アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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謎の腹痛と吐き気に苛まれながらも何とか更新。


Lesson28 地獄のレッスン!? 4

 

 

 

「はぁ……」

 

「ようやく体が起こせるようになったぞ……」

 

 スポーツドリンクをみんなに配って十五分ほどしてようやく床に倒れ伏していたみんなが体を起こした。平気そうにお手伝いに来ていた美希ちゃんも、先ほどからずっと腰を降ろしているところを見ると少し無理をしていたようだ。流石に今の状態のみんなに「それじゃあそろそろ次のトレーニングに移ろうか」と言うほど鬼畜なつもりはない。

 

 ……ふむ、ならば久しぶりに『アレ』をすることにしよう。『アレ』を見せるだけなら休憩しながらでも出来るし、彼女達の参考になれば万々歳だ。何より、今のところ一番距離がある千早ちゃんともう少し仲良くなれるかもしれないし。

 

「それじゃあみんなの休憩中に一つ、俺の独自のレッスンを見せようかな」

 

「良太郎さんの独自のレッスン……ですか?」

 

「うん。とりあえず、レッスン場に戻ろうか。みんな立てる?」

 

「りょーにぃー! 真美疲れて立てないから抱っこー!」

 

「な!? 美希の目が黒いうちはそんなことさせないの!」

 

「流石にしないから。ほらほら、流石に移動するぐらいなら出来るでしょ?」

 

 ペタンと座り込んだ状態からこちらに向かって両腕を広げて抱えるようにせがんでくる真美の額を軽く小突く。ここにいる全員を抱えて往復するぐらいだったら全然余裕だが、流石に色々と不味いと思うし。第一、運動した直後の女の子には不用意に近付き過ぎるなと以前麗華やりんからお説教(物理を含む)されたことがあるから今でも若干距離を取っている。げに難しきは女心かな。

 

 よろよろと立ち上がる少女達と共に、レッスン場へと移動するのだった。

 

 

 

 

 

 

「……えっと、麗華? それだと微妙に分かりづらいんだけど……」

 

「う、そうね……。じゃあ、一から説明するわ。その前に質問。アンタ達は、どうして私達『覇王世代』が少ないと思う?」

 

 麗華は姿勢を正すと、私達に向かってそんなことを尋ねて来た。他のことをしながら耳だけをこちらに傾けていたあずささんや亜美、伊織もそれぞれの手を止めてこちらを向く。

 

「んー、りょーにーちゃんと同期のアイドルが、ってことだよね?」

 

「言われてみれば、少ないわねぇ」

 

「ふん、周藤良太郎に気圧された臆病者が多かったってだけでしょ?」

 

「ちょっと伊織、言葉が過ぎるわよ」

 

 あまりな伊織の言い草を咎める。

 

「まぁ、あながち間違いではないわ」

 

 しかし、麗華はその言葉を肯定した。

 

「良太郎がその一因となったことは間違いないと思っているわ。けれど疑問に思わない? 一体周藤良太郎の何を恐れ、アイドル達は辞めていったのかって」

 

「それは……」

 

 言われてみれば、確かにそうである。周藤良太郎が他の追随を許さないトップアイドルだからとは言え、あくまで他のアイドルは他のアイドル。そんな良太郎と同期だからとはいえ、いくらなんでも辞める理由としては些か弱すぎる。

 

「しかし現に多くのアイドルが良太郎を恐れて辞めていった。その原因と言っていい『アレ』は、良太郎の特技なのよ」

 

「特技?」

 

「ええ。それで、その特技っていうのが――」

 

 

 

 

 

 

「よし、それじゃあ始めようかな」

 

「あの、結局何をするんですか?」

 

 目の前で他の少女達と横並びになりながら体育座りをする真ちゃんが控えめに手を上げる。

 

「まぁ、俺独自のレッスンでね、他人の歌を歌うっていうのがあるんだ」

 

「他人の歌を、ですか?」

 

「うん。俺は見ての通り表情による感情表現が苦手でね。曲に込められた感情を歌とダンスで表現するしかないんだ」

 

 普通のアイドル、というか歌手は表情によっても曲に込められた感情を表現する。しかし俺は生まれつき表情が無いので、それ以外のもので表現するしかないのだ。

 

「そんなわけで、他の人の曲を歌うことで感情表現のレッスン、というか訓練をしている訳なんだよ」

 

「はぁ~」

 

 数人の子が感心した様子の声を出してくれる。ええ子達やなぁ。

 

