「冬馬くーん、お疲れちゃーん!」
「うっす、お疲れ様です」
トーク番組の収録を終え、スタジオを後にする。これで今日の仕事は終わり、残りの予定は事務所に戻って北斗や翔太と合流して打ち合わせだ。
珍しく誰ともスレ違わずに自分の楽屋に戻ってくると、ドサリと鏡の前の椅子に座り込む。
「はぁ……」
思わずため息が出るのは最近の収録続きからくる疲れではなく、ましてや先ほど司会の大御所芸人から『好きな女子のタイプ』について散々弄られたせいでもなかった。
(島村の奴……本当に休んでるだろぉな……?)
その話題のせいで、何故か、何故か、何故か頭に思い浮かんだ島村のことである。しばらくレッスンを休めと言ってまだ四日しか経っていないが、それが心配というか懸念事項だった。
短い期間でもすぐに分かるぐらい、アイツは
ただ……。
(……なんなんだろうな)
この言いようのない不安というか……何かを見落としているという感覚。最後のレッスンを終え、別れ際に島村が見せた笑顔が……なんかこう、言葉に出来ない違和感があったような、なかったような……。
ガリガリと首筋を掻く。一体、俺は何をそこまで気にしてるんだか。
「……帰るか」
着替えと変装を済ませた俺はテレビ局を出た。運転免許を持っていない俺は良太郎のように自分の車で移動ということが出来ないので、タクシーを利用する。
俺も高校卒業と同時に免許を取るという選択肢もあったのだが、俺はその期間を高町家での修行に当ててしまった。その甲斐あり短期間で良太郎に近い体力を手に入れることが出来たわけなのだが……。確かに少しだけ不便を感じているので、また少し落ち着いたら考えることにしよう。
「……ん」
後部座席でなんとなく流れる街並みを眺めていると、ちょうどそこは養成所の近くだった。ほんの三日前にも来ていた上にそれまでも頻繁に訪れていたので、勿論懐かしいなどという感情は湧かない。特に意識することもなくそのまま通り過ぎる。
――その養成所に入っていく島村の後姿を見付けなければ、の話であるが。
「……すんません、停めてもらっていいっすか。ここまででいいです」
最初に告げた目的地までまだ距離はあったが、運転手はすぐに車を路肩へ停めてくれた。事務所から貰っているタクシーチケットで支払いをし、車を降りてやや通り過ぎた養成所へと足を向ける。
(ったく……)
休めと指示した矢先のこれには怒りよりも呆れが大きかった。そしてそれ以上に疑問だった。先ほども言ったが、島村は基本的に言われたことは守るタイプだ。それなのに、たった四日でそれを破るとは一体どういう了見だ。
……いや、もしかしたら何か忘れ物をしただけなのかもしれない。それならそれで、俺の取り越し苦労というだけだ。軽いストレッチぐらいでも、まぁ見逃そう。結局、この目で確認してみないことには分からない。
いつものように階段を昇り、養成所のレッスンスタジオの前に辿り着いた。
ドアの前に立っても、中からレッスンしているような音は聞こえてこない。となると、やっぱりただの忘れ物か、もしくはただのストレッチか……何にせよ、どうやら俺の心配するようなことではなさそうだった。
そのまま踵を返して階段を下りようとして――。
「……ぐすっ」
――そんなすすり泣くような声が耳に入ってきた。
「………………」
思わず自分の耳の良さに頭を抱えてしまうぐらい、はっきりと聞こえてしまった。
一瞬、このまま聞かなかったことにして立ち去ることを考えてしまう。しかしこのまま立ち去ってしまっては寝覚めが悪い。というか気になって仕方がない。気にならないのであれば、最初からここに立ち寄っていない。
「………………」
意を決して、俺はスタジオのドアを開けた。
「……え」
スタジオ内に入ると、四日前と同じように床に座り込んだ島村と、鏡越しに目が合った。こうして俺が来ることを全く予想していなかったであろう呆けた顔で……涙を流す両目は赤くなっていた。
「あ、天ヶ瀬さん……!? どうして……っ!? ち、違うんです!」
慌てて立ち上がった島村は「これは、その……」と袖で涙を拭う。
一体何が違うのか。思わずため息を吐こうとしてしまい、今ここでそれをするのは島村に対する余計なプレッシャーになると考えてグッと堪える。
「………………」
情けない話、俺は泣いている女性をどのように扱えばいいのかが分からない。北斗のようなスマートさはないし、良太郎や翔太のようなフレンドリーさもない。下手なことを口にすると、逆効果になるであろうことは火を見るよりも明らかだった。
悩んだ末。
「……腹減った」
「……え?」
「上着持ってついてこい」
「外で待ってる」と言い残し、島村の返事を聞かずにスタジオから出た。
……本当にこれでよかったのか、正直自信はない。
「ん」
「……えっと……あ、ありがとうございます」
近くの公園でやっていた屋台のたい焼きを数個買い、ベンチに座らせていた島村に紙袋の中から一つ取り出して手渡し、そして島村の隣に一つ分空けて座る。腹が減っていたのは本当なので、自分も一つ取り出して頭から齧り付く。
さて、なんと話を切り出すべきかと食べながら考える。しかしどう悩んだところでそれを思いつくことはなった。
