さて、開演にはまだ時間があるが入場は出来るようになったからさっさと入ることにしよう。
「下手にギリギリに入るとマラソンの危険性があるからな。余裕を持って入るのも観客側の嗜みだ」
「会場運営も346なんだからそれはねーだろ」
ぞろぞろと五人(全員認識阻害眼鏡装着済み)で会場内に入っていく。
「座席指定なし、ですか」
「それどころか、ステージが何ヶ所かに分かれてるみたいですねぇ」
入口で渡されたパンフレットと会場内に貼られた案内図を確認する志保ちゃんとまゆちゃん。
今回の『シンデレラの舞踏会』は少々変わった形式で、メイン会場とサブ会場に分かれてそれぞれにステージがあり、さらにメイン会場にはメインステージと二つのサブステージに分かれているらしい。そしてその各会場で別々のタイムテーブルが組まれているらしいので、観客は目当てのアイドルが登場する会場へと足を運ばなければならない。所謂『野外フェス』とよく似ていた。
「えっと、シンデレラプロジェクトは……十八時頃からメインステージみたいですね」
「それまでは、色んなステージにバラけて出るみてーだな」
恵美ちゃんと冬馬がパンフレットで大まかなスケジュールを確認する。勿論アイドルのイベントなので歌のステージは多いんだけど……ファンとの交流イベントがメインといった印象だった。確かに、これは美城さんの考えるアイドルとは方向性が全然違うな。
でもこれはこれで新鮮だと俺は思う。色んなタイプのアイドルが所属する事務所だから出来るイベントで、基本的に一人でライブをする俺には逆立ちしても真似できそうにない。……123でライブってことになればワンチャンいけるか? いや、それでも人数的な規模がなぁ。
「えっと……流石に早く会場入りするのも身バレの可能性が上がるだけですから、会場の隅でじっとしてた方がいいですかね?」
「この眼鏡があるからその危険性はないと思うけどなぁ」
「でも認識阻害の効果時間を節約する意味でも、あまり人前に居続けるのもよくないんじゃないですかね」
「あ、これ効果時間あるんですね……」
「込められた不思議パワーも有限だからね」
「不思議パワー……」
胡散臭そうこちらを見る志保ちゃん。いやホントに使い続ける内に効果が薄くなるんだって。俺は自前の認識阻害があるけど、冬馬たちは使い続けたら次第にバレることが増えたらしいし。
「だから冬馬たちの眼鏡も一度回収して、不思議パワーかけ直してきてもらったから心配しないで」
「いえ、別に心配してないわけじゃないんですけど……もういいです」
何故か『頭痛が痛い』といった様子で首を振る志保ちゃん。ライブ直前だというのに、期待と興奮で疲れちゃったのかな?
「ともあれ、じっとしてるならそれでもいいよ。俺はちょっと用事があるから離れるけど」
「え、良太郎さん、まゆを置いて行っちゃうんですか……」
「そんな悲痛そうな目で俺を見ないでくれ……!」
目の端に涙を浮かべて本当に悲しそうな表情をするまゆちゃん。いくらなんでもこれは演技だと分かっていても決断が揺らぎそうになるぐらい可愛かった。
(((……演技……?)))
