「あら、美波、かな子」
「え……」
「あっ、奏ちゃん」
関係者席へ向かう前に寄ったお手洗いからかな子ちゃんと二人で出てくると、速水奏ちゃんに声をかけられた。プロジェクトクローネに配られた関係者チケットでやって来た彼女は、同じくプロジェクトクローネの大槻唯ちゃんと一緒だった。
「美波ちゃん、かな子ちゃん、チーッス!」
「ふふ、こんにちは。今日は一緒に楽しみましょうね。……それで」
彼女たちと一緒にいた男性に視線を向ける。ニコニコと私たちのやり取りを見ながら、金髪に深い茶色の瞳の男性は「いやぁ」と芝居がかった仕草で腕を広げた。
「やっぱり123プロの関係者っていうのは凄いね。奏ちゃんたちに続いてまた新たな美人さんに出会えるなんて」
「は、はぁ、ありがとうございます……?」
一応褒められているのでお礼を言ったが、何故か男性の言葉に引っ掛かりを覚えた。いや、言葉というか……喋り方?
「それで、あの……」
「あぁ、この場での俺の自己紹介は控えさせてもらうよ。こういうのは、後に取っておいた方が面白いからね」
「……?」
やっぱり言っている意味がよく分からない。なんとなく悪い人ではないだろうという気がするし、関係者チケットを持ってここまで来ているのだから不審者というわけでもないだろうが……。
「さぁさぁ、こんなところでの立ち話もなんだから、早く関係者席へ行こうじゃないか」
「どうしてこの人が仕切ってるのかしら……」
溜息を吐く奏ちゃんに内心で同意しながら、五人になった私たちは関係者席へと向かうのだった。
「ま、まさか良太郎さんのお母さんだとは……」
衝撃の事実を目の当たりにし、思わず口元が引きつってしまった。まさか目の前の少女としか形容のしようがない女性が、成人男性二人の母親だとは誰も思わないだろう。幸太郎さんを早く二十歳ほどで産んでいたとしても、五十はいかずとも四十後半は間違いない。
「………………」
「春香ちゃん? 今どうして私の方を見たのかしら?」
「べべべ、別になんでもないですよ!?」
私の視線に目ざとく気付いたこのみさんにジロリと睨まれる。
「大丈夫よ、身長はこのみちゃんの方が勝ってるわ」
「あずさちゃん、私はそういうことが言いたいんじゃなくて……」
「このみんの上位互換……」
「双海ぃ! 今なんつったぁ!?」
あずささんが落ち着けたのも束の間、余計なことを言った真美のせいでこのみさんが爆発した。
青筋を浮かべたこのみさんが真美の両頬をグニグニと引っ張る傍らで、いそいそと美希が良子さんに近付いていた。
「初めまして! 星井美希です!」
「あら、貴女が美希ちゃん? リョウ君からお話は聞いてるわよー?」
「っ!? それ、本当ですか!?」
「えぇ。『自分を慕ってくれてる可愛い女の子』って。本当に可愛い子で、お母さんもビックリだわー」
「ありがとうございます!」
良太郎さんのお母さんに『可愛い』と言われたことで美希はいつも以上にニッコニコの笑顔だった。
「というか、今普通に敬語使ってましたね」
「律子ちゃん相手だと未だにタメ口になるっていうのに……」
このみさんと二人で思わず呆れてしまった。これは良太郎さんのお母さん相手だから無意識に使えているのか、律子さん相手だから意図的に使っていないのか……。
「あっ、春香さん」
「え?」
自分の名前を呼ばれたことで一瞬身構えるが、ここが関係者席で『周藤良太郎』の関係者に私の知り合いがいてもおかしくないことに気が付いた。
「「お久しぶりです」」
「美波ちゃん、かな子ちゃん」
予想通り知り合いで、346プロの新田美波ちゃんと三村かな子ちゃんだった。その後ろにも二人の女の子が立っていて、確か彼女たちも346プロのアイドルで……速水奏ちゃんと大槻唯ちゃんだったかな。
二人して「初めまして」と挨拶をしてくれたのでこちらも返すと、そのさらに後ろに立っている一人の男性に気が付いた。
綺麗な金髪の外国の方と思われるその男性は「いやぁここも美人さんばかりだ」となんとも良太郎さんのようなことを言っていた。
彼女たち五人と共にやって来たので、もしかして346プロの関係者なのだろうか。しかしその金髪の男性は誰なのかと視線で美波ちゃんたちに尋ねるが、何故か彼女たちも困惑した様子だった。
「あっ! お久しぶりです、おじさん!」
「おぉ、なのはちゃん!」
そんな私たちの困惑を余所に、タタッと駆け寄ってきたなのはちゃんの頭を優しく撫でる男性。外国の方らしいのだが、随分と日本語が堪能なようだ。
「久しぶりだね。いやぁ、写真では見たことあったけど、随分とお母さん似の美人さんになったね」
「えへへっ」
再び良太郎さんのような真っ直ぐな褒め方をする男性に、照れ笑うなのはちゃん。
(ん?
