「えっ……来ないでってこと……?」
「あ、いや、その……そういう言い方じゃなかったけど……」
翌日の事務所。トライアドプリムスとしてのレッスンの休憩中、私の後に卯月に電話したらしい未央に話を聞いた。
「軽くそんな雰囲気だったっていうか……『わぁ! 来てくれるんですか!? 私も会いたかったんです!』……とか、しまむーだったら言いそうじゃん?」
「……うん」
「……ど、どーしたのさしぶりん! ほら、いつもだったらここで『なんか無駄に似てるのが腹立つ』とか、そんな感じで……」
「………………」
「……ごめん」
「ううん……こっちこそ、ごめん……」
陰鬱な空気に、思わず閉口する。いつもの未央との会話とは思えないぐらい長い沈黙が流れる。
「……で、でもさ、これなら!」
そう言って顔を上げた未央が取り出したのは、一枚の広告。それはつい先ほどプロデューサーから手渡されたもので……私たちニュージェネレーションズのライブの告知だった。クリスマスイヴという重要な日でのライブ。きっと、用意してくれたプロデューサーも大変だったんじゃないかと思う。
「久しぶりに、ニュージェネの三人でステージに立てるんだよ……きっと、しまむーも喜んでくれるよ!」
「……うん、そうだね」
あの日、私たち三人が別々の道でパワーアップしようと誓ったあの日から立てていなかったステージに、また立つことが出来る。そう考えるだけで、私も嬉しかった。
「久々のニュージェネだよ! 気合い入れてかないとね、しぶりん!」
「そっちこそ頑張ってよ、リーダー」
「……う、うん!」
「待って、今の間は何?」
「……歌い出しって『小さく前ならえ』でよかったよね……?」
「ちょっと!?」
「冗談だってば~!」
「もう……」
ニヘラっと笑う未央に、思わず苦笑してしまう。今度こそ、先ほどの重苦しい空気を変えることに成功したようだ。
……これで全てが解決するわけじゃないけど……それでも、これをきっかけにまた始めることが出来る。
このときは、そう思っていた。
「……え、しまむー、ノリ気じゃないって……?」
「……はい」
「そんな……」
その翌日。プロデューサーから告げられた言葉に、私たちは愕然とした。
私たち三人で立つ久しぶりのステージを一番喜んでくれるのは、卯月だと思っていた。でも、その卯月がそのステージに上ることを肯定しなかった。
「……プロデューサー、なんで養成所なの? 卯月はどうしちゃったの?」
「……私も、ハッキリとは分かりません」
私の問いかけに、プロデューサーは首を横に振った。
「ですが……『そこでやることがある』と、島村さんはおっしゃっていました」
「やること……?」
それは……私たちニュージェネとしての活動以上に、やらなくちゃいけないことなんだろうか。
「個別の活動は、皆さんにとって必要なことだったと思っています。養成所の件も、島村さんが前に進むために必要ならばと了承しましたが……このままではよくないのではと、今は思っています」
「……卯月……」
「……はぁ」
「……凛」
「っ」
トライアドのレッスンの休憩中、ベンチに座って卯月からのメッセージがないことに嘆息していると、声をかけられて慌てて立ち上がる。
「加蓮、奈緒……」
「卯月ちゃんのこと、心配なんだよね?」
「何日も仕事休んでるんだろ?」
「……さっきは、ごめん」
三人でボーカルレッスンの最中、思わず卯月のことを考えてしまい、歌詞が頭から飛んでトレーナーさんから怒られてしまった。確かに卯月のことは心配だが、だからといってトライアドとしての活動を蔑ろにしていいわけにはならない。
「様子、見に行かなくていいの?」
「……うん、そうだよね」
このままメッセージが来るのを待っているだけじゃ、きっと時間がかかりすぎる。それこそクリスマスイブのライブなんて、絶対に間に合わない。
直接会って、話をしよう。あのときと、同じように。
「それじゃあ、レッスンが終わってから……」
「今すぐ行きなって」
「……え」
「歌詞を忘れるぐらい気になってるんでしょ?」
「ニュージェネは、あたしたちにとっても大事な存在だからさ」
「加蓮……奈緒……」
「トレーナーには、あたしたちが上手く言っておく!」
「……ありがとう」
二人の気遣いが本当に嬉しくて、頭を下げる。
「……頑張って、凛」
「……うん!」
加蓮と奈緒の後押しがあり、卯月と直接話そうと決めた。未央にも連絡を取り、一緒に卯月の養成所まで彼女と話をしに行こうと思ったのだが……生憎、私たちは養成所の場所を知らなかった。だから資料室で作業をしていたプロデューサーに教えてもらおうとしたのだが……。
「……島村さんの件に関しては……私に、任せてはもらえないでしょうか」
「え……!」
プロデューサーは、私たちの頼みに対して首を縦に振ってくれなかった。
「お二人は、現在の活動に集中してください。島村さんは、私が……」
「もうそういうこと言ってる場合じゃないでしょ!?」
思わずバンッと強くプロデューサーの机を叩いてしまった。
「しぶりん、落ち着いて」
「だって未央……!」
「ねぇ、プロデューサー。あのときさ、私がここから飛び出して行っちゃったとき……追いかけてきてくれたプロデューサー、私の話を聞いてくれたよね?」
私の肩に優しく手を置いた未央。プロデューサーに話しかけるその口調は、普段の未央のものとは思えないぐらい優しいそれだった。
「はい……」
