アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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ちょっとだけ今回の章の裏テーマのお話。


Lesson241 足の踏み出し方

 

 

 

 

 それはとある日のお昼の出来事である。

 

 

「はい、りょーくん、あーん」

 

「あーん」

 

 満面の笑みで唐揚げを食べさせようと俺に箸を向けてくるりん。そして無表情でその唐揚げを食べようと口を開ける俺。何処にでもいる至極一般的なカップルの姿である。

 

「いやまぁ、そのやり取りだけを見れば至極一般的なのかもしれないけど……」

 

「世界一のトップアイドルと日本一のトップアイドルのカップルを、一般的と称していいのか些か疑問だけどね」

 

 そんな俺たちの姿を見て、正面で仕出し弁当を食べながら苦笑する翔太と北斗さん。恥ずかしいとかそういう感情は特になく、寧ろ目の前で気が散るようなことをしてて若干の申し訳なさが立つ。止めるという選択肢? 悪いけどウチじゃ取り扱ってないんだ。

 

「いや、疑問に思うべきところはそこじゃねぇだろぉがよ……!」

 

 代わりに今度は俺がりんの口元に唐揚げを運んでいると、翔太と北斗さんの間に挟まれて弁当を食べていた冬馬がこめかみと口元を引き攣らせながら箸を握り締めていた。お前の握力でそんなに力込めると割り箸が折れるぞ。

 

「おい朝比奈りん」

 

 おぉ、強気にいった。

 

「……なぁに?」

 

「………………」

 

 りんの笑顔の圧力に負けた! 強くなったかと思ったら相変わらず弱かった!

 

「……アンタ、ここがどこだか分かってんのか?」

 

 気を取り直した冬馬の質問に、りんは「一体何を聞いているんだ」と眉を潜めた。

 

 

 

「123プロの事務所に決まってるじゃない」

 

 

 

「そうだ、123の事務所だ。……なんでアンタがいるんだよ、1054」

 

「旦那様の職場にお弁当を届けるぐらい普通じゃない」

 

「旦那の職場で一緒になって弁当食ってることは普通じゃねぇだろうが!」

 

「なによー、ちゃんとアンタたちにも差し入れ持ってきてあげたでしょ」

 

「唐揚げありがとー! りんさん!」

 

「美味しくいただいてるよ」

 

「ってちょっと待て!? 俺の分減ってるじゃねぇか!?」

 

「文句ある人の分なんてありませーん。御手洗君と伊集院さんで食べちゃっていいよ」

 

「「ご馳走様でーす」」

 

「ちょっ、おまっ、ヤメロー!」

 

 ワイワイと楽しそうなりんとジュピターに少々寂しさを……感じるということもなく、寧ろ今までこの四人がこうやって仲良さそうに話をしている場面を見たことがなかったので新鮮な気持ちで眺めている。どう足掻いても冬馬は弄られ役なんだよなぁ。

 

 ちなみに挙式も入籍もしてないから正確に言えば旦那ではないが、まぁ概ね間違っていないから訂正しない。周藤りん、もしくは朝比奈良太郎は確定事項だし。

 

(あぁ、楽しいなぁ)

 

 

 

 

 

 

 ったく、良太郎の奴、元々身内に甘かったっていうのに、彼女に対してはより激甘じゃねぇかよ。

 

「っと悪い。ちょっと電話」

 

 唐揚げを食いっぱぐれて嘆息していると、良太郎が「食事中に失礼」と言って席を立った。

 

 スマホを片手に良太郎が部屋を出ていくと、俺と北斗と翔太と朝比奈の四人が残された。別に気まずいとかそういうのはないが、それでも(かなり珍しい組み合わせだなぁ)みたいなことを考えながら番茶を啜る。

 

「……ありがと」

 

「へ?」

 

 突然、朝比奈がお礼の言葉なんか口にし始めた。

 

「アンタたちジュピターは、ずっとりょーくんに立ち向かい続けてくれた。りょーくんはそれがすっごい嬉しかっただろうし、アタシたち『魔王エンジェル』も嬉しかった。だから、そのお礼。こうやって面と向かって言う機会、なかったからさ」

