「全く……未来のせいで私までトレーナーさんに怒られちゃったじゃない」
「私のせい!? 人の顔を見て勝手に笑ったのは静香ちゃんでしょー!?」
だって腹筋してる最中の未来の百面相が面白すぎて……。
カラオケの点数をメモってくるなど色々と勘違いしていた未来と共に初めてのボイスレッスン。腹筋をして上体を起こす度に変な顔をするので思わず笑ってしまい、そのときのことがレッスン中にずっと頭を過ってしまって思い出し笑いを堪えるのに必死だった。
そのせいでトレーナーさんに「真面目にやらない子は曲の練習させないからね?」と怖い笑顔で怒られてしまった。
「はぁ、結局私は歌えなかったなぁ……」
「まだ歌う曲が決まってないんだから仕方ないじゃない」
まだ歌う曲どころか初めてのステージすら決まっていない未来は、残念ながら発声練習までで歌のレッスンは見学という形になってしまった。
未来がレッスン室の片隅で寂しそうに体育座りをしている中、私は自分の持ち歌である『Precious Grain』のレッスンを始める。
既に人前で歌う機会は何度もあったが、それでもまだまだ完璧と胸を張ることは出来ない。ステージの上では振り付けがある以上、こちらに強く意識を割かなくても完璧に歌えるように仕上げなければならない。
……それがどれだけ難しいことかは分かっているが、それでもそれが私の目指すべき高みの一端なのだから。
「ねー、静香ちゃんってさ」
「んー?」
「歌ってるときカッコいいよね」
「えっ」
そんなレッスンを終えて休憩所の自動販売機でジュースを買っていると、突然未来がそんなことを言い出した。
「い、いきなり変なこと言わないでよ……」
言われたことがないそんな褒め言葉に、思わず動揺して買ったばかりの缶ジュースを落としてしまった。炭酸飲料じゃなくて良かった……。
「私なんかまだまだ練習不足なんだから、カッコいいなんて……」
「え~そうかなぁ? 歌うときだけ別の人みたいだったよ~?」
「そ、そんな……って、待ちなさい。普段の私はどう思ってるのよ?」
「やだ、そんな、静香ちゃん……私の口から言わせないでよ……」
無駄にしなっぽくて色っぽいのが腹立つ!
「みーらーいー……!」
「しーずーかーっ!」
「みぎゃあっ!?」
未来に詰め寄ろうとした途端、誰かに背後からスパンッと勢いよくお尻を叩かれた。
「だ、誰!?」
「おっす、お疲れさん」
「奈緒さん!?」
一体誰だと振り返った先にいたのは、ニコニコと笑う奈緒さんだった。
「な、なにを……!?」
「んーもうちょっと引き締まっとった方がええんちゃうかな?」
「勝手に人のお尻の評価をしないでください!」
思わず自分のお尻を押さえながら後退ってしまった。
「あっ! 奈緒さん!」
「おっ、未来もお疲れさん! 今日も元気そうやな」
笑顔で駆け寄って来た未来の頭を、まるで犬を撫でるように撫でまわす奈緒さん。なんか、私と扱いが違うような……。
「……一体なんのようですか」
「そんな警戒しなさんなって。二人とも、お腹空いとらん?」
そう言って奈緒さんは『たこ焼き』と書かれたビニール袋を掲げてニカッと笑った。
「なるほど、今日が初レッスンやったんやな。ボイトレの先生、優しそうな見た目でそこそこ厳しいお人やから気ぃ付けなアカンで」
「えへへ、もう怒られました」
「あれは私たちがふざけてたせいでしょ?」
三人でテーブルについて奈緒さんが持ってきてくれたたこ焼きを食べる。んー熱いけど美味し~はふはふ。
「厳しくしてくれるならそれに越したことはないわ。一度ステージに立てば誰も助けてくれない……頼れるのはこうした日々の練習だけなんだから」
「静香ちゃん……」
この間ステージ外どころか客席にいた美奈子さんに助けてもらったことは口にしない方がいいだろう。それぐらいは私も空気が読める。
「相変わらず静香は真面目ちゃんやなぁ」
奈緒さんは「でもなぁ」と苦笑した。
「あれぐらいならまだ可愛い方やって」
「確かに、トレーナーさん美人系というよりは可愛い系でしたね」
「せやねん、あの人童顔やし髪型もあってかなり幼く見えて……ってちゃうわ!」
ズビシッと手の甲でツッコミを入れられてしまった。これが本場のノリツッコミ……!
