アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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没タイトル『Welcome to ようこそ123パーク』


番外編29 ようこそ123プロへ

 

 

 

「………………」

 

 目の前にそびえ立つビルを見上げる。そのビル自体は特に何の変哲もないオフィス街の高層ビルなのだが、今日からここが私にとって大きな意味のあるところになり、そして私の今後を左右する重要な場所――123プロダクションの事務所なのだ。

 

 

 

 この春、私、北沢志保は123プロダクション所属のアイドルとなった。

 

 

 

 とは言うものの、デビューしていないのだからアイドルではなくアイドル候補生が正しいのだが、それでもアイドルとしての第一歩を踏み出したことには間違いなかった。

 

(……よし)

 

 そして今日は初めての出社。一人心の中で気合を入れ、肩にかけた手提げ鞄の紐を握りしめながら意を決してビルの中へ。

 

 あまり潜る機会のない自動回転ドアを抜けて一階ロビーに入ると、そこには駅の改札のような機械が設置してあった。ここから先はビルの関係者以外は立ち入れないようになっているのだ。

 

(えっと、社員証……)

 

 先日、幸太郎さん――社長から渡された社員証を鞄の中から取り出す。相変わらず我ながらアイドルらしくない仏頂面な私の顔写真が写った社員証は、私が123プロの一員となったことの証明だった。

 

 駅の改札のように社員証を機械にかざして通ると、エレベーターで事務所のあるフロアへ。

 

 ガラスの外の風景がどんどん高くなっていくのを見ながら、私はつい先日のことを思い返す。

 

 私たちバックダンサー組が765プロダクションからスカウトされたときのことだ。

 

 

 

 

 

 

「……わ、私たちが……!?」

 

「な、765プロに……!?」

 

「えぇ」

 

 アリーナライブを終えてアイドルスクールに戻った私たちだったが、それからしばらくして律子さんがスクールにやって来た。そうして切り出されたのが『765プロ専用の劇場を作る』ということと『私たちバックダンサー組をスカウトしたい』ということだった。

 

「この間のアリーナライブでみんながどういう子なのか分かってるし、実力も知っている。何より既に一緒にステージに立った仲間だとも思ってる。だから、みんなには是非765プロに来てもらいたいの」

 

「そんな、願ってもない話です!」

 

「こちらこそよろしくお願いします!」

 

 奈緒さんと美奈子さんがすぐさま快諾し、他のみんなも一様に喜びを隠せないでいた。あの765プロから直々にスカウトが来たのだから、当たり前といえば当たり前だろう。

 

「やったね、志保ちゃん! 私たちも春香先輩たちと同じ事務所だよ!」

 

「………………」

 

 可奈が嬉しそうに話しかけてくる。

 

「……志保ちゃん?」

 

「……あの、律子さん」

 

「何? 北沢さん」

 

 

 

「申し訳ありませんが……私は、辞退させていただきます」

 

 

 

「……えっ!?」

 

「志保、どないしたん!?」

 

「志保さん……?」

 

 私の言葉に、他のみんなが驚愕した様子を見せる。

 

「……よければ、理由を聞かせてもらいないかしら」

 

 そんな中で、律子さんは一人だけ冷静だった。もしかして怒らせてしまうのではないかと内心では少し怖かったが、そう尋ねてきた律子さんの声色はとても優しかった。

 

「……恵美さんやまゆさんに、123プロが春に新しくオーディションをするっていう話を聞きました」

 

「123プロ……良太郎さんたちが……?」

 

「って、志保ちゃん、もしかして……!?」

 

「北沢さん、貴女……」

 

 

 

「はい。123プロのオーディションを受けようと考えています」

 

 

 

『えぇ!?』

 

 みんなの揃った驚愕の声が、スクールの会議室に響いた。

 

 自分でも突拍子もなく無謀な挑戦だとは十分理解していた。それでも、私は123プロに……周藤良太郎の所属するあの事務所に行きたかった。

 

「なんていうか、意外ね。どちらかというと北沢さんは『打倒良太郎』側だと思ったのに」

 

「だからこそです」

 

 あの事務所の社長である周藤幸太郎さんが掲げている『周藤良太郎さえも超えて業界のトップスリー全てを独占する』という理念は、まさしく私が理想とするものだった。

 

 今の私に、良太郎さん個人に対して思うところは何もない。寧ろ今まで酷い八つ当たりをしてきたことに対して謝罪したいぐらいだ。

 

 しかし、私の中から()()()()()()()()()()()()という想いが消えたわけではない。

 

