その日は、朝から見事な晴天だった。気温も低くなく日差しも暖かい。
「まさに絶好のアイドル日和!」
いやまぁ、アイドル日和が何なのかは自分でもよく分からないのだが。
今日は待ちに待った765プロダクション初の単独感謝祭ライブ当日である。人気急上昇中の竜宮小町をメインに据えることで多くのファンを引き付け、これを期に所属する他のアイドルのことも知ってもらおうという思惑が強いだろうが。それでも、765プロのみんなにとっては初のドームライブだ。天気がいいと気分がいいし幸先もいい。
ただ。
「台風が接近中、か……」
フカフカソファーに身を沈めて優雅に
「今はこんなに晴れてるのになぁ」
「あの子達も災難だな」
対面に座る兄貴がバサリと朝刊を捲る。
「まぁ、全天候型ドームでのライブだから天気はさほど問題もないだろ」
交通機関に影響が出て観客が来れないっていうことも考えられるが、入場の時間の関係からそれもないだろうし。
「えー? 台風来てるのー?」
洗い物を終えた我が家のミニマムマミーが手を拭きながらやってくる。
「あぁ、逸れるから心配ないと思うけど、一応用心はしてくれよ?」
「大丈夫だよー! 床上浸水の対策もバッチリだから!」
「いやあの、ここマンションの八階なんですけど……」
この部屋が床上浸水する事態になったらもう逃げ場ほとんど無いっすわ。
「あ! お父さんの写真も避難袋の中に入れておかないと!」
「いやだから……もういいや」
「おいツッコミ放棄するなよ」
いや元々これは兄貴の仕事だし。
いそいそとお父祭壇の写真を片付ける母親の後ろ姿をとりあえずスルーすることにする。するって何回言うんだか。
「それで? 午前中は時間があるみたいだが、様子でも見に行くか?」
今日の仕事は午後からのため、午前中は丸々時間が空いている。だからその時間を利用してライブ前の激励に行くこともできる。しかし俺は兄貴のその提案に対して首を横に振った。
「午前中は大人しく勉強してるよ。模試も近いし」
「今まで散々激励だの応援だのしてきたのに、ライブ当日になっていきなり冷たいんじゃないか?」
「いやいや、確かに今まで散々好き勝手に干渉してきたけど、俺は俺なりにタイミングを考えてるんだ」
初ライブ前の緊張している時に先輩が顔を出しに行っても余計に緊張させるだけだ。
「それに、今日のあの子達と俺はただのアイドルとただのファン。ライブ前の裏側を覗かないのはファンとしてお約束だよ」
「それもそうだな」
別にライブ前の楽屋に激励に行くことを否定している訳ではなく、個人的にはそう考えている。
まぁ、やることは既にやってあるし。765ファンの大きなお兄さんから、ちょっとしたサプライズだ。
「んじゃ、勉強してくるかな」
「おう、頑張れよ。分からないところがあったら俺に聞け。何でも教えてやるからな」
「じゃあ聞きたいんだけど……『二軍のファンタジスタ』って何?」
「お前そんなことばっかり考えてるから成績が良くならないんじゃないよな?」
はは、まさかそんな。
ついに迎えた765プロ感謝祭ライブの当日。幸いなことに朝から晴天となり、絶好のライブ日和である。台風は接近中とのことだが、さほど問題は無いだろう。
ライブは夕方からだが、全員午前中から会場入りして今は準備中。俺も会場スタッフとの打ち合わせをしつつ、今はみんなが歌う会場を見て回っている。
「美希?」
舞台袖から会場を眺めている美希の後ろ姿を見つけた。
「プロデューサー」
「どうしたんだ、ぼんやりして」
「ううん、してないよ」
「そうか」
声をかけると一度美希はこちらを振り返ったが、再び前を向いてしまった。俺も美希の横に立って会場を眺める。
「……ようやくここまで来たんだなーって、考えてたの」
「そうだな。ようやくこんな大きな会場でのライブに漕ぎつけて――」
「違うの」
え、と美希を見ると、美希は首を振りつつ視線は観客席に釘づけのままだった。
「ようやく、ミキは『一歩』を踏み出せるの」
「……それは」
思わず聞き返しそうになったが、すぐにその意味に思い至った。
「竜宮小町のオマケでも、これでようやく一歩。りょーたろーさんに追いつくための第一歩なの」
周藤良太郎に追いつく。言葉にしてみれば随分と簡単なことだが、それは容易いことではない。今まで数多の少年少女達が夢に見て、そして敗れ去っていったこのアイドルという世界の中で、その頂点に立つ存在。
自分はこのライブを成功させることだけを考えていた。しかし、美希は既にその先を見ていたのだ。
「だから、ミキは今のミキの全力でキラキラ輝くの」
「……大丈夫さ。今の美希なら」
「ふーん? ホントかなー? 嘘つきプロデューサーの言うことは信じられないの」
「うっ……!?」
美希のジト目が痛い。
先日の美希が練習に来なかった騒動の原因は、図らずも自分が美希に対して嘘の約束をしてしまったためであった。練習に来なかったのは俺に対する当てつけのようなもので、自主練習はキチンとしていたため俺も律子も強く言うことが出来ず、美希も合わせて三人で要反省という結果に相成った。