「鬼コーチ具合で言うんなら、律子さんの方が格上やから。あの人のシゴキと比べてまったらまだ優しいで」
「律子さん?」
「765プロの事務所でオールスター組の皆さんのプロデューサーをされている秋月律子さんのことよ。結構有名な人だけど……まぁ、春香さんと千早さんと美希さん以外知らなかった未来が知ってるわけないか」
「えへへ、それほどでも~」
「褒めてない」
ん? でもどうしてオールスター組のプロデューサーさんのレッスンを、奈緒さんが?
「前にオールスター組の皆さんがアリーナライブやったときにバックダンサーさせてもろたことあってな。そのときのレッスンで、律子さんが直々にコーチしてくれたんや」
アリーナライブ……あんまり想像できないけど、多分すっごいライブだよね。そんなライブのバックダンサーって、それってすごいことなんじゃないかな!
「静香ちゃん知ってた!?」
「765プロに所属してて知らない人はいないわよ……」
呆れたように溜息を吐かれてしまった。
でもそうなると、私がその律子さんのレッスンを受けることはないんだろなぁ。それはちょっとだけ安心かな。
「……まぁ、未来や静香は律子さんよりも、もっとマズい
「え? 奈緒さん、何か言いました?」
「いや、なんでもないで」
むむむ、確か「もっとマズいあの人」って言ったような気がしたんだけど……。
「よっしゃ! 腹ごしらえも済んだことやし、そろそろ行こか、静香」
「そうですね」
「え?」
たこ焼きを食べ終わり、立ち上がる奈緒さんと静香ちゃん。もうレッスンは終わりのはずなんだけど……。
「私と奈緒さんはこの後ダンスレッスンがあるの。未来は暗くならないうちうちに帰った方が……」
「なんなら見学してったらどうや? ウチで一番ダンスが上手いアイドルも一緒におるから、見るだけでも勉強になると思うで」
「えっ、いいんですか~!?」
ヤッター! 歌だけじゃなくて、静香ちゃんの踊ってる姿も見れる~!
「お客さんおった方が私らも気合い入るし。なー静香?」
「……えぇ……そう、ですね……」
なんで静香ちゃんはそんなに笑顔のまま顔を青褪めてるのかな?
「ダンスレッスン楽しかったねー」
「そりゃ未来はレッスンしてないから、気楽にそういうことが言えるのよ……」
「えー? ちゃんと私も踊ったじゃん! 静香ちゃんの代わりに!」
「貴女のアレは盆踊りじゃない」
「先生笑ってたよ!」
「あれは笑われてたって言うのよ」
ダンスレッスンを終え、制服に着替えてビルの廊下を歩く。
静香ちゃんたちのダンスレッスンは、さっきのボイスレッスンよりも凄かった。凄いというか、激しいというか。みんな汗がダラダラと流れていて、静香ちゃんは必死に頑張っていて……その姿も、やっぱりカッコ良かった。きっとそう言ってもまた信じてくれないんだろうなぁ。
「私、次のレッスンまでにはあのダンス覚えておくね!」
「いや、貴女があれを覚える必要は……」
そんなときだった。
「……あれ? この声……」
「静香ちゃん?」
突然、静香ちゃんが立ち止まった。私も釣られて立ち止まる。
「……歌?」
それは何処からか聞こえてきた綺麗な歌声。聞いているだけで、心がジンワリと暖かくなるような、そんな歌声。
私と静香ちゃんの足は自然とその歌声が聞こえる方へと吸い寄せられていた。
辿り着いた先は少しだけドアが開いていたレッスンルーム。どうやらここからこの歌声は聞こえて来ていたらしい。
「「………………」」
無言のまま、私と静香ちゃんはそのレッスンルームの中を覗き込む。
