さて、日付が変わって今日は良太郎さんと合同レッスンの日だ。
「ふんふふ~ん!」
なんかもう予定調和のように朝から美希がご機嫌だった。というか、現在進行形でご機嫌である。格好こそトレーニングウェアであるが、鼻唄を歌いながらレッスン場の壁の鏡に向かって髪を整えている。
「美希さん、すっごいご機嫌ですねー!」
そんな美希にやよいが話しかける。なんとなく話しかけづらかった美希に話しかけるとは空気が読めていない……と言うには少し語弊がある気もする。
「当然なの! りょーたろーさんと一緒にレッスンなんだから!」
うん、知ってた。というか、みんな知ってる。
「ねぇやよい、今日の美希どう? キラキラしてる?」
「はい! とっても可愛いですよ!」
「あはっ、ありがとー!」
そんな二人のやり取りを横目に、自分達は準備運動を続ける。
「………………」
「千早、どうしたのですか? 先程から怖い顔をしていますが」
「四条さん……別に、何でもないです」
今回の合同レッスンの発端となった張本人たる千早は随分と難しい顔をしていた。本人はボーカルレッスンを期待していたんだろうが、集合場所がダンスレッスン場と聞いてからずっとあの調子である。
逆にダンスが得意な自分や真はダンスレッスンということでワクワクしていた。あの周藤良太郎に自分達のダンスを見てもらえるのだ。自信のあるダンスが周藤良太郎にどう評価されるのかとても気になる。
さて、折角良太郎さんに見てもらえるんだ。美希じゃないけど、今日はいつも以上に頑張らないと。
と、意気込んだのも四十分前。
「……りょーたろーさんが来ないの……」
「来ないなー……」
集合時間を三十分ほど過ぎても、未だに良太郎さんがレッスン場に姿を現さなかった。
「美希ー、真美ー、良太郎さんから連絡来てない?」
「来てないのー……」
「んーん、来てないー」
この中で唯一良太郎さんと連絡を取ることが出来る美希と真美に尋ねてみるが、どうやら二人の携帯電話にも連絡が来ていないようだ。ちなみに何故この二人だけなのかというと、美希は以前現場で一緒になった時に、真美は先日のデートの時にそれぞれちゃっかりと携帯電話の番号とアドレスを交換していたらしいのだ。その他に765プロで良太郎さんと連絡が取れるのは律子とぴよ子、それに社長だけである。
「何かあったのかな?」
「それだったら連絡があると思うけど……」
「もしかして事故とか?」
全員で何かあったのではないかと話し合い始める。
「………………」
「? 千早?」
そんな中、ずっと黙って座っていた千早が立ち上がってレッスン場の入口へと向かい始めた。
「……いつまでもこうしていては時間の無駄だから、私は帰るわ」
「ちょ、千早ちゃん!?」
帰ろうとする千早を、慌てて春香が引きとめる。
「良太郎さんもきっと何かあったんだよ。だからもう少し待とうよ。ね? 今回のレッスンだって、私達から是非お願いしますって言って頼んだんだから」
「……でも」
「りょーたろーさんが信じられないなら、千早さんだけさっさと帰ればいいの」
「み、美希もそんな言い方しないの!」
「つーん、なの」
しかも良太郎さん至上主義な美希がそんな千早に突っかかるものだから、一気にレッスン場の雰囲気は最悪なものに。特に春香と雪歩とやよいが目に見えてオロオロとしだしてしまった。
その時、そんな微妙な空気になってしまったレッスン場の扉が突然開かれた。
「みんな、遅れてごめん!」
飛び込んできたのは、たった今まで話題になっていた件の人物、周藤良太郎さんだった。
765プロのみんなとの合同レッスン当日。約束の時間に三十分ほど遅刻して俺はレッスン場に到着した。
『良太郎さん!?』
「いや、ホントごめん、ちょっと連絡が入れられないぐらいのトラブルに巻き込まれちゃってて」
途中でばったり出くわして共だって歩いていた後輩の
「大丈夫だったんですか!? け、怪我とかしてないですか!?」
「あぁ、うん、そこら辺は全く大丈夫。心配してくれてありがとう、美希ちゃん」
しっかりと心配してくれる美希ちゃんはええ子やなー。
「それじゃあ、早速始めようか。ここまで走ってきたから、丁度俺の身体も温まってるし。みんなはもう準備体操終わってるよね?」
『はい!』
「オッケーオッケー。あ、千早ちゃん、ちゃんとダンスレッスンだけじゃなくてボーカルレッスンも用意してるから安心していいよ」
「え!? あ、えっと、その……あ、ありがとうございます」
千早ちゃんは多分ボーカルレッスンを期待して俺に話を持ちかけたんだから、ちゃんとそっちもやらないとね。もちろん最初からやるつもりだったけど。
「ふふーんっ」
「……どうして美希が自慢げなの」
「べっつにー!」
さて、始めよう!
