アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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『それ』は、もうすぐそこに……。


Episode56 Like a HERO! 5

 

 

 

「……まぁ、予想外とは言えないわね」

 

「麗華がそう言うってことは……」

 

「……届いたんだ、天ヶ瀬冬馬」

 

「一応これを言っておくべきかしら。……『私たちもウカウカしてられないわよ』?」

 

「またまた、心にもないことを」

 

「……でもまぁ、無視は出来なくなったね」

 

「……ふん、元々無視なんかしてないわよ」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「……あ、黒井社長、何処へ……」

 

「そっとしておいてあげてくれないか、小鳥君」

 

「例えどういう形になろうとも……彼が『周藤良太郎へと届く刃』になると、そう見抜いた自分の目が正しかったんだ。……アイツにも、思うところがあるのだろう」

 

「……本当に、素晴らしい慧眼なのですね」

 

「あぁ、そうとも美城君。……少しだけ意地が悪くなってしまっているが……アイツは、紛れもなく素晴らしいプロデューサーなのさ」

 

 

 

 

 

 

「……は、はるるん……?」

 

「大丈夫……?」

 

「……うん、大丈夫」

 

 万雷の拍手や歓声が鳴り響く会場内で、真美や美希に心配されながら私はそっと涙を拭う。私も拍手に参加したり歓声を上げたりしたかったが、今は手も声も震えてしまっていた。

 

 

 

『いやぁ、今のは我ながらいいステージだった。なぁ、冬馬』

 

『………………』

 

 

 

「りょーくんサイコー!」「きゃあああ良太郎おおおぉぉぉ!」「カッコいいー!」「頑張ったぞ冬馬ー!」「りょーくん相手によくやったぞー!」「流石ジュピターだぜ!」

 

 肩で息をしつつもケロッとしている良太郎さんと、目元を抑えてステージの上に膝を付く冬馬さん。そんな対照的にも見える二人に、そんな声が投げかけられていた。他のみんなからは『周藤良太郎相手に善戦した天ヶ瀬冬馬』という構図に見えているのだろう。

 

 私は、そうは思わない。確かに勝敗で言ってしまえば、冬馬さんは良太郎さんには勝てなかったかもしれない。けれど、絶対に()()()なんかいなかった。私は『周藤良太郎』と『天ヶ瀬冬馬』が()()()()()()()と信じている。証拠も何もないが、私はそうだと信じて疑わない。

 

(……凄いなぁ)

 

 本当に、ただそんな感想しか思い浮かばなかった。

 

 『周藤良太郎』に追いつく。数多のアイドルが一度は考え、そしてすぐに夢物語と頭から捨て去ってしまうそれを、本当の本当に実現してしまったのだ。

 

 

 

 ――もしかしたら、私たちでも……。

 

 

 

 そう考えてしまったのは、きっと間違いじゃない。いや、きっと私たちにその小さな種火を灯すことこそが先ほどのステージの目的だったのではないだろうか。

 

 『周藤良太郎』に並び立つ。そんな夢物語が実際に手の届く場所にあるのだと、彼は示してみせたのだ。

 

 ならば、私たちは先ほどのステージを「凄かった」「感動した」という言葉だけで済ませちゃいけない。

 

「真美、美希、このみさん、あずささん、可奈ちゃん」

 

「へ?」

 

「な、なに?」

 

「い、いきなりどうしたの?」

 

「……なぁに?」

 

「は、春香さん……?」

 

 

 

「次は、私たちがあそこに行く番だよ」

 

 

 

『………………』

 

 きっと私にしては強気すぎる発言に、全員が呆気に取られたのを感じた。

 

「……んふふ~、言うね~はるるん!」

 

「あはっ、さっすが春香! 分かってるの!」

 

「はぁ、大変そうね」

 

「うふふ、でも私たちなら……でしょ?」

 

「はい! 私も頑張ります!」

 

 きっと765プロ(わたしたち)だけじゃない。この会場内だけじゃなくて、このステージを目撃した世界中のアイドルたちがそれを感じたことだろう。

 

 『Per aspera ad astra』。先ほど美波さんが教えてくれたその言葉の意味『困難を通じて天へ』、すなわち『痛みなくして得るものなし』。そこに至るまで、きっと今まで以上の困難が待ち構えていることだろう。あの冬馬さんが膝を付き、血と汗を流し、歯を食いしばってようやく辿り着いたのだから、当たり前だ。

 

