『ところで、これって自分の名前が書かれた紙を引いちゃった場合、どうするんですかー?』
――その場合は、自分の名前以外が書かれた紙になるまで引き直していただきます。
最初にくじを引く恵美ちゃんからの質問に、天の声からはそのような回答が返ってきた。それだと最後の一枚が最後の一人のものになってしまった場合がフォローできないけど……まぁ、多分大丈夫だろう。物語の展開的に。
――皆さんがくじを引いている間に、周藤さんとジュピターのお三方も審査側に回っていただきます。
――舞台裏へとお戻りください。
『裏に戻らせるってことは、これガチで審査するやつか』
『力の入れどころ間違ってねぇか』
『入れどころさん!?』
『やっかましい!』
そんなやり取りをしつつ、良太郎さんたち四人は『また後でねー!』と手を降りながらステージを降りていった。ステージの上では恵美ちゃんたちが「あ、これ私の名前だ」「……うわぁ……」などと様々なリアクションをしつつくじ引きを続けている。
「それにしても、まさか色物体力勝負の次はモノマネ合戦とは……」
再び呆れた様子のこのみさんの物言いに、私も再び苦笑してしまう。色物体力勝負とモノマネ合戦……言いえて妙だった。
「でも、これなら志保ちゃんは有利ですよね! なんてったって、演技ですよ演技! 志保ちゃん、舞台女優としても頑張ってますもん! 志保ちゃんなら絶対に大丈夫ですよ!」
「可奈ちゃん、本当に志保ちゃんのことを思ってるなら、あんまりそういうことを言ってあげない方が……」
「え?」
正直露骨なフラグにしか見えない。先ほどの『ランニングボイスレッスン』で一番有利だと思われた冬馬さんがそうだったように、一番有利と思われているからこそ志保ちゃんが負けるという展開になるような気がしてならなかった。
――はーい。ここからの天の声は和久井さんに代わって実況・御手洗翔太と。
――解説・周藤良太郎がお送りするぞ。
そうこうしている内に、裏に戻っていった二人の声が再び聞こえてきた。どうやらここからはこの二人が進行するようだ。
――さて、ステージ上のみんなは絶賛くじ引き中なんだけど。
――リョータロー君、見どころはどこかな?
――見どころさん!?
――そのやりとりはさっきやった。
『そうだなー』と考えるような良太郎さんの声。
――演技力という点で言えば、この五人の中だけじゃなくて事務所の中でも随一の実力者である志保ちゃんかな。
――おぉ、絶賛するね。
――志保ちゃんの演技には俺も一目置いてるよ。
くじを引き終わり待機している志保ちゃんのアップがカメラで抜かれ、スクリーンに映る彼女の口元がピクリと動いたのが見えた。褒められて嬉しいが素直に喜べないところがいかにも志保ちゃんらしかった。
「それにしても、良太郎さんにしては随分と真面目に解説してるなぁ」
(春香ちゃん……それを失礼ともなんとも思わずにサラッと言えてしまっている以上、やっぱり貴女も『周藤良太郎』に毒されている側の人間なのね……)
何故かこのみさんに不憫なものを見るような目で見られてしまった。一体何故。
――そんな志保ちゃんがいつものキャラじゃない子の演技をしながら告白する。
――これを見どころと呼ばずしてなんと呼ぶ!
――……まぁ、あながちその注目点も間違ってないとは思うよ。
言っていることは間違っていないので強く否定できないが、それでも翔太君はそれを肯定することに抵抗があるらしかった。
そして(本人的には)上げて落とされた志保ちゃんはとてもステージ上のアイドルとは思えないような能面みたいな表情になっていた。隣の美優さんに『し、志保ちゃん……』と励まされながらゆさゆさと横に小さく揺すられているのが、またほんのりと不気味だった。
――そもそも根本的なことなんだけど、これってわざわざ他人の演技をさせる必要あるの?