「てなわけで、今から千早ちゃんの『蒼い鳥』を歌わせてもらおうと思います! ごめんね千早ちゃん、歌借りるよ?」

 

「……別にいいですけど」

 

 わぁ、凄いジト目。く、この余興を兼ねた特訓で千早ちゃんの興味を引ければいいんだが。

 

「という訳で、歌わせていただきます」

 

 

 

 

 

 

「……え」

 

 それは、誰の声だったのか。誰かが私を見ているような、私を呼んでいるような気がする。

 

 しかし、今の私にそんなことを気にしている暇はなかった。

 

 あの周藤良太郎に自分の歌を歌われて嬉しいような、こんな人に歌われて不快なような、複雑な気分だった。

 

 しかし、アカペラで歌い始めた途端、そんなものは全て吹き飛んでしまった。

 

 私の目の前には、あの周藤良太郎がいる。大勢の人を惹き付けるトップアイドルが。

 

 

 

 でも。

 

 

 

 その口から紡がれる声は。今、私の鼓膜を震わすその声は。

 

 

 

「……わ、たし……?」

 

 

 

 紛れもなく、『私』の声だった。

 

 

 

 

 

 

「――か、『完全声帯模写』!?」

 

「そう。アイツは、一度でも聞いたことがある声だったら老若男女問わず完璧に模写することが出来るのよ」

 

 麗華から明かされた衝撃の事実に開いた口が塞がらなかった。今さら何があっても驚かないと思っていたのに、再び驚かされることになるとは思いもよらなかった。

 

「あ、あいつはホント何でもありね……」

 

「何か昔に知り合った黒羽とかいう奇術師からコツを教わったとか言ってたわ」

 

「良太郎も良太郎だけど、その奇術師も何なのよ一体……」

 

 あいつの周囲にはクセがある人間しか集まらないというのか。

 

「それで? 結局何でその特技が原因で辞めることになるのよ?」

 

「よく考えてみなさい」

 

「……完全声帯模写……他のアイドルが辞める理由……」

 

 まさか。

 

 考え付いてしまったのは、あまりにも恐ろしい事実。

 

 

 

「そう。周藤良太郎は『他人の歌』を『他人の声』で歌えるのよ」

 

 

 

 本来、他人と比べた歌の評価というものは出来ない。何故なら、例え同じ歌を歌ったとしても『声』そのものが違う為、直接的に比べることが出来ないのだから。

 

 しかし、周藤良太郎の前ではそれすら言い訳にならない。何故なら『同じ声』で『同じ歌』を歌うことが出来てしまうのだから。

 

「あいつは表情がない分、それ以外のことでの感情表現が他のアイドルよりも長けている。例えその曲が、他人が歌うことを前提に作られていたとしても、あいつは本人以上のクオリティで歌ってしまうのよ」

 

 あの本家の歌手にも勝る周藤良太郎の前では、同期のアイドルなど相手にもならなかったのだろう。

 

「おかげで心折れたアイドルが激増しちゃってさー。ダンスメインの奴らはともかく、歌メインの奴らは特に」

 

「例え心が折れなくても、自分が周藤良太郎に劣っているということに気付くことすら出来なかったアイドルは遅かれ早かれフェードアウトしていった」

 

「そ、そんな話一度も聞いたことないわよ!」

 

「当たり前よ。良太郎自身はただの一発芸程度にしか考えてないし、実際にアレをやられた人物は思い出したくもないとばかりに口を閉ざすのがほとんど。進んで話したがらない連中ばっかりよ」

 

「「「………………」」」

 

 あまりの事実に、伊織達は言葉を失ってしまった。

 

「あ、アンタ達は大丈夫だったの?」

 

「ん? 私達? まぁ、大丈夫ではなかったけど」

 

「あの頃のアタシ達は一回心折れたところをりょーくんに助けられたところだったからねぇ。思ったよりダメージは少なかったよ」

 

「それでも、三人分を別バージョンで歌われた時はかなりショックだったけどね……」

 

 そう言った三人の顔は暗い。ギリギリトラウマにはなっていないものの、それでもあまり思い出したくない様子だった。

 

「覇王世代のアイドルで心が折れなかったのは、そうね。私達を除けば、水蓮寺(すいれんじ)ルカや沖野(おきの)ヨーコ。良太郎でも真似では上回ることが出来なかったフィアッセ・クリステラやSEENA、佐野(さの)美心(みこころ)……ぐらいね。あと、世代は下になるけどジュピターも大丈夫だったって聞いたわ」

 

「んー? 沖野ヨーコちゃんって女優さんじゃなかったっけー?」

 

