「――っていう感じで、終わった直後は本当に動けませんでした」
「うわぁ……」
良太郎さんとのレッスンを終えた翌日。レッスン室でストレッチをしながら美嘉さんに昨日のレッスンの内容を述べると、彼女は分かりやすく引いていた。無理もない、今こうして改めて振り返った私自身が引いている。
「なんというか、こう……体が空気の重さにすら耐えることが出来ずにその場に押し潰されてる感覚でした」
多分重力魔法を喰らって地面に叩き付けられるとこんな感じなのではないだろうか。
「ははは……で、でもその割には、今は平気そうじゃん? 疲れとか残ってないの?」
「そこなんですよ」
確かに終了直後は指一本動かせなかったにも関わらず、朝起きてみたら寝る前まで残っていた倦怠感が綺麗サッパリ無くなっていたのだ。なんというかもう超常現象すぎて本当に怖い。
「……あー、そういえば恵美やまゆもそんなようなこと言ってたっけなぁ」
「恵美さんとまゆさん……ピーチフィズのお二人ですよね」
美嘉さん曰く「アイドルデビュー直後からの友人」らしく、良太郎さんとのレッスンのことが話題に上がったことがあるらしい。
「うん。えっと――」
――リョータローさんとのレッスン? ……ウン、とてもキビシイヨー。
――……でも『私たちに期待してくれている』ことが凄く伝わってくるんだ。
――だからアタシたちも、その期待に応えたくてついつい頑張りすぎちゃうんだよねー。
「――だってさ」
「……少し分かる気がします」
言われてみると、確かにそんな気がした。あの『周藤良太郎』が私たちのためにレッスンをしてくれるだけでも光栄なことなのに、その上あの人は本当に私たちに対して
「それでも、この超回復した現象の理由は何も解明されてないですけどね」
「それは、その……りょ、良太郎さんだから?」
「流石にその理由は万能じゃないと思います」
それでもほんの一瞬だけ「それもそうか」と思ってしまいそうになった自分がいる。
「でも本当に良太郎さんって不思議だよね。実際に会ってみると気さくなお兄さんで、少しノリが軽すぎる気もするけど……ふとした時に『あぁ、この人ってやっぱりトップアイドルなんだなぁ』って実感する」
「それを持続してくれた方が嬉しいんですけどね。何であの人、真面目な空気を保てないんだろう……」
「……やっぱり凛って、良太郎さんに対しては基本的に辛口だよね」
「そういえば凛、そろそろ敬語使わなくてもいいよ?」
「え、でも……」
「アタシの方がアイドルとしては先輩だけどさ、これからは同じプロジェクトのメンバーとしてやってくわけじゃん? 確かに前まではアタシのバックダンサーに付いてもらったこともあるけど、今後はちゃんと肩を並べて同じステージに立つんだから」
戸惑う私に、美嘉さんは「歳も近いんだしさ」と言いながらパチリとウインクをした。
「……えっと、美嘉さん……じゃなくて。……美嘉が、そう言うんなら」
「うんうん、よろしくね、凛!」
差し出された右手を握り返す。
……あ、プロジェクトメンバーで思い出したんだけど。
「そういえば美嘉、こうしてクローネに参加すること、莉嘉は何て言ってたの?」
確かに私やアーニャは快く送り出してくれたけど……あのお姉ちゃん大好きな莉嘉のことだから、また少し状況が違うのではないだろうかと思ったのだ。
「………………」
「うわっ!?」
突然タパーッと涙を流し始めた美嘉に、驚いて思わず握ったままだった右手を離そうとしてしまった。しかし美嘉がギュッと握ったままだったのでそれは叶わなかった。
「それが聞いてよ凛ー! アタシがリップスとしてクローネで活動していくって話したら、莉嘉が『ふーんだ! お姉ちゃんなんてもう知らない!』ってー!」
