さて、ライブの最中に一番時間を取られることはなんだろうか。勿論ライブなのだから歌の時間が一番長く、次いでMCの時間が長い。しかしそういうことではなく『裏に入った出演者は一体何に時間を取られるのか』ということだ。
長丁場のライブなので休憩だって大事だし、段取りのチェックだって大事だ。しかしそれらと同時進行してでもやらなければいけないことがあるのだ。
『……はいストーップ!』
JANGOさんの一声で、自分たちの立ち位置についた俺たちは動きを止める。
『……うーん、ちょっと厳しいかなぁ……?』
「す、すみません……! 私が手間取ったばっかりに……!」
ぐぬぬと唸るJANGOさんに、美優さんが慌てた様子でペコペコと頭を下げる。
『あぁいえ、三船さんだけの問題じゃないですから』
「全体的にバタついてたからねぇ」
微妙に『三船さんにも責任がある』ことを否定しなかったJANGOさんの言葉はさておき、順調に進んできたリハーサルにおいて解決しなければいけない問題が発生してしまった。
すなわち『早着替え』である。
俺の単独ライブの場合、当然他に共演者もいないので俺の出番が連続する。しかしずっと同じ衣装というわけにもいかないので衣装替えを挟むと、どうしても空白の時間が生まれてしまう。それを最小限にするために、裏に引っ込んだらその場で着替えてすぐにステージの上に戻るなんてことはザラだった。
勿論今回は単独ライブというわけじゃないため、曲が連続することはほぼなく、着替える時間も十分に確保されている。
しかし問題はアンコールだった。今回のライブでは全員での曲を歌い終えてから一旦下がり、アンコールを受けて再び全員でステージの上に戻るという構成になっている。つまりステージ上に誰もいないタイミングが発生するのである。
そこで一度、本番と同じように全体曲を終えて一度裏に戻り、それぞれが着替えて戻ってくる時間を計ってみたのだが……結果は芳しくなかった。
「俺一人だったら、すぐそこで着替えちまうんだけどな」
「僕たちもそうだよ」
俺やジュピターの男性陣は裏に戻った途端、その場で着替えるということは何度も経験済みだ。元々男だからそういうことに対して抵抗がないというのもあるが、慣れてしまったというのが本音だ。
しかし問題は、今回のライブが
「アタシはそこまで気にしないんだけどなぁ」
「あたしもー」
恵美ちゃんと志希は俺たちや男性スタッフたちの前で着替えることに対して抵抗はなさそうだった。
「私は、その……必要ならば」
「まゆも同じくですぅ」
こちらの二人は少々抵抗ありそうだったが、アイドルとしての意識の高さ故に我慢するといった様子。
おっ! これは恵美ちゃんたちの生着替えもとい早着替えを間近で! ……と普段のノリだったら言っているところであるが、生憎今の俺はお仕事モードなので自然と口が自粛している。
それに加え、残った一番の最年長である美優さんが――。
「……が、頑張ります……!」
「JANGOさん、何とか時間確保しましょう」
『うん、俺もそう思う』
――見ているこっちが申し訳なくなるぐらい顔が強張っているものだから、罪悪感が先立ってしまってそれどころじゃなかった。
出演者一人のために演出を変えるのも如何なものかと言われそうであるが、これは『どのようにして出演者全員の着替えの時間を確保しつつ、ステージ上の空白の時間を縮めるか』というある種のチャレンジだ。
「俺のライブのときだと、『Re:birthday』のインスト流しておいたら自然に観客による合唱が始まったけど」
本当は数秒だけ流すつもりだったのだが、みんながノリノリで歌い続けるもんだから「もうちょっとだけ流しとくか」と予定を変更して一曲丸々流したことがあった。
「それは訓練されたりょーいん患者だからなせる業では……」
『良太郎君のライブならそれでもいいかもしれないけどね』