「その、765プロの皆さんのことを悪く言うつもりはありません。でも、今の私が求めるものは、123プロにしかないんです」

 

 だからごめんなさい、と。会議室のパイプ椅子から立ち上がり、私は頭を下げた。

 

 それは律子さんに対してだけのものではなく、アリーナライブのときから一緒に頑張って来た『仲間』であるみんなにも向けた謝罪。でもどうか、みんなと違う道を歩くことを許して欲しくて――。

 

「……頑張ってね、志保ちゃん!」

 

 ――そんな私に、可奈は笑顔を向けてくれた。

 

「可奈……」

 

「私は応援するよ! 多分すっごい沢山の人がオーディションに来ると思うけど……私は、志保ちゃんなら絶対に大丈夫だって信じてるから!」

 

「せやなぁ。なんやかんや言って、私らの中で一番可能性があるとしたら志保やろなぁ」

 

「……頑張って、志保さん……」

 

「わたしも応援します!」

 

「頑張ってください!」

 

「わっほーい! それじゃあ志保ちゃんに頑張ってもらうためにも、いっぱいご馳走するね!」

 

「あ、いや、人並みの量でお願いしたいんですけど……み、みんな?」

 

 みんなも可奈と同じように笑顔で、それを期待していたはずなのに私は戸惑ってしまう。

 

「……ま、寂しないっちゅーたら嘘になるけど」

 

「志保ちゃんが選んだ道なら、私たちは全力で応援するよ」

 

 ポンポンッと、いつの間にか私の背後までやって来た奈緒さんと美奈子さんに頭を撫でられる。

 

「みんな……」

 

「……自分の行きたい道があるなら、しょうがないわ。でも万が一のことがあったら、いつでも765プロに来てくれていいからね?」

 

 失礼にも断ったはずなのに、律子さんは「待ってるから」と笑ってくれた。

 

「……ありがとう、ございます!」

 

 

 

 

 

 

 その後、私は123プロの第二回オーディションを受けた。正直、ダメ元での参加に近かったが、自分でも驚くことに合格してしまった。

 

 一瞬『縁故採用』という単語が頭を過ったが、良太郎さんはともかく面接官として参加していた天ヶ瀬さんがそんな甘いことをするはずがないので、その可能性はないだろう。つまり、私のアイドルとしての実力と素質を認められたということで……。合格通知が届いた晩は、柄にもなく枕を抱きしめて転げまわってベッドから落ちるという醜態を晒してしまったものである。

 

 そんな余計な事まで思い出している内に、エレベーターが目的のフロアに到着した。このフロアには123プロの事務所しかなく、降りてすぐ目の前に『123 Production』の文字が書かれた自動ドアと無人の受付。そして『御用の方はこちらをご利用下さい』の文字の下に電話機が設置してあった。

 

 腕時計を覗くと、時刻は約束の時間五分前。あまり早すぎても失礼だろうが、これぐらいの時間ならば問題ないだろうと判断し、受話器を取った。

 

『……はい、123プロダクション、受付でございます』

 

 数回のコールの後、聞こえてきたのはオーディションのときの案内をしてくれた123プロの事務員、三船さんの声だった。

 

「お、おはようございます、北沢志保です」

 

『あら、志保ちゃん……おはようございます。ちょっと待っててくださいね、今そちらに行きますので……』

 

 数分後、自動ドアが開いて事務員姿の三船さんがやって来た。

 

「おはようございます、志保ちゃん……今日からよろしくお願いします」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 今後は社員証で中に入れるようなので、三船さんにパスワードを教えてもらい中へ。

 

「……えっと、今日は皆さんは……」

 

「良太郎君とまゆちゃん、それとジュピターの皆さんがいらっしゃいます……社長と留美さんは所用で出かけており、恵美ちゃんはまだ来ていません」

 

「そ、そうですか」

 

 少し緊張してきた。今までアリーナライブの練習で散々顔を合わせてきたというのに、これから同じ事務所の後輩となるというだけでこれほど緊張するものだろうか。

 

 ……いや、多分これは緊張じゃなくて、高揚だ。私が周藤良太郎に挑むための権利を手にするための第一歩を踏み出したという、その興奮。

 

 四年以上思い続けて、ついに私はここまで来たのだ。

 

「アイドルの皆さんは、普段この部屋にいらっしゃいます……」

 

 明らかに所属人数の割に広すぎる事務所内を歩き、案内されたのは『meeting room』と書かれたドアの前。なんでもここをラウンジとしてよく利用しているらしい。

 