――勿論あるぞ。ただ告白させても一部の子が日和る場合があるからな。
――演技をさせることで、そのアイドルらしさが溢れた告白を見ることが出来る。
なるほど、確かに言われてみればそうだ。自分で自分らしい演技をすることは難しいが、他人の演技ならばまだしやすいだろう。……言い方は悪いが、愛の告白をしたとしても「これは自分の告白じゃないから」と開き直ることが出来る、と。
――ついでに普段とは違うキャラの演技をしてもらうことで意外な一面も見れる。一石二鳥だな。
――なるほどね。
――でもまぁ、文章だと微妙に分かりづらいけどな。
――うーんメタいなぁ……。
――さて、それじゃあそろそろ全員引き終わったかな。
良太郎さんと翔太君の会話を聞いている内に、五人のくじ引きは終わっていたようだ。
――それじゃあトップバッターは……恵美ちゃん!
『はーい!』
良太郎さんに呼ばれ、恵美ちゃんが引いたくじを頭上に掲げながら一歩前に出た。彼女の手元にカメラが寄り、スクリーンに映し出されたくじには『北沢志保』と書かれていた。
――恵美ちゃん、準備は出来てる?
『大丈夫でーす! 他の人ならともかく、ずっと一緒にやってきた仲間なんだからさ。こんなこと言いそうだなーってのはすぐに浮かんできたよー!』
そう言いつつフフンと胸を張る恵美ちゃん。
――それでは早速お願いします。
――『所恵美』による『北沢志保』の愛の告白です。
『……その、今日は時間を作っていただきありがとうございます』
スッと表情を消した恵美ちゃん。普段『フローズンワード』を歌うときのようなクールな雰囲気に、観客席からは「おおっ……!」というどよめきが起こる。
『……いえ、別に大したことじゃないんです』
演技を続けながら、恵美ちゃんは視線を外して髪の毛の先を指で弄ぶ。平静を装いながらその少しだけ落ち着かない様子を(志保ちゃんっぽいなぁ)と思ってしまい、思わずクスリとしてしまう。
志保ちゃんも少しだけ思うところがあったのか、再びカメラに抜かれた彼女の口元がピクリと動いていた。
『……その』
恵美ちゃんはカメラに視線を向け――。
『……好きです』
――次の瞬間、会場が爆発した。
勿論本当に爆発したわけではなく、爆発と見紛うほどの歓声が沸き上がったのだ。現役アイドルからの告白なのだから、盛り上がらないわけがなかった。
『……っはぁ~! いやぁ演技でもハッズイねぇコレ~!』
演技を終えて照れ笑いを浮かべる恵美ちゃん。
――さて解説のリョータロー君、今の告白はどう?
――うん、実に志保ちゃんらしい告白シーンだ。
会場の興奮が冷めやらぬ中、天の声二人による先ほどの告白に対するコメントが始まる。
――言葉は少なくシンプルに。それでいて好意は明確にハッキリと。
――でもそうだな、最後にヘタって視線を逸らしたりしたらより志保ちゃんらしかったかな。
『あーそっかー!』
『あーそっかーってなんですか。最後にヘタるってなんですか』
実際に告白の言葉を口にした恵美ちゃんが悔しそうにする一方で、勝手に自分の告白シーンを晒された形になった志保ちゃんの顔が微妙に赤かった。
――それじゃあドンドン行こうか。
――次はまゆちゃん。
『はぁい』
恵美ちゃんに代わって一歩前に出るまゆちゃん。彼女が胸の前に抱えるくじにカメラが寄ると、そこには『一ノ瀬志希』と書かれていた。
『まゆが志希……!?』
『……ちょっと想像できないですね……』
まゆちゃんとはキャラの方向性が違う人物の名前に、恵美ちゃんや志保ちゃんと同じように私も想像出来そうになかった。
『逆に志希ちゃんぐらいキャラが立っていた方が、演技しやすいですよぉ』
