アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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誰もがみんな、崇高な想いを抱えているわけではない。


Lesson249 だいっきらい! 4

 

 

 

「……わたし、周藤良太郎のこと嫌いだもん」

 

 

 

 私、高町なのはにとって、その言葉は余りにも馴染みがなさすぎるものだった。

 

 とはいえ、そういう人が全くいないと信じているわけでもない。昔では『クラスみんなのスーパースター』という存在だった周藤良太郎が、小学校の六年生にもなればそんな彼への興味が薄れていく子も少なからず存在する。

 

 今ではすっかり親友となったフェイトちゃんも、最初は良太郎さんの無表情を怖がっていた。そういう意味で『周藤良太郎』を苦手としている人もいることは知っている。

 

 しかし『明確に周藤良太郎を拒絶する』人を目の当たりにするのは、初めてだった。

 

 それは私の短い人生の中でも、それでも衝撃的過ぎる出来事で。

 

「……どうして……」

 

 思わず、そんな言葉を呟いてしまっていた。

 

 人の好みなんて色々あって、その人の感性を否定することはダメなことだって理解している。

 

 それでも、どうしても知りたかった。

 

「……だって――」

 

 翼さんはチラリと私を一瞥してから、少しだけ躊躇いながら口を開いた。

 

 

 

「――わたしのモテモテハッピーライフの障害だもん!」

 

 

 

 ……え?

 

 

 

 

 

 

 久しぶりにシリアスさんがやって来たかと思いきや、早々にお帰りになられた模様。いや、重い展開を望んでいるわけではないんだけど、せめてこのページのラストぐらいまで頑張ってくれよ。……ラストにもう一回だけ顔を出す? いや、帰るならそのまま戻ってこないでクレメンス。

 

 さて、失礼を承知で言わせてもらえば随分と頭の悪いワードが翼ちゃんの口から飛び出して来たわけなのだが、果たしてこれはどういう意味なのだろうか。

 

「えっと……どういう意味なんですか?」

 

 俺と同じ疑問を抱いていたらしいなのはちゃんが素直に質問すると、翼ちゃんは「えっとね!」と正直に答えてくれた。

 

「楽しくってモテモテで最高の人生を送るのが、わたしの目標なの! 男の子たちに告白されちゃって、女の子たちからも大人気な、そんな毎日を送るのがわたしのハッピーライフ!」

 

 その考え自体は全然嫌いじゃないけど、随分と男子中学生みたいな願望を抱く女子中学生である。しかし翼ちゃんみたいに明るく可愛くてスタイル抜群の美少女ならば、既にモテモテで告白の嵐なのではなかろうか。

 

「わたしがアイドルになろうと思ったのも、そのための第一歩。街中でプロデューサーにスカウトされたのは偶然だったけど、そこからクラスのみんなからの注目の的になるはずだったのに……!」

 

 

 

 ――ねーねーみんな聞いて! わたしね、春休みに街で……!

 

 

 

 ――見たか!? アイドルエクストリームのアレ!?

 

 ――見ないわけねぇだろ! 周藤良太郎のアレだろ!?

 

 ――すっごかったよね、あのステージ!

 

 ――ホントカッコいいよね! 周藤良太郎!

 

 

 

「……春休み明けて、ずっとみんなして周藤良太郎の話題ばっかり! おんなじアイドルの話題なんだから、少しぐらいこっちに興味持ってくれてもいいじゃん!」

 

「あっ……」

 

 春休み直後の時期と言えば、直前まで開催していたIEの話題で世間が一色に染まっていた頃だ。春休みにスカウトされた翼ちゃんは、タイミング悪くそちらに話題を奪われてしまったらしい。

 

「………………」

 

 なのはちゃんが無言で見上げてくるが、正直そんな目で俺を見ないでほしい。無実とまでは言わないが、ぶっちゃけ他のアイドルたちも同罪だと思う。

 

「それに美希先輩も、話しかけてもずっと『周藤良太郎』のことばっかりだし!」

 

「美希先輩……っていうのは、765プロの星井美希ちゃん?」

 