 それでも、辿り着けないわけではないのだ。

 

 ……あぁ、そうだ、考えてみれば、良太郎さんもずっと()()だった。いつもずっと先のステージに立ちながら、それでも()()()()()()()()()()()と手を差し伸ばしてくれていた。

 

 『周藤良太郎』が切り開き、『天ヶ瀬冬馬』が証明してみせた――。

 

 

 

 ――それは『輝きの向こう側』という世界。

 

 

 

(……待っててください)

 

 そんな義理はないとは分かっていても。

 

 ()()には、そこで出迎えて欲しいから。

 

 

 

 

 

 

「ひっく……ぐす……」

 

「ぐす……ほら、加蓮……ハンカチ……」

 

「……あ、ありがと……ずびーっ!」

 

「ベタなことしてくれてありがとよっ……!」

 

 加蓮ちゃんと奈緒ちゃんがすすり泣く声が聞こえてくる。

 

「……ぐす……」

 

「……え、えへへ、しぶりんたちに釣られて、私も泣いちゃったよー」

 

「未央の涙と私の涙を一緒にしないで欲しい……」

 

「うん、照れ隠しだよね、分かってるよ、そうじゃないと未央ちゃん別の意味で泣いちゃうから」

 

 凛ちゃんと未央ちゃんも、その会話で泣いているのが分かった。

 

 周りの状況は、音や会話でしか分からない。未だに私の視界は、とめどなく流れ落ちる涙で埋め尽くされていた。

 

 正直に言うと、怖かった。そんなこと絶対にありえないと頭では分かっていても、心の何処かではまるで二人がお互いを傷つけあっているように思えてしまい……そして()()()()が傷つき倒れてしまうことが怖かった。

 

 実際に歌い終わった冬馬さんが跪いている姿を見た瞬間、喉の奥から「ひゅっ」という音がして一瞬呼吸が出来なくなってしまった。

 

(……ダメだなぁ私……)

 

 結局、私は冬馬さんの無事を信じ切ることが出来なかった。そんな罪悪感と自己嫌悪に苛まれなれながら……その後からようやく()()()()が胸の奥から湧いてきた。

 

 冬馬さんは、あの良太郎さんに立ち向かい、そして真正面から戦い抜いた。

 

 『周藤良太郎』も『天ヶ瀬冬馬』も、私にとっては雲の上の存在であることには変わらない。けれど『周藤良太郎』という()()()()()()()()()()()相手に、冬馬さんは負けなかったんだ。

 

(……私も……!)

 

 負けてられない。そう考えるのは、流石に私には分不相応だろう。負けていられないもの何も、私にとってまだ遥か遠くの話だ。

 

 ……それでも、進んだ道の先には、間違いなく彼らが……冬馬さんがいるのだ。

 

「……凛、ちゃん、未央、ちゃん」

 

「……卯月?」

 

「しまむー……?」

 

 

 

「私たちも……絶対に、あの、場所、に……」

 

 

 

 嗚咽交じりの途切れ途切れな言葉。ユニットメンバー二人に対する私の宣言は、とても不格好なものだった。

 

「……勿論、絶対に」

 

「うん! 私たちなら大丈夫だよ!」

 

 まだ顔を上げれていない私には、二人の姿が見えないけれど。

 

 それでも、二人なら、笑顔で頷いてくれたと思う。

 

「ぐすっ……ちょっとちょっとー、私たちは仲間はずれー?」

 

「そ、そうだぞ! あたしたちだって思いは同じなんだからな!」

 

「あはは、仲間はずれなんているわけないじゃん!」

 

「うん、加蓮と奈緒も一緒に」

 

 ……きっと、まだまだ私一人じゃ躓くこともあるし、戸惑うこともある。落ち込むことも逃げ出したくなることもある。夢や目標を胸に抱いたとしても、そういうことはまだまだ絶対あると思う。

 

 でも、みんなとならば。

 

(……貴方は、見ててくれますか?)

