アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

341 / 556
「こいつら本当にアンコール直前かよ」という緊張感のなさ。


Episode59 We are IDOL!! 3

 

 

 

 さて、ジュピターの三人に続いて準備を終えた俺も魔王の三人と共に移動を始める。その途中、女性陣の更衣室の前を通った。

 

 ……女子更衣室、なんとも夢が溢れる場所である。いや、別に中を覗きたいとかそういう願望を持ち合わせているわけではない。ありとあらゆる方面から「嘘だぁ」とか言われていそうだが、別に嘘は言ってないぞ。俺が好きなのはそういう直接的なことじゃなくて……なんというかこう、ロマンなんだよ。

 

 ほら、中では女の子が数人で着替えとかしてるわけじゃん? そうなるとやっぱり「胸大きくなったんじゃない?」「そうかなー?」というやり取りを期待するわけである。あとは「可愛い下着じゃん」「ちょっと見ないでよー」とかそういう奴。うんうん、男のロマンだよね。

 

 

 

 ――鏡空いた!?

 

 ――次! 恵美ちゃんこっち座って!

 

 ――違う! こっちは志保ちゃんのスカート!

 

 

 

 ……しかし残念ながら、中から聞こえてくるのはジャパリパークもかくやといったドッタンバッタン大騒ぎである。いやまぁ、アンコールのためにみんな急いでいるから先ほどの妄想のようなやり取りをしている暇なんて何処にもないのだから当たり前だった。

 

「でもアイドルとしてはそっちの方が正しい姿だと思わないか?」

 

「女子更衣室の前を通り過ぎてから何を黙っているのかと思ったら、案の定くだらないことを考えてたみたいね」

 

「男のロマンをくだらないと申すか」

 

 半目で溜息を吐く麗華に抗議しようとすると、通り過ぎた女子更衣室の扉が開いた音がした。

 

「先行くねー!」

 

「ちょっと待ったぁ!?」

 

 そして志希の声と恵美ちゃんの声がしたかと思うと、勢いよく扉が閉まった音がした。振り返ってみても、当然そこには誰もおらず女子更衣室の扉は閉まったまま。

 

「今志希出てこなかった?」

 

「……あー」

 

「出てきたけど出てこなかったよ、うん、出てこなかった」

 

 たまたまその場面を目撃したらしい三人に尋ねてみたが、何故か麗華は呆れた様子で、りんに至ってはいい笑顔でよく分からないことを言われてしまった。

 

「どういうこと?」

 

「リョウは知らなくていいことだよ」

 

「?」

 

 ともみにポンッと肩を叩かれて余計に訳が分からなくなったが、知らなくていいのであれば知らなくていいのだろう、うん。なんかとても惜しいものを見逃した気がしてならない。

 

「ほら、女子更衣室なんて中の見えないものにこだわってないで、りょーくん!」

 

「そうそう、美少女三人と一緒に歩いてるんだから、そっちに気を取られるべき」

 

「えっ、確かに美人とか可愛いとかは認めるけど、俺と同い年なんだから少女では……」

 

「「「美少女パンチッ!」」」

 

 痛いって。

 

「あっ、リョータローさん!」

 

「準備終わりましたよぉ!」

 

 三人と戯れていると再び背後の女子更衣室の扉が開き、今度こそ恵美ちゃんとまゆちゃんが出てきた。二人ともメイクも衣装も万全の状態になっている。

 

「お先に失礼します!」

 

「頑張ってきまぁす!」

 

「うん、よろしく」

 

 二人とも俺よりも先に登場するため、俺たちの脇をすり抜けていく。そんな二人に向かって右手を掲げると、意図に気付いた二人はすり抜けざまにハイタッチをしていった。

 

「あ、リョータローだ」

 

「おう志希」

 

「行ってきまーす」

 

 続けざまに出てきた志希も、同じようにハイタッチをしてからステージへと足早に向かっていった。

 

「……あの三人は、それほど気負ってないみたいね」

 

「そうでもないと思う」

 

