アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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割とアニメ通りの展開で、しかし少々心理描写がアイ転風味となっております。


Lesson196 Ring a bell 2

 

 

 

「……はぁ……はぁ……!」

 

 資料室を飛び出した私は、夕暮れの中庭で足を止めた。別にここに来たかったわけじゃなく、ただあの場にいることが出来ずに飛び出した結果、ここに辿り着いてしまっただけだった。

 

「……ぐすっ……」

 

 滲み出てきた涙で視界が滲む。それがとても情けなく感じて余計に悲しくなってきた。

 

 ごしごしと服の袖で涙を拭いながら、先ほどのことを思い出す。

 

 

 

 ――私は……加蓮と奈緒と一緒に歌ったときに感じた何かを、確かめたい。

 

 

 

 ……その言葉を聞いた瞬間、私の頭を過ったのは『裏切られた』という言葉だった。

 

 そんなことはないって分かってる。けれど、デビューのときから……いや、デビューする前に美嘉ねぇのバックダンサーとしてステージに登ったあのときから、私たちはずっと三人でやって来た。だからこれからも、ずっと三人でアイドルを続けているのだとばかり考えていた。

 

 だから、私は勝手にしぶりんに『裏切られた』と感じてしまったのだ。

 

 しぶりんが他の人とユニットを組むという事実にショックを受け、そしてそれを裏切りと感じてしまったことがそれ以上にショックだった。

 

 ……きっとしぶりんは、必死に考えた末にそこに至ったのだろう。それを告げたしぶりんはとても真剣な顔をしていて……私の『私たちとじゃ無理なのか』という言葉にとても辛そうな表情を見せた。

 

 だから、本当はそれを応援しなければならなかった。しぶりんが……渋谷凛が()()()()()()()新たな道を歩みだすことに、仲間としてそれを喜ばないといけなかった。

 

 でも……私には、それが出来なかった……。

 

 

 

「……本田、さん……」

 

 

 

 ――武内さんは、アイドルと距離を取り過ぎなんですよ。

 

 ――そんなに離れてしまっては聞き取れないアイドルの声だってあります。

 

 ――どうか彼女たちを全員、立派な一人前のアイドルにしてあげてください。

 

 

 

「……本田さん!」

 

「っ!?」

 

 背後から声をかけられ、慌てて涙を全部拭う。次から次へと溢れてくる涙だけど、お願いだから今だけは止まって欲しい。

 

「プ、プロデューサー……?」

 

 振り返ると、そこにいたのはプロデューサーだった。資料室から飛び出した際に私を呼ぶ声が聞こえたような気がしていたから、多分そこから私を追って来てくれたのだろう。それが申し訳ないようで、それで少しだけ嬉しかった。

 

 でも『シンデレラの舞踏会』でもっと大変なはずのプロデューサーに、余計な心配をさせるわけにはいかない。

 

「え、えへへ、恥ずかしいところ見せちゃったかなー……」

 

 だから、精一杯強がってみせる。これは私の心の問題だから……。

 

「本田さん……お話をしましょう」

 

「……へ?」

 

 しかし、プロデューサーから発せられた言葉は意外なものだった。

 

「お話って……?」

 

「……何でもいいんです。今貴女が思っていること、感じていること……もしよろしければ、私に聞かせてください」

 

「………………」

 

「私は……そのために、ここにいます」

 

 ……言うつもりはないって、心配させるつもりはないって、思ったばっかりだったんだけどなぁ……。

 

「……聞いてもらっても、いい?」

 

「……はい」

 

 ならば、少しだけ……甘えさせてもらおう。

 

 

 

 

 

 

「……うーむ」

 

 少々行儀が悪いものの、歩道を歩きながらスマホの画面を覗き込む。しかしメッセージを受信した形跡はなく、着信も無かった。

 

「? 良太郎さん、どうしたんですか?」

 

「さっきから頻りにスマートフォンを気にしてるみたいですけど……」

 

「あぁ、いや、なんでもないよ」

 

