アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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周藤家の華麗なる朝の風景(父親と兄は不在)


Lesson205 Kiss my LiPPS 2

 

 

 

「おはよ~」

 

「おはよー、良。顔洗ってきたー?」

 

「洗ったよ母さん」

 

「誰が母さんじゃ」

 

「ママの方が良いと申すか」

 

「言ってないわよ」

 

「リョウくーん! リョウ君のお母さんはこっちだよー!?」

 

「存じております」

 

 朝。キッチンで朝食を作ってくれている早苗ねーちゃんや母さんとそんないつものやり取りをしながらリビングへ。早苗ねーちゃんが兄貴の所に嫁に来てそろそろ一年近く経つので、既にこれも見慣れた光景だ。……童顔低身長で大乳な美人が嫁って、本当に兄貴は勝ち組だよなぁ……。

 

 そういえば、その兄貴の姿が見えない。

 

「兄貴はもう行ったの?」

 

「えぇ。もっと早くにね」

 

「ふーん」

 

 どうやら父さん不在の周藤家における名目上の大黒柱(一番稼いでいるのは勿論俺)である兄貴は、俺が起きてくる前から既に仕事へと向かったらしい。

 

 早苗ねーちゃんの返答を聞きつつ、リビングのテーブルに座りつつ新聞を広げる。いつも先に新聞を読んでいる兄貴がいないので、今日はゆっくり読めそうだ。

 

「美優ちゃんのグラビア撮影があるからそっちに行くって言ってたわ」

 

「何でそれを早く言わないんだ!?」

 

 笹なんか……じゃなくて、新聞なんか読んでる場合じゃねぇ!

 

「俺も行く! ちょっと短めのスカートを履いて裾を抑えつつ恥ずかしそうにしつつも必死に笑顔を作ろうとする美優さんを見に行く! スタジオ何処!?」

 

「アンタは志希ちゃん連れて346プロでしょーが」

 

 何よその具体的な妄想は、と呆れた目の早苗ねーちゃん。

 

 チクショウ……! 事務所の業務成績の七割を担っている稼ぎ頭になんて仕打ちだ……!

 

「というか、その志希もいねぇじゃん」

 

 後ほど事務所の社長に対して遺憾の意を表明すること決意しつつ、昨日からウチに泊まっているはずの気まぐれ猫娘の姿が無いことに気付く。すわ失踪かとも思ったが、自他ともに認める失踪娘な志希も何故かウチに泊まるときはちゃんと大人しくしているのでそれは無いだろう。

 

「あの子のことだから、どうせまだ寝てるんでしょ」

 

「志希ちゃん、よく寝るもんねー」

 

 何度も泊りに来ているので、既に二人とも志希がどういう奴なのかは十分把握している。手間がかかるとため息を吐く早苗ねーちゃんに対し、早苗ねーちゃんに続く二人目の娘が出来たようで嬉しい母さんはニコニコと笑っていた。

 

「しょうがない……ここは俺が起こしに」

 

「おめぇじゃねぇ座ってろ」

 

「ハイ」

 

 決してあわよくばパジャマが肌蹴ている場面に遭遇しないものかと期待したわけではなく、あくまでも朝食を作ってくれている二人の代わりにそれぐらいの仕事をしようという俺の善意は、席を立とうとした瞬間に人差し指で額を抑え込んできた早苗ねーちゃんにより封殺されてしまった。

 

「お義母さん、少しお願いします」

 

「はーい。よろしくねー」

 

 寝坊助娘を起こしに行くだけだというのに、何故か袖を捲ってグルグルと腕を回しながらキッチンを出ていく早苗ねーちゃん。ちなみに志希は母さんと一緒の寝室で寝ている。

 

 

 

 ――みぎゃあああぁぁぁ!?

