アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。


Lesson16 ランナーズ・ハイ 6

 

 

 

「ったく」

 

 逃げるように去っていくこだまプロのプロデューサーの背中を見送る。これだけオハナシしておけば大丈夫だろう。

 

「えっと……ありがとう、良太郎君」

 

「んー?」

 

 振り返ると、赤羽根さんが頭を下げていた。

 

「別にお礼を言われるようなことじゃない……って言う場面なんでしょうけど、流石に無理があるから素直に受け取っておきますよ」

 

 頭を上げる赤羽根さんは、安堵した表情をしていた。

 

「言っておきますけど、これはあの娘達のためです。本来はプロデューサーであるあなたの役目であることをお忘れなく」

 

「っ! わ、分かってるさ!」

 

「分かっていただけているならいいんです」

 

 少しキツイ物言いかもしれないが、これだけはしっかりと言っておかなければならない。いつでも俺が彼女達を助けてあげることが出来るわけではないのだから。

 

「赤羽根さんはみんなのところに戻ってあげてください。今から頑張らないといけないのは彼女達なんですから、近くでしっかりと応援してあげてください。俺は765プロだけを応援することができませんので」

 

 麗華達や愛ちゃん達も応援してあげたいし。

 

「……あぁ。本当に、ありがとう」

 

 再び頭を下げて、赤羽根さんも足早にこの場を去って行った。ロッカールームには俺一人が残され、開け放たれたままの扉近くの壁に背中を預ける。

 

「という訳だから、あまり大きく事を荒立てるなよ?」

 

「……何でよ」

 

 誰もいないはずの空間からの返答。俺の背後の壁越しに聞こえてくる声。

 

「何でも、だよ。これで事を荒立てたら所属アイドルまで巻き込まれちまう」

 

「所属アイドルにはなんの責任も無いとでも? 私達のテレビ出演を奪ったあいつらと同じだって言うのに?」

 

 聞こえてくるその声には苛立ちが混ざっていた。きっとこのまま放っておいたら彼女は先ほどの会話を公表し、実家の力を使ってでもこだまプロを潰しにかかっていただろう。

 

「だからって、それで彼女達の未来を奪っちまったら俺達も同じ穴のムジナになっちまう。俺は、そんなお前を見たくねーな」

 

「………………」

 

 それに対する返答は無く、ただ去っていく足音だけが聞こえた。

 

「……ままならねぇなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 結果から言ってしまおう。

 

 芸能人事務所対抗大運動会のアイドル部門で優勝したのは765プロダクションだった。

 

 膝の怪我を押して全員参加リレーにアンカーとして出場した真ちゃんだったが、見事にトップを走っていた新幹少女を抜いてゴール。一位だった765プロはその順位を守りきり、見事に優勝を果たした。

 

 そして訪れた表彰式。アイドル部門優勝の765プロへ優勝トロフィーが贈られるのだが……。

 

 

 

『それでは! 見事アイドル部門で優勝を果たした765プロダクションに優勝トロフィーが……先ほどもサプライズで登場していただいた周藤良太郎君から贈られます!』

 

 

 

 ステージの上には再び俺の姿が!

 

 またスタッフさんにお願いをし、特別ゲストとしてこのトロフィー授与の役割を承ったのだ。ホント、ここのスタッフさんは優秀だわ。マジ感謝。

 

「はい、おめでとー」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 俺からトロフィーを受け取る伊織ちゃんの笑顔が引き吊っていたけど気にしない。またやりやがったなというりっちゃんや麗華の視線も気にしない。気にしないったら気にしない。

 

 何はともあれ、765プロ優勝おめでとう。

 

 

 

 

 

 

「や、ジュピターの三人もお疲れ様」

 

 運動会終了後。会場を後にしようと楽屋を出た俺達に良太郎が声をかけてきた。さっきまでステージでトロフィー授与やらコメントやら色々としていたはずなのに、随分と忙しい奴だ。

 

「ホント、やってくれたなコノヤロウ」

 

「全部りょーたろーくんがもってっちゃったねー」

 

「特別ゲストの立つ瀬がないね」

 

「いや、その点はマジでごめん。でもまぁ、君達新人じゃないし、何より男だし、ヤローだし」

 

 別にいいよな、と親指を立てる良太郎。お前が女の子至上主義なのは分かったっつーの。

 

「人聞き悪いな。フェミニストと言ってくれ」

 

「どっちでも同じだっつーの」

 