ところで三人はどうしてそんなに微妙な顔をしているのだろうか。
「ちなみに、どんな用事なのかは聞いてもいいですか?」
「ん、大したことないよ。ちょっと人に会ってくるだけだから」
ポケットから
「あ、もしかしてそれが『周藤良太郎専用関係者立ち入り許可証』ってやつですか?」
「そうそう。これがあれば346プロが関係するところなら何処でも入れるからね。こういうライブ会場の裏側も関係無し」
「ヤバい奴にヤバいもの持たせるとか、ホントここの常務はいい根性してるよな」
「失敬な」
いや、これに関しては俺マジで自重したよ? 一体何度346プロのアイドルが水着グラビアを撮影しているというスタジオに吶喊しようとして思い留まったことか……。
「って話が逸れた。今回はこれで人に会ってお話ししてくるだけだ。出演直前のアイドルにちょっかいをかけるつもりはないから、安心してくれ」
「「………………」」
冬馬と志保ちゃんの信じていない目が痛いが、今回ばかりは本当だ。
――なにせ、これが
「さてと……」
四人と別れ、許可証を見せることで関係者通路へ侵入を果たした。とりあえず居場所が分からないから、誰か適当なスタッフに聞いて――。
「あら、良太郎君」
「ちひろさん」
――と思った矢先、正面から歩いてきたちひろさんに出くわした。
兄貴たちから何やら散々「注意しろ!」と警告されていた彼女。346に顔を出すようになりちょくちょく話をする機会があったのだが……俺の中でのちひろさんは、会うたびに笑顔で丁寧に挨拶をしてくれる上に「お疲れ様です」と特製ドリンクをご馳走してくれる美人なお姉さんだ。本当になんで兄貴たちがあんなに怯えていたのかが分からない。
「こんにちは。今日は凛ちゃんたちの応援ですか?」
「はいどうぞ」といつもの流れで渡された特製ドリンクの小瓶を受け取りながら「そうです」と首肯する。
「何しろ凛ちゃんたちシンデレラプロジェクトの集大成ですからね。彼女たちをずっと見守って来た身としては、見届けてあげたいんです」
「ふふっ、きっとみんな喜びますよ。……それで、今からみんなのところへ?」
「あ、いえ、そうじゃなくて……ちょっと美城さんに用事がありまして」
「常務に、ですか……?」
コテンと首を傾げるちひろさん。その仕草のせいで、身長や童顔も相まって俺よりも年下に見えてしまう。
「あ、もしかして志希ちゃんのことで? ……っと、ごめんなさい。私が深入りするようなことじゃありませんよね、きっと」
「別にそこまで深刻なことでもないんですけど……まぁ、そんなところです。それで、もし時間があるようであれば美城さんのところに案内していただけるとありがたいんですけど……忙しいですよね?」
「いえ、それぐらいの余裕ならあるので大丈夫ですよ」
本番直前のスタッフが忙しくないはずがないのだが、ちひろさんはニッコリと笑いながら快諾してくれた。
「こちらです。常務は今回も貴賓室にてライブの様子をご覧になられるそうです」
「秋フェスのときと同じですね」
他のスタッフがいるところだと少し話しづらいことを話すつもりだったので、それならそれで都合が良かった。
というわけで美人のお姉さんの案内の元、貴賓室へと向かう。今回はアイドルのみんなの激励に行くつもりはなかったので、彼女たちに見つからないうちに素早く――。
「あー! リョータローくんだー!」
――どうやら今回のミッションは開始と同時に失敗してしまったようだ。我ながら早すぎる! ……そもそも俺のアイドルエンカウント率の高さを考えれば目に見えていた結果のような気もする。
さて、苦笑するちひろさんに見守られながら振り返ると、通路の向こう側からTシャツにジャージの下だけというラフな格好の唯ちゃんがこちらに向かって駆け寄ってきていた。
「もしかして、本番前のゆいたちの応援に来てくれたのー!?」
そして俺の目の前で立ち止まると「ねーねー!」とチョロチョロと周りをグルグルと回りだす唯ちゃん。走って来たスピードを乗せてそのままとびかかってこないのが、見た目のよく似た美希ちゃんとの違いである。彼女だったら「ドーンッ!」と勢いよく抱き着こうとして、その直前にりっちゃんが襟元を掴むことで阻止して首が絞まるまでが一連の流れだ。