 『便りが無いのは良い便り』とは言うものの、何にも無いっていうのはそれはそれで心配になるなぁと思いつつ、俺はスマホをポケットにしまった。果たして凛ちゃんはどういう選択をしたのかが気になったが……まぁ、いずれ分かるだろう。

 

「それより聞いたよ、二人とも」

 

「?」

 

「何がですか?」

 

 左隣を歩く真ちゃんと、さらにその左隣を歩く雪歩ちゃんが首を傾げる。

 

「二人とも、悩んでる346プロの子たちにアドバイスしてあげたんだって?」

 

「えっ!?」

 

「ど、どうしてそれを……!?」

 

「二人がアドバイスをした子たち、実は今俺が気にかけてる子たちでね」

 

 驚いている二人に対し、簡単に俺と彼女たちの関係を話す。妹分である女の子が所属していること、その関係で春先から彼女たちのことをずっと見てきたこと。

 

「……美希が『最近の良太郎さんは346プロのアイドルばかりに構ってる』って怒ってましたけど、まさか彼女がそうだとは思いませんでした……」

 

「わ、私も、気付きませんでした……」

 

「まぁ、346プロのアイドルと一口に言っても、大勢いるからねぇ」

 

 流石老舗芸能事務所なだけあり、なんでも所属するアイドルは百五十を軽く超えているらしい。765プロ初期メンバーの十倍以上である。そんな中で、たまたま話をしたアイドルが俺と知り合いだとは流石に思わないだろう。いや、確かに多方面に顔は広いが、流石の俺でもまだ346のアイドルの半分以上と知り合っていないし。

 

「俺からも礼を言わせてもらうよ。ありがとう」

 

「い、いやいやそんな!」

 

「わ、私はその……真ちゃんや良太郎さんの真似をしてみたかっただけですから……」

 

 ちゃんと頭を下げて礼を言うと、二人はトンデモナイと首を振った。

 

「それにしても真ちゃんは随分とイケメンな登場の仕方をしたみたいだね」

 

 美嘉ちゃん経由で聞いた莉嘉ちゃんの話によると、男に絡まれているところに颯爽と現れたらしい。相変わらず男の俺よりもイケメンで主人公タイプの子である。

 

「あはは、そういう風にやった方が向こうも簡単に引き下がってくれると思ったので……」

 

「雪歩ちゃんも。距離はとってもらったみたいだけど、武内さんを前にして普通にしてられたんだね」

 

 あの男の人が苦手な雪歩ちゃんが、あの普通にしていても怖がられることで定評のある武内さんの強面に臆することなく接することが出来たとは……やっぱり、765プロのみんなも少しずつ成長してるってことなんだな……。

 

「はいっ! 舞台の稽古を沢山頑張りました!」

 

「……あれっ!? もしかして成長したのって演技の方!?」

 

 まさか平静に取り繕っていただけで、心の中ではシャベルを手に穴を掘って埋まっていたということなのか。

 

 いやまぁ、あからさまな拒絶をしなくなっただけマシと、前向きに捉えるべきなのだろう。ファンの人と握手も出来ずに拒絶して悪い噂を流された頃と比べれば、考えられないぐらいの成長とも言える。……思いっきり斜め横の成長だけどね!

 

「っと、着きましたよ」

 

「おぉ、ここか」

 

 話をしている間に、どうやら目的の場所に辿り着いたらしい。

 

 そこは、すぐそこが海という景観的には最高な立地の建設現場だった。関係者以外立ち入り禁止と書かれたので当然入れないが、随分と大掛かりな工事をしているということだけは外からでも分かった。

 

「いやぁ、随分と立派なのを建てるんだねぇ」

 

「……ここだけの話、事務所を新しくするための費用をこちらに回したらしいです」

 

「なんと」

 

 それだけ高木さんがこちらに力を入れているということなのだろう――。

 

 

 

 ――この『765プロライブ劇場(シアター)』に。

 

 

 

 そう、こここそが765プロが新しく始めようとしているシアター計画の拠点となる、765プロ専用の劇場。既に工事に入っているという話を春香(ポプ子)ちゃんと千早(ピピ美)ちゃんから聞きつけ、たまたま765プロの事務所にいた真ちゃんと雪歩ちゃんに見に連れてきてもらったのだ。