志保ちゃんとJANGOさんからのツッコミが入り、やんわりと却下されてしまった。妙案だと思ったのだが、ダメだったか。
「着替え終わるのが早い僕たちで先にステージに立つ?」
「でもアンコール後に全体曲だし、曲の前にMCを挟むのは雰囲気的にちょっと」
『あと非常に失礼なことだとは重々承知の上で言わせていただくと良太郎君の後に女性陣が登場するとなると……』
「まぁ、『周藤良太郎』の後に登場するにはまゆたちじゃ役者不足ですよねぇ」
翔太の提案には北斗さんがやんわりと反論し、JANGOさんが言いづらかった部分をまゆちゃんがきっぱりと言い切った。
そう、それがこのライブでの欠点というかなんというか。
事務所の感謝祭ライブと銘打っているものの、世間では『周藤良太郎のライブ』という見方をされていることが多いのだ。765プロ感謝祭ライブで竜宮小町とその他みたいな扱いをされていたのと似たような状況である。
勿論、申し訳ないがその頃の春香ちゃんたちと今のジュピターやピーチフィズのみんなでは知名度や人気に天と地ほどの差がある。それでも『周藤良太郎』が今回のライブのセンターである以上、どうしてもその扱いに上下関係が生まれてしまうのだ。
冬馬たちがそれを了承してくれているため、一概に悪いこととは言わないが……全員でステージを作るつもりの俺としては、若干もやもやしてる事柄である。
話を戻すと、翔太の提案の欠点は『メインである周藤良太郎より後にメンバーの登場がある』という点で……。
「……ん? そうだよ、一斉にステージに立つんじゃなくて順番に出ていけばいいだけの話じゃん」
「え?」
「だからそれが出来ないという結論になったばかりで……」
恵美ちゃんが首を傾げ、志保ちゃんが呆れたような目を向けてくるが、そうじゃないのだ。
「だから女性陣が着替え終わるのを待って、俺が最後に出ればいいんでしょ?」
「「「「「……あ」」」」」
『あー、そうか、着替え終わるイコールステージに戻るって考えに固執しすぎてた』
全員で「どうしてこんな簡単なことに気付かなかった」と自分自身に呆れた様子である。
「これなら女性陣の着替えの時間をちゃんと確保出来るね」
それでもノンビリと着替える時間はないのだが、舞台裏の人前で着替えるという事態だけは避けることが出来そうである。
……ちょっとだけ残念に思っているのは、紛れもない事実なので否定はしないけどね!
「というわけでJANGOさん、アンコール曲の演出変更お願いしまーす」
『うーん……分かった、やってみます』
当初予定していた一斉登場のプランからは大きく変更することになったが、JANGOさんは苦笑しつつも了承してくれた。流石、幾度となく俺の無茶ぶりにも応えてくれた名演出家である。
「ついでに、どうせだったら準備に時間がかかる仕掛けを用意してから登場するのもいいかも」
『例えば?』
「……上からとか?」
『舞台装置から変えろって!?』
流石に無茶ぶりが過ぎた。
「……そーいえばなんだけどよ」
「んだよ」
舞台裏の休憩スペース。手にした進行表に視線を落したまま、冬馬が返事をする。翔太と北斗さんはそれぞれ別スタッフと打ち合わせに行き、女性陣は全員ステージの上なのでここにはいない。
「結局お前たちのチケット、どうしたんだ?」
「あぁ」
冬馬はパサリと進行表を手近のテーブルに置き、代わりにペットボトルのスポーツドリンクに手を伸ばした。そして「なんだそんなことか」と言わんばかりに、つまらなさそうにフンッと鼻を鳴らした。
「全部まとめて送りつけてやったよ」
「オイオイ……」
全部ということは、翔太と北斗さんの分も含めて六枚ということか。それはもはや嫌がらせなのではないだろうか。
「それで? 何かしらの連絡はあったか?」
「………………」
俺の質問に答えずに無言のままスポーツドリンクを呷る冬馬。