 「私はお茶を淹れてきます……」と言い残して三船さんは去って行ってしまい、私は一人ドアの前に残される。

 

(……よし)

 

 何も見知らぬ顔がいるわけではない。既にお互いの顔も名前も知っている人しかいないのだから、臆する必要はない。

 

 それでも一応二度三度深呼吸を繰り返してから、私はドアを開けた。

 

「し、失礼しま――」

 

 

 

「レディー……ファイッ!!」

 

「「ぬおりゃあああぁぁぁ!!」」

 

 

 

「――す……」

 

 何故か良太郎さんと天ヶ瀬さんが全力で腕相撲をしていた。

 

「おおっと、りょーたろーくん優勢かー!?」

 

「どっちも頑張れー」

 

「良太郎さぁん! がぁんばれぇ! がぁんばれぇ!」

 

 ノリノリで実況する御手洗さん、一応応援しつつも興味無さそうに雑誌を読んでいる伊集院さん、そして何故か両手のポンポンを振りながら応援をしているまゆさん。

 

「ぐぬぬぬ……でりゃあああぁぁぁ!」

 

「ぐわあああぁぁぁ!?」

 

「決まったー! 勝者、りょーたろーくん!」

 

「きゃー! 良太郎さんカッコイイー!」

 

 ぐぐっと傾いたかと思うと、そのまま押し切った良太郎さんの右手が天ヶ瀬さんの右手を机に叩き付けた。良太郎さんが勝ったようだ。ピョンピョンと飛び跳ねながらまゆさんが喜んでいる。

 

「せ、正義が負けた……!?」

 

「「あ、そーれ! こっくはく! こっくはく!」」

 

 負けた冬馬さんが膝をついて打ちひしがれる周りを、良太郎さんと御手洗さんが肩を組みながら楽しそうに回っていた。

 

 ハッキリ言おう。何だコレ。

 

「良太郎さーん! カッコイー! ステキー! 抱い……あら、志保ちゃん?」

 

「あっ……」

 

 完全に呆気に取られて入り口で佇んでいたところ、まゆさんが私の存在に気付いた。

 

 名前を呼ばれたことで、他の四人の視線もこちらに向いた。

 

「お、志保ちゃんおはよー」

 

「そーいや、今日からっつってたな」

 

「おはよー、北沢さん」

 

「チャオ!」

 

 全員、あまりにも自然な様子だったのでまたしても呆気に取られてしまったが、慌てて私も挨拶を返す。

 

「お、おはようござ――」

 

 

 

「助けてマユえもーん!」

 

 

 

「――います……」

 

 しかしそんな私の挨拶は、部屋に飛び込んできた恵美さんの声によってかき消されてしまった。

 

 ひーん! と情けない声を上げながら、恵美さんはまゆさんに抱き着いた。そんな恵美さんの頭を、何故か手慣れた様子で撫でるまゆさん。

 

「あらあら。めぐ太君、どうかしたのぉ?」

 

「あのね! 進級して早速実力テストってのがあったんだけど、実力っていう言葉を信じて勉強せずに挑んだら赤点で追試だってー!」

 

「あ、あら……」

 

「当たりめーだろ」

 

 まゆさんですら困惑する中、天ヶ瀬さんの無慈悲なツッコミ。すみません恵美さん、私でもそう思います。

 

「というわけでまゆー! 勉強教えてー! このままじゃアイドル活動続けれなくなっちゃうー!」

 

「もう、しょうがないわねぇ……」

 

「あ、あの、恵美さ――」

 

 

 

「良太郎はいるかあああぁぁぁ!!?」

 

 

 

「――ん……」

 

 私の声が遮られるのは何回目だろか。今度は社長が焦ったような様子で留美さんと共に部屋に飛び込んできた。

 

「何だ良太郎、今度は何したんだよ」

 

「んー……あの動画はまだ投稿してねーから、いずれ怒られることはあれど今は無いはず」

 

「怒られる予定がある時点でお前は本当にアレだな」

 

 当の本人はまるで心当たりがない様子だが、しかし二人の表情は怒っているというよりは驚いているように見えた。

 

「大変です良太郎君!」

 

「お前宛に『エンユウカイ』の招待状が届いたぞ!?」

 

「『エンユウカイ』?」

 

 聞き慣れない言葉に首を傾げる。

 

 ……ん? ()()()()()()って……まさか……!?

