さて、良太郎さんの立てこもり騒動(みくたちのストライキは忘却の彼方)から一夜明け、私・卯月・未央の三人はシンデレラプロジェクトに宛がわれた部屋に集まっていた。
「『ミルクティー』ってどうかな?」
そう言いながら、未央はホワイトボードに『ミルクティー』と書く。
「可愛いです!」
「可愛いけど、それはちょっと……」
「分かった。じゃあジンジャーを入れよう」
「ジンジャーミルクティー! 美味しいです!」
「じゃあって何さ……」
未央の発想と卯月の的外れな感想に若干呆れつつ、思わず溜息を吐きそうになってしまった。
「未央は何か考えてきたの?」
「んふふ~! いや~色々思い付いちゃって!」
私がそう尋ねると、未央は変な笑いをしながらホワイトボードにペンを走らせた。
『フライドチキン』『ロイヤルブレンド』『バターミルク』から始まり『神田川』『プリティーズ』『リトルレディ』エトセトラエトセトラ。……果たして何を思って『神田川』がいいと思ったのだろか。
「こんなに凄いですね、未央ちゃん!」
確かに量や発想やインパクトは凄いと思う。
「ちなみにどれがイチオシなの?」
「フライドチキン!」
「却下」
「窮地を助けてくれたお肉様になんてことを……」
さて、ここまでの会話の内容から一体何を話し合っているのか全く分からないと思うが、実は私たちのユニット名について話し合っているのだ。
ちなみに未央が言った「窮地を助けてくれた」というのは、美嘉さんのバックダンサーとしてステージに上がる際に発した『勇気の一言』として三人で「フライドチキン!」と叫んだからだ。
「凛ちゃんはどんな名前がいいですか?」
「わ、私?」
卯月にそう尋ねられ、頭を過ったのは店先での良太郎さんから提案された『美城戦隊シンデレジャー』以下どうしようもないユニット名候補の数々。流石にそれらをここで言う気にはなれない。
「……ぷ、プリンセスブルー」
仕方ないのでお父さんの案を口にする。
「……ぷ、プリンセスブルー!? アッハハハッ!」
「ち、ちがっ!? こ、これはお父さんが……!」
「可愛いですよ、凛ちゃん!」
未央に盛大に笑われ、そして卯月に褒められたことが余計に恥ずかしく、顔が熱くなるのを感じつつ必死に否定するのだった。
分かっていたことではあるが、どうやらユニット名は簡単に決まりそうになかった。
「志保ちゃん、社長がお呼びですよ」
「え?」
その日はレッスンも恵美さんたちの仕事も何もなく、三人でラウンジにてのんびりしていると美優さんから突然声をかけられた。
「社長が……ですか」
まゆさんが一方的に語る『第五回佐久間流周藤良太郎学~周藤良太郎のウインクがもたらす株式への影響~』を適当に聞き流しながら捲っていた絵本を閉じる。だいぶこの事務所に馴染んで来たので、お気に入りの絵本を何冊か置かせてもらうようになったのだ。
ちなみに事務所には各々が私物を持ち込んでいる。恵美さんはコスメ類なのだが、まゆさんは大量の良太郎さんのグッズ(布教用)をいつの間にか持ち込んでいた。良太郎さんの事務所なのだから彼のグッズが大量にあってもおかしくはないのだが、その量と種類に他ならぬ良太郎さんと幸太郎さんも驚いていたのは全くの余談である。
話を戻そう。
「社長が呼ぶなんて珍しいわねぇ」
まゆさんの言う通り、この事務所の社長たる幸太郎さんは社長というよりは未だにプロデューサーという面の方が強く、何か用事があったら私たちが行く前に自分からこちらに来るタイプである。
よくよく思い返してみると、ここに所属することになった時ぐらいしか社長室に入ったことが無かったような気がする。
「アタシたちもそんな感じだよー」
「私たちが呼ばれたのはシャイニーフェスタ同行の時と、765プロに出向した時と、あとは……」
「……あっ! もしかして」
「うふふ、もしかするかもしれないわねぇ」
何やら恵美さんとまゆさんには心当たりがあるようだった。
一体何なのだろうかと首を傾げながら社長室へ向かう。何かお叱りを受けるようなことをした記憶は無いし、逆に褒められるようなことをした記憶も無い。
恵美さんとまゆさんが何やら嬉しそうな顔をしていたところから、何か悪いことではないとは思うのだが……。
そんなことを考えている内に社長室の前に到着した。
「北沢志保です」
コンコンとドアをノックしながら名乗ると「入ってくれ」と促されたのでそのまま入室する。
「失礼します」