 

「……別に、お前に――」

 

「ん?」

 

「――アンタにお礼を言われるようなことは何もしてねぇよ」

 

((やっぱり弱い……))

 

 確かに俺は『周藤良太郎』を目標としてアイドルを続けてきた。けれど、それは自分のための信念で、俺だけの覚悟だ。それが『周藤良太郎』のためのものだとは認めない。それだけは、絶対に譲れない。

 

「……っそ。まぁ、アンタならそう言うと思ったわ」

 

 そう言って朝比奈はそれでこの会話は終わりとでもいうように、自分で作ってきた弁当のおかずを再び口へと運んだ。……今更「それさっき良太郎に食べさせてた箸だよな」とは言わない。

 

「ってそうだ、それとは別に個人的に伊集院さんにお礼を言いたいんだった」

 

「ん? 俺に?」

 

「うん。りょーくんに聞いたんだけど、前に恋愛相談を受けてくれたって。えっと、なんだっけ……好意の生き血?」

 

 ヴァンパイアかなにかなのか。

 

「好意の()()の、感じ取れる好意の上限の話だね」

 

 どうやら北斗には何の話か分かったらしく「懐かしいなぁ」と苦笑していた。

 

()()()()()()()()()だから詳しくは話せないんだけど、りょーくんがそのことを話してくれたおかげで、アタシも色々と踏み込むことが出来た」

 

 朝比奈は「だから」と箸を置き、背筋を伸ばしてから頭を下げた。

 

「本当にありがとうございました」

 

「……お礼は、この美味しい差し入れで十分だよ。幸せになってね」

 

「はいっ」

 

 顔を上げた朝比奈は満面の笑みで、きっとそれはテレビで見せる表情よりもずっと本心からのものなのだろうと、そう思った。

 

「と言っても、傍目に見てても順風満帆な二人に『幸せになって』は今更って感じじゃない?」

 

「ははっ、それもそうだね」

 

「寧ろちょっとは何かあるぐらいが丁度いいんじゃねーか?」

 

 翔太の言葉に北斗が笑い、俺もちょっとした軽口を叩く。

 

「………………」

 

「……な、なんだよ」

 

 急に朝比奈の笑顔が固まった。あれぐらいの軽口すらダメなのか……。

 

(冬馬君が露骨にビビってる……)

 

(冬馬は基本的に魔王エンジェルの三人が苦手だからね……)

 

「……まさか、マジなのか?」

 

「………………」

 

 もしやと思い、恐る恐る尋ねてみると朝比奈は静かに両手で顔を覆った。

 

「え、ホントーに?」

 

「良太郎君が今更りんさんに隠し事をするとは思えないんだけど……」

 

 意外そうに驚く翔太と北斗。正直俺もビックリしている。恋人相手云々以前に、そもそもアイツは隠し事をするようなタイプじゃないと思ったんだが。

 

「隠し事ってほどじゃないし、アタシの気にしすぎかもしれないんだけどさ……」

 

 少々涙目になった朝比奈が俯きながらポソポソと話し出した。

 

「……三人はさ、それなりにりょーくんと仲良くてプライベートな話するわよね?」

 

「まぁ、そこそこに」

 

「アイドルの先輩後輩として以前に、男友だちみたいな付き合い方はしてきてるね」

 

「……まぁ、同じ事務所になってからはそういう機会も増えたな」

 

 周藤良太郎世代で唯一生き残った男性アイドルユニットが俺たちだけだったこともあり、他事務所の割には交流は多かった。お互いの楽屋でゲームをしたことがあれば、適当な雑談に興じたことだってある。

 

「それじゃあ、()()()()()()()()、聞いたことある?」

 

 ……昔話?