 

 

 

「良太郎が『春の園遊会』に招待されたんだよ!!」

 

 

 

『……えええぇぇぇ!!??』

 

 その言葉の意味することを察したその場にいた全員が驚愕して絶叫する。

 

「……うわーお」

 

 これには流石の良太郎さんも予想外だったらしく、珍しく言葉少なに驚いていた。

 

「そ、それってつまり、そ、そういうことだよね!?」

 

「それ以外ないだろ!? うわマジか!?」

 

「いいか良太郎、絶対に! 絶っ対に! ぜーったいに! 可笑しな真似はするなよ!? いいか、絶対だぞ!?」

 

「そ、そこまで振られたからには、応えなければならないと俺の中の芸人魂が……」

 

『おめーの職業をもういっぺん言ってみろやあああぁぁぁ!』

 

 慌てて社長と天ヶ瀬さんが良太郎さんに詰め寄っているが、流石の良太郎さんもそういう場で変なことは……し、しないわよね……?

 

 って、このままではなぁなぁになってしまう。

 

 意を決し、息を大きく吸い込む。

 

「あ、あのっ!!」

 

 その私の一声に、全員の視線がこちらを向いた。

 

 社長と留美さん、恵美さんとまゆさん、ジュピターの三人。そして良太郎さん。彼ら彼女らの意識が全て私に向いているということに一瞬怯みそうになるが、ぐっと足に力を込めて頭を下げる。

 

「きょ、今日から123プロダクションでお世話になります、北沢志保です! よ、よろしくお願いします!」

 

 静寂が訪れたのは、ほんの一瞬のことだった。

 

「志保ちゃん」

 

 その静寂を破ったのは良太郎さんの声だった。

 

 

 

「ようこそ、アイドル芸能事務所『123プロダクション』へ!」

 

 

 

 顔を上げると、良太郎さんは変わらず無表情で、冬馬さんも変わらず仏頂面で、そして二人を除いた全員が笑顔だった。

 

「これから()よろしくね、志保ー!」

 

「よろしくねぇ、志保ちゃん」

 

「……まぁ、後輩になる以上、()()()()以上に面倒見てやらんこともない」

 

「一緒に頑張ろーね!」

 

「何かあったら、遠慮なく言ってくれていいからね?」

 

「私も全力でフォローするわ」

 

「……目標は『打倒周藤良太郎』だ。……頑張ろう、北沢さん」

 

「……はいっ!」

 

 差し出された社長の手を握り返す。

 

「さて、志保ちゃんは一体どんなアイドルになるのかな?」

 

「……決まってます」

 

 良太郎さんのその言葉に返す答えはただ一つ。

 

 

 

「貴方以上のアイドルです」

 

 

 

「……楽しみにしてるよ、北沢志保」

 

 

 

 こうしてこの日、私は123プロの一員に――。

 

「あの、お茶を淹れて……あら?」

 

『……あ』

 

 ――み、三船さんのことをすっかり忘れていたなんてことはなく、私は改めてこの総勢十人になった123プロの一員となったのだった。

 

 

 




・123プロ事務所
そーいえばどんな感じのところだったのかは書いてなかったような気がした。

・この春、私、北沢志保は
時系列が色々とズレた関係上、実は志保ちゃんは既にJKになってたりします。

・「せ、正義が負けた……!?」
・「「こっくはく! こっくはく!」」
地味にずっとやりたかった一歩ネタ。
本当は「早くやろぉよぉ(ねっとり)」からやりたかったけど良太郎は顔芸が出来ないので断念。

・実力っていう言葉を信じて勉強せずに挑んだら赤点
当たり前なんだよなぁ(目逸らし)

・「あの動画はまだ投稿してねーから」
実はこの時点でなのはちゃんの動画の作成は始まっていた。

・春の園遊会
※この作品はフィクション(ry
父方の伯母さんとその旦那が本当に呼ばれたことがあるっていうのが作者的プチ自慢。



 今さら感溢れますが、第四章開始前の志保ちゃん事務所入り時のお話でした。

 いやぁ自分で書いててあれだけど、志保ちゃん可愛いなぁ恵美もまゆも可愛いなぁ。

 俺……ミリマスのアプリゲー始まったら志保と恵美手に入れて、頑張って画像加工してまゆと並べて123三人娘のコラ画像作るんだ……!

 そしていよいよ、来週から第五章スタートになります! まずは武内Pのストーカー回から!

 ……さーて……346にまゆいないけど、どーしよかなー……。



『どうでもよくない小話』

うおおおぉぉぉ! 総選挙中間発表楓さん現在一位いいいぃぃぃ!

このまま行ってえええぇぇぇ! 頑張ってえええぇぇぇ!

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