 女好きとまではいかないが、周藤良太郎は女性に甘い。例え相手が年下だろうが後輩だろうが、女性相手であればとにかく態度だけは甘い。

 

 ただいくつかの例外も存在し、良太郎を利用しようとしたり取り入ろうとしたりする奴らは何となく察知しているらしく、明らさまに避けたり遠ざけたりしている。何を基準にしているのかと以前聞いてみたところ「ゲ○以下の臭いがプンプンする」と言っていたから、どうせただの勘だろう。

 

「それで、何のようだよ」

 

「ちょっと言い忘れたことがあってな。一応言っとかないと、と思ってさ」

 

「言い忘れたこと?」

 

 わざわざこうして直接言いに来るってことは、それほど重要なことなのだろう。

 

「さっきの偶像(アイドル)(スター)の話だけどさ。俺は偶像(アイドル)が悪くて(スター)が良いって言った訳じゃないからな」

 

「……じゃあ、どういう意味だよ」

 

「俺は自分がアイドルであることを誇りに思ってる。それに――」

 

 周藤良太郎の表情は変わらない。しかし、その時は誇らしげな笑みを浮かべていたような、そんな気がした。

 

 

 

「――夜空の向こうで輝いてる(スター)より、すぐ手元で光ってる偶像(アイドル)の方が親しみ易いだろ?」

 

 

 

 ……あぁ、全く。

 

「……確かにな」

 

 ホント、コイツはスゲェよ。

 

 

 

 

 

 

『ちょっと地味だったんじゃなーい?』

 

「いやいや、結構派手にやりましたよ?」

 

 大運動会の翌日、今回の顛末の報告をするために再び舞さんに電話をかけていた。

 

『でも、とりあえず私の読み通りに事は進んだみたいね』

 

「まぁ、とりあえずそうですね」

 

 そう返事を返しながら今日の朝刊を捲る。そこには昨日の運動会の記事が二面の半分以上の面積を占めていた。これこそが、先日の舞さんの考え付いた『いい事』である。

 

 

 

 ――アンタ、ちょっと大運動会に潜りこんで盛り上げてきなさいよ。

 

 

 

 いくら芸能事務所が多く集まる大運動会とはいえ、ニュースとしてそこまで大きく取り扱われるものでもなく、大体新聞でも三面の片隅に記載されるぐらい。知名度が上がるとは言っても、所詮はその程度である。

 

 そこでこの周藤良太郎がサプライズゲストとして乱入することで無理矢理この運動会に話題性を持たせる、というのが舞さんの考えである。

 

 初めは俺も渋ったのだが「アンタが行かないなら私が行く」と脅されてしまった。引退したはずの元トップアイドルがサプライズで復活なんてことになったら流石に関係各所が大騒ぎになると引きとめ、しょうがなく俺がその役目を引き受けたのである。まぁ、やってる内に楽しくなっちゃったんだけど。

 

 結果、新聞にはサプライズライブを行った俺の写真、そして閉会式で優勝トロフィーを送る俺の写真が使われ、それに伴いアイドル部門優勝の765プロの写真も使われた。これが赤羽根さんと約束したより一層の知名度である。要するに「知名度のある俺に便乗してYOU達も知名度あげちゃいなYO!」という訳だ。

 

『それにしても、よく765プロが優勝出来たわね。私はてっきり二位のこだまプロ辺りが圧力かけてきて優勝するもんだとばかり思ってたんだけど』

 

「あれ、舞さんはそこら辺のこと気付いてたんですか?」

 

 どうやら舞さんはこだまプロのことを知っていたらしい。俺、あの時ノリで会社の名前使ってとか言っちゃったが、こだまプロって聞いても全然ピンとこなかったんだけど。

 

『当然でしょ。私が何年この世界にいると思ってるのよ』

 

「いや、当の昔に引退してるでしょ。しかも芸歴で言えば既に俺の方が上のはずですし」

 

『私は生涯現役よ』

 

「さっさと大人しく隠居しろよ」

 

 そんなのつまんないじゃーんと舞さんの軽い声。この人今でもちょくちょくテレビ局とかに顔出してるからなぁ。スタッフの皆さん、頑張ってください。この人の無茶ぶり聞いてるとその内並大抵のことじゃ動じなくなるから、いい訓練になるよ。

 

『それで? この765プロ優勝はアンタの仕業なの?』

 

「俺は上から降ってくる火の粉を振り払ってあげただけ。優勝したのは765プロのみんなの努力の結果ですよ」

 