こう言ってはアレかもしれないが、社長はこの事務所には似つかわしくない高級そうな椅子に座り、同じく高級そうな机に肘を突いて待っていた。普段は現場に出ていることの方が多い彼だが、改めてこの事務所の社長なのだということを実感させられた。
「悪いね、急に呼び出して」
「いえ、大丈夫です」
「早速だが本題に……」
「あの……その前にいいですか?」
「何だ?」
「……えっと、社長室の前の良太郎さんは何してるんですか?」
何をしているというか、もう見たまんま両手に水を張ったバケツを持って立っていたのだが。
あまりにも意味の分からない光景だったので思わずスルーしてしまった。
「あぁ、この間346さんに迷惑をかけた罰だよ。向こうは笑って許してくれたみたいだけど、一歩間違えたらえらいことになってたし」
「バケツを持って廊下(?)に立たせる罰を本当に実行しているのが驚きなんですけど」
「ウチじゃいつものことだから気にしないでくれ」
あまり知りたくなかった周藤良太郎が騒動を起こした後の裏側を垣間見てしまった気がする。
「でも立ったまま寝てましたよ」
「起きろこのアホンダラアアアァァァ!!」
閑話休題。
「さて、話が逸れちゃったけど本題に戻ろう」
「はい」
とりあえず今は外にいる良太郎さんのことは頭から外そう。
姿勢を正して社長の言葉を待つ。
「君のデビュー曲が完成した」
「……え」
社長はニッコリと笑っていた。良太郎さんに似た顔の、しかしそれでいて何故か良太郎さんの笑顔には見えないそれで笑っていた。
「本当……なんですよね」
「勿論だ」
思わずそんなことを尋ねてしまう程度には、呆然としてしまっていたのだろう。社長は勿論のこと、良太郎さんでも流石にこんな嘘や冗談は言わないだろう。
「合わせてデビューの日にちと場所も決まった。これから忙しくなるぞ」
「……はいっ!」
「……というわけで、俺たちの可愛い後輩ちゃんのデビューが無事決まりました」
「あら~、良かったわ」
「あの北沢さんもCDデビューかぁ」
「ふん、まぁあの子ぐらいの実力なら当然よね」
ジュピターのまとめ役(リーダーではない)である伊集院さんからの話を聞きながら、私たちは同じステージに立った仲間のデビューを喜ぶのだった。
現在、私他竜宮小町はテレビ局の控え室でジュピターとお茶を飲んでいた。楽屋ではなく控え室なので誰でも出入り可能で、変なことを勘繰られたり噂されたりする心配はなかった。
もっともお茶を飲んでいるのは私とあずささんと伊織と伊集院さんだけ。残りの三人はというと……。
「とーま君、そっちにマガラ行ったよ」
「おう」
「あっ、あまとうゴメン」
「おまっ!?」
「わー、とーま君が切り上げられて空飛んでるー」
「てんめ……!? よ、よし、何とか回避間に合……クンチュウウウウゥゥゥ!?」
「「デデーン。天ヶ瀬、アウトー」」
「せめて粉塵飲む素振りぐらい見せろやぁ!」
とまぁこのように三人でゲームに興じていた。天ヶ瀬君がゲーム好きとは聞いていたが、こうして年少二人に混じってゲームをしている姿を見ていると何というか気が抜ける。
「……アンタたちとこーして仲良くしたりしてるなんて、二年前からは考えらんないわね」
「それには俺も同感だよ」
呆れたような目付きで三人を見る伊織に、伊集院さんは笑いながら同意した。
二年前、正確に言えば一年半前。まだ黒井社長から嫌がらせを受け、ジュピターの三人も黒井社長から嘘を吹き込まれて互いに敵対していた時期だった。
そんなジュピターとこうして一緒にお茶を飲んだりゲームをしたりする仲になるとはとても考えられなかった。
「これも全部良太郎君のおかげね~」
「……まぁ、否定はしないわ」
確かに、こうして誤解が解けたのも良太郎のおかげという面が大きかったりするし、961から離れたジュピターが良太郎の手を取って123に入ったからこそ合宿を通して交流する機会が増えたのだ。
961とのいざこざが解決すれば誤解も自然に解けていたとは思うが、良太郎がいなかったらその後ここまで仲良くなることは無かっただろう。
ホント、良太郎と関わったことで自分の人生が大きく変わっているような気がする。
「それで、そっちの『みんな』はどんな感じ?」
「はい、順調です。こっちの『みんな』のお披露目も近いですよ」
伊集院さんからの問いかけに、私は自信を持って答えた。
『みんな』というのは、北沢さんを除いた残りのバックダンサー組。
実は『みんな』は、現在正式に765プロダクションに所属しているのだ。
事の始まりは、プロデューサーがハリウッド研修に旅立ってしばらくしてから社長が発した一言だった。
――765プロ専用の劇場を作ろうではないか!
