アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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 聞こえるだろうか……この雷鳴が。


Episode46 Like a thunder! 4

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!???」

 

 

 

 随分と汚い雄叫びのようなものがすぐ隣から聞こえてくるが、残念ながら発しているのは現役の人気アイドルである。ファンが見たら百年の恋も冷めそうな光景かと思ったが、アイドル『松田亜利沙』的には恐らく平常運航なのだろう。

 

 しかし、彼女がこれだけ発狂(と称しても問題ないだろう)しているのも無理はない。そう考えてしまうぐらい……目の前の光景と会場全体の熱気は凄まじいものだった。

 

 

 

 『Tulip』。それは346プロダクション所属のアイドルユニット『LiPPS』を代表する曲であり、今や346プロダクションを代表する一曲としても広く認知されている人気曲だ。つまりカバーであり、彼女たちの曲ではない……というのは正確ではない。

 

 何せ今ステージに立っている志希ちゃんは、その『LiPPS』の元メンバー。きっとその縁で今回歌うことになったのだろうが……今はそんな考察をしている暇じゃないということは、私でも感じることだった。

 

 

 

『雨の日は寄り添って近づけるでしょ』

 

『公園のチューリップも濡れて咲いてる』

 

 

 

 まゆちゃんと志希ちゃんが歌いながら指先で観客たちを撫でるように挑発すると、会場は更なる盛り上がりを見せる。亜利沙ちゃんも、もはや言語化出来ないような音を口から発しているぐらいテンションがぶち抜けていた。

 

 

 

『このチャンス逃したら次はないかも』

 

 

 

 妖艶に、それでいてその一言を力強く歌う美優ちゃん。何度か一緒にお酒を飲む機会があったが、そのとき楓ちゃんに絡まれてタジタジになっていた子と同一人物とはまるで思えなかった。

 

 

 

『唇は喋るためじゃなく』

 

 

 

 そしてこの大舞台のセンターに立つ志保ちゃんが人差し指で自身の唇に触れる。

 

 ……先ほどの美優ちゃんと一緒に披露した『Last Kiss』もそうだったが、志保ちゃんにこの辺りを歌わせる辺り、もしかして良太郎君の性癖か何かなのではないかと思わず勘ぐってしまう

 

 しかしそんな考えがすぐに消えてしまうぐらい――。

 

 

 

『『『『『キミのためにキスするために、咲いている』』』』』

 

 

 

 ――五人の中で一番年下だということを忘れてしまうほどに、彼女は決して劣らない魅力を有していた。

 

 

 

 

 

 

『はじまりはそっと』

 

『『『『『素Kiss kiss kiss』』』』』

 

 

 

 FuFuuuuuuu!!!

 

 

 

 周りに合わせて、私もサイリウムを振りながら声を張り上げる。コールの経験は浅いものの奏ちゃんたち『LiPPS』の『Tulip』ならば何度も聞いた曲だから、すぐにコツは掴めた。

 

(まさか346プロの曲を歌うなんて……)

 

 志保ちゃんのウインクと共に紡がれた『……なんてね』の一言に会場が湧き上がる中、私は少しだけ別のことを考えていた。

 

 カバー曲を歌うというのは、別段珍しいことじゃない。なんだったら私たちだってライブで歌うことはあるし、そもそもこのライブの前半の志希ちゃんの『アフタースクールパーリータイム』や志保ちゃんの『Last Kiss』だってカバー曲のようなものだ。

 

 しかし、これは他事務所(346プロ)の曲なのだ。実現すること自体は難しいことではないだろうが、流石にこのライブでそれをするとは思っていなかった。

 

(……あぁ、だから)

 

 きっと、これが()()()()()()()()()()()()だ。勿論ちゃんとした契約を結んで楽曲の使用許可を出したのだとは思うが、そのお礼という形で関係者チケットを貰ったのだろう。……流石に、チケット欲しさに使用許可を出したわけではないだろう、うん。

 

 

 

『無防備に寝たふりで肩を寄せたり』

 

 

 

 小悪魔のような笑みを浮かべながら歌う志希ちゃん。まだ彼女が123プロから346プロに出向していた頃に何度もこの曲を歌う姿を見たが……周りのメンバーが変わるだけでこれほどまで印象が変わるとは思わなかった。

 

 リップスとしての志希ちゃんがメンバーとして溶け込んでいる自然な姿だとしたら、今ステージに立っている彼女は……彼女から感じ取れるのは……。

 

 

 

 ――負けたくない。

 