実際にその言い方をしたのであれば、莉嘉も本気で言ったのではないだろう。そもそも普段の莉嘉の様子を見る限り、美嘉に対して怒っている様子は無かったので、間違いなく冗談の類いだと断言できる。
「ねぇ凛どうしよー! このまま『お姉ちゃん嫌い!』とか言われたら、アタシ立ち直れないー!」
だというのに、美嘉は真剣な顔を青くしながら本気で悩んでいた。……ほんの数分前までカッコイイアイドルの先輩だったのに、ため口が解禁された途端にコレである。良太郎さんといい、カリスマを持ち合わせているアイドルは色々と残念なところがポロポロと零れるのがお決まりなのだろうか。
「落ち着きなって美嘉。莉嘉も本気で言ったわけじゃないって」
「ほ、本当に……?」
「そりゃあ、初めは莉嘉も同じプロジェクトメンバーの私やアーニャがクローネとして活動していくことに対してあんまりいい顔してなかったけど、そこのところは今ではちゃんと割り切ってるみたいだからさ。莉嘉も少しだけ美嘉に意地悪言いたくなっちゃっただけだよ、きっと」
「仲が良い証拠だよ」と言って諭すと、美嘉はようやく落ち着いたようだった。
「な、ならいいんだけど……ゴメン凛、取り乱して……」
「しっかりしてよ、美嘉」
「……ちなみに今のは良太郎さんとの経験則だったりする?」
「……どうしてそんな話にナルノカナ?」
「この前、良太郎さんが『いやぁ凛ちゃんもアレで恥ずかしがりやさんだからね。辛口なコメントが多いけど、ちゃんと俺には分かってるよ』って」
「なに適当なこと言ってんだよアノヤロウ!」
「凛!? 口調口調!」
地味に間違ってないのが腹立つし、それを認めようとしている自分にも腹立つ!
「ゴメン取り乱した」
「お、お互い様ということで……」
話を良太郎さんのレッスンについて戻す。
「美嘉たちは明日だっけ?」
「うん。と言っても凛たちみたいにダンスレッスンじゃなくて、ボーカルレッスンを軽く見てくれるだけみたいだから、ヘロヘロになるようなことはないだろうけど」
へーきへーきと笑う美嘉。
まぁ確かに、ボーカルレッスンでダンスレッスン以上に体を酷使することはないだろうけど……何故か知らないが、昔良太郎さんが私の誕生日パーティーの余興として見せてくれた『やたらとクオリティーの高いモノマネ』を思い出した。まるで本物のフィアッセ・クリステラさんが目の前で歌っているかのようで、とても驚いた記憶があるのだが……いくら良太郎さんとはいえ、ボーカルレッスンでそんなことはしないだろう、うん。
「……まぁ、頑張ってね」
「うん! 任せて! アタシも良太郎さんの期待に応えるように頑張るからさ!」
「辛いことがあっても、挫けちゃダメだよ」
「う、うん。まぁ、辛いレッスンにはなるかもしれないけど……」
「もし耐えれそうに無かったら、頭の中に莉嘉の姿を思い出して……」
「すっごい怖いんだけど!? えっ!? 良太郎さんのレッスンってそんなレベルなの!?」
それぐらいの心持ちで行った方が安全だろうから……あのキツいレッスンをケロッとした顔(無表情)でこなすような人だから、ボーカルレッスンも普通とは思えないのだ。
そんな話をしつつ、ゆっくりと時間をかけたストレッチを終える。
「さてと……それじゃあ、二人だけだけど、少しだけおさらいしておこうか」
「うん」
今回、私が秋のライブまでに覚えなければいけないのは二曲。トライアドプリムスのユニット曲と、
……別に次の良太郎さんとのレッスンまでにしっかりと形にしておきたかったとか、そういうことじゃない。
「凛はダンスの才能あるからさ、早めに覚えて加蓮と奈緒の面倒も見てあげて。アタシはホラ……なんか向こうの面倒を見ないといけなさそうだから……」
「あぁ……」
やや苦い顔をした美嘉に、思い浮かぶのは彼女とユニット『LiPPS』を組む四人の姿。
