アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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しきにゃん加入編という名の第五章プロローグのラストです。


Lesson163 Who are you? 4

 

 

 

 それは春休みも終盤に差し掛かり、個人的ワールドツアーの最終目的地であるアメリカでのことだった。

 

 兄貴の友人で俺の知り合いでもある皆本さんを訪ねてとある大学を訪れたところ、彼の研究チームの一員である少女に突然懐かれた。

 

 彼女曰く「今まで嗅いだことのない不思議と魅惑に満ちた幻想的な香りがする」とのこと。あとついでに「まるで『一度死んで別人として生き返ったことがあるような香り』みたい」とも。……バレてるわけじゃないよな? 違うよな? あくまで喩えだよな?

 

 基本的に女の子の頼みならば二つ返事で了承するのが俺のポリシーなのだが、流石に「研究させて!」「サンプル取らせて!」と上目遣いに可愛らしく懇願されても、後ろ手にメスとペンチを持っていては首を縦に触れなかった。

 

 結局皆本さんにまで「良かったら少し付き合ってあげてくれないかな」みたいなことを言われてしまったため邪険にすることもで出来ず、アメリカに滞在中は四六時中付きまとわれてしまった(流石に宿泊場所までは付いてこなかったが)。

 

 最終的に俺のサンプル狙いというか実験対象として見ることは止めてくれたようなのだが、それ以上の変化が彼女に起こった。

 

 

 

 ――アイドル? 視覚に一過性の刺激を与えて充足させるアレ?

 

 ――……何これ……何これー!? あたし知らない! 分かんなーい!

 

 ――ねぇねぇ! あたしにもっと教えて、キミのこと! アイドルのこと! 

 

 

 

 アメリカでもいくつかステージに立たせてもらったのだが、その全てを間近で見たことにより、どうやら『アイドル』という存在にえらく興味を引かれたらしい。

 

 それからは要求が「サンプルが欲しい」ではなく「アイドルを教えて」に変わったものの、結局付きまとわれる羽目に。

 

 アメリカを発つ日、空港で最後に「もっとキミとアイドルのこと、教えてもらうから!」と宣言されて別れたその少女が――。

 

 

 

「――彼女、一ノ瀬志希というわけ」

 

「……ホント、アンタの周りには変な人間しか集まらないわね」

 

 りっちゃんのその言葉はブーメランだというツッコミ待ちなのだろうか。

 

 流石にいつまでも店の前でたむろっていては迷惑だろうと判断し、あらゆる物語でとりあえずの説明を行う場所として最適なことで有名な『近所の公園』へとやって来た。自動販売機で買った飲み物を片手に話していたのだが、先ほどから美希ちゃんが「ふしゃぁぁぁ!」と威嚇行動を取っているのに対して志希は「にゃははは」と笑うだけで全く意に介していなかった。

 

「それで? 結局お前は何でこっちに来たんだよ」

 

 飲み干した缶をゴミ箱に入れながらクンカー娘に問いかける。

 

「ん? 約束忘れたの? ほら、あたしをアイドルにしてくれるって言ったじゃん」

 

「言ってねーよ」

 

 やめろ、サラッと当たり前のように嘘をついて事実のように語るんじゃない。

 

「でも『素質はある』って言ったよね?」

 

「言って……言ったなぁ……」

 

 咄嗟に否定しようとしたが、それは間違いなく言った。

 

 彼女は天才(ギフテッド)である。それは十八という年齢でアメリカの大学の研究チームに所属し、さらにそこで結果を残しているという実績から鑑みても、兄貴と同等、もしくはそれ以上の天才であるということは明白だった。

 

 そしてかつて麗華たちを、そして冬馬たちを、さらに春香ちゃんたちを前にしたときと、街中で恵美ちゃんと出会ったときと同じように『アイドルとしての本能』が囁いていた。

 

 

 

 ――この少女は()()()()()と。

 

 

 

「あたしは『アイドル』が分からない。キミが人々を熱中させることが出来る理由が分からない。どうしてこんなにあたしの心を惹きつけるのか分からない。分からないから知りたい。キミのことがもっと知りたい。アイドルのことがもっと知りたい」

 

 だからアイドルになりに来た。志希はそう語った。

 

(……どうしたもんか)

 

 かつて『アイドルになるのにきっかけは軽くても構わない』と凛ちゃんに言ったことがあるように、別にその理由に関しては否定するつもりはない。寧ろアイドルを知りたいというのであれば存分に知ってもらいたいというのが本音だ。