 

「プロデューサーもそろそろ帰ってくるって話ですし」

 

「私たちは直接関わることは少ないでしょうけど……やっぱり、楽しみです」

 

「……そうだよなぁ」

 

 アイドルとして活動している以上、やっぱり新しい企画というのは心躍るものなのだ。

 

 そんなまだ見ぬ少女たちの新たな夢のステージが、ここに出来上がるのだろう。

 

 

 

 

 

 

『えぇ!?』

 

 翌日。昨晩は余り眠れなかったので若干眠い目をこすりながら事務所にやってくると、資料室にみんなの驚きの声が響いた。

 

「美城常務のプロデュースで、ソロデビュー!?」

 

「ど、どういうこと……!?」

 

 先ほど、プロデューサーと共に告げられたアーニャのソロデビュー宣言に李衣菜とみくが詰め寄るが、アーニャの表情は全く揺るがなかった。

 

「み、美波ちゃんはそれでいいの!?」

 

 アーニャのユニットを組む美波に莉嘉がそう尋ねるが。

 

「えぇ。私は大賛成よ」

 

 彼女はニッコリと笑ってそれを肯定した。一番反対しそうな人物がそれを拒絶する様子が全くなかったため、その場にいた全員がひるんでしまった。

 

「………………」

 

 そんな中で一人、私の心は沈んでいた。

 

 アーニャはしっかりと自分の意志で常務のプロジェクトに参加することを決め、ユニットメンバーである美波もそれを応援している。私たちが知らないだけで、きっと二人だけのやり取りがあったのだろう。

 

 もし、私も未央と卯月に背中を押されていたら……などと馬鹿なことを考えてしまった。それを羨ましがるなんて最低な考えだ。これはあくまで、自分自身の言葉で想いを二人に伝えることが出来なかった私の責任だ。

 

 故に、良太郎さんにもそのことは連絡出来なかった。背中を押してくれた人に、結局一歩が踏み出せんでしたとは言い出せなかった。

 

 ……私は……もう一度、未央と卯月と話がしたい。今度はその席に二人が着いてくれるかどうかすら分からないけど……私は……。

 

「……突然のことで驚かれたと思いますが……もう一つ、大事なお知らせがあります」

 

 プロデューサーの言葉に、私は意識を前に戻す。どうやらアーニャのソロデビューのこと以外にも何かあるらしい。……私はまだ、ハッキリとプロデューサーに伝えてはいないので、私のことではないだろう。

 

「本日から……」

 

「あぁ、ちょっと待って! それ、自分で言うから!」

 

「……未央……?」

 

 プロデューサーの言葉を遮って、未央が元気よく手を挙げた。昨日走り去ってしまってからまだ会話をしていなかったのだが、一晩経っていつもの様子に戻っていた未央に若干の違和感を感じてしまった。

 

 未央は前に出てプロデューサーの横に並ぶと、笑顔のままこちらに振り返った。

 

 

 

「本田未央! 本日より、ソロ活動始めます!」

 

 

 

「……えっ……」

 

「……今後とも、よろしく」

 

 ニッコリと……けれど、いつものような明るさではなく、少し寂しそうに未央は笑った。

 

 

 




・『裏切られた』
この世界の未央はやらかしてないので、少々ショックが大きいです。

・「本田さん……お話をしましょう」
武内Pのイベントも無くなってしまっていたものの、その代わりに良太郎との会話イベント(蘭子回)が発生していたので、彼もまた良太郎の影響を受けています。

・「舞台の稽古を沢山頑張りました!」
実は内心でビクついてた雪歩。アイ転の雪歩は別ベクトルで成長しています()

・『765プロライブ劇場』
着々とミリマス編のフラグを立てておきます。

春香(ポプ子)ちゃんと千早(ピピ美)ちゃん
うん、来るって分かってた()



 アニメ通りにちゃんみおはソロ宣言。ただその背景にはアイ転オリジナル要素を入れておきました。ヒントは今回のサブタイトル。

 さて、ちゃんと同時進行でクローネの方も書いてかないと……。

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