奏さんはともかく、残りの三人がその……やや個性が強いというかアクが強いというか。私たちシンデレラプロジェクトもそれなりに個性的な面々が揃っていると自負しているが、それ以上に個性的なメンバーが同じユニットに揃っているのだ。いや、外見で言えば女の私から見ても美人が五人も揃っていて大変絵になっているのは認めるけど。
「リーダーとかは決めたの?」
「いや、まだ決めてないけど……」
そこで言葉を濁した美嘉だったが、言外に『やりたくない』と言っているような気がした。
ただリーダーが誰になったとしても……。
「リップスの苦労人枠は美嘉で決定かぁ」
「すっごい不吉なこと言わないでよ!?」
「捕まえたあああぁぁぁ!」
「にゃあああぁぁぁ!?」
「……えっとー……何やってんですか?」
ソロでの仕事を終えて事務所に戻ってくると、ラウンジにて志希の首根っこを掴んだリョータローさんの姿があった。
「「あ、恵美ちゃんおかえり~」」
「た、ただいまー」
そのままの状態で声が揃う辺り、なんだかんだ言ってこの二人はとても波長が合っている気がする。やっぱり似た者同士だと思う。
「恵美さん、そこは素直に『変人同士』って言ってもいいと思いますよ」
「それはちょっと……」
ソファーに座って我関せずといった感じにいつも通り絵本を読んでいた志保の言葉には、流石に同意するのは憚られた。
「それで結局あの二人は何やってんの?」
「明日、346プロダクションの方で志希さんのレッスンがあるらしいので、今日の内からあらかじめ捕獲しておくそうです」
そーいえば、リョータローさんも志希が346で参加するプロジェクトに関わってたんだっけ。
「ったく、手こずらせやがって……ほら、今日はもう帰るぞ」
「にゃ~……」
まるで大きな猫のように良太郎さんに引きずられる志希の姿に思わずクスリとしてしまったが……そこでふと気づく。
「え……帰るって……」
「? 俺んちだけど」
「リョータローさんの家!?」
えっ!? 何それドウイウコト!? リョータローさんと志希が一つ屋根の下!?
「あれ、恵美さんは知りませんでしたっけ」
絶賛混乱中のアタシとは対照的に、何も動じていない志保がパタンと絵本を閉じた。
「志希さん、今はコチラのマンションに一人暮らしをされているということはご存知ですよね?」
「うん、実家が岩手だからって……」
確か社長がお金を出してマンションを借りているという話は聞いた。
「ただ志希さん、放っておくと食事すら碌にしないらしいので、たまに良太郎さんの家へ連れて行って食事を取らせているそうです。それでそのまま泊まることもある、とのことで」
「そ、そういう……」
よくよく考えてみれば、リョータローさんの家ということは社長の家でもあって、二人のお母さんや社長の奥さんの早苗さんも一緒に住んでいるわけだから、別に二人きりというわけでもないか……。
「……ちなみにそれ、まゆは……?」
「………………」
スイッと視線を逸らされた。
……バレる日がこないことを祈ろう……。
・重力魔法
よくよく考えると、これ惑星を対象とした魔法なのでは……?
・「そろそろ敬語使わなくてもいいよ?」
そーいえば原作の凛は美嘉に敬語使ってなかったなーって思って。
・『やたらとクオリティーの高いモノマネ』
凛はまだそれが『モノマネ』レベルなのだと思っています。
・プロジェクトクローネの全体曲
やっぱりあってもいいと思うんだ。
・リョータローさんと志希が一つ屋根の下!?
実は説明してなかったけど、こういう設定。未成年を一人暮らしさせて以上、社長がある程度面倒見るのは当然だと思う。
というわけで始まりましたリップス編です。
果たして作者はあのフリーダムな空気を書ききることが出来るのか……?