アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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まだ登場してないとは言え、翼登場回とは思えないサブタイトルである。


Lesson246 だいっきらい!

 

 

 

 自他共に認める人気アイドルとして活動を続けて早七年。多くのファンに愛されている一方で、当然ながら一定数はそうじゃない人たちも存在する。

 

 世間では『周藤良太郎』のファンのことを『りょーいん患者』と称するのに対して、『周藤良太郎』に興味を持たない人を『抗体持ち』、『周藤良太郎』を嫌悪している人を『アレルギー持ち』と称するらしい。俺の知り合いでそれが分かりやすいのは、346の杏ちゃんが『抗体持ち』で黒井社長が『アレルギー持ち』だ。

 

 人間である以上、好き嫌いは当然ある。だから多くの人に好かれている以上、それと同じぐらいの人から嫌われることも覚悟の上で俺はアイドルとして活動している。ただ、今のところ『抗体持ち』はともかく『アレルギー持ち』は殆どいないのが幸いだった。

 

 しかし、それでも()()()()()は確実に存在している。それを忘れたことはないし、実際にそれを宣言されたことだって何度もある。

 

 そう、何度も経験したことだが――。

 

 

 

「……わたし、周藤良太郎のこと嫌いだもん」

 

 

 

 ――それでも、やっぱり少し寂しい気分になるのは仕方がないことだろう。

 

 

 

 

 

 

「良太郎さんもフィアッセさんも嫌い!」

 

「「うごばぁっ!?」」

 

 なのはちゃんの口から放たれた強烈な一言に、俺とフィアッセさんは揃って大ダメージを受けた。それはもう致命的な一撃である。口からトップアイドルやトップアーティストのものとは到底思えないような声が漏れ出ても仕方がなかった。

 

「良太郎さん!? 口から声どころか血ぃ出てるけど!?」

 

「大丈夫、美由希ちゃん。これミネストローネだから」

 

「アイドルの口からミネストローネが出て来てる時点で大丈夫じゃないと思うよ!?」

 

 それもそうだね、と紙ナプキンで口元を拭う。うん、思わずランチセットのミネストローネを吹き出してしまうぐらいにはショックだった。

 

 

 

 というわけで、今回のお話はなにやら随分と久しぶりのような気がする我が第二の実家『翠屋』からお送りしているわけなのだが。

 

「ご、ごめんね、なのは」

 

「つーん」

 

 フィアッセさんが涙目になりながら必死に謝っているにも関わらず、全く譲る気配を見せない辺り相当お冠ななのはちゃん。俺もダメージを負っていなければ、フィアッセさんが顔を覗き込もうと前へ回るたびになのはちゃんが首を背けるやり取りを微笑ましく見れるのだが……。

 

 なのはちゃんがこれほどまでにご立腹している原因。それは先日フィアッセさんがネットに挙げた動画『フィアッセと千早と良太郎が童謡を歌ってみた』である。

 

 フィアッセさんが新しく作ったアカウントに事前告知なしで挙げられた無加工無編集の十分程度の歌ってみた動画。普通ならば数多くの動画の海の中に沈んでしまいそうなものだが、そこは流石に俺たちの動画である。直ぐに俺たちのファンの目に留まり、SNSで拡散された結果あっという間に再生数が一千万を越え、そろそろ一億に迫るという勢いである。というか、多分明日には超えると思う。

 

 そんなネットニュースのみならずテレビの情報番組にすら取り上げられてしまうほどに世間をお騒がせしてしまった動画を観て、なのはちゃんは大層腹を立てた。

 

「私も一緒に歌いたかったのに!」

 

 ……ということらしい。

 

 いやはや、あのとき『家族に迷惑をかけないように』と一人で泣いていたなのはちゃんが、こんなに可愛らしい意志をしっかりとぶつけてくれるなんて……とそれだけで感無量なのだが、真正面から「嫌い」と言われてしまってはそれどころじゃなかった。

 

「つらたん」

 

「うぅ……なのはぁ……」

 

「ま、まぁまぁ、なのはも本心じゃないだろーし、良太郎さんもフィアッセさんも気を落とさず……」

 