「いやぁ、実はこっそりと様子を覗くだけだったんだけどね」
「えへへーゆいが見つけちゃったんだねー! それじゃあホラ行こっ! みんな喜んでくれるよー!」
唯ちゃんは俺の腕を掴むとグイグイと引っ張ってくる。
普段だったらそのまま流されてみんなのところへ行くところなのだが……。
「本当にごめん、唯ちゃん。他に用事があるから、みんなのところへは行けないんだ」
「えー!?」
やんわりと唯ちゃんの腕を離しながら断ると、唯ちゃんは露骨に残念そうな声を出した。それはもうさながらかまってもらえない子犬の如く上目遣いで「来ないのー?」と言われた上に、俺の視点からはTシャツの襟元から大乳の谷間まで覗く始末。これはもう二つ返事で了承した上で今すぐ激励のためのデリバリーを手当たり次第に呼びまくるレベルの誘惑だった。
「……ほんっとうにゴメン……!」
しかし、だがしかし、俺は断腸の思いでこれを断る。
「……そーだよね、リョータローくんも忙しいんだもんね」
寂しそうな唯ちゃんの笑みに、断腸というか内臓がズタボロになる思いだった。
「……その代わりなんだけど、みんなに伝言をお願いしてもいいかな」
「伝言?」
「そう……一言だけ、激励の言葉をね」
今回は本当に彼女たちへ何も言うつもりはなかったのだが……きっとこれが
「えっと――」
「――だって」
舞台裏の広いスペースに、今回出演するアイドルたち全員が集まっていた。私たちシンデレラプロジェクトは勿論、プロジェクトクローネやその他別部署のアイドルたちも、とにかく全員だった。
既にステージ衣装にも着替え、そこで最後の打ち合わせというか各々気合いを入れたり最後の復習をしたいりしていたのだが……関係者通路でばったり良太郎さんに会ったという唯が、良太郎さんからのメッセージを聞いてきたらしい。
「……えーっと」
しかし、その唯から発せられたメッセージの意味がよく分からず、全員が首を傾げていた。
「英語、よね……?」
「唯ちゃん、それ本当に発音あってる?」
「あってるよー! 信用しろー!」
奏が首を傾げ、美嘉が疑いを向けると唯は両手を上げて抗議した。
「美波、アーニャ、今の分かる?」
「えっと、多分、このことなんだろうなっていうのは分かるんだけど……」
「ダー。でも、よく意味が、分かりません」
シンデレラプロジェクトで英語が得意そうな二人に尋ねてみると、二人ともリスニングは問題なく出来たようだが、どうにもその意味を捉えかねている様子だった。
「良太郎さんのことだから、意味間違えて使ったとか?」
「いや、確か英語は得意って言ってたからそれはないと思うにゃ」
「アニメか何かのセリフの引用かもよ?」
みんながあーだこーだと意見を出し合うが、もっともらしい答えには辿り着かなかった。
「ちなみに、直訳するとどういう意味なの?」
「直訳というか……これって、決まった言い回しみたいなものなの」
「言い回し?」
「うん。これはね――」
と、美波からその言葉の意味を聞こうとしたのだが。
「あと『これが本当に最後だから……!』って言って、写真もくれた。えっと昔の凛ちゃんと高校での奏ちゃんの秘蔵写真だって――」
そんな言葉が聞こえてきたため、奏と共に全力でそちらを阻止しなければならなくなってしまった。
阻止できなかった。
・マラソンの危険性
もしかして:5th静岡
・『シンデレラの舞踏会』は少々変わった形式
BD化すると凄い長さになりそうだなぁとどうでもいいことを思った。
・効果時間
・不思議パワー
使い続けると不思議パワーを消費し続ける……まことのメガネの逆バージョンかな?
・ちひろさん
デレマス編が始まって二年と七ヶ月……番外編での登場はあったものの、なんとこれが本編での初台詞である。マジかよ(驚愕)
・最後のメッセージ
(別に深い意味も伏線も)ないです。
今回は繋ぎ回なので、盛り上がり所はないです。
なので華を添える意味での唯ちゃん登場。それ以外の意図はありません(担当優遇は作者の特権)
『どうでもいい小話』
ミリオン6th福岡外れました。やっぱりプレミアム会員だろうがなんだろうがダメだな!(手のひらクルー)