「さて、それじゃあ今からみんなのレッスンを始めるんだけど、その前に何点か」
ずらりと並んだみんなの前に立って少し話を始める。いやぁ、トレーニングウェアってのも新鮮でいいなぁ。
「感謝祭ライブの話を聞いたよ。これも、765プロのみんなが一丸となって頑張ったおかげだね」
おめでとう、と素直に祝福すると、それぞれ照れたような笑みや誇らしげな笑みを浮かべる少女達。
「それで、これが君達の初のライブになるわけだ。ライブってのは、とにかく歌って踊り続ける体力勝負だ。当然途中途中にトークを挟んだり、君達の場合は十二人でやるわけだからその分休憩できると思うけど、それでも生半可な体力じゃ最後まで乗り切ることは出来ない」
正直、高町ブートキャンプに参加していなかったら三時間の単独ライブは乗り切れなかったと思う。
「これは君達のトレーナーからも言われたけど、しばらくはライブに向けてのレッスンと並行して体力作りも頑張っていこうか」
「えっと、私達のトレーナーからもって……?」
「ん? あぁ、今日レッスンをするにあたって色々と話をしておいたんだよ。丁度知り合いだったし」
いくら指導することが出来ないとはいえど、どんなレッスンやトレーニングをするのかということは専属のトレーナーに話しておかないと色々と支障をきたす恐れがあるからね。
「大丈夫! 今日やるメニューはトレーナーさんから渋い顔でオッケーサインを貰ったから」
「渋い顔で!?」
「ちょ、本当にそれ大丈夫なんですか!?」
「大丈夫大丈夫。俺は四年間続けてきたけど問題は一切無かったから」
あと高町家での恭也や士郎さんの扱きに比べたら何でもないから。
「んじゃ、今度こそ始めようか!」
『は、はい……』
アッレー? さっきと比べて元気がないぞー?
「さて、まず最初は持久力のトレーニング」
普段振り付けの確認をしている部屋から場所を移して、良太郎さんに連れられてやってきたのはトレーニング機器が置いてある部屋。自分達はランニングマシーンのある一角にやってきた。
まぁ、ランニングマシーンの時点で持久力関係なんだろうなということは予想がつくが。
「これは俺も普段からやってるトレーニングでね、名付けて『ランニングボイスレッスン』」
しかし自分の予想から斜め上に吹き飛んでいた。もう名前からして嫌な予感しかしないぞ!?
「それでは簡単に説明します。一つ、ランニングマシーンの上に立ちます」
「はい」
「二つ、ジョグ程度のスピードで走ります」
「は、はい」
「三つ、歌います」
『えぇ!?』
予想通りだったけど、予想以上の予想通りだったぞ!?
「え、えっと良太郎さん、それはちょっと、キツすぎるような……」
「そう? みんなもダンスをしながら歌うでしょ? 体を動かしながら歌うっていう点では一緒だし、振付に気を取られない分楽だと思うけど」
そ、そう言われてみればそんな気がしないでもないけど、何かが大きく間違ってる気がするぞ……!?
「ランニングマシーンは五台あるから、四人と五人に分かれようか。最初は四人で、お手本を兼ねて俺も参加するから」
話し合いの結果、最初は右から順に春香、真、雪歩、美希、良太郎さんの順番に走ることになった。……良太郎さんの隣になろうと美希と真美が静かに
「曲はどうしよっかなー。個人の持ち歌とかじゃなくて、みんなが一緒に歌う曲がいいから……これかな。それじゃあみんな、始めるよ」
良太郎さんがそれぞれのランニングマシーンの設定を行い、四人は走り始める。最初に良太郎さんが言ったように、それぞれジョグ程度のスピード……で……。
「え!? ちょ、良太郎さん、これ本当にジョグ程度ですか!?」
慌てた様子の春香の声。それもそのはず、明らかに四人が走っているスピードは世間一般の認識のジョグと呼ばれるスピードよりも速いものだった。
「え? ジョグでしょ?」
って、あぁ!? そう言えば良太郎さんって走るスピードかなり速かった気がするぞ!?
「それじゃあミュージックスタート。俺も一緒に歌うから、頑張ろー」
「ちょ」
その焦りの声は誰のものだったのか。
良太郎さんがセットしたカセットテープから流れて来た音楽、自分達が全員で歌う『ザ・ワールド・イズ・オール・ワン』と共に五人は走り始めるのだった……。
・空気が読めていないやよい
ちゃうねん、やよいは天使なだけやねん。
・良太郎の携帯電話の番号とアドレス
みんな恐れ多くて聞けなかった中、美希と真美だけちゃっかり入手。
こいつら……やる……!
・帰ろうとする千早
ちょっと感じ悪い感じになってしまったが、この頃の千早はまだこんな感じだった気がする。
ちゃんと改心するイベントが後であるから、作者は嫌いになってもみんなちーちゃんを嫌わないでください。
・後輩の上条と綾崎
それぞれフルネームは上条当麻と綾崎ハヤテ、共にアニメ界において最強格の不幸の塊。
巻き込まれた不幸はそれこそ単行本一冊分にもなりそうな出来事であったが、割愛。
というか、よく生きてたな良太郎。
・『ランニングボイスレッスン』
単純だが正直洒落にならないほど辛い。昔バラエティー番組で走りながらブラスバンドをするコーナーがあったのを思い出して思いついた。
※本当に効果があるかどうかは保証しません。
・『ザ・ワールド・イズ・オール・ワン』
なんか曲名を使ったらマズイとかいう話なので、表記を英語から片仮名に変更。今後も曲名は実際の曲名と何らかの変更を加えて使っていきます。
てなわけで始まった地獄の特訓に、765プロのアイドル達はついていけるのか?
あと前回の嘘予告が思いの他反響が良かったことに吃驚しました。しかし今はこちらを優先するため、妄想の粋を出ませんが、今後もこのような嘘予告は続けていくかもしれません。