あれはそうだな、アメリカでとある殺人事件に巻き込まれたときだ。
「ちょっと待てっ!?」
「話の腰を折るのが早いぞ」
「だったら冒頭一行目からとんでもないことをぶっこんでくんじゃねぇよ!? いいのか!? 一年半以上続けてきた第五章最終話の冒頭がこんな一行目でいいのか!?」
「事実だからしょうがないだろ」
関係ない部分を省いて手短に話すとなると、ここから話し始めるしかないのだ。
「ほら、いいから黙って聞け。せめてシンデレラプロジェクトのステージが始まるまでには終わらせてぇんだから」
「お、おう……」
アメリカのとある劇場で舞台俳優が殺害された。そのときミュージカルを見に行って、たまたま居合わせた俺も容疑者の一人になってしまった。
……大丈夫だったのかって? そりゃまぁ大丈夫だからここにいるわけなんだが。その事件自体は、たまたまそこにいた小説家の工藤優作先生が解決してくれたから問題なかったんだ。……さぁ? 推理小説も書いてるみたいだし、そういうのが得意なんじゃないの?
ともかく、問題はその後だ。工藤先生に犯行を暴かれて逆上した犯人が拳銃を持って暴れ出してな。取り押さえようと飛び出した警官も撃たれて重傷、さらに舞台女優の一人が人質に取られちまったんだよ。犯人も興奮してて「この場にいる全員皆殺しだ」とか言い出して、割と人生クライマックス状態だったわけだ。うん、軽く言ったけどあのときはマジでヤバかった。
……そんな緊迫した状況で、
「――歌い出したんだ」
「……は?」
呆気に取られてマヌケな顔を晒す冬馬。無理もない、あのときは俺もそんな感じだった。
「本当に突然歌い出してな……その場にいた全員が呆気に取られて動けなかった。でも当然そんなことすれば、犯人の狙いはそちらに向く」
背後から人質の首に腕を回して拘束しながら、犯人の銃口が
「気が付けば、一曲歌い切ってたんだよ」
「………………」
俺たちはおろか、拳銃を手にして興奮していた犯人ですら魅せられていた。引き金にかけられた指を動かすことすら忘れて、その歌に聞き惚れていたんだ。
「その硬直が真っ先に解けた俺がまだ硬直してた犯人を取り押さえて、無事に警察に引き渡しましたとさ」
重傷だった警官も後遺症などなく予後は良好で、これでこの事件は一件落着。
「……その、
冬馬はそう問いかけてきたが、きっとこいつはなんとなく分かっているのではないだろうか。そんなことが出来るやつといって思い浮かぶ人物、その可能性がある人物は限られている。
「……アメリカが誇る
転生チートという反則技能を生まれ持ったこの身が
――『
「………………」
「……俺は、自分の歌には自信がある。『覇王』と呼ばれる身として、誰にも負けないパフォーマンスをするという自負がある」
だから誰が相手だろうが負けるつもりはない。それが『女帝』だろうが『福音』だろうが『三美姫』だろうが、性別問わず負けるつもりなんてサラサラない。それがアイドル『周藤良太郎』であり、日本の頂点に立つアイドルとして意地だ。
「……それでも」
――俺は、アイツのように自分の歌に命をかけることが出来るか?
「久々に会って、同じ舞台で争える日を楽しみにしてるって話をした直後だったんだけどな……俺は間違いなく、あの瞬間『覚悟』で負けたんだよ」
それがアイドル『周藤良太郎』として初めて
「……そんとき、俺は思ったよ」
「………………」
「……『あれ? 覇王っていう二つ名、俺よりコイツの方が似合ってるんじゃね?』って」
「シリアスな雰囲気の中わざわざ場を和ませてくれてありがとよっ!」
「……あのとき、貴女もそこにいたんですね、美城さん」
「……あぁ。工藤優作氏が推理ショーをしているステージの上にはいなかったが……舞台裏で、事の顛末を見させてもらっていたよ」
開演前の貴賓室。徐々に人が増えつつある観客席を見下ろしながら、美城さんの言葉に「やっぱり」と頷いた。
「……私は、怖かったんだ。今でこそアメリカでのみ活動している彼女がIEという世界の表舞台に立ってしまったら……アイドルそのものが、きっと彼女という存在そのものに食われてしまうのではないかと」
「………………」
「笑いたければ笑うがいいさ。……けれど私は『日高舞』が築き、『周藤良太郎』が育てた日本のアイドルという文化が、『玲音』というたった一人の存在に全て壊されてしまうのが……怖かったんだよ」
確かに、ただそれだけの理由だけを聞けばバカげた話だ。要するに『一人のアイドルのカリスマが凄すぎて他のアイドルが見向きもされなくなるのが嫌だから、それに少しでも対抗できるようなアイドルを育てたかった』ということなのだから。
きっとそれを聞いて怒る人がいるだろう。呆れる人がいるだろう。「そんなことのために、何人ものアイドルが戸惑う羽目になったのか」と。
……違うんだ。
あの
人の命を容易く奪う銃よりも。自分のために他者を害する人間よりも。
殺意を向けられてなお、歌い続けるその
「謝罪はしない。結果として『Project:Krone』は成功した」
「……そして『シンデレラプロジェクト』も成功した。それでいいじゃないですか」
美城さんの今回の一件は、結果として収まるところに収まった。傷付いた人がいる。涙を流した人がいる。けれど、今日こうして全員が笑顔でステージに立つことが出来るのであれば……それで全ていいじゃないか。
「そもそも……そーいうのは『大人』の仕事ですから」
「周藤君……」
――次に会うときは、世界のステージかな?