 

 

 彼女たち五人は、事務所こそ同じだがユニットではない。端から見ていても仲が良く、志保ちゃんとは『Cait Sith』というユニットを組んでいる。しかし同じステージに立ち、同じ歌を歌い、見る人を魅了するパフォーマンスとコンビネーションを披露していても、そこにいるのは『トップアイドル』の五人。

 

 123プロという事務所の縮図を、私はそこに見たような気がした。

 

 

 

 ふと、気になった。

 

(……奏ちゃん)

 

 志希ちゃんと同じく『LiPPS』のメンバーで、彼女の『友人』であり『ライバル』でもある奏ちゃん。そんな彼女にチラリと視線を向ける。

 

 

 

「………………」

 

(っ……!?)

 

 

 

 彼女はポロポロと涙を流していた。先ほどまでと同じように、ささやかなサイリウムの振りとコールをしつつ、真剣に志希ちゃんたちが歌う『Tulip』を聞いている。しかし、その両眼からは涙がこぼれ落ちていた。

 

 一体、奏ちゃんの中でどのような感情が渦巻いているのか分からない。けれどそれは普段見せることのない彼女の姿だった。

 

 

 

『恋はココからだし』

 

『魅せてあげるよアタシ』

 

『キミはコレからだし』

 

『今夜』

 

 

 

 

 

 

「冬馬君は聞いた?」

 

「何をだ?」

 

 待機場所のモニターでカバー曲を歌う五人の姿を見ながら、パイプ椅子に逆に座った翔太が尋ねてきた。

 

「これも志希ちゃんの希望だったんだって」

 

「……ふーん」

 

 全く興味がないわけではなかったが特にコメントが思いつかなかったため、そう返す。

 

 所の曲を歌いたがったり、イマイチやる気が分かりづらい(当社比)アイツにしては珍しいことが続くもんだ。

 

「まぁ他の子たちもノリノリで、リョータロー君が『なにそれ俺も超聞きたい』って率先して346のお偉いさんに直接お願いしにいったからこそ実現したんだろうけどね」

 

 ライブのためという名目があったとはいえ、私利私欲で他事務所に吶喊するんじゃねぇよ。……いつものことだった。

 

 周藤良太郎という人間を再認識していると、紙コップを片手に「それ、俺も聞いたよ」と北斗が近づいてきた。

 

「歌いたがった理由がシンプルに『好きな曲だから』っていうんだから、思わず笑っちゃったよ」

 

 北斗の言う笑うというのは文字通りの意味での笑うではなく、微笑ましく思うという意味だろうが……確かに、それはいい意味で笑えそうだ。

 

 なかには()()()なんて奴らもいるが、アイツがそんなことを気にするとは思えない。元メンバーに対する当てつけか、なんて馬鹿なことを言い出す奴らも現れることだろう。

 

 しかし、それがどうした。

 

 それぐらいの『自分』を貫き通せないような奴が、この事務所にいるわけがない。

 

 ()()()は、そういうアイドルだ。

 

 

 

『このあとはもっと』

 

『『『『『skip skip skip』』』』』

 

『……なんてね』

 

 

 

 

 

 

「……嬉しかったのよ」

 

 私の視線に気付いていたらしい奏ちゃんは、他の人に見られる前に涙を拭いながらそう言った。

 

「これでも、私は私たちの『LiPPS』というユニットと『Tulip』という曲に誇りを持ってる。だから、こんな大舞台であの123プロのアイドルたちに披露してもらえたことが、嬉しかった」

 

 涙を見られたのが恥ずかしかったのか、耳を少しだけ赤くしながら奏ちゃんは「出来れば私たち自身で披露したかったけどね」と苦笑した。

 

「あと、そうね……ちょっとだけ嫉妬かしら。あの浮気者の気紛れ猫娘に」

 

「浮気って……」

 

「冗談よ」

 

 クスクスと笑う奏ちゃんは、どうやらいつもの調子に戻ってきたらしい。

 

「ホント、こんなもの見せられたら……私も昂っちゃうじゃない」

 

 ……いや、いつもの調子どころじゃなかった。先ほどの志希ちゃんたちのステージに当てられてしまったのだろう。

 

 奏ちゃんだけじゃない。きっとこの会場にいるアイドルの多くが同じように、良太郎さんたち123プロのアイドルに刺激を受けているはずだと断言できる。

 

 だって私も、そう思っているのだから。

 

 

 

「というわけで、このライブが終わったらよろしくね、美波」

 

「……え?」

 