「そう! おしゃれで可愛くて男の子にも女の子にもモテモテな超キラキラ輝いてる最高のトップアイドル! わたしのお手本にして目標!」

 

 確かに翼ちゃんが語る目標に一番近い人物像として美希ちゃんが最適だろう。『モテモテ』という表現がピッタリである。

 

「えっと、星井美希ちゃん、周藤良太郎さんのことをそんなに話すんですか?」

 

「寧ろ今のところそればっかりだよ! 語ってくれるだけまだマシで、酷いと『周藤良太郎は、いいの。心が豊かになるの』としか言ってくれないし!」

 

 まるで語彙力を失くしたオタクのようだ。美希ちゃんが最近色々と拗らせているという報告は765の子たちから聞いていたけど、そんな斜め上の方向に進んでいたとは……。

 

「………………」

 

 だからなのはちゃん、そんな目で見ないでって。流石にこの件に関して責任の所在を問われても困るから。

 

「だからわたしは周藤良太郎が嫌い! わたし以上に男の子も女の子もみんな夢中になっちゃう周藤良太郎が嫌い!」

 

 ふーんだ! と可愛らしく頬を膨らませたかと思うと、そのまま勢いよくアイスに齧りつく翼ちゃん。しかし冷たさに「くぅ~!?」と別の意味で顔を顰める様に、なのはちゃんも「にゃはは……」と苦笑をし……。

 

 

 

「……わたしも美希先輩みたいに()()()()()()()()、キラキラになりたいなー」

 

 

 

「………………」

 

 何気なく零した翼ちゃんの一言に、なのはちゃんの表情が静かに消え失せた。

 

「……翼ちゃんは、努力嫌い?」

 

 そんななのはちゃんを自分の身体で隠すように動きながら、翼ちゃんに問いかける。

 

「そんなの当たり前じゃん! ひつよーさいてーげんの努力でキラキラ出来るなら、そっちの方がいいって!」

 

「まぁ、そりゃそーだ」

 

 努力せずに人気になれるのであれば、誰だってそちらの道を選ぶ。

 

「………………」

 

「なに?」

 

 何故か物珍しそうに俺の顔を覗き込んでくる翼ちゃん。

 

「いや、大人の人にこれ言うとよく『そんなんじゃダメだー!』って怒られるのに、お兄さんは違うだなって思って」

 

「……他人から強制された努力には何の意味もないからね。君が本当にそれを必要としないなら、俺は何も言わないよ」

 

 聞きようによっては見放すような発言かもしれない。事実俺は今の彼女を『アイドル』としてではなく、あくまでも『アイドルに憧れる女の子』としてしか見ていない。

 

 

 

 努力とは、その境界線を乗り越えるための一歩だ。

 

 

 

「まだ君は若いから、それが必要かどうかはゆっくりと考えてみるといいよ」

 

「……お兄さんよりは若いだろうけど、お兄さんも十分若いよね?」

 

 そうなんだよ、前世の記憶やらなんやらが混ざっててたまに忘れそうになるけど、俺まだ二十一歳なんだよ。なんか最近自分がアラサーぐらいの感覚になってて……。

 

「……よく分かんないけど、もうしばらくわたしはわたしらしくってことでいーの?」

 

「それでいいよ」

 

「ふーん」

 

 一先ず納得したらしい翼ちゃんは、突然「あっ」と声を上げてスマホを取り出した。

 

「静香ちゃんと練習する約束があるんだった。バイバイ、お兄さん!」

 

「バイバイ、練習頑張ってね」

 

「ナッパちゃんもバイバイねー!」

 

「ナッパちゃんはヤメテー!」

 

 そのまま俺たちの進行方向と反対に向かって去っていく翼ちゃんの背中を見送る。

 

「……さて、浮かない顔だね、なのはちゃん」

 

 先ほどからずっと静かになっていた少女に振り返ると、彼女は顔を曇らせていた。

 

「……努力が人それぞれだっていうことは、分かってる。私の努力、翼さんの努力……良太郎さんの努力、フェイトちゃんの努力。全部違うって分かってる」

 