二人の女性が歌っていた。
一人は長い青みがかった黒髪の女性。一人は……薄い茶髪? のロングの女性。
二人はそれぞれ日本語と英語で一緒に歌うというとても不思議なことをしていたのだが、それがなんの違和感もなく混ざり合っている。なんと表現すればいいのか分からないけど、きっとこれが『心の中に染み入る』ということなのかもしれない。
「千早さんと……あ、あの人って……!?」
「えっ!? 千早さんって、如月千早さん!?」
「ちょっ!?」
静香ちゃんの呟きに驚き大声を出してしまった。当然入り口で大声を出せば気付かれるわけで、二人の女性は歌うのを止めて視線をこちらに向けた。
「最上さん……?」
「あら、可愛いお客さんね」
ポカンと呆けた表情の黒髪の女性……改め、日本が誇る『蒼の歌姫』如月千早さんと、ニコニコと素敵な笑顔の薄茶髪のお姉さん。瞳をよく見ると緑色で、外国人のお姉さんだった。
「す、すみません! お邪魔してしまって……!」
「綺麗な歌声が聞こえてきたんで、思わず誘われてきちゃいました~。千早さんもそうですけど、お姉さんも歌がとってもお上手ですね!」
「ちょっとぉ!?」
千早さんと一緒に歌えるなんて凄いなぁと思っていると、凄い必死の形相になった静香ちゃんに肩を掴まれた。
「未来貴女誰に何を言ってるのか分かってるのっ!?」
「えー? お姉さんの歌下手だった?」
「下手なわけないでしょありえないわよそんなこと!」
ならば静香ちゃんは一体何をそんなに必死になっているのだろうか。
「……ふふふ」
するとお姉さんがいきなり笑い出した。必死な静香ちゃんの姿が面白かったのかな?
「ありがとう、最近はそうやって素直に褒められることが少ないから、嬉しいわ」
「えー? みんな酷いですね。ちゃんと『上手だね!』って褒めてあげないと!」
「ありがとう。ねぇ、貴女のお名前教えてくれる?」
「はい! 春日未来! 765プロの新人アイドルです!」
「ふふ、元気ね」
クスクスと笑う美人なお姉さんは、私に向かって手を差し伸ばした。
「私はフィアッセ・クリステラ。よろしくね、未来」
(……あれ? 何処かで聞いたことあるような……)
お姉さんと握手を交わし、続いてすっごい恐縮した様子の静香ちゃんとも握手をしている姿を見ながら首を傾げる。
(もうちょっとで思い出せそうなんだけど……)
しかし、それを思い出す前に、私はそれ以上の衝撃に考えていたこと全てを吹き飛ばされることになってしまった。
「二人ともお待たせー、電話ついでにお茶買ってきたからちょっと休憩でもしない? ……って、あれ?」
それは、聞き覚えのある声で、聞いたことのある声で、忘れることが出来ない声。
それは、誰もが憧れるアイドルの声。
静香ちゃんと共に振り返った先に、『彼』はいた。
「「……す、周藤良太郎!!??」」
(やっべ、二人しかいないとばっかり思ってたから変装解いてた)
・レッスンの様子
詳しくはゲッサン版コミック『アイドルマスターミリオンライブ』にて!
みんな、買おう!(ダイマ)
・あの人のレッスン
まぁみんな予想はしてるよね(テンプレ)
・久しぶりのフィアッセさん
え、リアルで六年ぶりってマ!?
正直このタイミングで邂逅するとはみんな考えてなかったと思う。
そして千早&フィアッセ&良太郎という組み合わせ。詳細は次回ですが、これが億単位の金銭が動く悪戯です。公表された日には全世界が阿鼻叫喚待ったなし。
というわけで、次回に続きます。