「……まぁ、基本的には
――
世間一般で熱心な俺のファンを『りょーいん患者』、興味を持たない人を『抗体持ち』と呼ぶようであるが……黒井社長の場合は『アレルギー持ち』とでも呼べばいいのか。俺自身が直接彼に何かをしたわけじゃないのだが……765プロの件とジュピターの件で結構恨みを買ってしまったようである。そもそも俺が『周藤良太郎』という業界の頂点に立ち続ける限り、彼にとっては目の上のタンコブ以外の何物でもないだろう。
そんな黒井社長が『周藤良太郎』の出演するライブに来るとは到底思えない。例え関係者チケットを手に入れたとしても、その考えが変わることはないだろう。
しかしそれを分かっていたとしても冬馬たちは黒井社長をこのライブに呼びたかったのだろう。
「……まぁ、送り返されてないから、一応『受け取って貰えた』ということにしておくさ」
「寧ろ六枚もチケットあったら、普通は扱いに困りそうなもんだけどな」
チケット自体には凄い価値があるのだが、転売禁止なので二枚以上持っていても意味はない。勿論関係者チケットなのである程度は融通が効くものの、関係者チケットはしっかりと番号で管理されているので、もし悪用された場合にはすぐに分かる。……まぁ、流石にそこまで腐っていないとは信じたい。あの人だって、今でもアイドル業界の一角に名を連ねる芸能事務所の社長なのだから。
「もしかしたら事務所のアイドルや
「『ふんっ! あのような色物事務所のライブに学ぶようなことなどない! そんなことをしている暇があったら街頭でビラ配りでもしていた方がまだマシだ!』とか言いそうだけどな」
「言いそうだな」
ともあれ、黒井社長にどうしても来てもらいたいが故に、ジュピターの三人はチケットを六枚も送ったのだ。
自分たちの両親や親友よりも、かつて自分たちのアイドルとしての才能を見初め育ててくれた……『Jupiter』の生みの親である黒井崇男氏に見てもらいたい。そんな想いを込めて。
「まぁ、この際あのおっさんが来ようが来まいが関係ねぇよ。俺たちはもっと大勢の奴らに見てもらうために
「……そーだな。せめてライブが終わった後でチケットを持っていたことがアイドルや部下にバレて『どうしてくれなかったんですか!?』って黒井社長が怒られるぐらい、どデカい祭りにしてやろうぜ」
「ったりめーだ」
ニヤリと笑う冬馬と、コツンと拳をぶつけるのだった。
「……ふんっ。あいつら、余計なことをしおって」
「どうしたのパパ? ……あれ、それって」
「なっ!? いつの間に後ろに……!?」
「って、あぁぁぁ!? それって123プロさんの感謝祭ライブのチケット!? なんで!? どーして!?」
「ち、違う! これはそんなものじゃない!」
「だったらどうして隠すの!? ちょっとパパ!?」
そしてついに――。
――感謝祭ライブ当日がやって来た。
・早着替え
この辺りの下りは『シンデレラの舞台裏』4thSSA二日目のやり取りを参考にしました。
・インスト流しておいたら自然に観客による合唱
これも4thSSA二日目の一場面。作者も一緒になってGOIN歌ってた。
・ジュピターのチケット
まさかの黒井社長全ぶっぱである。これは流石に予想外だろう。
・『アレルギー持ち』
この世界だと『抗体持ち』よりもかなり数が少ないが、全くいないわけじゃない。
・あの娘
勿論、961のあの娘です。
というわけで若干グダグダしましたが、リハーサル終了です。だいぶ作者の想像が入っているので、本物のリハーサルはもっと大変なんだろうなぁ。
そしてついに次回は本番当日……なのですが、一旦番外編挟みます。外伝の真っ最中なのに番外編とはこれいかに……。
『どうでもよくない小話』
ついに第八回総選挙の投票が始まりましたね。
楓さんと唯ちゃん頑張れ! あと未央と加蓮も頑張れ!