チラリと横目で島村を見る。たい焼きに手を付けることなく、視線を手元に落としたまま動かなかった。
「………………」
内心でため息を吐く。このままでは、ただ無言でたい焼きを食べるだけで終わってしまう。
「……休めって言っただろ」
意を決して尋ねる。極力優しい口調のつもりだったが、島村は分かりやすくビクリと身体を震わせた。
「何か理由があるんなら、何でもいい……」
口から出そうになった『話せ』という言葉を寸でのところで飲み込む。
「……話してくれないか」
「………………」
返事はなかった。このまま少し待つ。
しかし公園に設置された時計の長針が五分ほど進んでも、島村は話そうとしなかった。
やっぱり駄目だったか……と内心で諦めたそのときだった。
「……昨日、凛ちゃんと未央ちゃんが、来てくれたんです」
重い沈黙を破り、ようやく島村が口を開いてくれた。
「………………」
「………………」
何度も言葉を選んで詰り、たまに鼻を啜ったりと途中に何度も中断があり、島村が全てを話し終えるころには既に夕方になってしまっていた。
あいつらとの打ち合わせの時間はとうの昔に過ぎていたが、あらかじめ今日は参加出来ないという旨のメッセージを入れてある。ありがたいことに、何の事情も説明しなかったにも関わらず「何かあったのかな? 了解」とそれ以上何も追及してこなかった。
それにしても……。
「……はぁ」
さっきからずっと我慢していたため息が、ついに口から漏れ出てしまった。
自分の取り柄が笑顔だけだと思い込み、その笑顔をトップアイドル『周藤良太郎』が必要としていないから、『アイドルに笑顔は必要でない』という答えに辿り着き、最終的に『自分には何もない』という結論に至った、と……。
「……まぁ、そうだな。徹頭徹尾無表情鉄仮面の良太郎がトップアイドルなんだから、必要不可欠っていうわけじゃねぇんだろうな」
それ自体は間違っていない。
「でもな、必要じゃないからって
普段は仏頂面をしている自覚のある俺ですらステージの上では笑う。ただ別に愛想を振りまいているつもりじゃない。
――大事なのは『笑顔』じゃない。
――自然と笑顔になれる『心の余裕』だよ。
……悔しいが、アイツの言う通りだ。勿論、全部のステージで全員が笑うわけじゃないが、少なくとも俺は『楽しいから』笑っている。
「そもそも、オメェは前提条件が間違ってんだよ」
アイツは……周藤良太郎は『笑顔』が必要なかったわけじゃない。笑顔が、表情がないからこそ、アイツはそれ以外での感情表現を身に付けた。人一倍、喜怒哀楽がハッキリ分かるように力を入れた。
周藤良太郎は努力の塊だ。その上、才能までありやがる憎たらしいほどの『天才』だ。
その良太郎でさえ持っていないものが『笑顔』なんだ。
「だから笑うだけで、もう
よく漫画などで目にする王道の展開として『自分の勝てる分野で戦う』というものがある。悔しいが、歌やダンスなどでは、まだまだ到底良太郎の域には届かない。それでも『笑顔』ならば、手が届く。
――『笑顔』は、周藤良太郎という遥かな高みに至るための可能性だ。
「……俺はそう思ってる」
とはいえ、それだけで『周藤良太郎』を越えることが出来たら苦労はしない。たったそれだけで超えることが出来るのであれば、最初からアイツはそこにいない。
そして俺もそこでアイツに勝つつもりはない。俺は俺の実力で、アイツを越えてみせる。
「だからもしかすると……お前のプロデューサーも、案外そういう意味で『笑顔』って言ってたのかもしれねぇな」
こいつらのプロジェクトがコンセプトとして掲げた『Power of Smile』。笑顔の力。
島村の魅力を『笑顔』と答えたそのプロデューサーは……こいつの中に
「………………」
(……はぁ)
無言で俯く島村を見て、また内心でため息を吐く。
正直「一体なにトンチンカンなことを抜かしてんだこのバカ!」と何度叫びそうになったことか。けれど流石にこれ以上は本気で泣かせてしまうと流石に自重した結果、なんとも俺らしくない説教になってしまった。こういうのは、どちらかというと良太郎の役目のはずだ。
でもまぁ、これ以上俺がコイツに言うべきことはない。
あとはコイツが自分で進むべきか、立ち止まるべきかを決めて……。
「……でも」
「あん?」
ようやく島村が発したその言葉は、どうにも納得していない様子だった。これでもまだ何かグダグダ言うようであれば、流石にそろそろ……。
「でも……!」
「っ」
しかし、顔を上げた島村は――。
「
――そう言って、涙を流していた。
・運転免許
アイドルってどのタイミングで運転免許取りに行くんだろうか……?
・周藤良太郎という遥かな高みに至るための可能性
『歌姫』が一つの分野で良太郎を越えたように。笑顔もまた、良太郎を越えるための立派な一つである。
・「貴方は……何も、言ってくれなかったじゃないですか……!」
誰もが見落としていた、最後のキーワード。
武内Pが掲げた『笑顔』というコンセプトは、いい意味で良太郎に喧嘩を売るためのもの。あぁ見えて、良太郎を越える野心満々だったのである。
次回、ニュージェネ編完結。