 

 

 

 やがて聞こえてきた猫の鳴き声のような悲鳴に、あぁこれが噂の暴力系ヒロインか……などとどうでもいいことを考えながら、母さんが淹れてくれたコーヒーを飲みつつ新聞を捲った。

 

 

 

 

 

 

「頭が割れるように痛いよ~……」

 

「よしよし。次からはちゃんと起きましょうねー」

 

 泣きつく志希をあやしながら、それでもしっかりと注意をするところは意外としっかりしている我が家のリトルマミー。性格や言動は少々アレだが、それでもその辺は流石周藤良太郎と周藤幸太郎を生み育てているだけのことはあった。

 

「早苗ちゃんも、あんまりオイタはメッ! だよー」

 

「はい、反省してます」

 

「うん、よろしいー」

 

 嘘つけ絶対反省してないぞ。何かある度にアイアンクローかましてくるんだもんなぁ。どうせだったら腕ひしぎとかだったらまだ腕に胸が当たって大変素晴らしいことになるから大歓迎する手首が捻り挙げられるような痛みがあああぁぁぁ!?

 

「まーた碌でもないこと考えてるわね」

 

「母さんホラ! この人反省してない!」

 

「はい志希ちゃん、あーん」

 

「あーん」

 

 甘やかしモードに入った母さんの耳に、俺の悲痛な訴えは届かなかった。

 

 

 

「捻じられすぎて、危うく手首がボールジョイントのような可動範囲を得てしまうところだった……」

 

 手のひらを返すのに役立つかもしれないが、流石に体の造りは人間のままでいたい。

 

「はぁ、やっぱりコウ君とリョウ君も可愛かったけど、女の子もいいなー……ねぇ、早苗ちゃん?」

 

「……えっと、その……はい」

 

「もし気まずいなら、外に泊まってきてもいいよー?」

 

「………………」

 

 こんなミニマムサイズで少女にしか見えないような容姿の母親ではあるが、この手の話題は意外と容赦ない。その辺りはしっかりと年相応である。

 

 そして朝っぱらから振られてしまったアレな話題に早苗ねーちゃんは完全に沈黙した。これが俺から振られた話題だったら、先ほど同様暴力的に沈黙させるのだろうが、流石に母さんに同じことは出来ないらしい。

 

「よし志希。食い終わったな? そろそろ出るぞー」

 

「ちょっ!? 良?!」

 

「はーい」

 

「志希ちゃん!? アンタ普段はそんなに聞き分け良くないでしょ!?」

 

 言外に「助けなさい!」と言われているような気がしたが、気付かなかったことにする。それに母さんが孫を楽しみにしているように、俺も地味に甥っ子姪っ子を楽しみにしているところもあったりするのだ。

 

 そもそも結局兄貴と早苗ねーちゃんは式も簡単に済ませてしまっているため、盛大に挙げる式を楽しみにしていた母さんは少々不満に感じていたらしいのである。ならばせめて早めに孫の顔を見せてあげるぐらいのことをしてあげてもいいのではないか……ということにしておこう、うん。実際はどうか知らないケドネ!

 

 頑張れ早苗ねーちゃん! 今日は非番だから仕事に逃げることも出来ないゾ!

 

「早苗ちゃーん!」

 

(お、覚えてなさいよ~……!)

 

 

 

 

 

 

「はい到着ー」

 

「到着~」

 

 先日の凛ちゃんのときと同じように来客用駐車場に車を停め、到着早々フラフラ~っと何処かへ行こうとした志希の首根っこを掴み、そのまま正面玄関まで引きずっていく。

 

「あ、良太郎さん、おはようございます。志希もおはよー」

 

「おはよう、周藤先輩、志希」

 

「ん、おはよー」

 

「おっはよ~」

 

 その途中、美嘉ちゃんと速水の二人と遭遇した。普段は学校帰り故に制服だったことが多い二人だが、休日の今日は私服姿であり、特にほとんど学校での姿しか見たことが無かった速水の私服はとても新鮮だった。

 

「一緒に来たの? 同じユニット同士、早速仲が良くていいことだ」

 

「たまたま駅で一緒になっただけよ」

 

「それを言うんなら、良太郎さんと志希だって一緒に来てるじゃないですか」

 

「昨日からウチに泊まってたから、そのついでに連れてきただけだって。そもそもこいつは俺にとって天敵に近いから」

 

「えー? シキちゃん、何か嫌われるようなことした~?」

 

「以前、飯に痺れ薬を混入させたことを俺はまだ許してないぞ」

 

「でも割と普通に動いてたじゃん。その隙にサンプル取ろうと思ったのに、おかげで失敗しちゃったよ」

 

