敬するアイドル』と称する様にニヤつかずにいられなかった。
「と、とにかく、私が言いたいのは……アイドルとは手を伸ばせば届く存在だってことよ。……私でも、アナタでも」
きっとそれは、半分は自分にも言い聞かせている言葉だったのだろう。
でもそれはアタシも、そしてきっとまゆも言いたい言葉だった。
「志保の言うとーり。あんまり距離は感じないで欲しいかなー?」
「そうねぇ。私たちに対してもそうだし……貴女自身がアイドルになるってことだって、それは手の届かない話じゃないのよぉ?」
リョータローさんたちに声をかけられる直前まで自分がアイドルになるなどということを一切考えたことが無かったアタシのように。
チャンスは何処にでも転がっていて。
自分から掴みに行くことだって、別に不可能な話ではないのだから。
「……さて、アタシたちもそろそろ準備してかないとね。あ、良かったら未央もステージ見てってよ!」
「え? で、でもチケットとか……」
「今回はそーいうイベントじゃないから、別に志保ちゃんと一緒に舞台袖から見てても問題ないわぁ」
さて、お客さんも一人増えることだし、いっちょ気合入れて頑張りますか!
『はじめましてのみなさーん! 123プロ所属! 『Peach Fizz』でーす!』
『私たちのデビュー曲『Secret cocktail』を』
『『どうぞ、ご賞味あれ!』』
その日、私は街中でアイドルと知り合うという奇跡に出くわした。
彼女たちの楽屋での言葉が印象的で、そして彼女たちの輝くステージが眩しくて。
そして、本当に楽しそうだと心の底から感じて……。
そして私は、意を決して『
それはまた、別のお話。
・本田未央
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
ニュージェネレーション最後の一人で、三人の中で一番スタイルが良い。
デレマス初期の諸事情により「不憫な子」扱いされているが、おそらくアニメにおいて一番成長して株を上げたのは彼女だと思っている。
ちなみに彼女がアイドルを始めた理由は作者取材不足のため(以下略)
・アイドルのイベント
よくよく考えてみると色々とアニメやこの小説の時系列がおかしなことになっていることに気付くと思うが、気にしてはいけない。
・新人アイドル見習い(研修中)
以前ゆっきを球場に連れていったときに使った言い訳。これを使えば誰でも仕事の現場に連れていけるね!
・「やっほー! 亜美真美!」
今更ですが原作では「全員ほぼ同期」という設定なので、本来恵美は全員呼び捨てです。亜美真美は年齢的及び性格的なものを考慮して原作通りにしましたが、他は「さん付け」のままになると思います。
・『『どうぞ、ご賞味あれ!』』
良太郎の決め台詞的なものがあったことを覚えている人が果たして何人いるのか。
というわけで最後の前日譚編は未央でした。アニメで描かれていないところを勝手に書いたので当然オリジナルです。
今回の前日譚編を経て、ニュージェネの三人は微強化を得た状態で本編を開始します。さて第六話はどうなることやら。
いよいよ次回からデレマス編が本格的に始まります。
以下、デレマス編でやりたい事リスト(微ネタバレ注意)
・蘭子とネイティブ会話。
・きらりんパワー(物理)に対抗。
・りーなを調子に乗せる。
・美波に「えっちなのはいけないと思います!」と言わせる。
・アーニャに余計なことを教える。
・菜々さんとアンジャッシュ的会話。
・仁奈ちゃんの闇を取り払う。
・フレデリカ&周子と楽しくお喋り()
・みくを弄る。
・奈緒を弄る。
・ありすを弄る。
・幸子を弄る。
・常務VS武内Pのポエムバトルに参戦。
※全てを回収するかどうかは未定。