「いい意味でも悪い意味でも世間を騒がせすぎた罰の一つだ。しっかりと反省しろ」

 

 落ち込む俺とフィアッセさんを慰めようとしてくれる美由希ちゃんに対し、現実を突きつけてくる恭也。

 

「罰なら事務所でもしっかりと受けてるんだよなぁ……」

 

「私もイリアに怒られちゃった……」

 

 どうやらフィアッセさんはティオレさんの秘書のイリアさんからお説教をされたらしい。しかしティオレさん自身からは「次はもうちょっと手回ししてからやりなさい」という説教という体裁すらなしていないアドバイスを受けたらしく、なるほど親子だと妙に納得してしまった。

 

 一方、俺は水がなみなみと満たされたポリバケツを抱えたまま廊下に一時間ほど立たされた上、三ヶ月間給料30%カットという労働基準法に喧嘩を売るような減給処分を下された。いくら稼いでるとはいえ、平均年収より少々多め程度しか貰ってないんだから加減しろ馬鹿!

 

 ちなみに千早ちゃんもりっちゃんからのお説教以外に特にお咎めはなかった模様。しかしかなりキツめの雷が落ちたらしく、本人からは『とても貴重な経験が出来たので悔いはありません』というメッセージが届いたが、美希ちゃんから『涙目になって春香に慰められてた千早さん、ちょっと気の毒だったけどいつもよりキュートだったの!』という目撃情報が寄せられた。

 

 結果として、俺だけやたらと重い罰を受けていることになっていた。本当に解せぬ。

 

「わざわざ『普段の行いの差だろう』というツッコミをする俺の身にもなってくれ。流石に言い飽きた」

 

「なら言うんじゃねぇよ!」

 

 そこまでやらかしてねぇぞ! 少なくとも本文中では!

 

「お前、春休みに何をやらかしたか思い出してみろ」

 

「今年? それとも去年?」

 

「そこでその選択肢がある時点でアレだってこと分かってるか?」

 

 春休みの出来事は、いずれちゃんとお話にするから待っててくれよな!

 

「良太郎さん、最近は春休みになるたびに色々とやらかしてるよね」

 

「ほら、空白期は色々と設定を盛りやすいから……」

 

 ちなみにその両方の春休みに関係する事柄として、今回の動画のことで世界中の『輝きの向こう側』の奴らから「どーしてそんな面白そうなことにちーを誘わなかったのよ!」「そうだそうだー!」「経済的損失というものを知らないんですか?」「貴様! 私を差し置いて随分と楽しそうなことをしてるじゃないか、え?」「全く、君と私の仲だっていうのに水臭いわね」と様々なメッセージが届いたが、全部返信せずに消去した。イチイチお前らの相手なんかしてられねぇんだよ自分の国から出てくるな大人しくしてろ!

 

「さて来年の春休みは何処に行こうかなーっと」

 

「お前こそ大人しくしてろよ」

 

「だって新婚旅行まだだし」

 

「式もまだだろ」

 

「入籍すらまだですよね」

 

「あっ! そういえばまだちゃんとしたお祝い出来てなかったわね! おめでとう良太郎! 新婚旅行だったら、イギリスはどう? 私が案内するわ!」

 

「個人的にはハワイでりんの水着姿を堪能したい気分でもあるんだが……」

 

 

 

「二人とも聞いてるの!? なのは今本当に怒ってるんだよ!?」

 

 

 

 その後、なのはちゃんに対して俺とフィアッセさんが『なんでもいうことを聞く権利』を譲渡することで怒りを鎮めることが出来た。随分と危ない権利を渡してしまったが、相手がなのはちゃんだから別に問題ないだろう……多分。

 

 

 

 

 

 

「765プロカバーチャレンジ?」

 

 それは劇場の事務所でお昼を食べているときに、劇場の先輩である琴葉さんの口から告げられた言葉だった。

 

「……って、なんですか?」

 

 一緒に聞いていた未来がモグモグとカレーライスを食べながら首を傾げる。口の中に物を入れたまま喋らないの。

 

「公演会の新しい企画よ。プロデューサーと今回の運営メンバーで考えたの」

 

 そう言いながら、琴葉さんは私に概要が書かれた紙を手渡して来た。

 