 恵美ちゃんと志希にしてはハイタッチの力が弱かったし、まゆちゃんは逆に力が強かった。三人とも顔や態度に出ていないだけでちゃんと緊張しているようだった。それだけ特別視してくれるのはありがたいけど、変に緊張されるのもむず痒いものがある。

 

「そんだけ、アンタが誰にとっても『特別なアイドル』ってことよ」

 

 そんな意外なことを言った麗華に意外そうな視線を向けると、自分の言葉に照れたらしい麗華がフンッと視線を逸らした。

 

 

 

「……デレ方があざといなぁ」

 

「あぁんっ!?」

 

 

 

 

 

 

 名目上最後の曲である『Days of Glory!!』を歌い終えて舞台裏に戻ってきた私たち。勿論これでライブが終了するわけではなく、舞台裏にも聞こえてくるアンコールに応えなければいけない。

 

 なので私たちは現在、大急ぎでアンコールに応えるために早着替えをしている真っ最中だった。

 

「はいシキちゃん終わったー! 先に行くねー!」

 

「えっ、はや……ってちょっと待ったぁ!?」

 

「志希ちゃん、スカートぉ!?」

 

 さっさとメイクと着替えを終えて意気揚々と控室を出ようとする志希さんに慌てる恵美さんとまゆさん。周りのスタッフさんの協力のおかげで、あわやスカートを履かずに外へ出るという非常事態は免れた。

 

 実はこのような良太郎さんが喜びそうなハプニングは度々起こりそうになっていたのだが、全てスタッフたちの尽力によって未然に防がれていたりする。

 

「おっと、うっかりしてた」

 

「うっかりってレベルじゃないですよぉ!?」

 

「さっきも戻ってくる途中で衣装を脱ぎ始めて怒られてたばかりじゃないですか……」

 

 いくら早着替えとはいえ、男性スタッフも見ている中で上着を脱ぎ始めたときはこちらが焦ってしまった。いや、確かにアイドルとしてそういう思い切りも必要な場合があることは重々承知しているが、そのための時間をちゃんと設けたのだからその辺りは慎みを持ってほしい。

 

「……ふぅ」

 

 隣から聞こえてきた溜息にそちらを向けば、緊張した面持ちの美優さんが鏡を前に目を伏せていた。

 

「……美優さん、大丈夫ですか?」

 

「志保ちゃん……はい……」

 

 心配になって声をかけてみたが、返ってきたのは予想以上に落ち着いた声だった。

 

 そんな私の心境を感じ取ったのか、美優さんは私を一瞥してからクスリと笑った。

 

「大丈夫ですよ……志保ちゃんが想像する十倍は死ぬほど緊張して眩暈がしてますから……」

 

「それは良……くないですよね!?」

 

 なんていい笑顔でとんでもないことを言い出すのだろうかこの人は!? あぁ!? よく見ると目が死んでる!? ファンデーションで誤魔化してるだけで顔色も微妙に悪い!?

 

「当り前じゃないですか……! だってこの後は()()を歌うんですよ……!? 緊張しないアイドルがいないわけないじゃないですか……!?」

 

「魔王の三人だったらそれほどでもないんじゃないかなー」

 

「志希さんは余計なこと言ってないで準備出来たなら移動してください!」

 

 相変わらず緊張感が薄い志希さんは「はーい」と飲んでいたクラッシュゼリーのゴミを捨ててから、今度こそ支度を終えて控室を出ていった。

 

「……でも、美優さんの気持ちもよく分かります」

 

 一応、これでも『周藤良太郎』に憧れた身だ。曲がりなりにも()()()()()()()歌うのだから緊張しない方がおかしい。

 

 ……それだけ、()()()は神聖なもので。

 

 

 

 ――さらに言うならば、()()()()はもっと恐れ多いのだが。

 

 

 

「……よし! 美優ちゃんと志保ちゃん終わり!」

 

「二人とも、最後頑張って来てください!」

 

「はい」

 

「は、はいっ……!」

 

 そうこうしている間に、私と美優さんの支度が終わった。恵美さんとまゆさんは既に志希さんに続いて準備を終えていたため、私たちが最後だった。

 