そう語るまゆちゃん。しかし演技される側の志希ちゃん自身はそれほど興味なさそうなところが彼女らしい。
――それじゃあ。
――『佐久間まゆ』による『一ノ瀬志希』の愛の告白です。
『……にゃはは、突然で悪いんだけど、コレ飲んでくれない?』
普段のまゆちゃんでは絶対しないような言動の新鮮さに会場から「おぉ……!」といういい意味でのどよめきが走る。
『え、怪しくて飲めない? つべこべ言わずに飲んで飲んでー!』
そう言いつつ、何かを無理やり飲ませるような仕草をするまゆちゃん。
『……ど、どう?』
そして何かを期待するような上目遣いになり――。
『……あたしのこと、好きになったりしない?』
――再び会場が爆発した。
『……うふふ、どうでしたかぁ?』
ちょっとだけ赤くなった頬を手で押さえながらはにかむまゆちゃん。
――うーん、これはいい変化球。
――どうだった? 解説のリョータロー君。
――あぁ、直接好きとは言えずに態度と言葉で自分の好意を伝えることが出来ている。
そして再び天の声からのコメントが始まった。
――惚れ薬らしきものに頼ろうとしているようにも見えるが、きっとこれは偽物だろう。
――あくまでも『貴方も私のことを好きになってくれたら嬉しい』という思いを伝えるための小道具に過ぎない。
――そんな小道具に頼ってしまうぐらい恋愛面では不器用そうな志希を上手く表現出来ていると思う。
――おぉ……そこまでのバックボーンを読みとくとは流石だね。
深読みしすぎのような気がしないでもないが、それでも思わず納得してしまうような説得力があった。寧ろ私たちも「そうだったらいいなぁ」という気持ちになってくる。
――それじゃあ次は……志希。
『えっ』
恵美ちゃん・まゆちゃんと来たからには次は自分だと思っていた志保ちゃんが一歩前に出ようとした足を止めた。
――あ、勿論志保ちゃんは大トリだよ。
――ここまで来たからには、徹底的にフラグを立ててもらおうと思ってね。
『ちょっとぉ!?』
どうやら無条件シード権を掴まされてしまった良太郎さんは志保ちゃんを道連れに選んだようだ。良太郎さんのマイクを通じて冬馬さんの『いいぞいいぞー!』という煽りの言葉が聞こえてきた。
――というわけで志希、よろしく。
『はいはーい』
若干恨めしそうな志保ちゃんの視線を気にする様子もなく、志希ちゃんが一歩前に出る。手にした紙に書かれているのは『三船美優』の名前が。
……志希ちゃんが演じる美優さんかぁ……一体どんな演技をするのだろうか。
――それじゃあ……と、スマン志希、ちょっと待ってもらっていいか。
『え?』
早速演技を始めようとした志希ちゃんに天の声からストップがかかる。
――ここで一旦CMだ。
『どういうことっ!?』
・『入れどころさん!?』
・――見どころさん!?
マズいですよっ!
・「でも、これなら志保ちゃんは有利ですよね!」
はいはいフラグフラグ。
・実況と解説
書いてるうちにノリが福岡公演のときの社長となつねぇになってた。
・『所恵美』による『北沢志保』
ツンなところが強調されております。
デレを控えめにしたのは恵美の志保に対する優しさ。
・『佐久間まゆ』による『一ノ瀬志希』
不器用そうなところを表現したと思われているが、実は意図的に『好き』という明確な告白の言葉を避けていたり……。
ナンノタメカナー(すっとぼけ)
・志保は大トリ
勿論ですとも(無慈悲)
ちょっとこのまま続けると長すぎるので、約六年ぶりとなる幻の六話目に突入です。
そして露骨に志保ちゃんにフラグが立っていますが……これがフラグになるかならないかは……『皆様次第』です。詳細は次回あとがきにて。