――……あぁ、そうだな。
別に「こいつの相手は俺じゃないと務まらない」という少年漫画的なことを言いたいわけじゃない。いやそれも少しはあるけど……もっと単純な話。
『
「……あぁ、そうだ、もっと単純なことを失念していた。……『周藤良太郎』が負けるはずがなかったな」
少しだけ憑き物が落ちたような表情の美城さんは、まるでヒーローを見るような目で俺を見た。
実際ヒーロー役は何度もやってる身としては見慣れたその目は……純粋な子どもとそれとよく似ていた。
「それじゃあ、そろそろ俺は下に戻りますよ」
「……今日はここで見ていかないのかね?」
「人を待たせてるんで。……それで、これが本題です」
今までのはあくまでも俺自身の答え合わせみたいなもの。
今日こうして美城さんに直接会いに来たのは、別の用事があったからだ。
「シンデレラプロジェクトのみんなも、プロジェクトクローネのみんなも……彼女たちは一人前のアイドルになりました」
シンデレラプロジェクトやプロジェクトクローネの面々と関わるようになって、まだ一年も経っていない。それでも、彼女たちもう
だから。
「……これはもう、必要ありません」
美城さんに向かって差し出したそれは、俺が彼女から貰った『周藤良太郎専用関係者立ち入り許可証』だった。
俺は彼女たちの行く末を見守ると約束した。これからも見守り続けることには変わらない。
それでも。
「ここから先は、他の人たちと同じ場所からでも見守れます」
彼女たちは魔法の解けたシンデレラ。十二時を過ぎても自分たちの足で歩きだした彼女たちの側で手を引く役目は終わったのだ。
「……別にこれは、ずっと君が持っていてくれてもよかったのだがな」
そう言いつつ、美城さんはしっかりと受け取ってくれた。
これでもう、俺にお城へ立ち入る権利はない。けれどその必要はない。
いずれ、お城の舞踏会では飽き足らない彼女たちの方からこちらへ飛び出してきてくれると信じているから。
「ありがとう、周藤君」
「大したことしてませんよ、俺は」
所詮俺は、彼女たちの足元でチョロチョロ動き回っていたネズミだ。役に立ったのかもしれない。邪魔になっていたかもしれない。
結局最後に足を踏み出したのは、他ならぬ彼女たちの力なのだから。
「それで、志希なんですが……」
「あぁ、来年度になったら正式に『LiPPS』の解散を――」
「……アイツが『残りたい』って言ったら、受け入れてやってもらえませんか?」
「――なに?」
俺の言葉に、美城さんは意外そうに目を見開いた。
初めてアメリカで会ったときの志希は……それはもう、なんにでも興味を持つくせになんにも関心を持たないやつだった。研究をしているのだってただ興味があっただけで、それが終わればすぐに関心を失くす。その繰り返し。
でも、今のアイツは違う。アイツは……アイドルを楽しんでいる。楽しんでくれている。
それはきっと……美嘉ちゃんたち四人のおかげなのだろう。
「アイツが『アイドルを続けたい』と思っているところに残るのが一番でしょうから」
だから、志希がリップスを続けたいというのであればそれでいいだろう。
「……勿論、一ノ瀬がそれを望むのであればこちらに受け入れよう」
しかし周藤君、と美城さんは続ける。
「……君自身は、どう思ってるのだね?」
「……俺は――」
「………………」
「……あっ! 志希ちゃんいた!」
「ちょっと! もうすぐ本番なんだからウロウロしないで……って、どうしたの?」
「……んっふふふ~! 何でもないよー!」
「……ねぇ、卯月。未央」
「ん?」
「なんですか、凛ちゃん」
「……私、二人に会えて良かった」
「「……えっ」」
「プロデューサーに見付けてもらって、良太郎さんに背中を押してもらって……アイドルになって、二人に会えた」
「凛ちゃん…」
「一人だったらダメだった。奈緒と加蓮だけでも……きっとダメだった。卯月と未央だったから、私は今ここにいる」
「……な、なにさしぶりん! 本番前に泣かせに来ないでよぉ~!」
「……わ、わたしも……! 凛ちゃんと未央ちゃんに会えて……本当に良かったです……!」
「ほらしまむーも涙目じゃん! 化粧落ちるって!」
「ふふっ、未央もだよ」
「分かってるなら止めてってばー! なんなのさぁ、いきなりそんなこと言い出して」
「……さっきの良太郎さんの言葉」
「? あの『はっぴりぃなんちゃらなんちゃら』ってやつ?」
「うん。物語の締めに使われる言葉なんだって」
「え……じゃあ良太郎さんは、私たちに『ここで終わり』って……?」
「違うよ。……あれは省略されてるところを全部翻訳すると『彼らは幸せに暮らしましたとさ』っていう意味なんだって」
「あ、昔話でよくあるやつ!」
「良太郎さんは……多分『これから先も、君たちなら大丈夫だ』っていう意味で言ってくれたんだと思う」
「……なるほど!」
「あは、いい意味で心配されなくなっちゃったってことかな? お兄ちゃんっ子のしぶりんは、ちょっと寂しいんじゃない?」
「……ふん、別にいいもん。なんだかんだ言って、良太郎さんは甘やかしてくれるから」
「……あれ!? 予想外の反応に、未央ちゃんちょっと困惑……!?」
「ふふっ」
――スタンバイお願いしまーす!