 ちなみに運営メンバーというのは文字通り、定期公演会の運営を担うメンバーのことだ。基本的に765プロライブシアターの公演はプロデューサーと私たちアイドルが考えており、その運営メンバーは毎公演ごとに代わっていく。今はまだ主に先輩方が中心となっているが、いずれ私にもその役割が回ってくることだろう。

 

 さて、箸を机に置いてからその紙に視線を落とす。

 

「まだまだ私たちの曲って少ないでしょ? だからコーナーを設けてカバー曲をやってみようって。きっと新規の方も常連の方も一層盛り上がれるライブになると思うの」

 

 琴葉さんはそう笑ってから、しっかり「いただきます」と手を合わせてから割り箸を割った。こういう小さな仕草にも、琴葉さんの几帳面な性格が表れていると思う。

 

「私とエレナ、このみさんとまつりちゃんの曲は決定したわ」

 

 どうやら琴葉さんとエレナさんは『チェリー』を、このみさんとまつりさんは『私はアイドル♡』をそれぞれユニットでカバーするらしい。

 

「静香ちゃんにはプロデューサーがその曲を是非って」

 

「『GO MY WAY!!』ですか……これを私たち二人で……」

 

「申し訳ないんだけど、急な企画だからスタジオでレッスンする時間もないの。上のストレッチ室を空けておいたから、振りを頭に入れておいてね」

 

「わ、分かりました。頑張ります」

 

 こうやって短期間で振りを覚えて練習するのも、少しだけアイドルっぽいなぁと能天気なことを考えてしまった頭を振って気持ちをリセットする。

 

 ……前の公演では、美奈子さんや他の人たちにも迷惑をかけてしまった。

 

 だから今度こそ、胸を張れるような素晴らしいステージにしてみせる。

 

「……くぅ~! 私もついにステージデビューなんですね! 任せてください!」

 

 カレーライスを勢いよく頬張りながら、何故か未来は目を爛々と輝かせていた。

 

 

 

「静香ちゃんのウソツキ……」

 

「いきなり人聞きの悪いこと言わないでよ!?」

 

 お昼を食べ終えてストレッチ室に入るなり、先ほど琴葉さんから貰った紙を見た未来が部屋の片隅で落ち込みだした。

 

「だって私たち二人でって言ったのに、私の名前ないじゃん!?」

 

「ついこの間事務所に入ったばかりでまともなレッスンも受けてない貴女がいきなりステージに立てるわけないでしょ!?」

 

 全く、なんで未来まで一緒になってストレッチ室について来たのかと思ったら、そんな勘違いをしていたとは……。

 

「ぶーぶー、抗議してやるー」

 

 不貞腐れながらゴロゴロと床を転がる未来。

 

 琴葉さんから借りた振り付けのDVDを準備している間に大人しくならなかったら叩き出してやろうかと考えていたら、急にピタリと未来の動きが止まった。

 

「そういえば、初めて聞く名前なんだけど、今回静香ちゃんと一緒にステージに立つ――」

 

 

 

 ――伊吹翼ちゃんってどんな子なの?

 

 

 




・『抗体持ち』『アレルギー持ち』
アイドル『周藤良太郎』に対して興味を持たない人と嫌悪感を抱いている人。
初出じゃないけど、一応ここでも説明。

・「良太郎さんもフィアッセさんも嫌い!」
勿論本心ではないにせよ、二人にとって今回の動画騒動で一番の罰。

・三ヶ月間給料30%カット
労働基準法で定められた減給処分は一ヶ月10%までらしい。

・『チェリー』
・『私はアイドル♡』
765ASの楽曲。この辺りはよく複数人で歌ってたから誰の曲って言及しづらいんだよね。

・伊吹翼
外伝で先行登場済みでしたが、ようやく本編初登場!
しかし、なにやら外伝時空とは少々変化があるようで……?



 翼ちゃん出ていませんが、翼初登場回です。次回にはちゃんと出ます。

 懐かしの翠屋、書いてて楽しかったです(小並感)……え、なのはちゃんに感謝祭ライブのチケット渡したとき以来ってマっ!?(驚愕)

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