 

 まだまだ『周藤良太郎』という高みを目指し続けて、貴方はそれどころじゃないかもしれないけれど。

 

 

 

 ――少しだけ、()()もこっちを振り返ってくれたら嬉しいな。

 

 

 

 

 

 

「……ふふっ、やっぱりそうだ」

 

「なーちゃん、どうしたの……?」

 

「ううん、なんでもないよ、甜花ちゃん」

 

「……?」

 

 

 

 

 

 

『ほらほら冬馬君、いつまで泣いてるのさ』

 

『泣いてねぇよ適当なこと言ってんじゃねぇよ』

 

『はいはい』

 

 本来は他のみんなと共にメインステージの袖から登場する予定だった翔太と北斗さんが、未だに膝を付いて動かない冬馬がいるバックステージから現れる。

 

 いつものようなやり取りをしながら二人が手を貸すと、それでようやく冬馬が立ち上がった。顔を上げる直前、袖で目元を拭ったのはきっと汗が目に入りそうだったのだろう。うん、そういうことにしてやろう。

 

『リョータロー! さっきの凄かったね!』

 

『その、私も思わず裏で泣いてしまいました……』

 

 こちらは予定通り袖から現れた普段より三割増しぐらいでテンション高めな志希と、そう言いつつもメイクはバッチリと崩れていない美優さん。きっと嘘ではなく、崩れたメイクをメイクさんが頑張って直してくれたのだろう。

 

『……あれ、恵美ちゃんとまゆちゃんは?』

 

 真っ先に飛び出してきそうな二人の姿が未だに見えないが、その疑問に応えてくれたのは平静を装いつつも少々目が赤い志保ちゃんだった。

 

『お二人でしたら、美優さん以上に号泣してしまってメイク直しの真っ最中です』

 

『目に浮かぶなぁ……』

 

 観客から笑いが起こる。

 

 それならばもうちょっと尺を稼ぐために何を話すか……と考えている内に『お待たせしましたー!』という声がスピーカーから聞こえてきた。

 

『遅れましたー!』

 

『す、すみませぇん!』

 

 ワタワタと慌ててステージに飛び出して来た恵美ちゃんとまゆちゃん。この短時間でバッチリとメイクが整っているところを見ると、流石ウチのスタッフは優秀である。

 

『りょ、良太郎さん……あ、あの、あの……!』

 

『あぁストップまゆ! 多分これ以上喋るとまた泣くから! まゆだけじゃなくてアタシもなくからぁ!』

 

 感極まった様子でマイクを両手に握り締めつつ何かを言おうとするまゆちゃん。そんな彼女を必死に止めようとする恵美ちゃんもまた、言葉尻が涙に濡れ始めていた。

 

『これは今から今の曲について話そうと思ったんだけど、無理そうだな』

 

『これからの進行に支障をきたすレベルでまゆさんと恵美さんが泣いてしまいそうですから、やめた方がよいかと』

 

『そういう志保ちゃんは?』

 

『……ノーコメントです』

 

 冷たくあしらわれてしまったが、否定されなかっただけ十分である。

 

 

 

『……さてと』

 

 123プロ(おれたち)らしいやり取りを見てもらったところで、改めて顔を上げて観客席を見渡す。俺が空気を変えたのを感じ取ってくれたらしく、わーきゃーと上がっていた歓声が徐々に鳴りを潜めていった。

 

『こうしてこのタイミングで「俺たちが全員ステージの上に立った意味」……みんななら、なんとなく察してるんじゃないか?』

 

 その一言に、途端に会場はざわつき始める。

 

 

 

『さぁ、お前たち、心してかかれよ――』

 

 

 

 そう、いつだって()()()というものは必ず、しかも突然に、訪れるのだ。

 

 

 

 

 

 

『――Beginning of the end(おわりのはじまり)だ』

 

 

 




・気付いた三人
明確に『周藤良太郎』に並んだと感じ取ったのは、麗華と高木社長と黒井社長だけ。
他の人はあくまでも勘とか予想とかそう思っているだけ。

・もしかしたら、私たちでも……。
それこそが『彼』の目的だったのかもしれない。

・貴方
ダレノコトコカナー?



 今後も勇者トウマの活躍に、こうご期待!(なお次回がいつになるかは……)

 というわけで、冬馬が勇者で良太郎が魔王なお話でした。色々な思惑が裏で渦巻いていましたが、まぁみんななら分かってるよね?(説明しないスタイル)

 ……そして良太郎が言った通りです。いよいよ『クライマックス』の瞬間が訪れました。長かった感謝祭ライブ編も、ついにラストです。



 しかしここで流れをぶった切るのがアイ転なのだよ!

 次回は今までとは少し毛色の違う番外編をお送りします!

 その内容はここまで頑張ってくれた冬馬に対する、ささやかなご褒美的なサムシング。

 ……冬馬×春香×卯月のラブコメ的バレンタイン回だー!

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