 

 

「……あら、貴女はまだ聞いてなかったのね」

 

「えっ、何、どういうこと?」

 

「フフッ、楽しみにしてるわね」

 

「だからどういうこと!?」

 

 ――私と奏ちゃんがユニットを組んでお仕事をすることになるのは、このライブが終わった後のお話。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

「肩で息してる……」

 

「はっはっは、自分の事務所のアイドルの曲を全力でコールする……うん、このアイドルに対する愛情は、同じ経営者として見習わなければならないな!」

 

「………………」

 

(黒井の目が……死んだ……)

 

 

 

 

 

 

「ありさはしにました」

 

「生きてるから落ち着いてちょうだい」

 

 ようやく再起動したと思ったら、亜利沙ちゃんの口から放たれた一言目はそんな言葉だった。衝撃的だったのは間違いないが……熱烈なアイドルファンにはそこまでの攻撃力を有していたということなのだろうか。

 

「いやぁ、まさか突然『Tulip』をぶつけられるとは思っていませんでした……これは最早災害と言っても過言ではないですね」

 

「流石に過言……とは言い切れないのが本当にアレよねぇ……」

 

「ですが、もう大丈夫です! 一度死の淵から蘇ったアイドルオタクは戦闘力が上昇します!」

 

「それ、最近だと死に設定らしいわね」

 

「まさしく死んじゃいましたね!」

 

「上手くはないわよ」

 

「とにかく! これでもうどんなサプライズが来ようとも耐えられます! サプライズ新曲でもサプライズゲストでも余裕です!」

 

 テンションが高いのはライブが始まってからずっとだが、それでもなお彼女のテンションは高まりつつある。

 

 しかし、それも頭打ち……ではなく、天井を突き破る瞬間がやって来た。

 

 

 

 ――いやぁ、すっごい盛り上がり!

 

 ――流石、123プロの感謝祭ライブだよね。

 

 

 

「「……え?」」

 

 

 

 ――まぁ、認めてあげるわ。これが日本で……いえ、世界で一番のライブだって。

 

 

 

 突如聞こえてきた天の声に会場がざわつく。これは123プロに所属するアイドルの声ではない……しかし、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()アイドルの声。

 

「……え? え? え?」

 

 亜利沙ちゃんの様子がおかしいが、私もそれを気にする余裕がなくなっていた。

 

 だって、まさか、そんなことが……!?

 

 

 

 ――でも、それなら()()()がいないのはおかしいと思わない?

 

 ――そうだよねー、おかしいよねー。

 

 ――許されざる蛮行。

 

 

 

 おおおぉぉぉ!?

 

 

 

 ――そろそろ気付いてるんでしょ?

 

 ――なら、高らかに叫びなさい……私たちの名前を!

 

 

 

 魔王! 魔王! 魔王!

 

 

 

 ――聞こえないわ!

 

 ――世界一のライブってのは、そんなものなの!?

 

 

 

 魔王! 魔王! 魔王!

 

 

 

 ――いいわ! ならば聞かせてあげる!

 

 ――周藤良太郎じゃないからって気ぃ抜くなよ!

 

 ――準備はいい!?

 

 

 

『『『「Blazing Thunder」!!』』』

 

 

 

 わあああぁぁぁあああぁぁぁ!!!

 

 

 

 今、魔王の雷鳴が会場に轟いた。

 

 

 




・123五人娘による『Tulip』
作者の願望詰め合わせ。恵美と志保と美優さんのチューリップ聞きたい……。

・センター志保
相変わらず志保にキス関連の曲を歌わせたがる作者の性癖。
ちなみに前回ではセンター恵美になっていましたが、変更しています。

・美城専務が招待された理由
というわけです。別にミッシーがねだったわけじゃないよホントダヨ。

・私と奏ちゃんがユニット
デレステにて絶賛イベント中! みんな頑張って!

・ミッシー大興奮
自分でプロデュースしたアイドルの曲でも盛り上がれる常務はファンの鑑。

・死の淵から蘇ったアイドルオタクは戦闘力が上昇
・最近だと死に設定
まぁその設定生きてたとしても、最近のパワーインフレの前には微々たるものだろうし……。

・高らかに叫びなさい……私たちの名前を!
主人公より王様ムーブしてる()



 作者がやりたかった『123五人娘によるチューリップ』からの、サプライズ『魔王エンジェル』の登場! 自分で書いてて脳汁溢れ出てきた。

 テンション上がってまた四話に収まらなかったけど、些細な問題だな!

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