 

 加えて彼女は『周藤良太郎』が本能的に認めるアイドルとしての素質を持っていた。研究室に籠っていた時期が長いので若干体力には難がありそうであるが、容姿・声・性格・雰囲気、何処をとってもアイドルとして成功しうる素質を兼ね備えている。

 

 そして何より、俺が『彼女がアイドルとして成功した姿を見たい』と思っている。

 

 ……あれコレ拒絶する理由無いな。

 

 とはいえ、俺の一存では流石に決めることは出来ない。いくら俺が世間でトップアイドルと言われている『周藤良太郎』であっても、123プロダクションに所属している以上事務所のことは社長にお伺いを立てなければならない。

 

 

 

 

 

 

「というわけで連れてきました」

 

「一ノ瀬志希でーす!」

 

「元いた場所に返してきなさい!」

 

 そんな犬猫じゃないんだから。いや、本音を言えばみくちゃんよりも猫っぽいような気がしないでもないけど。

 

 とりあえず新アイドルスカウトの案件ということで、123の事務所へと志希を連れてきた。

 

 当然兄貴は驚いていたし、美優さんやたまたま事務所にいた三人娘も同様に驚いていた。

 

「いつかやる気はしてたけど、本当に女の子拾ってきちゃった……」

 

「でも恵美さんも同じようにスカウトされたんですよね?」

 

「まぁそうだけど……アタシのときとはまた違う状況というか」

 

「………………」

 

「とりあえずまゆさん、まばたきぐらいしてください」

 

 三人娘は一先ず置いておいて、志希をウチでデビューさせてみてはどうかと提案する。

 

「兄貴も俺の兄貴なんだから分かるだろ? 志希の才能」

 

「……いやまぁ、勿論分かるさ。この子がアイドルとして輝ける逸材だってことぐらい」

 

 しかしなぁ……と兄貴は思案顔。

 

「美優のアイドル化計画もそろそろ大詰めだし、割と手一杯なところでもあるんだよ……」

 

「それ私聞いてないんですけど……!?」

 

 お茶汲みから帰って来た美優さんが兄貴の言葉を聞き逃さず、先ほど志希を紹介したとき以上に驚愕していた。しゅがーはぁとに負けず劣らずなフリフリ衣装でステージに立つ美優さんを拝める日も近いということか。

 

「そっちも大切かもしれんが、でもここでこの天才を手放すのも惜しくないか?」

 

「それだよなぁ」

 

「流さないでください先輩……!?」

 

「にゃははは、いつもと違うところを褒められると流石に志希ちゃんも照れる~」

 

 美優さんにガクガクと身体を揺さぶられものの、一切意に介さず思案する兄貴。

 

「どのみち、どんな原石だって磨かなけりゃ石ころだ。先に基礎レッスンを積んでもらって、その間に何かしらの手を打つことにしよう」

 

 まぁそれが妥当か。

 

 結局、今のところ彼女はアイドルの素質を感じるだけであり、アイドルとしての能力はレベル1。ひのきの棒すら装備していない状態ではスライム討伐も簡単じゃないだろう。

 

「志希もそれでいいか?」

 

 志希にそう尋ねると、彼女はんーと腕を組んだ。目算ではあるが、多分志保ちゃんぐらいはありそうな胸が持ち上がる。

 

「しばらくはアイドル出来ないってことー? そんなのつまんなーい」

 

 皆本さんが言うには、一ノ瀬志希という少女は非常に飽きっぽい性格らしい。興味が長続きせずに、少し目を離すといつの間にか姿が見えなくなる失踪癖まであるとのこと。本当に猫っぽい子だなぁ……みくちゃんのアイデンティティがクライシスだ。

 

「お前がやろうとしていることはそういうことなんだよ」

 

 しかし、その点に関して俺は別段何も危惧していない。

 

 

 

「この俺を前にしておいて、アイドルを飽きるなんてこと、絶対にさせないさ」

 

 

 

 一度『周藤良太郎』に興味を抱いておいて、飽きるなんてことはあり得ない。

 

「見せてやるよ。そのお前の底なしの好奇心を満たし尽くす、果ての無い世界って奴を」

 

「……うん、いいねいいねーすっごい楽しそうな匂いがするよ~。やっぱりキミはすっごく興味深いし、すっごく楽しそうで、すっごく面白そう」

 