「高町家の山籠もり中に、何回か間違えて有害なキノコを口にしちまったことがあるからな……アレぐらいならマシ」

 

「ちょっと待って」

 

「色々とツッコミどころがあるから、整理させてちょうだい」

 

 大体お前は……と続けようとしたら、美嘉ちゃんと速水の二人からストップがかかった。何故か二人とも『頭痛が痛い』といった様子でこめかみに人差し指を当てていた。

 

「……どうする? どこをツッコむ? 痺れ薬の辺り?」

 

「キノコの辺りも気になるところだけど……やっぱり一番最初じゃないかしら」

 

 どさくさに紛れて何処かに消えようとする志希の首根っこを掴んだまま、二人のヒソヒソ話が終わるのを待つ。

 

「えっと……志希は昨晩、良太郎さんの家に泊まったんですか……!?」

 

「え? あ、うん」

 

「そそそ、それは一体どういう意味なんですか……!?」

 

「その辺のくだり、昨日も恵美ちゃんがやったんだけど、もう一回やるの?」

 

「本当にどういう意味なんですか!?」

 

 とりあえず簡潔に、周藤良太郎の家というよりも()()()()()()()()として何度も泊りに来ていることを説明する。

 

「あー……確かに志希ちゃん、私生活は無頓着そうなイメージ」

 

「一度様子見にコイツの部屋に行ったら、そりゃもう酷かったよ。着換えとか本とかよく分からない薬とかその辺に散らかりっぱなし。虫沸いても知らないぞ」

 

「ちゃんと特殊配合した殺虫剤撒いてるから平気だもーん」

 

「またツッコむべき場所が増えてしまった……」

 

「この人、しれっと一人暮らししてる女の子の部屋に入ってるわね……」

 

 あくまでも事務所の人間として行動しているだけなのに、どうして説明すればするほど二人から怪しいものを見る目で見られるのだろうか。

 

「つまり! リョーくんとシキちゃんは『朝チュン』したってことだね!」

 

「あ、フレちゃんおっすおっす」

 

「リョーくんおーっす!」

 

 突然現れたフレちゃんと「イエーイ!」とハイタッチを交わす。

 

「ところでフレちゃん、『朝チュン』ってなーに?」

 

「んっとねー、確か『朝起きたら雀がチュンチュン鳴いている様子がいとおかし』っていう古語! 古事記にもそう書かれている!」

 

「成程。『朝チュンや 遅刻確定 いとワロス』は朝の爽やかな雰囲気に反して学生の切羽詰まった緊張感や全てを諦めた喪失感を上手く表現した句として有名だからね」

 

「下の句はー?」

 

「『代返依頼 出来る友なし』」

 

「ワーオ! 更に友達のいない物悲しさも表しているんだね!」

 

「「イエーイ!」」

 

 再びハイタッチ。

 

 

 

「奏、良太郎さんの後輩なんでしょ!? あのカオスな空間止めてきてよ!?」

 

「無茶言わないで。同じ事務所の志希に頼めばいいじゃない」

 

「ん~アッチからいい匂いが~」

 

「「行くなっ!」」

 

 

 

「……離れて様子見してたおかげで巻き込まれずに済んだ……くわばらくわばら。賢いしゅーこちゃんは遠回りしまーす」

 

 

 




・美優ちゃんのグラビア撮影
※なお本編中にアイドル姿の美優さんが登場するのはだいぶ先の模様
というか、新しく123の事務員考えないと……(まだ考えてない)

・笹なんか……じゃなくて、新聞なんか読んでる場合じゃねぇ!
笹食ってる場合じゃねぇ!

・早苗ねーちゃんに続く二人目の娘が出来たようで嬉しい母さん
文字通り猫可愛がりしている模様。

・ボールジョイント
最近ガンプラとか作ってないなぁ……。

・痺れ薬
・有害なキノコ
よいこもわるいこもマネしないでね!
※良太郎は特別な訓練を受けています。

・朝チュン
さくばんは おたのしみ でしたね!

・古事記にもそう書かれている!
他にも『アイサツは欠かせない』とも書かれている。

・「賢いしゅーこちゃんは遠回りしまーす」
なお最終的な目的地は同じなので無意味な模様。



 フレちゃんが現れた途端、フリーダムなことになった。

 これ、あと二話も続くのか……。

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