再び私の頭を過る何か。
……いやいや、そんなわけないって。いくらさっき良太郎さんのお母さんと衝撃的な出会いを果たしたからとはいえ、再びそんなことが立て続けに起こるなんて……。
「あー! お父さーん!」
「っ! 母さん!」
彼を『お父さん』と呼んで駆け寄った良太郎さんのお母さんと、彼女を『母さん』と呼んで抱き締めた男性。
どうやら、そういうことらしい。
「え、えっと、多分皆さん初対面だと思うので、私から紹介させてもらいますね」
先程よりも戸惑う私たちの空気を察したらしい美由希ちゃんが、先程よりも苦笑しつつ手で男性を指し示した。
「こちら、周藤幸助さん。良太郎さんと幸太郎さんのお父さんです」
「お父さんでーす!」
『……父親ぁ!?』
そんな私たちの驚愕の叫び声は、再び会場内のモニターに流れ始めたPVに盛り上がった観客たちの歓声によって掻き消された。
『父親が日本とイタリアのハーフっ!?』
「えっ、うん」
本番を目前に控えて絶賛待機中の俺たち。話題が関係者席に招いたという恵美ちゃんたちの両親のものになり、そこから俺の両親の話題へとシフトしていったのだが、何故か話を聞いていた大半の人に驚かれた。
「あれ、言ってなかったっけ?」
「初耳ですよ!?」
目を見開いた恵美ちゃんに詰め寄られる。
「あー……別に隠してたわけじゃないんだけど、公の場で口にしたこともなかったなぁ」
ズゾゾッとエネルギー補給用のクラッシュゼリー(ドラゴン味とかいう謎の味)を吸い出しながら思い返してみるが、確かに言ってなかったかもしれない。
「普通、アイドルだったらハーフとかクォーターとか前面に押して売り出していくはずなんだけどね……」
「それを必要としなかった辺り、流石は『周藤良太郎』というか、社長の手腕のなせる業というか」
翔太と北斗さんも苦笑していた。
「ま、まゆさんは知ってたんですか?」
「えぇ」
志保ちゃんの問いかけに笑顔で頷くまゆちゃん。確か彼女の場合は、事務所に来た直後に色々と質問攻めに逢い、ピッタリと寄り添いながらだったから色々とペラペラ喋った気がする。
ちなみに志希もウチのお父祭壇を見たことがあるので知っているはずだ。
さらにちなみに、魔王エンジェルの三人も知っている。この三人の場合は純粋に付き合いの長さに、たまたまそういう話題になったことがあった。
「と、ということは、良太郎君と幸太郎さん、クォーターだったんですね……見た目が、その……」
美優さんが何を言いたいのかは大体分かる。確かに俺も兄貴も黒髪黒目の純正日本人といった見た目だから、こうして打ち明けないことにはそれに気付かれることはない。
「でもよーく見てもらえれば分かるんですけど、実は黒目じゃなくて深いダークブラウンなんですよ」
『分かるかっ!』
総ツッコミを受けてしまった。まぁ俺が自分の目のことを描写したことないから当然か。
「今さらになっての後付け設定じゃねーだろーな」
「ちゃんとした初期設定じゃい!」
「冬馬さんも良太郎さんも、設定って言うのやめましょうよ」
ただ五年以上その設定を活かす機会に恵まれなかっただけである。
「……でも少しだけ納得です」
「何が?」
「女性を褒めて持ち上げる良太郎さんのそれは……四分の一混ざったイタリアの血だったんですね」
『……あぁ~』