「努力ってのは、そこに辿り着くまでの労力だからね」

 

 今こうして並んで歩くなのはちゃんが二歩進む距離を俺が一歩で進むように、積み重ねなければいけない努力は人それぞれだ。

 

 だからなのはちゃんの努力が実らず()()に辿り着けない可能性もある。翼ちゃんがなんの努力もせず()()に辿り着く可能性だって、十分ある。

 

「……私は、努力する。努力しないと、良太郎さんみたいなアイドルにも、フィアッセさんみたいな歌手にも、なれないって分かってるから」

 

「……うん」

 

 なのはちゃんの考えが合っているとは言わない。翼ちゃんの考えが間違っているとも言わない。その答えが合っているのか間違っているのかを決めるのは、彼女たちの未来だけなのだから。

 

 けれど俺は。

 

「頑張れ、なのはちゃん。君がここまで辿り着くのを、俺は心待ちにしてるよ」

 

「……うん!」

 

 やっぱり、こっちの道を選んだ子を応援したかった。

 

 周藤良太郎が手を差し伸べるのは、輝きに向かって手を伸ばした人だけだ。

 

 

 

 

 

 

「一体貴女は何してたのよ!?」

 

「いやーごめんごめん」

 

 思わず私の背筋が伸びてしまうような静香ちゃんの怒鳴り声に、目の前の少女は全く動じる気配を見せなった。

 

「十二時に集合って言ったわよね!? 今六時よ六時! 電話にも出ないし!」

 

「友だちと電話してたら充電切れちゃったみたーい」

 

 そう言ってケラケラと笑う金髪の少女が、先ほどまで静香ちゃんが話題に挙げていた伊吹翼ちゃんらしい。……なるほど、まるで同年代とは思えないような胸の膨らみ……!

 

「って六時? いっけなーい、わたし帰らなきゃ」

 

「はぁ!?」

 

 いきなり踵を返して「良い子は門限を守らなきゃね~」と帰ろうとする翼ちゃんを、静香ちゃんがガッチリと後ろから羽交い絞めにする。

 

「どうせドラマが観たいだけでしょ!? いいから練習するわよ!」

 

「え~?」

 

「私たちは今回、先輩たちの歌を歌うの! それが中途半端なパフォーマンスだったらみんなに認めてもらえないわ!」

 

「……だったら~」

 

「っ」

 

 

 

 ――静香ちゃんより上手く踊れたら、今日はもう帰っていい?

 

 

 

 スッと目が細くなった翼ちゃんに、私はゾワリと背中に冷たいものを感じた。

 

 

 

 

 

 

「……なるほど、そういう理由があったのか」

 

「うん。……私だけじゃイマイチ自信がなかったから、千早にも協力してもらったの」

 

「しかし、それならばもっと穏便な方法があったんじゃないか?」

 

「あっ、良太郎と千早と一緒に歌ってみたかったというのも本当だから」

 

「はぁ……まぁいい。……それで、どうだったんだ?」

 

「うん。……千早も、私と同じことを感じたって」

 

「……『フィアッセ・クリステラ』と『如月千早』が同意見だったのならば、間違いはないか。しかし、それはつまり……」

 

「……良太郎、IEが終わった辺りから――」

 

 

 

 ――以前みたいに()()()()()()()()

 

 

 




・小学校の六年生
実はこの世界のなのはちゃんは既に六年生だったりします。
初登場時が三年生設定だったからね。

・モテモテハッピーライフ
だいたいゲッサン版と同じだから(震え声)(責任転嫁)

・『周藤良太郎は、いいの。心が豊かになるの』
「綾瀬さんはいいぞ。心が豊かになる」

・以前みたいに歌えなくなってる。
不穏の種を躊躇なくばら撒く。



 色々と翼が残念なことになっておりますが、覚醒イベント前なのでご勘弁を。

 ……いやまぁ、中学生って普通こんなもんじゃない?

 ただ良太郎のことを嫌っていることに関しては、『周藤良太郎』よりも自分のことをちゃんと見ることが出来ているという点で『素質』持ちではあります。

 というわけで、また次回。

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