 

「えっと……それは『伝説の夜』のことじゃなく?」

 

 翔太が尋ねると朝比奈は「それよりも前」と首を横に振った。

 

「……アイドルになったきっかけの話?」

 

 次いで北斗の言葉にも再び首を振る朝比奈。

 

「……高町家でトレーニングを受け始めた頃ってわけでもなさそうだな」

 

 首肯する朝比奈。

 

 確か恭也と出会ったのは小学六年の頃だと言っていた。つまり、それよりも前。

 

 ……なるほど。

 

「……あれ」

 

「そういうことか……」

 

 どうやら翔太と北斗も気付いたらしい。

 

「りょーくん、自分のこと、どんなことでも話してくれる。カッコいい話やカッコ悪い話も、全部全部。……でも――」

 

 

 

 ――何故か()()()()()()()()()を全くしてくれないの。

 

 

 

「……確かに、聞いたことないね」

 

「でも小さい頃に346の渋谷凛ちゃんと遊んでいたっていう話をしていなかったかい?」

 

「いや、それはあくまでも『渋谷凛との思い出』だ。良太郎自身の話じゃねぇ」

 

 思い返してみると確かにそうだった。良太郎は恭也と出会う前の自分のことを「天才な兄貴への劣等感の塊だった」と称したことがある。そしてそれ以上()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 ……そりゃあ、肉親に嫉妬して腐ってた頃の話なんてしたくないだろうとは思う。しかしそこにあったのは『周藤良太郎の感情』だけで『周藤良太郎の姿』が何一つ見えなかった。

 

 

 

 まるで、そこには()()()()()()()()()()()()()()()のようで……。

 

 

 

「……教えてくれないっていうことは、それだけ踏み込んで欲しくないことだっていうことなんだと思う。それぐらいは、アタシも分かってる」

 

 でも、と朝比奈は俯き膝の上で拳を握った。

 

「アタシじゃその辛い思い出に敵わないのかなって考えたら……悲しくなっちゃって」

 

「………………」

 

「だから……」

 

 朝比奈は何かを吹っ切るように顔を上げた。

 

 

 

「いくらぐらい払ったら教えてくれるのかな、って……」

 

「「「待て待て待て」」」

 

 

 

 目ぇグルグル回しながらトンデモないことを言い出しやがった。吹っ切れたっていうか色んなものをぶっちぎるんじゃねぇよ!?

 

「だってこれ以上何も思い浮かばなかったんだもぉぉぉん!」

 

 机に突っ伏してオイオイ泣き始める朝比奈。おいヤメロ、この状況で良太郎が戻って来たら色々とマズいから今すぐヤメロ!

 

「そうだね……本人が話したがらないことを詮索するのは正直マナー違反だけど……誰か良太郎君の昔を知っている人に話を聞いてみるのも手かな」

 

「アイツの家族か?」

 

「それはもう聞いてみた……」

 

 実践済みということは、ダメだったということか。

 

「渋谷凛……は、流石に分からんか」

 

 いくらなんでも年下の女の子に自分の黒い話をするような奴じゃねぇし、してたとしても当時五歳だか六歳だかの渋谷が理解していたとも思えない。

 

「つまりリョータロー君と()()()()()()()()()に話を聞けばいいわけだね」

 

 しかし幼馴染という存在自体希少な昨今だ。果たしてそんなピンポイントな条件を満たす相手がいるのだろうか。

 

 

 

 

 

「……くちっ」

 

「あれ、千鶴さん、可愛らしいクシャミですね」

 

「失礼しましたわ……」

 

「もしかして、例の男の人が千鶴さんの惚気話してたりして~」

 

「……美咲、貴女まだそんな与太話を信じていましたの……」

 

 

 




・唐揚げ
実はアイドル大運動会でりんが作ったのも唐揚げだったという地味な小ネタ。

・りんの笑顔の圧力に負けた!
魔王エンジェルと冬馬のやり取りは色々と悩むんだよ……口調とか態度とか……。

・好意の閾値
Lesson83参照。

・小学五年生以前の話
恭也と出会う前。つまり『転生特典が分からず焦り悩んでいた』頃。



 漫画本編のお話に入る前に、ちょっとだけ第六章の裏テーマに触れるお話。

 第三章の『志保の過去』や第五章の『美城常務の目的』のように、章丸々使って書いていく裏テーマです。……自分で話していくのか(困惑)

 次話からはちゃんと良太郎と未来ちゃんたちを出していきますよー。

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