志保ちゃんの発言に、その場にいた全員が納得した様子の声を出した。
「……なるほど。先輩もそういうところ、ありますもんね」
「えっ、俺!?」
何やら兄弟揃って父親からの風評被害を受ける羽目になってしまった。真に遺憾である。
「確かに父さんは女性と見るや隙あらば褒めるようなイタリアンな血が流れている人ではあるが、それと俺を一緒にしてもらっちゃ困るぜ!」
「良太郎さん。今日のまゆさん、どうですか?」
「え? 今日も変わらず可愛いよ」
「そういうところですよ」
「あ、勿論志保ちゃんも可愛いよ」
「……そういうところですよ」
「?」
果たして今のやり取りに何の意味があったのだろうか。
「あの……どうして私は恵美ちゃんに耳を塞がれてたのかしらぁ?」
「いや、さっきの発言を聞いたらまたキャパオーバーで倒れると思ったから」
「っと、そろそろ時間だな」
チラリと兄貴が視線でこちらに合図を送ってきた。
「よーし、みんな集まってー」
俺がパンパンと手を叩きながら呼びかけると、アイドル全員が集合する。
周藤良太郎・天ヶ瀬冬馬・御手洗翔太・伊集院北斗・三船美優・一ノ瀬志希・北沢志保・所恵美・佐久間まゆ。総勢九人のアイドルで円陣を組む。そんな俺たちをさらに取り囲むように、カメラを構えたスタッフが何人も集まってきて、パシャパシャとシャッター音が断続的に鳴っていた。
「はい、それじゃあ右手出してー」
そう言ってみんなが右の手のひらを出したところで、俺もそっと右手でチョキを……。
「……なん……だと……!?」
俺以外は全員グーを出していた。まさか、読まれていたというのか……!?
「考えることが単純なんですよ」
「後出しで負けたぞコイツ」
おそらく全員に入れ知恵をしたらしい志保ちゃんと冬馬が「プークスクス」と笑っていた。他のみんなもクスクスと笑っており……まぁ、全員緊張とは無縁なようで何よりだ。
気を取り直し、全員で手のひらを円陣の中心に向かって突き出す。
「……いよいよ、待ちに待った本番だ。今更長い挨拶なんてしないから、一言だけ」
――
――開演まで、あと『30分』。
・CP組とPK組
まぁこの辺りは普通に顔合わせ済みですね。
・五十はいかずとも四十後半
ちなみに幸太郎はデレマス編終了時点で28歳です。
・「双海ぃ! 今なんつったぁ!?」
荒ぶるこのみさん。早速キャラ崩壊に巻き込まれていく……。
・765組と346組
今回は春香が基本的に相手をしていましたが、一応美波は美希と真美とも面識があります。(Lesson123参照)
・良太郎の父親
初登場。一応名前だけはLesson18で既出。
キャラクターの片鱗はLesson01の時点で既に出ています。
・日本とイタリアのハーフ
・「良太郎君と幸太郎さん、クォーターだったんですね……」
300話以上使って初めて明かされる事実。本当に死に設定。
・クラッシュゼリー(ドラゴン味とかいう謎の味)
他にもロボット味とかいう謎すぎる味があるらしい。
・まぁ俺が自分の目のことを描写したことないから
良太郎の目の描写は番外編06でりっちゃんのモノローグのみのはず。
ようやく登場した良太郎たちの父親です。多分本編での登場はないので、これが最初で最後の出番になります(無慈悲)
次回は残った関係者席組の会話です。
そして……。