「そのときも話したけど……私、この三人が大好きなんだ。きっかけは、プロデューサーが選んだからだけど……今の私にはこの三人のユニットが一番大切。だからあのとき、私は話したいって思った。これからもずっとこの三人でいるために、少しでも長くこの三人でいるために」
「……はい」
「ねぇ、プロデューサー。今回もまた同じ。しまむーを連れてくるとか、理由を聞き出したいとか、そーゆーのじゃなくて……私たちは、しまむーと話したいんだ」
「………………」
未央の言葉に、プロデューサーは目を瞑った。
「……今、地図をプリントアウトします」
「っ! プロデューサー!」
「じゃあ……!」
「……お二人にお任せしてしまうことが、大変心苦しいですが……きっと島村さんも、お二人にならば全てを話してくれるかもしれません」
プリントアウトした地図を私たちに差し出しながら、プロデューサーは深々と頭を下げた。
「……よろしくお願いします」
「……任せて」
「プロデューサーは、私たち三人に最高のステージを用意しておいてよね!」
こうして無事に養成所の場所を教えてもらった私たちは、そのままの足で卯月の元へと向かっていった。
「……ここ、だね」
「うん」
プロデューサーに貰った地図を見ながらやって来た場所は、とあるビル。ここに卯月がデビュー前までお世話になっていて……そして今現在も通っている養成所が入っているらしい。
一階の事務所で事情を説明して許可を貰い、レッスン室がある階へと昇っていく。
ドアを開け、中を覗くと……そこには、いつものジャージを着た卯月がいた。鏡に向かって、何度もステップを繰り返していた。
「……あ、おはようございま……っ!?」
誰かが入って来たことに気付き振り返った卯月は、それが私たちだということに気付いて目を見開いた。
「り、凛ちゃん……未央ちゃん……」
「………………」
「……や、しまむー」
「ビックリしちゃいました……二人とも、もうお仕事は終わったんですか?」
「う、うん……」
「卯月、クリスマスライブに出たくないって言ったの、ホント?」
「っ、しぶりん……!」
未央に袖を引かれたが、聞きたいことを直球に聞く。そのためにここに来たんだから。
タオルで汗を拭いていた卯月が動きを止める。
「出たくないなんて……その、今はまだ自信がなくて……だから、またしっかりとレッスンして、自分に自信をつけたら、そのときはまた……」
「……本当に、それだけなの? もしかして、私がトライアドとして活動を始めたから……とか?」
「……それなら、真っ先に舞台の仕事を始めちゃった私の責任……でもあるよね」
「ち、違います! そんなんじゃないです! 凛ちゃんも未央ちゃんも、凄い頑張ってるって、私凄いって思ってるんです! 部署の他の子たちも……それだけじゃなくて、プロジェクトクローネの皆さんも、本当にキラキラ輝いてて……眩しいぐらい、カッコよくて可愛いアイドルで……」
そう言いつつ、徐々に声は小さくなり、俯いていく卯月。夕暮れで薄暗くなった室内でよく見えないけど……とても悲しそうな顔をしているような気がした。
「私も、みんなに追いつけるように、負けないように、頑張って……」
「それじゃあ、やっぱりライブやろうよ! 元々三人別々の活動を始めたのだって、新しいことをやってパワーアップするためだったんだからさ! 今こそ、誰にも負けない最強無敵な私たちを見せつけて、そのままシンデレラの舞踏会まで一気に……!」
「……舞踏会」
意図的に明るく、いつもの調子で卯月に提案した未央だったが……卯月の顔色が変わった。……良い方にではなく、悪い方に。
「そう、ですよね……もうすぐなんですよね……なのに私、こんな風で……レッスン見てもらってたのに、何も変われてないや……」
――もしかして、アイドルになるの……ちょっと早かったのかなぁ……。
「ちょ、何を言って……!?」
「そうですよ、きっと早かったんです。私にはまだ、お城の舞踏会なんて……!」
「し、しまむー、ちょっと……!」
「そう考えれば、納得できます! 私はまだアイドルになるのが早すぎたから、みんなみたいにキラキラ出来ないんですよ。天ヶ瀬さんもきっとそのことを言ってたんですね……私、分かりました」
「待って……ねぇ、待ってって!」
「私、頑張りますね! みんなからは少し遅れちゃうけど……また
「いい加減にしてよっ!」
それ以上、卯月の口からそんな言葉を聞きたくなかった。
「り、凛ちゃん……?」
戸惑う卯月に近づき、その腕を掴む。
「来て」
私は、卯月の本当の言葉が聞きたい。ただその一心で。
でも、私は気づいていなかった。
たった今、自分が開こうとしているのは卯月の心の扉ではなく――。
――
・「……私も、ハッキリとは分かりません」
・「ですが……『そこでやることがある』と、島村さんはおっしゃっていました」
原作からの乖離1
三人別々の活動をすること自体は全員納得していた。
だから卯月のきっかけが少しだけ変化。
・「私に、任せてはもらえないでしょうか」
原作からの乖離2
『アイドル辞める騒動』の件がないため「以前のときとは~」とはならない。
・「私たちは、しまむーと話したいんだ」
原作からの乖離3
クローネ騒動のときに、未央がしっかりとプロデューサーと話をしている。
経験してきたことが違うので、考え方も少しだけ変わっている。
最善の選択が、最良の結果になるとは限らない。