 そう言って笑う志希は、年相応に……いや、それよりも幼く無邪気な笑みを浮かべた。

 

 こうして俺たちの事務所の新たな――。

 

 

 

「あ、あのぉ! 一つよろしいでしょうかぁ!」

 

 

 

 ――仲間が……と締めようとしたら、それまで何故か静かだったまゆちゃんからストップがかかった。

 

 見ると、先ほどまで三人で座っていたソファーから立ち上がりピシッと行儀よく右手を真っ直ぐと挙げていた。その両脇の二人に視線を投げかけてみるも、恵美ちゃんは肩をすくめ、志保ちゃんに至っては興味ないとばかりに手元の絵本に視線を落としていた。

 

「何、まゆちゃん」

 

「あ、あの……ど、どうして良太郎さんはその一ノ瀬さんに対してそんなにフランクな態度なのでしょうかぁ!?」

 

「ん? 志希に?」

 

「それですよぉ!」

 

「あー、言われてみればリョータローさんって、基本的にちゃん付けで呼び捨てにしないですもんね」

 

 あぁ、それかぁ。

 

 いや、俺も最初は『志希ちゃん』って呼んでたんだよ? ただなんというか……。

 

「俺の中だと『手のかかる猫』っていう印象なもんで」

 

「あー、ひっどーい」

 

 ぷくーっと頬を膨らませる姿は大変可愛らしいが、騙されてはいけない。

 

 色々と言いたいことはあるが、こう説明するのが一番手っ取り早いだろう。

 

 こいつは()()()()()()()()()で自由奔放なのだ、と。

 

「じゃ、じゃあ、是非ともまゆのことも名前で呼んで欲しいのですがぁ!」

 

「? ……まゆがそれでいいならいいけど」

 

「やっぱり以前のままでお願いしますぅ!」

 

「撤回早いね!?」

 

 

 

 さて、というわけで我が事務所の八人目のアイドルがやって来たわけなのだが。

 

 はてさて、彼女は一体どんなアイドルとなり、どんな影響を与えることやら。

 

 

 

「にゃはは、よろしくねー!」

 

 

 

 

 

 

 ちなみに。

 

「う、うん……確かに憑いてるけど……わ、悪い子じゃないから、少し遊んであげれば、満足すると思う、よ……?」

 

『……えっ!?』

 

 武内さんの方は、本当に本物だったそうだ。

 

 

 

 

 

 

おまけ『周藤父』

 

 

 

「あ、幸太郎さん聞いてくださいよ。この間良太郎の奴、父親が『女の子が真正面から抱き着いて来たら優しく抱きしめろ』って言ってたとか言ってましたよ。いくら何でもそんなことを……」

 

「………………」

 

「……あの、幸太郎さん? どうしてそんなに露骨に目を逸らすんですか?」

 

 

 




・『一度死んで別人として生き返ったことがあるような香り』
(フラグでは)ないです。

・『近所の公園』
あと河川敷とか、野外の場面書くときは便利すぎてついつい使ってしまうのは作家あるあるだよね?

・美優のアイドル化計画
だから美優さんのソロ曲はよ!

・ひのきの棒
この王様、世界救わせる気ねぇなって誰もが思ったはず。

・本当に猫っぽい子だなぁ
作者的イメージ
 みく ⇒ 養殖
 志希 ⇒ 天然

・こいつは俺が手を焼くレベルで自由奔放なのだ。
そんな彼女の暴走を更に加速させる『あの娘』との邂逅もそう遠くはない……!

・本当に本物だったそうだ。
なんだって、本編では幽霊の正体だったまゆがいない? ならば致しかたない、本物にしてしまえば万事解決だな!

・おまけ『周藤父』
実は唯一の登場シーンであるLesson01を読み返してもらえば、父親がどんなキャラなのか理解してもらえるはず。つまり良太郎のそれはそういうこと。



 というわけで、これから志希ちゃんが新たな仲間として加入です。よし、これで番外編で突拍子もないお薬ネタを書くための下地が整ったぜ!

 彼女がどうクローネと関わっていくのかは、彼女がまだ明かしてない『とあること』が関わってきます。その辺を含めて次話に続きますが、次回は番外編です。

 つい先日の総選挙で楓さんが一位に輝いた記念として、約一年二ヶ月ぶりに恋仲○○シリーズ楓さん編の続編を書かせていただきます!

 それではまた来週、人によっては週末に石川にてお会いしましょう!

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