 そろそろジュピターのお三方が先に曲を歌い始めるタイミングだろう。その後、恵美さんとまゆさん、志希さん、私と美優さんが順次登場していき、最後に良太郎さんが登場するという流れ。見方によっては良太郎さんが登場するまでの前座のような登場ではあるが……この曲に関していえばそれも致し方なかった。

 

「行きましょう、美優さん」

 

「は、はいっ……!」

 

 我ながら女性陣最年少と最年長のやり取りにしては逆だよなぁと思いつつ、ガチャリと更衣室の扉を開いた。

 

 

 

「……デレ方があざといなぁ」

 

「あぁんっ!?」

 

 

 

「………………」

 

 開いた途端、良太郎さんの胸ぐらを掴んで締め上げる麗華さんの姿が視界に入ってきて思わず脱力してしまった。

 

「アンコール直前に何してるんですか……」

 

「あ、志保ちゃんと美優さんも準備終わったんだね」

 

 そのままの姿勢のまま「ハイターッチ!」と手のひらをこちらに向けてくる良太郎さん。あまりにもいつも通り過ぎるその姿に、先ほどまで真剣に緊張していたのが馬鹿らしくなってきた。

 

「うんうん、それでいいよ」

 

「え?」

 

「みんなが特別視してくれるのは嬉しいけど()()()俺の曲なんだから。みんなで歌って、みんなで楽しんで、ファンのみんなが喜んでくれる。それぐらいでいいんだから、もっと肩の力を抜いて歌ってもらいたいな」

 

「「………………」」

 

 美優さんと二人で思わず黙り込んでしまった。

 

 あの曲を所詮なんて称せる人が、果たして何人いることやら。それと、これが普通に言えたのであれば……その、カッコいいのに、締め上げられた状態のまま言っちゃうところがなんとも良太郎さんらしかった。

 

「……はぁ、アドバイスありがとうございます」

 

「ありがとうございます、良太郎君……」

 

 一応美優さんと二人でお礼を言うが、当の本人は「ちょっ、麗華、それ以上は流石に……!?」と麗華さんの手を叩いていた。真面目が続かないところも良太郎さんらしいが、この状況で手を緩めようとしない麗華さんも麗華さんである。

 

「……行ってきます」

 

「……うん、行ってらっしゃい」

 

 パチンと、自分の右手を良太郎さんの右手と合わせる。

 

 たった数分のことではあるが。

 

 

 

 私は、確かに良太郎さんからのバトンを受けとることが出来た気がした。

 

 

 

 

 

 

 アンコール! アンコール! アンコール!

 

 疎らだったアンコールが揃い、会場全体がアンコールの大合唱に包まれてから五分以上が経とうとしていた。

 

 流石に全力で、とは言わないが一応杏も「アンコール」と小さくそれに参加しているが、多分隣で「あんこーる!」と声を張り上げている仁奈ちゃんのそれに掻き消されていることだろう。

 

 さて、もうそろそろアンコールの曲が来る頃合いだろうが、一体何が来るのだろか。まだ披露していない()()()は最後に持ってくるとして、あとこの状況に相応しい曲は……と考えたところで、会場の照明が暗転してアンコールが「おおおぉぉぉ!?」というどよめきに変わった。

 

「……っ!?」

 

 そして流れてきたイントロに、全員が息を飲んだ。

 

 そして、メインステージに現れた()()の姿に驚愕の歓声が上がった。

 

 

 

 ステージに立っているのは、先ほどとは別の衣装を身に纏った『Jupiter』の三人。

 

 

 

 流れてきたこの曲は『周藤良太郎』の代表曲――。

 

 

 

 ――『Re:birthday』だった。

 

 

 




・女子更衣室のアレコレ
残念ながらアイ転にそんなものは存在しない(無慈悲)

・ジャパリパークもかくやといったドッタンバッタン大騒ぎ
流行ったのは既に三年前……だと……!?

・最後の曲
まだ仕込んでますよー。

・『Re:birthday』
周藤良太郎のファーストシングル。



 アンコールは良太郎の(作者的にも名付けた)記念すべき一曲目!

 ガチで終わりが近づいてきておりますが、まだまだこれからが本番!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。