「……さ、行こう。私たちのステージに」
「……はい!」
「うん!」
『人生という物語に終わりはない』
きっとそんな類の言葉を、一度は耳にしたことがあると思う。勿論それは事実で、例えばこのシンデレラの舞踏会が終わったところで、凛ちゃんたちの人生が終わるわけじゃない。彼女たちはこれからもアイドルを続け、もしかしたらこれまで以上の苦難が待ち構えているのかもしれない。
それでも『俺が彼女たちの手を取る物語』はここで幕引きだ。自分が関わらないから終わりというのも、なんとも身勝手な話だが……人生とはそういう物語の積み重ねで出来ている……ということで一つ。
なので。僭越ながらこの俺が物語の幕を引かせてもらおう。
締めの言葉は、勿論――。
――
アイドルの世界に転生したようです。
第五章『Shine!!』 了
・アメリカでとある殺人事件
コナン世界が混ざっているのだから、避けては通れなかった……。
・玲音
文字通り「歌だけで発狂している犯人すら魅了する」というとんでもないことをしでかしたやばい奴。
言ったはずですよ? 『良太郎と同レベルのトップアイドル』だと。
・『三美姫』
流石に『黄巾の再来』っていう二つ名はどうかと思った。
・「貴女もそこにいたんですね、美城さん」
要するに『IEという舞台で玲音が無双する前にこちらの戦力を整えようとした』という、RPGの第一部のラスボスみたいなことをしてたわけです。
全部良太郎のせい……ではなく、全部玲音のせいでした。
・ヒーローのような
ただ構図としては魔王VS魔王の覇権争い的な。
・
・
言われそうだから注釈しておくと、間違ってないです。
・志希の今後
おたのしみに。
・ニュージェネの会話
地の文がないのは手抜きだって? いや、本番前のステージ下で三人こそこそ話している雰囲気を表したかったんすよ(目逸らし)
・めでたしめでたし
物語の最後は、やっぱり。
二年前の四月から始まったデレマス編、ついに完結です!長かったぁ(万感の思い)
そしてこの小説自体も五年以上続いてしまったわけです(言い忘れてた)
これも全て、いつも読んでいただいている読者の皆さんのおかげです。皆さんとお気に入り登録数と感想と評価があったからこそ、自分はここまで書いてこれました。本当にありがとうございます!
そしてまだまだ続くアイ転の世界を、これからもよろしくお願いします!
さて、今後の予定なのですが……ひとまず通常の番外編を挟んだのち、初の『長編外伝』なるものを書かせてもらいます。
これは時系列を一切無視したお話になるので番外編に近いものがあるのですが、章を分けたいので外伝という形を取らせてもらうものです。実のところ、全何話になるのかすら曖昧な話なのですが……ここまでアイ転を読んできていただけた方ならば楽しめる内容になるはずです!
本編(IEやミリマス)を楽しみにしていただいている方には申し訳ありませんが、もう少し作者に付き合っていただけると幸いです。
そんな長編外伝の予告を最後に、今回の締めとさせていただきます。
デレマス編、本当にありがとうございました!
――ぴ、ぴよおおおぉぉぉおおおおぉぉぉっ!!??
事の始まりは、とある短い文章だった。
それは日本中を震撼させる大事件の始まり。
人々は惑わされ、荒れ狂い――。
「……私とアナタは敵だ」
――やがてそれは、争いへと繋がってしまう。
その事件に名前を付けるとするならば……それは――。
「……さぁ、祭りの幕開けだ! 準備はいいか!?」
『ご来場のみなさん……123プロダクションは、いかがですか!』
――『123プロダクション感謝祭ライブ』!
今ここに、アイドル史を揺るがす騒動が幕を開ける!
アイドルの世界に転生したようです。
外伝『Days of Glory!!』
coming soon…