 圧力云々を一切抜きにしてこだまプロが優勝していても、やはりその場合も俺は同じことをしたと思う。ただの身内贔屓ってのはあんまりしたくないから。どの事務所だって優勝して名を上げたいに決まっているんだ。だったら、その機会ぐらいはどのような地位にいる事務所にだって平等にあるべきだと俺は思っている。

 

「でも、やっぱりこういうのはいつまで経っても無くならないもんなんですね」

 

『当たり前よ。この世の中ってのはね、そういう権力のやりとりで溢れてるの。例えそれがアイドルっていうキラキラ輝いてないといけない職業の裏でもね』

 

 舞さんも、デビューしたばかりの頃は上からの圧力が多かったらしい。

 

『そういう権力に個人で対抗しちゃう私やアンタが異常で、普通は権力に押し潰されて涙を呑む。そんなアイドルはごまんといるわ』

 

 思い出すのは四年前。あの時の麗華達の涙を、俺は今でも忘れることが出来ない。

 

『だからこそ、私達が守ってあげないといけないのよ』

 

 舞さんは言う。

 

『権力なんていうくだらない大人の都合から、キラキラと輝く子供たちの夢を守るのが、私達『大人』の役目よ』

 

「……俺はまだ未成年なんですけどね」

 

『結婚できる年になったんだったら十分大人よ』

 

「いや、そのりくつはおかしい」

 

 それだったら既に765プロのアイドルの何人かも大人にカウントされるはずだ。いや、本当に大人にカウントされる人もいるが。あずささんとか。

 

 でもまぁ。

 

「言われなくても、最初からそのつもりですよ」

 

 俺は、頂点に立つと言われているトップアイドルだ。歌うことや踊ることだけでなく、新人アイドルを導くこともきっと俺の仕事なのだろう。

 

 君達が目指している場所は、こんなにもキラキラと輝くことが出来る場所なんだよと。

 

 君達が目指しているものは、こんなにも素晴らしいものなんだよと。

 

 

 

『頑張りなさいよ、後輩』

 

「分かってますよ、先輩」

 

 

 

 自分の意思で立ち止まらない限り、俺はみんなの目標たる偶像(アイドル)で居続けよう。

 

 

 

『……でもやっぱり私も飛び込みで参加すればよかったなぁ』

 

「止めてあげてくださいって」

 

 俺一人でもスタッフさん大変そうだったんだから。

 

 受話器の向こうで不満を垂れる舞さんに、俺は内心で苦笑するのだった。

 

 

 




・「フェミニストと言ってくれ」
女好きではないところがポイント。作者のモットー。

・「ゲ○以下の臭いがプンプンする」
おれぁ、14の時からずっと芸能界で生き、いろんな人間を見て来た。
だから悪い人間といい人間の区別は「におい」で分かる!
こいつはくせえッー! ゲ○以下の臭いがプンプンするぜッー!

・舞さんの考え付いた『いい事』
新人アイドルに目立つチャンスをあげるために考え付いた舞さんの粋な計らい。
一応自分が出張ることを自粛した辺り、彼女も大人である。

・『だからこそ、私達が守ってあげないといけないのよ』
弱きものを守ることが、強きものの責務。
本当はバトル物とかそこら辺で使うセリフを、まさかアイドルの小説で使う羽目になるとは。

・「いや、そのりくつはおかしい」
作者は大山○ぶ代世代。今のドラえもんはやはり慣れない。



というわけで長々と続いた運動会編終了です。
今回の話のテーマとしては「アイドルとは何か」でした。
良太郎は「ファンに照らされることでアイドルは輝く」と「トップアイドルである自分は他のアイドルを守ってあげないといけない」という二つの持論を持っており、この二つがアイドルとしての行動理念になっています。

……これだけ真面目なこと書いておいたんだから、当分ネタに走っても大丈夫だよね?

というわけで次回予告です。次回からはしばらくオリジナルストーリーが続く予定です。



 話は数週間前に遡る!

 良太郎が引き受けた一本の新たな仕事、それは彼の私生活を赤裸々にするものだった!



「……えっと、これはマジでやるんだよね?」

「当然。脚色なし……ってことにしておこう」

「おい」



 今、トップアイドルのプライベートが明かされる!

 次回! 『アイドルの世界に転生したようです。』第17話!

 『プライベート・タイム』で、また会おう!!



※当然の如く誇張してます。過度な期待はせずにお待ちください。

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