「ヨーコお姉ちゃんは昔は地球的淑女隊(アースレディース)っていうアイドルグループで活動してたのよ~」

 

「へー……って、ヨーコお姉ちゃん?」

 

「うふふ、実は実家が近所で、昔はよく遊んでもらってたの」

 

「あら意外な接点……じゃなくて! そ、それじゃあ今レッスンしてる連中が危ないじゃない!」

 

 バンッと机を叩きながら立ち上がる伊織。しかし麗華は落ち着いた様子で紅茶のカップを持ち上げる。既に湯気が立たないほど冷めてしまっているが、麗華は紅茶の表面を揺らすようにしてカップを回す。

 

「それで心折れてしまったのならば……そのアイドルは所詮そこまでの存在だった、ということよ」

 

 

 

 

 

 

「――はい、ご清聴ありがとうございました」

 

 いやー、やっぱり女の子の声を真似るってのは難しいな。特に千早ちゃんは新人アイドルの中でも格段に歌が上手いから。

 

「千早ちゃん、どうだった?」

 

 今回こうして千早ちゃん本人の前で歌ったのは、もちろん俺のレッスンも兼ねていたのだが、千早ちゃんのためでもある。俺が聞く限りでは千早ちゃんの『蒼い鳥』は幾つかの修正点がある。しかし俺は直接どこをどうすればいいといった指導が出来ないので、こうして実際に聞いてもらって何処を修正すればいいのかを気付いてもらいたかったのだ。まぁ、千早ちゃんのレベルならば問題無く気付いてくれるだろう。

 

 ……というか、何故にみんな黙っていらっしゃるのでしょうか?

 

 何か全員呆けた様子でこちらを見ているし、春香ちゃんは千早ちゃんを心配そうに見ているし、千早ちゃん自身は顔を俯けているし。……何かマズイことしたのだろうか。

 

「えっと……ち、千早ちゃん?」

 

 恐る恐る声をかける。アカン、何が悪かったのかが分からない。よかれと思ってやったのだが、千早ちゃんはお気に召さなかったのだろうか。

 

 内心オロオロとしていると、無言のまま千早ちゃんはすくっと立ち上がった。

 

「ち、千早ちゃん……?」

 

 春香ちゃんが声をかけるも、千早ちゃんは一歩前に出てくる。俯いたままなので表情が見えず、思わず一歩後ずさりしてしまう。

 

「ど、どうしたのかな、千早ちゃん……」

 

「………………」

 

 バッと勢いよく顔を上げた千早ちゃんは、先ほどよりも険しい表情をしていて――。

 

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

 

 ――そしてそのまま、勢いよく頭を下げた。

 

「大変参考になりました! それと、これまで失礼な態度を取ってしまい申し訳ありませんでした!」

 

「……えっと、別に気にしてないよ。参考になって良かったよ」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 お、おう、千早ちゃんが熱い。まさかここまで気にいってもらえるとは思いもよらなんだ。

 

 ば、万事オッケー……かな?

 

 

 

 




・げに難しきは女心かな。
前回の美希はちゃんと汗を拭いて制汗スプレーを使ってから手伝いに来ていました。

・『蒼い鳥』
千早の代表曲。第四話のエンディング曲としても使われたが、あのテレビアレンジはある意味衝撃的だった。
なお春閣下が歌うREM@STER-Aは……。

・『完全声帯模写』
後付けとかじゃないよ! ちゃんと最初から考えてた奴だから!

・黒羽とかいう奇術師
フルネームは黒羽盗一。『まじっく快斗』の主人公、怪盗キッドこと黒羽快斗の実父にして、先代怪盗1412号の正体。
なお『名探偵コナン』本編においてシャロンと有希子に変装術を教えた張本人である。

・水蓮寺ルカ
『ハヤテのごとく!』に登場する、1億5千万の借金を抱えるアイドル。
なおこの作品では借金もなく、最初から親子仲は良好な模様。

・沖野ヨーコ
『名探偵コナン』に登場する、元アイドルの女優。毛利小五郎が彼女の熱烈なファン。
調べてみてこの人が22歳だったことに吃驚した。

・佐野美心
元はアケマスに登場する、魔王エンジェルよりも手ごわい(場合もある)最強のCPU。
この作品でもDNAプロダクションに所属し、麗華達とも普通に交流している。

・よかれと思って
「ジャンジャジャ~ン! 今明かされる衝撃の真実ゥ!」

・「ありがとうございます!」
ちーちゃんの心境は次回で。



 本当だったら終わる予定が、予想外に長引いてしまったため次回に続きます。

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