「……でも、今回は信じてあげるの。今日は頑張ろうね、プロデューサー」
「……あぁ!」
笑顔の美希に返事を返す。
丁度その時、胸ポケットに入れてあった携帯電話から着信音が鳴った。会場スタッフに話しかけに行った美希の後ろ姿を見送りつつ、携帯電話を取り出す。液晶画面に表示された名前は、竜宮小町と共に収録に出ていた律子のものだった。
「はい、もしもし」
律子からかかってきたその電話が、ハプニングの始まりだった。
竜宮小町が遅れる。
元々接近する予定だった台風がその速度を急速に上げて日本に接近。収録のために遠出していた律子と竜宮小町の三人が乗るはずだった新幹線が運休になってしまい、会場への到着が遅れることになってしまった。それでも律子達は動いている電車を乗り継ぎ、リハーサルまでには間に合わせると言っていた。
しかし、ハプニングは続く。
台風が接近してくる影響で雨と風はドンドン強くなり、ついに全ての電車が運休になってしまった。レンタカーを借りてこちらに向かおうとするも、今度はそのタイヤがパンク。リハーサルには間に合いそうにないらしい。
間に合わなくても、無事こちらに辿りついてくれるのならばそれでいい。
辿りついてくれるのであれば……。
(………………)
一抹の不安が頭を過る。しかし今は自分が出来ることをしよう。
朝の快晴がものの見事に吹き飛んだ曇り空な午後。ライブの準備は果たしてどうなっているかりっちゃんや美希ちゃんや真美にメールで聞いてみたくなったが我慢我慢。今日の俺は先輩アイドルではなくただのファンだ。今は我慢しよう。
さてさて、俺は兄貴の送迎によって訪れたテレビ局にて、同じ番組に出演するジュピターの三人に遭遇した。
「よお、ジュピターの諸君。大運動会以来だな」
「何言ってんだお前」
「この間も番組で一緒になったでしょ?」
「そうだっけ?」
悪いが行間、というか話と話の間のことまでイチイチ把握できない。お前らがそう言うからにはきっとそんなことがあったのだろう、記憶に残っていないだけで。まぁ例え外伝があろうとも回収されることもない話だろうから気にしないでおこう。メメタァ。
「よう翔太。美人で天才な妹さんは元気か?」
「いや、僕一人っ子だけど」
「そうだっけ?」
元から発育の良いエルフな剣道少女が妹にいたような気がしたんだが、さらに天才ゲーマーな引きこもり少女が妹になったような気がした。また電波か? 伊織ちゃんが神様になったような気がしたし、やっぱり電波か。
「相変わらずお前はマイペースというか、どんな時もぶれないと言うか……」
「失敬な。今日の俺はやる気に満ち溢れているぞ」
「無表情だからわかんねーよ」
「俺の体から漂うオーラで察してくれ」
「察せねーよ」
どうやら冬馬は俺の言っていることを冗談と捉えているようだが、生憎今日の俺は
真正面からガシッと冬馬の肩を掴む。
「冬馬、実は俺今日の夕方から用事があるんだ」
「え? あ、あぁ……」
「しかしながら今から番組の収録だ。一応問題なく収録が進めばその夕方からの用事に間に合う。しかし収録が長引けばその用事に間に合わなくなってしまうんだ」
だから、とちょっとだけ冬馬の肩を掴む力を強める。
「俺はいつも以上の全力を出すから、お前らも全力で収録に臨め。な? もしNGなんか出して収録長引かせたら……『分かってるよな?』」
「分かった! 分かったからそれやめろ! マジでやめろ! 俺の声を使うな!」
「久々に聞いたね、良太郎君のコレ……」
「僕、未だにあの時のこと夢にみることがあるよ……」
ちょーっと冬馬の声を使ってお願いしたら快く承諾してくれた。いやー、アリガタイデスネ。
「んじゃ、今からちょっと挨拶回りしてくるから」
「お、おう……」
「い、いってらっしゃい……」
「きょ、今日は頑張ろうねー……」
何故か若干引き攣った表情を浮かべる三人と別れ、俺は番組スタッフや他の共演者の皆様に挨拶をしに行くのだった。
「……あいつ、目がマジでガチだった……」
「今日の良太郎君はアグレッシブだね……」
「用事って何なんだろうね……?」
・「台風が接近中、か……」
原作アニメを見直して、それぐらい把握しとけよバネPって思わず突っ込んでしまった。
・
なんかこれだけでも世代がばれそうな。うーん、マンダム。
・二軍のファンタジスタ
じーじぇーぶ。
アニメ化前からファンでした。原作完結おめでとうございます。
・ジュピターの諸君
久々の登場。劇場版でもちゃんと出番があってよかったです。
・発育の良いエルフな剣道少女が妹
以前も触れた声優ネタ。OVAは大変楽しませていただきました。
・天才ゲーマーな引きこもり少女が妹
今期アニメの声優ネタ。松岡君演技してください。
・伊織ちゃんが神様
上記アニメネタ。伊織ちゃんマジラスボス。
ついに始まった感謝祭ライブです。アニメ一期のラストであり、一つ目の山場でもあります。765プロの単独ライブなので良太郎を関わらせるのが大変難しいですが、アニメとは別の道を歩んだ765プロのライブの模様を描きたいです。それでは。