社長曰く「いつでも直接アイドルに出会うことが出来るステージを作りたい」とのこと。
初めはプロデューサーもおらず、さらに来年の頭に開催されるIEのこともあるので難しいのではないかと考えたが、これに賛成したのは意外なことにアイドルのみんなだった。
――私たちもファンのみんなの近くに居たいです。
――逆に、ファンのみんなにはアイドルは身近なものだって知ってもらいたいです。
先ほども名前が上がったバカ(今回ばかりは誉め言葉)の影響がチラついている気がしたが、みんなの気持ちはよく分かった。
しかし劇場を作ったところで今のみんなが毎日出演するということは少々難しい。場合によっては出演出来る子が一人もいない日が出来てしまうかもしれない。
そこで考え付いたのが『アイドルの卵を劇場に迎え入れる』という案。彼女たちには実際に人前に立つスキルアップの場となり、劇場は当初の目的である常にアイドルに出会える場として機能する。
アイドルは決して遠い存在ではなく、手を伸ばせば届くすぐ傍にいる。
その良太郎の言葉を、私たちが実現しようとしているのだ。
ちなみにそれに際して新しいプロデューサーと事務員を迎え入れたのだが……その話はまた別の機会にすることにしよう。
更に補足すると先ほどの良太郎が言ったという言葉はジュピターの三人にプライベートの場で語ったらしいのだが、去年発売された良太郎の名言集(『覇王の御言葉』定価1260円)を作る際にジュピターが協力したため掲載されたらしい。(私もそれで知った)
「伊集院さんも、たまには顔を出してあげてください。みんな喜びますから」
「はは、その時は良太郎君や他のみんなも連れていきますよ」
こうして次の世代のアイドルたちが育っていくのを見ると、少しだけ良太郎の気持ちが分かる気がした。
なんだかんだ言って、新人アイドルたちのことを気にかけて面倒を見ようとする、あのお節介な大バカの気持ちが。
「そう言えば346プロに所属している友達に聞いたんですけど、良太郎さんがカフェテリアに立てこもってカフェオレを淹れたんですって?」
「何を言っているんですかあずささん……」
「あぁ、本当ですよ」
「そして何をやってるのよあのバカ……」
・『第五回佐久間流周藤良太郎学~周藤良太郎のウインクがもたらす株式への影響~』
第一回『周藤良太郎の歴史』
第二回『周藤良太郎はアイドル界の何を変えたのか』
第三回『周藤良太郎の楽曲から見る日本情勢』
第四回『周藤良太郎が影響を与えた政界について』
・志保ちゃんの絵本
よし、これで第四位さんを登場させる伏線が出来たな。
・クンチュウウウウゥゥゥ!?
全ハンターの叫び。
・765プロ専用の劇場
ミリオンライブ編への布石です。現在はゲッサン版の漫画を元に考案しておりますが、若干年齢に差異が生じる可能性があります。
・新しいプロデューサーと事務員
Pはオリキャラではなく、一応アイドルマスターシリーズから引っ張ってきます。
事務員は当然ミリマスのあの人。再登場は近いです。
・『覇王の御言葉』定価1260円
Lesson115にて志保が良太郎の言葉を知っていたのもこれを読んでいたからという設定。
てなわけでニュージェネデビュー回のスタートです。何やら主人公の出番がバケツを持って廊下に立っているだけで終わりましたが、ちゃんと次回以降出番があります。
志保ちゃんにもデビューの話が出ましたが、良太郎がニュージェネの方に行けなくなったりちゃんみお闇落ちなど、マイナス方面の布石ではないのでご安心を。
そしてミリマスにも布石が。アイマスのPということで候補が二人いましたが、その内の片方を連れてくる予定です。登場はまたいずれ。
『サンシャイン第八話を視聴して思った三つのこと』
・お姉ちゃんのあれは不器用な気遣いやったんやね……。
・え、多くない……!?
・六人の女の子の服が濡れて透kなんでもありません。